FC2ブログ

不思議な話 その289 インドの古文書に書かれた古代文明(3)核について

インドの古代文明の古文書に核兵器の記述があるという内容です。内容の多くは『古代の宇宙人』からのまとめなので、私の意見ではありません。私としては、地球上から1日も早く核兵器が全廃になってほしいという考えです。これからの時代は、大国間の核の抑止力、チカラの均衡理論は、現実的でなくなる時代が来るかもしれません。多くの国が技術的に小型核兵器等を持てるようになったら、大変なことです。宇宙軍ができるなら、地球に影響を及ぼさない遠い地球の外の宇宙空間か、無人の惑星で、戦いをして下さいと言いたいです。

今日のテーマに戻ります。インドのマハーバリプラムという地で、インドで最も重要な古文書『マハバラータ』の中の「バガヴァッド・ギータ」という13000ページ19冊の古文書が発見されました。この『マハバラータ』は神話の口承によると少なくとも1万年前に書かれたと言われています。「バガヴァッド・ギータ」は2500年前の記述のようです。口承で伝えられたものをこの時代に記述したのかもしれません。この古文書には、原子の科学がかくれていると物理学者が言っています。

原爆を製造した「原子力の父」といわれているオッペンハイマー博士もこのインドの古文書のことを知っていて、研究しており、その内容に驚いたといわれています。1945年7月16日にアメリカニューメキシコ州ホルナラデルムエルト砂漠の中の、ホワイトサンズミサイル施設で、科学者たちが世界初の人工核兵器の実験が行われました。このマンハッタン計画のリーダーこそ「原子力の父」と呼ばれたJ・ロバート・オッペンハイマーでした。核兵器の研究をしていたオッペンハイマーは、その恐ろしさに気づき、バガヴァッドギーターの言葉を引用しました。「われは死神なり」彼はカリフォルニア大学バークレー校で教授をしていたときに、サンスクリット語の古文書に興味を持ちました。オッペンハイマーは当時知り合った著名な言語学者アーサー・W・ライダーに指導してもらって、サンスクリット語を学びました。

オッペンハイマーの蔵書には、インドの古文書バガヴァッド・ギーターの本があり、彼はよくそのコピーを友人にプレゼントしていたといいます。バガヴァッド・ギーターの根底にあるのは、「責任」という考え方です。核兵器の開発は倫理的に恐ろしいことでしたが、オッペンハイマーはそれを自分の責任だと感じていたのでしょうか?彼は、バガヴァッド・ギーターを読んで、核兵器を再現することは、自分が宇宙のサイクルの一部であり、進化のためにやるべきだと考えました。核兵器を開発することで、人類が何千年も前に持っていた技術にたどり着くことができると、彼は考えたのかもしれません。

インドの古文書の概念に「繰り返される存在」という考えがあるそうです。物事は最後に到達したら、また、最初から始まるということです。(ヒンズー教や仏教の考え方ですね。)オッペンハイマーは、自分が古代からの歴史的運命を全うする、と彼が考えたとしたら・・・インドの古文書で、過去に大きな戦いを止めるためにこの兵器が使われたと彼は解釈したのでしょうか?

1992年、インドのラジャスタン州ダール砂漠の住宅建設予定地で、土のサンプリングをしていた時のこと、建設業者は、土の下にぶあつい放射性の灰の層を見つけました。その調査で、放射性の灰の層は、8平方キロメートルにも及ぶ事がわかりました。この汚染エリアを隔離した後、調査した科学者たちは、破壊された建造物を含む、古代の町を発見しました。科学者たちは、8000年~12000年前のつまり紀元前1万年頃の放射能の灰を発見したのです。これは、古代に核爆発があった証拠ですが、一体誰が作って誰が使用したのでしょうか?サンスクリット語で書かれた古文書にも、紀元前1万年くらいに、似たような出来事があったことが、書かれています。サンスクリットの『ラーマーヤナ』には、ブラフマーという神が出てきます。彼はブラフマー・ストラという最強の武器を使って、空から破壊をもたらしたと書かれています。ブラフマー神はこの武器を英雄ラーマに渡して、悪魔との戦いで、打つ手がなくなった時、これを使うように伝えました。ブラフマーストラは(核爆弾のように)非常におおきな爆発を起こし、広範囲にわたって壊滅的な被害を与えた、と古文書にはあります。神とされているブラフマーは、宇宙から来た知的生命体だったのか、あるいはこのお話の主人公ラーマも宇宙から来た人々のリーダーのようなものだったのでしょうか?

ラーマはこの武器を地上のある場所に向けて投じました。その場所が、パキスタンとラジャスタンだったと言われています。ラジャスタンは、非常に広大な砂漠地帯です。最近ラジャスタン州で発見された放射能の灰の地層は、古文書に書かれた記述の証拠になるかもしれません。

次回はインドの古文書のまとめを書きますね。
スポンサーサイト

不思議な話 その288 インドの古文書に書かれた古代文明(2)

引き続きインドの古文書の話です。宇宙人とのつながりを示す古文書は、他にも発見されています。2015年1月、インド北西部のカリナにあるムンバイ大学でのインド科学会議では、国内のトップクラスの技術者たちを対象に、技術関係の様々な報告がされたそうです。この時発表されたインドの古代航空機技術が論争を呼びました。その報告をおこなったのは、指導者のアランド・J・ボダス氏で、彼はインド古代のベーダの古文書に書かれている古代の航空技術を再現すべきだと発表しました。

古代の航空技術は、現在の我々より、はるかに優れたものだと考えたのです。会議の一方の人々は、インドの古代文明は、優れた航空技術を持っていたと主張し、もう一方の人々は、そんなものはデタラメだと主張したようです。空飛ぶ乗り物があったことは、事実として記録され、証拠が残っているそうです。アランド・J・ボダス氏だけでなく、インドの多くの学者たちは古文書にかつて存在したと思われる空飛ぶ乗り物が存在していたと主張しています。それは、ビバーナという空飛ぶ乗り物です。

1895年ライト兄弟が、彼らが発明した飛行機で初めて空を飛んだ8年前、サンスクリット語学者のシェフカ・タルバデ氏は、インドの古文書の記録を読み解いて、それに基づいて作った飛行機を、実際にテスト飛行させたと言われています。

物理学者のジョン・ブランデンバーグ博士は、「インドのタルパデは、ベーダ文学の学生でした。彼はベーダの古文書に書かれたヴィマーナという空飛ぶ乗り物を知り、これを自分で作ってみることにしたのです。ダルバデの作った乗り物は、マルツァガ(風の友)と呼ばれました。海岸で何千人もの観客の前で、この航空機を飛ばしました。その写真も残っています。彼は30秒間、450メートルも飛びました。ライト兄弟より長く高く飛びました。古代の古文書に書いてあるとおりに設計して作ったのです。」と言っています。

2017年、インドのデリーに住む航空デザイナーが、タルパデと同様にマルツァガの3DモデルのPC上での設計に成功しました。作成されたデジタルファイルは、航空宇宙技術者のトラビス・ ティラー氏に送られ、3Dプリンターで模型を印刷し、ウィンドトンネルで空気力学の実験をしました。それを2017年4月に、米国カリフォルニア大学アーバイン校で、ティラー氏は紀元前500年(2500年以上前)に書かれたインドの古文書によって、設計が記録されていたインド古代の空飛ぶ乗り物の模型が、空気力学的に実際に飛べるか、実験をしました。その模型は風を受けて浮力が起こり、実際に飛行可能ということが、証明されました。上へ持ち上げるチカラ浮力の力で、実際に飛べるとわかったそうです。

そのインドの古文書には、宇宙船に関する説明も記載されています。ヒンズー教の古文書の学者たちによると、サンスクリット語の古文書には、宇宙旅行に関する記述が数多く存在するといいます。宇宙船に乗り込み、他の天体系に移動した、という記述も細かく書かれているそうです。

『ヴィジュヌ・プラーナ』というインドの古代の古文書では、神(宇宙人)ヴィシュヌがドルパという名前の人間を連れて、惑星間の旅に出るという物語が書かれています。古文書には、ヴィシュヌがドルパを水星や金星に連れていき、そして、7つの惑星を超えていって、最終的にはヴィシュヌ・ロカという惑星に連れていきました。ヴィシュヌ・ロカという惑星は、ヴィシュヌの故郷の星です。これは地球外知的生命体が古代に、地球の人間を連れて、宇宙を旅する話と解釈できるかもしれません。

人間のドルバが乗り込んだ乗り物の詳しい記述はないそうですが、古文書の記述のあちらこちらに宇宙船らしき描写があるそうです。

2014年、技術開発に関する国際ジャーナルで、古文書から得た知識からのヴェーダ式イオンエンジンの論文が発表されました。この記事を書いた航空宇宙科学者のチームに、よれば、一千年以上前の『サマランダナ・スートラ・ダーナ』というインドの古文書に書いてあるエンジンは、現代の宇宙旅行で開発されつつあるイオンエンジンと同じものです。なぜ今の最先端技術が古文書に記載されているのでしょうか?

『サマランダナ・スートラ・ダーナ』と呼ばれるインドの古い建築文献には、水銀を利用したエンジンと太陽光の熱エネルギーを使って、何らかの飛行機能を得ることが書かれています。(このような構造は現代のイオンエンジンに良く似ています。そういえば、私が前に書いた古代遺跡には非常に多量の水銀の池を持ったものが、2箇所ありました。飛行エンジンのために水銀を集めたと言えるかもしれません。)

イオンエンジンの話に戻りましょう。イオンエンジンの概念は、100年前から現代の技術でも存在しています。ヘリウムやネオンより少し重いキセノンガスを使うそうです。キセノンガスをチェンバーの中に入れてイオン化するそうです。すると、チェンバーの網の目とその裏側の部分に電圧が加わり、キセノンがエンジンから放出されます。こちら側からキセノンが出ると、宇宙船などの機体が向こう側へ進みます。イオンを加熱してキセノンを宇宙船後部へ排出します。エネルギーはソーラパネルから得ています。太陽光で動く渦巻き構造のイオンエンジンで、現在では無人宇宙船で小惑星を探査しています。そのエンジンの
推進方法と全く同じものがインドの古代サンスクリット語の古文書にもあるのです。

かつて存在した優れた宇宙技術が将来後世の人々の目に止まるよう、インドの古文書に意図的に残されたのだとしたら、すごいことですね。

続きは次週書きますね。


不思議な話 その287 インドの古文書に書かれた古代文明(1)

『古代の宇宙人』#126「神々の声( Voices of The God )から世界一古いと言われるインドの古代文明についての古文書からの不思議な話です。世界で2番めに人口の多い国、13億人のインドは人類の最も古い文明の発祥地です。インドの人口の約8割はヒンズー教徒です。ヒンズー教は多神教で、神はこの地球上で、人間界に暮らし、人々に知識を伝えたと言われています。インドの人々が考えた古代の神々は、血の通った人間と同じような存在で、神々は空から降りて来て、人々と一緒に暮らしていたとインドの人々は考えました。

ヒンズー教の土台は、インドの古文書の中の記述に残されています。伝説によれば、インドの古文書の内容は、神々から直接に与えられた言葉で、人間によって書き起こされただけだと考えられています。古文書の中には、ベーダ語やヒンズー語で書かれた経典、そして、初期のサンスクリット語で書かれたものが含まれます。そこには、建築、科学、技術、武器、医薬など様々な内容が詳細に書かれています。ベーダ語の古文書は、何千年も何万年も前から存在すると言われています。神、自らが与えた知識だとインドでは信じられています。それは極めて高い知能の存在から与えられた知識で、人類を助けるためのガイドブックのようなものだと考えられています。

インドのシルプールのスランテイラ寺院は紀元後7世紀に建てられ、11世紀に地震によって土に埋まりましたが、建物だけは無傷で残っていました。この寺院は最近発掘されました。発掘した考古学者アロン・シャルマ氏によれば、「この建物が崩れずに残ったのは、古文書などでその建築方法が出てくるアーユルベーダのベーダ建築のおかげだ。」ということです。ベーダ建築の起源は、インドの古代文明の古文書までさかのぼります。アーユルベーダの建築様式は、他の不思議な巨石文明やピラミッドと同じく、石と石との間に紙1枚入る隙間のない特殊な接着方法でくっついています。1300年経ってもびくともしません。その接着方法は。現代のコンクリートの20倍の強度だそうです。「マヤマタ」という古文書では、マヤという神が人間に伝えた建築様式を使って、高度な建築と耐震構造をしています。マヤは天空都市の建築も行ったと言われています。アーユルベーダ建築の本は少なくとも4500年前に書かれています。もっと昔の技術の可能性もあります。

2011年、6月インドのイクダス渓谷で、ドリルで医療手術をされたような、4300年前くらいの頭蓋骨が発見されました。脳外科手術後の頭蓋骨には、時間をかけて回復したあとがあったそうです。インドの古代文明では、現代からみても、その頃にあるのが信じられないくらいの医療技術と数多くの薬があったのです。紀元前800年の「ススルタ・サンシター」という古文書では、サンスクリット語で、別世界の生命体から入手した11000を超える病気の症例と対処法、700種以上の薬草、ミネラルを使った64種の調合法、動物を使った57種の調合法が書いてあり、アーユルベーダ医療の基礎だそうです。外科手術は、現代と同じ8種類の段階が書かれてあるそうです。

インドでは「ダンバンタリ」が医学の神で、その神は、銀河系から来て、天界の海を撹拌し、医学の知識を人間に伝授したと言われています。アーユルベーダ医学は、世界で最も古く、きめ細やかな医療知識であると言われています。

不思議な話 その286 ダーウィンの進化論肯定意見と否定意見まとめ

台風12号は今までにない不思議な進路と不可解な動きをしましたね。今年2018年の夏の高気圧は、張り出し方が例年と違う場所で、居座っていたので、マホービンのように日本列島に2重にかかって猛暑になったそうです。高気圧が南に下がった、と思ったら、台風が、東から西に動き(いつもはたいてい台風は西から東、南から北に動きます)、高気圧の上(北)の寒冷渦に台風が引っ張られ、日本列島を逆走する形で移動したのだそうです。まだ今は九州に停滞していて心配です。世界各地で、夏の気温が異常に上がっているようです。地球温暖化のせいなのか、太陽の異常活動のせいなのか、地軸の傾き及び極地点の移動のせいなのか意見が分かれている所ですね。今年の夏の暑さは、熱波の災害と言ってもいいレベルです。異常気象については、今後気をつけて見守りたいです。

DNA分析から人類と多くの生物90%の生き物の起源は20万年前との結論に達したストークル氏本人も、この結論は予想外だったそうです。動植物の90%が遺伝的な見方をすると、発生したのがほぼ同年齢だということに近いことです。地球上の生物種を全滅させるような何かが20万年前以前におこったのでしょうか?ストークス氏が行ったDNAバーコード分析は、比較的安価で容易にできるそうです。動物は、その細胞核内にある「核DNA」とミトコンドリア内にある「ミトコンドリアDNA」という2つのDNAを持ちます。

細胞内一つ一つで、生命活動に必要なエネルギーを出す細胞の小器官ミトコンドリアには、37種類の遺伝子があり、そのうちの一つ「COI」遺伝子をDNAバーコード解析に利用しているようです。

生物の間で大きく違いのある核DNAの遺伝子とは異なり、ミトコンドリアDNAにはすべての動物が持っている共通のDNA配列があり、これとその他を比較することで詳細がわかるそうです。2002年にカナダの分子生物学者ポール・エベール氏がCOI遺伝子解析によって生物種を分析する方法を開発し、「DNAバーコード」という用語を作りました。2018年の今回のストークス氏とセイラー氏の研究チームは、生物10万種類のDNAバーコードを解析した結果、90%あまりの大半の動物がホモ・サピエンス(約20万年前に発生と言われています)と同時期に出現したというのなら、その起源に何かの意図的なものを感じますね。研究チームが気づいたのは、中立な遺伝子にばらつきがないことだったそうです。中立変異というものが、数世代を経て、生じる微小な変化で、生物の個体の生存の可能、不可能性に対して、有利にも不利にもならないということなのです。ということは、ダーウィンの進化論の自然淘汰や性淘汰は20万年前以降の中立変異に当てはまらない、つまり進化論に当てはまらないということなのです。この中立変異に関して、互いにどの程度、類似性があるのかは、木の年輪のようなもので、これを調べると一つの生物種のおおよその年齢がわかるそうです。

進化するというイベントは、完全否定は出来ないかもしれませんが、すべての生物が何億年もかけて、アメーバーから進化して、一つの進化の系統樹から派生しているという意見は、否定されるかもしれません。自然に猿から人間に進化することはありえないのです。進化において、その時代に栄えている動物が、比較的最近出現した可能性の方が高いということになりそうです。こう考えると、一つの種は、一定の期間しか持続せず、絶滅するか、進化するかですが、その進化を促すものには、人工的な遺伝子組み換え技術も多分入ってくるのでしょう。

ストークス氏によると、生物種には明確な遺伝的境界があり、人とチンパンジーの間のように2つの種の間に、位置する中間種はほぼいなかったそうです。つまり自然発生的に人が出てきたわけではないのです。ストークル氏は「個体が星だとすると、種はそれらが集まった銀河だ、種とは、何もない広大な遺伝子配列の宇宙空間に点在する、個体の星が凝集した星団だ。中間種が存在しないこともまた、進化論を提唱した英国のチャールズ・ダーウィンを当惑させるだろう。」と言っています。

この結果を考えると、私には、20万年前からの人間を含む生物は、何らかの設計図にそってつくられたのではないかと思わずにはいられません。私は、人間の思考が作り出した宗教の神がすべての生き物を作ったという意見には否定的ですが、他の惑星からの知的生命体が、何らかの形で生物の設計にたずさわっていたのではという意見には興味があります。私達が現在、手にしているもっと進んだ遺伝子組み換え技術やクローン技術を使って、人のDNAを何者かが設計したという意見は、否定できません。また私達の祖が宇宙から移住してきたと考えたほうが、腑に落ちるかもしれません。どんな起源にせよ、私達人類は、恐竜のように長い期間は、この地球上で、栄華を極められないでしょう。今現在を一生懸命生きるしかありませんね。

次回も新しいテーマを見つけて書きますね。暑さに気をつけてお過ごしください。

不思議な話 その285 ダーウィンの進化論肯定意見と否定意見(2)

まだ7月なのに猛暑日が続いております。夜も温度が下がらないので、お気をつけ下さい。

「進化論」を提唱したのは、チャールズ・ダーウィンですが、彼は自分の進化論の中で、「人類の進化だけは説明がつかない。」と言っています。ダーウィン本人が言及していないのに、なぜ世界中に猿から人間は進化したという考えが圧倒したのでしょうか?

ダーウィンが進化論を唱える前の時代は、キリスト教の神がすべてを創造したという考えやもっと前は、地球を中心に天が回っているという天動説が中心だったわけですが、科学万能と言われる近代になってから、宗教的見地からの考え方が否定されるようになりました。科学と宗教の対立で、考えている人の見地から、人の起源に対しての考え方が対立したのです。その対立は、現在でも続いているかもしれません。

猿から人間が進化したという説は、神が人間を作ったという説と相容れません。進化論肯定の人々は、ダーウィンは猿から人が進化したと断言していないのにもかかわらず、進化論が利用され、ダーウィンが「人間は猿から進化した」といっているかのようなことになってしまいました。ダーウィンが提唱している進化論は、猿から人間へ進化した可能性を始め、生物の進化説を否定も肯定もしていないのです。

ダーウィンの説というとまず、自然選択説(自然淘汰)です。「生物の進化は、すべての生物は変異をもち、変異のうちの一部を親から子へと伝えるというのです。その変異の中には、生存と繁殖に有利さをもたらす物があると、ダーウィンは考えました。そして、限られた資源を生物個体同士が争い、存在し続けるための努力を繰り返すことによって起こる自然選択によって、引き起こされる。」と考えました。

遺伝する変異については、ダーウィンは「パンゲン説」という説を唱えて説明しました。「ジェミュール」という微細な粒子が体内をめぐり、各器官で獲得した情報を蓄え、生殖細胞に集まり、特徴、性質が子に受け継がれ、この体で、各器官で分散することで親の特徴を伝えるという説です。ダーウィンは、獲得形質の遺伝を支持していました。

「性の選択に関する見解」では、ダーウィンは、多くの生物は、メスがパートナー選びの主導権を握っていることに、気づいていました。彼は、生存に有利でない性質も、メスの審美眼のようなもので発達することがあるのではないかと考えました。そして、自然淘汰説とは別に、性選択説も唱えました。メスとオスの性比(性の出現する比率)は生物進化の視点から説明できると彼は考えました。そして、生存と繁殖可能性が自然環境に左右されるのではなく、グループ内のその性質の多い少ないに依存するという「頻度依存選択」(頻度依存淘汰)説を支持しました。

1859年11月22日に『種の起源』が発売されて、反響が大きく、反対意見も多く出ました。キリスト教国でのあまりの反発の激しさに、「この理論が受け入れられるのは種の進化と同じだけの時間がかかりそう。」と彼は皆の前で述べました。

今年2018年の5月に、「ジャーナル・オブ・ヒューマン・エボリューション」(Journal of Human Evolution)に掲載された論文にアメリカロックフェラー大学のマーク・ストークル氏と、スイスのバーゼル大学のデービット・セイラー氏の研究チームが、何十億年前からの進化論にのっとった考えを否定するような証拠のある説を発表しました。

二人の研究者は、10万種以上の動物から遺伝子データベース「ジェンバンク」(GenBank) に蓄積した遺伝子の断片であるDNAバーコードを分析し、遺伝子マーカー500万個を徹底的に調べて、今日地球上に生息する生物種のうち人を含む全体の9割が20万年~10万年前に出現したと衝撃的な発表をしました。つまり、人を含む殆どの種は、長い長い何十億年という時間をかけて進化してきたという説は否定されたわけです。

この不思議な話については、次回まとめで感想を書きたいと思います。


プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード