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不思議な話 その305 安全な食品について映画「フードインク」(4)

人類の歴史は、生きるための食糧とカロリーを獲得する戦いであるとも言えます。現代の人間は、世界中の多くの地域で、かなりの割合で、カロリー過多です。

アメリカの人々が高カロリーになりやすいのは、国の助成金のせいだという人がいます。そしてそれがアメリカの現在の農業と農政に結びついています。スナックの高カロリーは原料のカロリーの高さから来ています。小麦、コーン、大豆の多様による高いカロリーです。スナックのほうが値段が安いので、アメリカでは、所得水準が低い人々の肥満の最大の予測因子になります。

アメリカでは、肥満は個人の責任だと企業は言っていますが、食べ物を設計するエンジニアリング・フードは人類の進化、未来にも影響しそうです。

私達、人間は自動的に3つの味を選ぶように誘導されています。それは、「塩」と「油」と「砂糖」です。これらのものは、もとからあった、自然界の食べ物としては、まれなものです。昔と違って、今は砂糖を大量に手に入れることができます。米国人は年間砂糖の含まれているものを、何十キロも食べます。高果糖、高炭水化物の食事は、インスリンの分泌を促し、糖を代謝する機能が、徐々に弱まっていきます。アメリカでは、2型糖尿病が大人だけでなく、子供の間にも流行しています。(日本でも欧米化の食事や食品によって、糖尿病が急激に増えています。)

2000年以降に生まれた米国人の3人に1人が糖尿病予備軍です。糖尿病はとても怖い病気です。マイノリティ(少数民族)で低所得者層の場合、その比率は2人に1人という、非常に確率が高くなります。

バージニア州、シェナンド渓谷、ポリフェイス農場のジュエル・サラティン氏は、「工業的農業がやっていることは、より速く、より大きく、より安くだ。大腸菌とか糖尿病とかは考えていない。生態系全体の健康も、もちろん考えていない。本来農家が決めるべきことを外部の組織に任せている。それは、農場から遠く離れた都市の会社の重役室で決められている。大企業は結果に責任を持たない。ここの農場では、草がすべての基本で、牛は、コーンも死んだ牛も、鶏フンも食べない。ここの牛は、谷間で草を食べる。牛は実際に草や飼料を食べている。牛はもともと、クローバーやハーブ草を食べる草食の動物で、コーンを餌にすると、かえって収穫と輸送の手間がいる。この牧場ではすべてが自然に循環している。牛のフンで草が育ち、その草を牛が食べる。人の手は加えない。すべてが持続可能なのだ。工場フードシステムは騒々しくて、臭くて人間にも牛にも優しくない。」と言っています。

食肉加工場の技師は、醜い真実が見えてしまうから人を近づけたがらないのです。そうなれば、フードシステムの完璧さに傷がつく。巨大食品加工場の壁をガラス張りにすれば、フードシステムは変わるでしょう。食べものという本質的な事から、人はあまりに切り離されたのでしょうか?青空の下で、食品加工をしたほうが、細菌はかえって少ないのです。工業システムの食肉加工はかえって非効率です。豚を生命のないモノとして扱い、人間が勝手に操作出来ると思うような文化は、どこに行っても豚を見るような侮蔑的な目で人をも見るだろう、といっています。

ノースカロライナ州、ターヒルのスミスフィールド豚肉加工工場、ここは世界最大の食肉加工工場です。工場があるのは、ターヒルという小さな町のさびれてしまった地域の真ん中です。工場の組合オーガナイザーのエドアルド・ペニャは「スミスフィールド社は労働者をうまく選び、うまく搾取する。最初は地元の労働者、貧しい白人や黒人、その後、さっさと彼らを捨て、今ではサウスカロライナからこの町まで、バスで労働者を輸送している。160キロの円の圏内から全労働者が通ってきている。労働者いわく、会社は労働者を豚と同じにかんがえているのではないかと。豚にとって快適かどうかは関係ない。屠殺されるから。会社は労働者に対しても、同じで、長期雇用なんか考えていない。この工場の処理フロアで、1日3万2500頭の豚が処理される。」と語っています。

今はアメリカで食肉業は、最も危険な仕事の一つになっています。食肉会社は一群の移民を雇用しています。不法移民とメキシコからの合法な新移民を両方雇っています。不法移民の多くは、メキシコからの貧しいコーン移民達です。北米貿易協定により、安い米国産コーンがあふれ、150万人以上のメキシコ農民が失職しました。メキシコの現地産コーンは、米国の安いコーンには勝てなかったのです。(農業の貿易戦争のようなものですね。メキシコの農民はコーンに関しては負けたのです。)その後のメキシコ農民に何がおこったのか?IBPやモンフォート社のような食肉会社は、メキシコ国内で雇用を始めました。アメリカ企業はメキシコで、ラジオと新聞に求人を始めました。IBPは労働者をバスで米国に運ぶサービスを立ち上げました。長年アメリカ政府は不法移民の雇用に目をつぶってきました。移民反対運動が起こると、突然当局は取締まりを始めました。企業ではなく、不法?に入国してきたとされた労働者を取り締まり始めたのです。

労働組合長のエドアルド・ペニャ氏は再び、「移民局はスミスフィールドの労働者を駐車場で逮捕する。会社と移民局は合意ができている。逮捕者は、1日15人、大掛かりな検挙はない。会社の生産ラインに影響しないためだ。従業員が逮捕されても、会社は何もしない。重役も逮捕されない。会社のために懸命に働いてきた労働者たちが逮捕される。安い食品を買うために、いかに代償を払っているか?彼らは15年間食肉会社で働いて、ずっとベーコンやハムを加工してきた。それが逮捕されている。会社は何十億ドルももうけているというのに。」と語っています。

移民の問題はアメリカの国の病理を表している一端だと私は思います。過去の民主党政権で放置したつけが今回ってきています。トランプ大統領が人種偏見で移民を安易に受け入れないということではなくて、いままで野放図にやってきた移民の放置を是正しようとしているのかもしれません。それはアメリカ国民の多くの声から実は彼は、動いていることなのかもしれません。移民の問題はデリケートなので、単純にアメリカのまねをしていると、コントロールがきかなくなるかもしれません。グローバル化は良い点もありますが、出入りが自由になれば、国とは呼べなくなります。EUでも移民問題がEU崩壊の危機をまねきかねません。きちんとした枠組みがないと、労働力不足イコール、付け焼き刃に移民を受け入れると、必ず収拾がつかない問題も出てきます。安い、楽という理由だけで、アメリカの食肉企業のように労働者を受け入れていくのも、今後に憂いを残します。モノあまり、と今までと同じ生活スタイルではなく、生活や消費をダウンサイジングして、規模を小さくするとか、少し我慢するとか労働者が少ないのであれば、生産量を縮小するとか、時代に合わせて、事業形態を変えるとか、今日本でも知恵が問われていると思います。経済は必ずしも成長し続けなくても、その社会に合わせて変わっていけると、私は信じています。

長くかかるテーマですが、次回はまとめを書きますね。
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不思議な話 その304 安全な食品について 映画「フードインク」(3)

アメリカでの100年前のコーンの収穫高は、1エーカー(約4047平方メートル)あたり635キログラム、現在ではそれよりはるかに大量に生産できます。これは種子メーカーや化学肥料、殺虫剤メーカーの功績でもあります。現在、米国の農地の30%以上はコーン畑だというのです。アメリカの農業用地の約3分の1でトウモロコシを作っているわけです。政府の補助金で実際の生産コストより安く、生産できます。現在は生産過剰です。その過剰の原因は、巨大な多国籍企業のせいなのだそうです。政府が援助する理由は、カーギル社などの穀物メジャー会社が、安いコーンを書いたがるので、大企業は今の農業法案を通すためにアメリカ議会にお金をばらまいて、ロビー活動をしました。アメリカでの食料法案は、章句料製品全体を規制し、農業政策は、備蓄の商品穀物を重視します。企業は同じ作物を大量に作れと農家に圧力をかけます。

企業は大量のコーンの用途を新たに開発したのです。アイオワ州立大学の穀物利用研究室のL・ジョンソン氏は、「自分は食べ物を設計していて、食欲や味のもととなるそれらのパーツを集めて、新しい食べ物を開発している。冷蔵庫で腐らないものとか、悪臭を発しないか、近年最大の成果は、高果糖コーンシロップになる。」と言っています。

アメリカのスーパーでは、棚を見渡すと90%の製品にコーンか大豆成分が含まれています。その両方がふくまれているものも多いです。菓子、ケチャップ、チーズ、乾電池、ピーナッツバター、スナック菓子、ドレッシング、ダイエット甘味料、清涼飲料水、シロップ、ジュース、おむつ、鎮痛剤などの薬品、ファストフード、果糖、ブドウ糖液、合成甘味料、アミノ酸などに多用されています。コーンはすぐれた原料で、デンプンの粒から、高果糖コーンシロップ、食品添加物が作られます。乳化剤、抗酸化剤、などの加工食品の隠れた添加物として、コーンを原料とするものが多いです。

さらにコーンは、牛や豚や鶏などの飼料の主原料に使われています。コーンは魚の餌にもなります、川魚である養殖サケにさえ、コーンをたべさせています。安価なコーンのおかげで、それを餌とする食肉の価格を下げることが出来ました。平均的なアメリカ人は年間約90キログラム以上の肉を食べるそうです。(日本では平成24年の調査で年間約30キロ平均の肉を食べるそうです。調べてみたら、日本の家畜、牛、豚、鶏の餌は90%以上アメリカなどからの輸入品です。濃厚飼料などは、アメリカの餌と同じです。)

この映画で、マイケル・ポーランはCAFO (集中家畜飼育場)について、「牛はもともとコーンを食べるようには出来ていない。草を食べるものだ。コーンで育てるにはそれが安いから、おまけに高栄養で家畜はすぐ太る。」と言っています。(私は前に狂牛病の原因が、牛由来の餌を牛に食べさせていたことが原因だと聞いたことがあります。本来、その動物の餌でないもので育てるにはリスクが大きいと思います。)

アイオワ州立大学の反芻動物栄養学専門家(牛の専門家)のアレン・トランクル氏は、「牛は草を消化するように進化した。研究によれば、コーンの多い飼料を与え続けると、大腸菌が耐酸性を持つようになり、より危険な大腸菌に変わる。」というのです。

マイケル・ポーラン氏の意見に戻ると、「コーン飼料によって、普通の大腸菌が牛の中で進化する。そして大腸菌が突然変異を起こす。その結果、それが、(日本でも恐れられている)大腸菌Oー157株を登場させた。Oー157は牛の飼育場の飼料で作られた、飼育場の産物だ。牛は1日中、自分たちの糞尿の中に立っている。1頭が感染すれば、次々と広がる。1時間に400頭が処理されるなら、死体に菌が付着するのを防げるのか?肉に混入しないのか?」と疑問を投げかけています。それはフードシステムの中で起っていることです。

大腸菌は、ほうれん草や飲料からも検出されます。アメリカでは、これらは工場農場から垂れ流されたものです。食用の葉物植物の大腸菌汚染は、アメリカでは、戦後から2011年までに、20回目だそうです。元米食品加工協会の副会長は、食品医薬品局の局長でした。監督機関が監督すべき企業に支配されているという構図です。2007年汚染されたピーナッツバターを製造していたユナグラ社は、2年前に気づいていたのに隠蔽していました。

食中毒は常に起こりますが、食品製造のテクノロジー化が進むほど、安全で清潔で汚染も減るように一見、見えますが、加工工場が巨大化しすぎて、病原菌を広範囲に撒き散らすことになります。(食品を生産地から遠くの消費地まで輸送すると、病原菌の混入トラブルはさらに増えるのではないかと私は思います。地産地消がより安全だと思うのですが・・・)

工業フードシステムは効率を追います。しかし、効率が増すたびに問題が起こります。牛にコーンの代わりに5日間牧草を与えれば、毒性の高い大腸菌の8割は死滅します。けれども企業はそんな効率の悪いことはしません。ハイテクのシステムの問題を追求して修正すれば解決に向かうことが出来ます。

現実はそれと逆行していて、ビーフ・プロダクツ社の社長E・エルデン・ロイ氏は、各地にある牛の工場を管理するオペレーションセンターをシカゴ、ジョージア、ユタ、カンザス、ネブラスカ、テキサス、ロサンゼルス、オハイオの8箇所に置いて、全米の工場の設備をコントロールしています。(どれだけ大きい企業なのでしょう?)

食品安全の観点からという題目で、他社に先駆けて、アンモニアを殺菌に使い始めました。食肉は未来の工場のようなところで加工されます。巨大工場は、アンモニアで殺菌されたハンバーガーのパテを増産し、全米に配送しています。手作り以外の全米の70%のパテの内、5年以内に全ての牛のパテが100%この会社の製品のものになるそうです。

長くなりましたが、次回も続けますね。

不思議な話 その303 安全な食品について 映画「フード・インク」(2)

引き続き食肉の話です。すべてのアメリカ国内の食肉が、巨大フードシステムの中に組み込まれているわけではありません。アメリカで飼育されている約9000万頭の1割くらいは自然放牧の草地飼育だと思われます。あるいは、1割以下かもしれませんが、ヨーロッパや最大の牛肉輸出国ブラジルや南米の国々と比べると、自然放牧は、極端に少ないです。

映画の続きのまとめを書きますね。

一握りの企業がフードシステムを支配しています。1970年代には巨大企業の5社が、牛肉市場の25%を占拠していました。今日(今から10年前くらい)では、巨大企業は4社になり、市場の80%を占拠しています。豚肉でも鶏肉でも、同じことがアメリカでは起こっています。ファストフードを食べなくても、こうして製造された精肉を食べています。アメリカのタイソン社は、史上最大の食肉会社です。タイソン社は、養鶏業を根底から変えました。ヒナは、50年前(1960年代)の半分の日数で育ちます。(人に例えると、生後10年で、20歳になる感じでしょうか?)さらに成長した鶏の大きさは、20年前の2倍の大きさです。消費者は胸肉を好むので、胸の大きな鶏肉を作りました。(食用の鶏肉の肉体改造ですね。)

大企業は鶏の体ばかりか、養鶏農家まで変えました。養鶏場は鶏を預かっているだけで、ヒナは食用になる日まで、鶏の所有者はタイソン社のような企業です。

全米養鶏協会のR・ロブ氏は、「養鶏産業は、製造、加工、販売の3つを統合するモデルケースで、実に経済的なので、他の業種もこのこのモデルを導入している。機械化が進んでいて、養鶏場から届いた鶏は、ほぼすべて、同じサイズ、集約的な大量生産システムで、多くの食品が作られる、必要なのは、手頃な値段の狭い土地だけで養鶏が始められる」といっています。

ケンタッキー州のマクリーン郡のタバコ産業跡地で、タイソン社の契約農家が鶏舎16棟を所有して、30万羽の鶏を飼っています。鶏は太陽のあたらない暗がりにいつもいます。タイソン社は取材を許可しません。タイソン社の契約農家で、昔ながらの開放型の鶏舎を運営している女性養鶏家によると、7週間で早くも、2.5キログラムにもなるそうです。ほとんどの鶏は歩けないほど太らされ、自分の体を支えきれないそうです。農家の女性が言うには、飼料に抗生物質を混ぜるから鶏の体内に薬が入ります。細菌は抵抗力を増し、抗生物質が効かなくなるようです。鶏舎の経営者の女性も、抗生物質アレルギーになったといいます。そして、恐ろしいことにそこでは、病気の鶏でも食肉処理工場に運ばれるというのです。鶏の所有権は、タイソン社にあります。
農家は、会社に借金をしているので、会社の言いなりになるしかないとその女性経営者は言っていました。どこの土地でも、鶏舎1棟の建築費は、28万ドル(約2800万円)~30万ドル(3000万円)一度初期投資をすると、会社は新しい機械を導入しろとうるさく言ってくるそうです。農家はそれを断れなくて、一度初期投資をすると、言いなりになるしかなく、会社に従わないと、契約を打ち切られてしまいます。そうやって、農家を牛耳り、利益を吸い上げます。銀行に借金をさせ、借金で設備を維持させます。まるで企業の奴隷になったような気がすると経営者はいっています。その農場主は借金をして新しい機械の導入を拒否したので、会社との契約はなくなるから、取材を許可してくれたそうです。平均的な養鶏農家の借入金は、50万ドル(約5000万円以上)、年収はおよそ1万8000ドル(約180万円~200万円)これは、恐ろしい借金地獄ですね。

「豊かさの選択」というテーマでは、『雑食動物のジレンマ』を書いた作家のマイケル・ポーランがこの映画のインタビューで、「食べ物の本を書く必要があるのは、食の実態が、(生産者と消費者で)かけ離れているからだ。我々(消費者)は食べ物を語る権利がある。どうやって作られたか?それは、誰のものなのか?工業フードシステムの調査で最初に始めたのは、食べ物の源をたどったことだ。スーパーには、一見したところ、豊富な商品が並ぶ。しかし、そこに関与しているのは、アメリカでは数社と、数種類の穀物だけ。食べ物の源流をたどって一番驚いたのは、すべてが、アイオワ州のコーン畑に行き着いたことだ。」と言っています。

次回は、家畜の飼料であるアメリカのコーンの恐ろしい実態を書きます。

不思議な話 その302 食の安全について 映画「フード・インク」(1)

8年前の日本公開の映画やビデオ「フード・インク」をご覧になった方もいらっしゃると思いますが、私は、最近見ました。インタビューと取材による、ドキュメンタリー映画ですが、私には食に起こっていることが、ホラー映画よりも恐ろしく、ショックでした。映画を見て現状に驚かれた方も多いと思います。映画では主にアメリカ合衆国の畜産について、取材されています。日本が同じかどうかはわかりません。ただ、東京オリンピックに参加する海外の選手から、今年の春3月と、夏8月に動物の福祉(アニマルウェルフェアー)に配慮したオリンピックを、との意見が出ているそうです。ストレスを強く受けた家畜は栄養価が低いという主張なのです。それはオリンピック選手の成績にも影響するというのです。そして日本では、「畜産物の調達基準をあまりきびしく設けていない」と言う意見なのです。

ロンドンオリンピックでは、提供された食事には、放牧の卵が使われ、豚の拘束飼育をせず、放牧の母牛の牛乳が使われたというのですが・・・リオオリンピックではやはり、放牧の鶏の卵が使われ、熱帯雨林を破壊していない牧場の放牧家畜が使われていたというのですが・・・アピールだけなので、実のところは、わかりません。2020年の東京オリンピックでは、世界の先進国の多くの国が廃止して行きつつある狭いところに閉じ込めるケージ飼育の卵と、拘束された豚肉と、その一生を繋がれっぱなしの牛の肉や牛乳が配慮なく選手に提供されるというのですが、それに対して選手がクレームをつけている訳です。

それでは、なぜこの畜産の食の実態を皆が知るようになったかというと、10年前の「フード・インク」と言う映画の存在があるからだと、私は思います。この映画はロバート・ケナー監督が作った、2008年制作の94分の低予算の映画です。翌年の第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネート(受賞は逃しました。)されて、多くの人の知るところとなりました。日本公開は2010年1月です。

これは、アメリカ合衆国、国内の話です。
何回かにわたって、その内容をまとめてみましょう。

映画によると、ここ50年間に食生活に生じた変化は、過去1万年より大きいそうです。食料品店の売り場には昔のままの農家のイメージの商品が並んでいます。スーパーの壁には、農家の写真、柵、サイロ、1930年代の農家の建物と緑の牧草、古き良き時代の農業そのもので生産されていると消費者は思うでしょう。米国の大型スーパーの商品は、平均4万7千種もあり、アメリカのスーパーに四季はないと言われています。

1年中売り場に並ぶトマトは青いうちに摘まれ、ガスで熟成されたものです。見かけはトマトですが、昔ながらの木熟のトマトに対しては、概念上のトマトです。食肉には骨は付いていなくて、生産地と消費者の間にはカーテンが引かれています。食品業界は、真実を隠したがります。知ると食欲が失せるからです。パックされた肉の食物連鎖をたどれば、現実が見えてきます。それは農場でなく、工場です。米国では、食肉は膨大な規模の多国籍企業によって作られます。そこには、牧場や農家の出番はほとんどありません。映画製作者の意見では、食肉は流れ作業で作られ、家畜もその加工労働者も虐待されているというのです。食べ物はますます危険になり、その事実は巧妙に隠されていると・・・

米国では一握りの多国籍企業がフードシステムを支配しているのだそうです。映画の中の「すべての食品はファストフードに」というテーマでは、食に関する啓発記事を書いているジャーナリストのエリック・シュローサーにインタビューしています。たくさんの彼の著書の中で、映画の中では『ファストフードが世界を食い尽くす』という本を紹介しています。彼は「一握りの企業が、食生活を一変させたとは、思いもしなかった。食材がどこから来たのか考えもせず、ハンバーガーを食べていた。業界の思惑は巧妙に消費者から隠されてきた。」といっています。シュローサー氏がジャーナリストになったのは、隠されている重要な問題を明らかにするためだそうです。

シュローサー氏はさらにこう言っています。「工業フードシステムは、ファストフードで幕を開けた。1930年代に新型の外食店「ドライブイン」が誕生した。マクドナルド兄弟の店も大繁盛していたが、しかし、兄弟は経費削減と簡素化を決意した。マクドナルド兄弟は、女性のウェイトレスを解雇して、メニューを絞り込み、外食経営に革新的アイディアを持ち込んた。レストランの調理場に、工業システムを導入したのだ。従業員は1つの作業だけを、繰り返し訓練される。単純作業の繰り返しだから、賃金は安くて済む。代わりの人間もすぐ見つかる。おまけに安くてうまいマクドナルドレストランは、大成功を収めた。世界中どこで食べても同じ味で安い。この戦略が、思いもよらない様々な結果をもたらした。マクドナルドは、米国で最大の牛ひき肉の買い手になった。均一な味のハンバーガーを求めて、昔のひき肉の製造法を変えたんだ。マクドナルドは米国で最大のポテトの買い手だ。そして、最大の豚肉、チキン、トマト、レタス、りんごの買い手です。巨大な買い手は、巨大な売り手を求める。」

マクドナルドは、あまりにもスケールの大きい企業なので、アメリカの食を根本から変えてしまうとは、本当に映画の話を聞いて私は驚きました。3億人近くなったアメリカの人の胃袋を満たしている食品の筆頭がハンバーガーなのでしょう。

なぜ巨大企業が食材を支配するようになったかの続きは、次回に書きますね。

不思議な話 その301 『サピエンス全史』(6) 幸せについて 未来について

『サピエンス全史』のまとめです。「幸せ」は目に見えない主観的なもので、人それぞれ違う相対的なものだから、定義できないという考えの人もいるかもしれません。「幸せ」は絵空事で実は存在しない、という否定論者もいるかもしれません。それでも、多くの人は、幸せに感じる瞬間はあります。だれでも経験しているのでは、と私は思います。

『サピエンス全史』の要点では、脳内の生化学的物質の影響と、体内のシステムが、温度センサーのように、幸せの設定温度が違うという話を書きました。「既婚者は、概して独身者よりも幸せだと言ったような、離婚した人達よりも幸せであるのは事実だが、それは必ずしも結婚が幸福をもたらすことを意味しない。幸せだからこそ、結婚できたのかもしれない。より正確に言えば、セロトニンやドーパミン、オキシトシンが婚姻関係を生み出し、維持する。陽気な生化学的特性を持って生まれた人は、一般に幸せで満足している。そうした人々は配偶者として魅力的であり、その結果、結婚できる可能性も高い。逆に彼らは離婚する可能性が低い。というのも生活を共にするなら、幸せで満足している配偶者とのほうが、沈みがちで不満を抱えた配偶者とよりも、遥かに楽だからだ。したがって、既婚者のほうが概して独身者よりも幸せであるのは事実だが、生化学的特性のせいで陰鬱になりがちな独身者は、たとえ結婚したとしても、今より幸せになれるとは限らない。」と筆者は言っています。この言葉は、配偶者選びに役に立つと思いますし、長い結婚生活にも役に立つと私は思います。

筆者は、ノーベル賞学者、ダニエル・カーネマンの研究を引用して、幸せの定義について、「幸せかどうかはむしろ、ある人生全体が有意義で価値あるものとみなせるかどうかにかかっている。幸福には、重要な認知的、倫理的側面がある。各人の価値観次第で天地の差がつき、ニーチェの言葉にもあるように、『あなたに生きる理由があるのならば、どのような生き方にもたいてい耐えられる。』有意義な人生は、困難の只中にあってさえも、きわめて満足の行くものであるのに対して、無意味だと思っている人生は、どれだけ快適な環境に囲まれていても厳しい試練にほかならない。」と言っています。「幸福が快感を覚えることに基づくのなら、より幸せになるためには、生化学システムを再構築する必要がある。幸福が人生には意義があると感じることに基づくならば、より幸せになるためには、私達はより効果的に自分自身を欺く必要がある。この他に第3に道はあるだろうか?前述の2つの見方には、共通の前提がある。それは、幸福とは(快感であれ、意義であれ、)ある種の主観的感情であり、ある人の幸福度を判断するためには、どう感じているかを尋ねるだけで足りるというものだ。」といっています。つまり、全世界の人の一定の人数に「あなたは今幸福ですか?と尋ねるアンケートをとって調べるだけでも、幸福度を測ることが出来るということだと思います。

幸福に対する生物学的な探求方法から得られた基本的見識を、仏教も受け入れていると言っています。「幸せは外の世界の出来事ではなく、身体の内で起こっている」と言う見方も述べていますが、「仏教によれば、大抵の人は、快い感情を幸福とし、不快な感情を苦痛と考える。その結果、自分の感情に非常な重要性を認める。多くの喜びを経験することを渇愛し、苦痛を避けるようになるので、仏教ではそこが問題がある」と言っています。「仏教によれば、苦しみの根源は、苦痛の感情でも、悲しみの感情でもなければ、無意味さの感情でもないといいます。むしろ苦しみの真の根源は、つかの間の感情をこのように果てしなく求め続けることだといっています。感情を追い求めれば、私達はつねに緊張し、混乱し、不満を抱くことになる。この追求のせいで、心は決して満たされることはない。喜びを経験しているときにさえ、心は満足できないので、喜びの感情を必死で追い求めることに人生を費やしている。自分の感情はすべてつかの間のものであることを理解し、そうした感情を渇愛することをやめた時に初めて、苦しみから開放される。」というのです。

「仏教を初めとする多くの伝統的な哲学や宗教では、幸せへのカギは真の自分を知る、すなわち、自分が本当は何者なのか、あるいは、何であるのかを理解すること、怒りや執着、悲しみ、喜びの特定の感情を追い求めることに人生を費やすのは不幸に囚われるだけであるということに、多くの人は気づかないといっています。仏教の中の深遠な考え方は人を幸福や不幸という感情への執着から救ってくれるものかもしれません。自己実現の大切さにも気づかせてくれると、私は思います。

さて、最後にこの本では未来について少しだけ書いています。「超ホモ・サピエンスの時代へ」では、生物工学の話を書いています。生物の形態や能力、欲求、欲望の改変を目指しています。生物学的レベルでの人間の意図的介入、たとえば遺伝子の移植について、細胞や核やDNAレベルまで、生物の仕組みの理解が深まったため、かつては想像も出来なかった可能性が開かれました。たとえば、外科的方法と、ホルモン療法で、性を転換させたり、マウスの背中に牛の耳をつくる技術まで、現代では、手に入れています。人類が神の役割を強奪するのに異を唱える人々は、宗教の信者だけでなく、無神論者も科学が自然に取って代わるというのに、衝撃を受けていますし、動物愛護運動家は、遺伝子工学によって、実験動物を苦しめたり、遺伝子工学で家畜を操作して動物たちに苦痛を与えること非難します。人権擁護運動家は、いわゆる超人を生み出して、人間たちを奴隷にするのに遺伝子工学が使われるのを恐れる可能性があると述べています。悲観的な預言者たちは、恐れを知らない兵士や、従順な労働者のクローンを作ると言う悲惨な未来を心配しています。現在は遺伝子操作には歯止めがかかっていて、ほんの一部しか利用されていません。遺伝子工学で操作される生物の殆どは、植物、菌類、昆虫という弱者たちです。哺乳動物の数種も遺伝子工学の対象にされています。牛や豚に殺虫の遺伝物質を移植した豚を作ったり、乳腺炎を引き起こす細菌を殺す遺伝子を牛に操作して組み込もうとしていると筆者は書いています。

このような事実を知ったとき、私は自然から人類に仕返しを受けるのではないかと心配になります。遺伝子組換えをした牛や豚を食べるのは、人間なのですから・・・

また、遺伝子学者は「ジェラシックパーク」のように、恐竜を復活させるという夢だけでなく、シベリアの氷から発見された、マンモスをゾウのDNAに移植して、ゾウから出産させるプロジェクトはもう動き出しています。今は成功していることでしょう。ハーバード大学のジョージ・チャーチ教授は、ネアンデルタール人のゲノム計画が完了したので、復元したネアンデルタール人のDNAを、サピエンスの卵子に移植して、3万年ぶりにネアンデルタール人が誕生させられるといって、代理母に立候補している女性もいるらしいのですが、まさにSFのドクターモローの島のようで、倫理的にも許されないことなのではないかと私は思います。ネアンデルタール人の子供を実験材料にしたら、その子の人生はどうなるのでしょうか?最後は解剖されて標本でも残すのでしょうか?人間の欲はつきないので、ネアンデルタール人だけでなく、ヒットラーが未来を予言したように、ホモ・サピエンスを超える超人(超ホモ・サピエンス)を作って、ネアンデルタール人が絶滅したのが、現在の我々、ホモ・サピエンスのせいだとすると、超人を作り出した未来は、我々、ホモ・サピエンスの絶滅が待っているかもしれません。

この本では、生命の法則を換える新しいテクノロジーをサイボーグ工学にも言及しました。SFでお馴染みのサイボーグは、有機的な器官と非有機的な器官を組み合わせた生物で、たとえば、バイオニック・ハンド(生体工学を利用して作られた義手)で人間の能力を超えるチカラを身につけることです。広い意味では、メガネやコンタクトレンズ、ペースメーカー、矯正器具、コンピューターや携帯電話、埋込み型チップなどもサイボーグの1種です。そうした器官は私達の能力や欲望、人格、アイデンティティを別のものに改変することになります。

アメリカの軍関係者が昆虫のサイボーグを開発しているそうです。ハエやゴキブリに自動電子チップや探知機、盗聴器などをつけてスパイをさせるわけです。2006年アメリカの海軍水中戦センターは、サメの生まれつき備えている磁気能力で、潜水艦や機雷の周囲に生じる水中の電磁波を検知することをもくろんでいました。現在は密かに成功したかもしれませんが、サメにとってはいい迷惑です。敵から攻撃を受け得るかもしれません。サピエンスもサイボーグに改造されつつあるのでしょうか?最新世代の補聴器は人体に埋込み式で、人間の聴力以上のチカラを獲得出来るかもしれません。

ドイツのレティナ・インプラント社は、目の不自由な人が部分的に視力を獲得することが出来る、網膜プロテーゼを開発しています。バイオニック・アームは着々と進化しています。現在進行中のプロジェクトのうちで最も革命的なのが、脳とコンピューターを直接結ぶ、双方向のインターフェイスです。そのようにインターフェイスを使ってコンピューターにつないだらどうなるのか?あるいは複数の脳を結びつけ、「インター・ブレイン・ネット」を作ったら、どうなるか?そうなると1人のサイボーグが別のサイボーグの記憶を検索したり、遠く離れて見ているものを、自分がその場で見ているように感じることができるかもしれません。自己と他の違い、性別のアイデンティティなどはどうなるのでしょうか?多くのサイボーグは人間なのでしょうか?機械なのでしょうか?

「別の生命」というテーマでは、映画「トランセンデンス」のように、人間の脳のバックアップをコンピューター上に作ったらそれは、本人とどう違うのか、それは生物といえるのでしょうか?


今日では、人間一人のDNAを解析するのに、数週間と数万円しか、かかりません。ヒトゲノムのDNA情報は未来では守る事ができるのでしょうか?筆者が考える未来の支配者は、ネアンデルタール人が私達からかけ離れている以上に、私達とはかけ離れた存在になるといっています。ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは、少なくとも同じ人類であるのに、私達の後継者である知的な生物は、「神のような存在になるかも」ともいっています。物理学者がビックバンを特異点としているように、私達は新しい特異点に急速に近づいているのではないかと危惧しています。

ある科学者が人造人間を生み出すフランケンシュタインの話は、その怪物が創造主の言うことを聞かなくなって、惨事を引き起こします。フランケンシュタインの物語は、私達が神の真似をして生命を作り出そうとしたら、厳しい罰を受けるだろうと警告しています。フランケンシュタインの話は、終末が急速に近づいているという事実を、ホモ・サピエンスに突きつけます。この物語では、核の大惨事、生物学的な番狂わせがなければ、テクノロジーが発展を続け、ホモ・サピエンスが異なる体型だけでなく、非常に異なる認知的世界や、情緒的世界、を持った全く人間とは異質の存在に取って代わられるだろうと明言しています。私達はそんな時代に耐えられるのでしょうか?あるいは駆逐されてしまう運命なのでしょうか?それとも、肉体を持ったままでか、魂だけ同じDNAのからだを獲得して、別の惑星で人生を過ごすことになるのでしょうか?今の人類は歴史ごと遺伝子情報を持って、別の宇宙か今の人類が生存可能な星に必ず移っていくと私は信じています。私はその役目の一旦を遠い先に担うでしょう。

次回も新しく面白いテーマで書きますね。
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観音寺りえ

Author:観音寺りえ
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