不思議な話 その179 ピラミッド、スフィンクスの謎(3)


古代エジプトのピラミッド・テキストには、ネクロポリスはファラオ(王)が復活し、天国にいるオシリス神の所に行く通り道だったということです。オシリス神は空からやって来て、その死後はオリオン座にのぼり、復活したという伝説があります。ピラミッド・テキストでは、大ピラミッドはまるで、復活のためのマシンのように描かれています。スフィンクスもその機能を果たしたのかもしれません。

  大ピラミッドはよく言われるように、古代王族のミイラは発見されていません。多くの研究者達は、大ピラミッドは高度な発電装置だったのでは、と考える人も多いです。映画「スターゲイト」のように、星間移動装置を発動させるエネルギーを、作るところだったのでは、とか異なる世界へ移動するための装置だったとか、想像する人もいます。

  これらの最も古い3つのピラミッドはオリオン座の3つの星の位置関係を正確に表現しています。3番めの星は少し暗いのですが、ピラミッドの大きさがそれに合わせたのか、やや小さいです。かつてオリオン座の3つ星がピラミッドと同じ位置関係だった時期は、BC1万500年前(今から12500年前)です。この時作られたのでは、と考える人がいます。

1932年アメリカ合衆国のバージニア州の預言者といわれた、エドガー・ケイシーは、人々の病気の治療法をリーディングし、未来を予言し、透視をしたり、過去世、前世のことを話しました。ケイシーは、自分は、古代エジプトの神官だったとして、スフィンクスの建設に関わったと言いました。彼は、スフィンクスは、BC1万490年に建てられたと言っています。オリオン座の星の位置と合う時代に一致しますね。

  ケイシーは1945年に亡くなるまで、スフィンクスについてのリーディングをたくさんしました。彼は、かって存在していた超古代の文明アトランティスとスフィンクスは関係があると言っています。エドガー・ケイシーは、スフィンクスの右の前足の下に、アトランティス文明の記録の保管庫があって、彼は前世でそれと直接に関わりがあったと断言していました。彼が言うには、アトランティスは、単なる伝説ではなくて、存在した文明だと考えました。プラトンは、アトランティスをエジプトの全盛期と同じ時代としていますが、ケイシーはもっと前と考えているのでしょうか?二人の言うアトランティス文明は、違う文明なのかもしれませんね。「アトランティスが海に沈んで、そこから逃げた人々は、その文明の記録を残すべきか、隠すべきか悩んだ。」とケイシーは言っています。なぜなら、避難して住むことになったアトランティス以外の人類の文明は、ずっと遅れていたからです。ピラミッドやスフィンクスは、アトランティスの進んだ技術で作られたとも、考えられるかもしれません。

  エドガー・ケイシーから45年後、1990年代に研究者は、スフィンクスの地下の探索をしました。足元の8箇所に穴を開けましたが、まだ、秘密の部屋は見つかっていないのに探索は中止になりました。機が熟せば、ケイシーの予言した部屋が見つかるかもしれませんね。

スフィンクスやピラミッドは火星にもそっくりなものがある、という人々がいます。火星探査機マース・パス・ファインダーが火星の表面の大量の映像を送ってきました。12週もの探査で、12000枚の映像を送ってきました。その中にギザ台地と酷似する地形があり、スフィンクスとピラミッドと似たような画像がありました。どうしても、それが、自然にできたものではなく、人工的に作られたように見えるそうです。火星には微生物のような生物はいると証明されています。氷もあるし、水分も地下にはあると言われています。火星に知的生命体が住んでいた証拠があると考える人がいます。

  ゼカリア・シッチンは、シュメールの古代文字を解読しましたが、その古文書には、火星を地球の中継地点として、地球と火星を行ったり来たりするような記述があるとしています。彼は、火星には、大気がかつてあり、地球とそれほど変わらない気候だったと考えています。彼は地球に逃げてきた火星人もいたのでは、と考えています。古代のエジプトの遺跡は何でも2つあったという伝説があります。もう一つのスフィンクスがあると考え探している人もいます。アムドゥアトの壁画にもう一つのスフィンクスが描かれています。ギザ台地の発掘は 、全体の30%もないので、これから見つかるかもしれません。スフィンクスの伝説では、「人類の起源を表す知識は、私の下にある」という話があります。スフィンクスの謎が解けると我々の祖先の真実がわかるかもしれません。 

  また次回おもしろいテーマで書きましょう。

 


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不思議な話 その178 スフィンクスの謎 (2)

  スフィンクスの不思議について、2回めです。スフィンクスの建てられた目的は、多くの研究者が考えるように、ギザのピラミッドと関係があるのでしょうか?スフィンクスとピラミッドは相互に機能するように作られていると考える研究者がいます。スフィンクスから60メートルくらいにカフラ王のピラミッドと参道があります。その参道の途中に、オシリス神のまつられている場所があります。ピラミッドの中のオシリスシャフトは1934年に発見されて、その存在が明らかになりました。1939年に本格的発屈されました。オシリスシャフトは三層構造で、3つの部屋に繋がる3本のたてあながあります。一番下の部屋は地下10階くらいの深さだそうです。そこには、オシリスの石棺といわれるひつぎがあります。ひつぎの本体は水の中に沈んでいるそうです。

 ギザのピラミッドも最大のオーパーツの一つです。一番下の部屋にあるオシリスの石棺を調査したイギリスのマンチェスター出身の、宇宙航空産業のハイテクエンジニアであるクリス・ダン氏はその王の間の石棺が、「筒のこ」という機械を使ったとしか思えない跡を花崗岩で出来ている石棺に見つけました。しかも、その技術は現代よりも進んだものだというのです。制作の過程で切りだされたつつ状の花崗岩が英国の博物館に展示されて残っているのですが、ダン氏はその切りだされたつつのまわりには、らせん状の溝が残っていて、その溝が花崗岩の中を一回転で2、5ミリ進んでいることを発見しました。

  ダン氏が言うには「1983年時点での工業用ダイヤモンドドリルでは、花崗岩に中をくり抜くのに、一回転で、0,005ミリ進むことが出来るが、このピラミッドの石棺のドリルは、一回転で2,5ミリも進んでいる。」というのです。ピラミッドと石棺の作成者は、1983年の科学、工学技術の500倍の性能のドリルを持っていたということになります。2016年の現代でもこれと同じ性能のドリルはまだ出てきていないでしょう。しかも、石棺は花崗岩のなかでもさらに硬い石英の部分にも同じように繰り抜いているそうです。ダン氏はエンジニア仲間と意見を交換し、このドリルは、超音波加工技術が使われているのではないかという結論に達したそうです。超音波加工は、1960年代にやっと出来た技術で、超音波の高周波で、硬くてもろいものを切るのに適しているそうです。その精度の完璧さから、作業は人ではなく、コンピューター制御で使用するものなのだそうです。ピラミッドの作られた時代を1万年前とするか、5000年前とするか、諸説ありますが、この石棺に関しては、電気等のドリルの動力源と、超音波加工を制御するコンピュターのようなものが必要になります。

  スフィンクスの横にある河岸神殿の一本の石は約200トンあって、アメリカでも200トンの重さの物を扱えるクレーンは2台しかないそうですが、スフィンクスの脇の神殿には、200トン級の石が何百個も使われています。アメリカのクレーン技術者は、河岸神殿の200トン以上のブロック石を見て「何千年もの昔にいくつもの重たいブロックや200トンものブロックをうごかしているようだが、どうやって動かしたかは想像もつかない。」と言っています。大ピラミッドのブロック石は、さらに倍以上の490トンの重さのものがあります。これには、現代の技術ではまだ使われていない石の重さを打ち消す反重力装置のようなものをつけて、つみあげたのでしょうか?

  この3大ピラミッドとスフィンクスの位置は、北緯30度から6キロメートルほど南にあります。この位置は赤道から北極への縦の線北極から赤道へのちょうど3分の1の点上にあります。大ピラミッドの正確な位置は北緯29度58分51秒で、これは、空から大気圏の屈折を計算に入れて北緯30度に作ろうとした時に、北緯29度58分にたてる計算になるそうです。大ピラミッドは大気の屈折を計算に入れた天文学上の北緯30度に位置しています。大ピラミッドは宇宙から見た地球と地球から見た宇宙の位置のずれを計算に入れて計画的に作られたのではないかということになります。飛行技術がなかったとされる1万年~5000年前にどうして宇宙から見た位置を計算しなければならないのでしょうか?またどうやって計算したのでしょうか?

  さらに大ピラミッドの4つの角の角度は完璧に近い直角です。グラハムハンコック氏は「この直角は原子時計の精度どころでなくローレックスやBMW,メルセデス・ベンツ、ロールスロイスIBMなどの技術を一つに集約したほどの精度だ。」と言っています。それに加えて、ピラミッドは真北、真東というように、東西南北が正確で、それは、」グリニッジ天文台の子午線軸でさえ地球の南北の線に対して60分の9度ずれているのに、大ピラミッドはそれよりも正確で、60分の1度しか南北線のずれはないのです。紀元前2560年頃のピラミッドの作業の記録が出てきて、話題になりましたが、すでにあったピラミッドの内部の改装か部分的な発掘等の作業工程をきろくしたものだったかもしれません。今はない白く輝く大理石を付けようとした工事か、王の墳墓に前からあった遺跡を利用しようとした工事だったのかもしれません。

  ピラミッドの機能を王の墓や生まれ変わるための宗教的装置とする考えが主流ですが、一部に、電気等のエネルギー発生装置だったのではないかという意見もあります。先ほどの宇宙航空技術のハイテクエンジニアのクリス・ダン氏は内部構成部品を取り外された機械装置の抜け殻ではないかと考えています。さらに、クリス氏は地球内部からやってくる音波(振動波)を大ピラミッドが増幅して、電気を作り出していたのではないかと考えています。「王の間」や「石棺」、「重力拡散の間」などの部分は花崗岩でできています。(その他は石灰岩で出来ています。)この花崗岩が、地球の振動波を電気に変えているのでは、とクリスさんは推測しました。石英は、音波などの振動を電気に、電気を逆に振動に変える性質があるといいます。また、クリス氏は「王妃の間」の壁面にだけ塩分が厚く覆っている理由を、水素ガスをこの部屋にためて、電気の配線の代わりに伝導体にして、電気エネルギーをどこかに集中してつたえたのではないかと考えました。クリス氏以外でも、大ピラミッドは、水燃料電池だったとの説や、極端な説では核融合施設があったのではないかと考える人もいます。装置は宇宙から来た人々が、あまりに進んだ技術だったので、取り去ってしまったのでしょうか?

  ゼカリア・シッチン氏のシュメール文明の研究によると(紀元前3500年ころのシュメール文明の粘土板古文書によると、)「異星人アヌンナキは、まず最初に第一地域メソポタミアに高度な都市文明と王権を委譲し、続いて第ニ地域エジプトとアフリカ地域、第三地域インダス川流域、第四地域ティルムン(シナイ半島)の順に文明の基本と王権を委譲していった。そして、大洪水によって今までの宇宙施設が破壊されたため、新たにエルサレムに航空宇宙管制センター、エジプトには宇宙港着陸時の航空標識として3つのピラミッドを作った。そして、パールベックには緊急用の宇宙港が建設された。三基のピラミッドの建設には、科学者エンキが担当した。エンキは人間を科学的(遺伝子組み換えでしょうか?)に創造した。建築、冶金などにも優れていた。」とあります。

  シュメールの古文書では、大ピラミッドは「山のような家」と呼ばれていて、エジプトのピラミッドの記録よりも前の古文書にもうピラミッドのことが書かれています。クフ王の時は、もう遺跡として3大ピラミッドやスフィンクスはそこにあったと思われます。大ピラミッドは宇宙からくる宇宙人の宇宙船を地球に誘導する航空施設で、しかも電気等のエネルギーを作る、発電所だったかもしれません。ギザのピラミッドはクフ王が建てたのではなく、クフ王より、はるか前の一代目5000年以上前にすでに存在していた証拠が壺に彫られています。エジプトの神々の時代にすでにピラミッドは存在していたということになります。

  シュメールやエジプトの文明の記録には、神々が人類に文明を与えたと繰り返し書かれています。古文書には、アヌンナキが天から降りてきて、人類に文明を与えたことが書かれています。シュメールの古文書にはさらに、大ピラミッドの王妃の間には、「シャムの石」という赤い光線を出す石がはめ込まれていた、とありますエネルギーの発生装置と関係があったのかもしれません。大回廊には、27対の水晶石がはめこまれ、「虹のような輝きに満たされていた」とあるので、電灯のようなものでしょうか?あるいは、通信施設の一部だったのでしょうか?王の間はピラミッドの中でも神聖な場所で、天や土地を調べるための「網」が広げられていたとありますので、レーダーのようなものでしょうか?王の間の石棺は方向決定の石だそうで、宇宙船の着陸の誘導装置だったかもしれません。ピラミッドの頂上には、今は取り去られていますが、「空のごとく高いウルの石」(ピラミッドキャップ)がはめこまれていました。古代ピラミッド戦争の時、勝者はピラミッドの装置が取り外されて使えないようにしたということが古文書で伝えられています。

  大ピラミッドの隣のスフィンクスも、エジプト18王朝の歌に、「通信は天より下り、ヘリオポリスにて聞き取られ、メンフィス(当時のエジプトの首都)にて繰り返されるスフィンクスの美しき顔によって、神々は通信によって行動する。」とあります。スフィンクスはピラミッドと関係ある、通信基地の一つとも考えられるかもしれません。

  次回はまとめです。

  

不思議な話 その177 スフィンクスの不思議(1)

最も、有名なオーパーツとして、エジプトの大スフィンクスがあります。その作られた年代は、はっきりしてはいません。従来の説では紀元前2500年ぐらいだろうと言われていたのですが、最近の地質学者の研究から、その時代よりはるか昔に建設されたという説もたくさんあります。そんな昔に建てられたのに、石灰岩の一枚岩で作られていて、巨大である点が当時の技術では難しいのではというのが、オーパーツである所以です。

 ヒストリーチャンネル、「古代の宇宙人」#80で、「スフィンクスの謎」という面白い話があったので、見た映像の要点を、まとめてみました。ネット上でも、視聴できるようです。ギザの3大ピラミッドとともに、ギザの大スフィンクスは、謎の多い建造物です。1825年にエジプトのギザ台地に巨大な頭が発見され、発見者は、皆が認識する以上のものが埋まっていると考え、11年かけて今の姿に掘り出しました。

 大スフィンクスは、太陽が昇る東を向き、三大ピラミッドからわずか800メートルの所に建っています。その場所の地層の一枚岩を削って作られているそうです。その石像の全長は73.5メートル、幅6メートル、高さ20メートルにもなります。その巨大な姿は何世紀もの間、不思議だと思われてきました。そのスフィンクスは誰が何のために作ったかは未だに謎なのです。今になってもその謎は解けないで、いろいろな説があります。

 エジプト学者が紀元前2500年古王国時代に建てられたとするのは、その時代にカフラ王が支配していて、スフィンクスの前足の間から発見された碑文にその王の名前があったからです。それは「夢の碑文」と呼ばれています。BC2500年から約1000年後に王となったトトメス4世のことが刻まれています。その新王国時代のトトメス4世の頃は、大スフィンクスは頭部しか出ていなくて、体の大部分は砂に埋もれていました。トトメス4世の「夢の碑文」に関しては、伝説があります。トトメス4世が若い頃に、スフィンクスの前でうたた寝をしていると、夢にスフィンクスが出てきて、「私を砂の中から掘り出してくれたら、汝を王にしよう。」とスフィンクスがトトメス4世に告げたというのです。当時彼は王の息子でしたが、正当な王の継承者、皇太子ではありませんでした。トトメス4世が言われたとおりにスフィンクスを掘り出して、修復すると、お告げ通りに王になることが出来ました。即位名はメンケベルウラーで、永遠なるラー神の出現という意味だそうです。スフィンクスが夢のなかで未来の王に語りかけたことで、古代エジプトの歴史が変わったのでしょうか?

スフィンクスは夢のなかでさらに「神の目がもたらすものは、すべて彼のものになるだろう」と予言され、約束は守られました。碑文には光の神の目について、書かれています。「夢の碑文」の内容が本当だとしたら、スフィンクスが、エジプト王家の繁栄を約束した事にもなります。トトメス4世はその後のアメンホテフ4世の祖父で、アメンホテフ4世は当時としては、異教の王でした。それまでのエジプトでは多神教の信仰がありましたが、この頃から、アテン神、太陽の(円盤の)神のみを信仰する一神教になります。太陽の目というのは、アテン神の碑文の神の目と同じではないかということです。エジプトではその文明を神のように見守り導いた、地球外の生命体を信仰していたのではないかと、「スフィンクスの謎」では言っています。

  夢の碑文にはさらに、「私は、最初の時からここにいる。」と書かれています。エジプトの伝説では、本当の黄金期は、1万5000年位前だという説があります。そこでは、人間と神(宇宙人?超古代文明の生き残り?)がともに仲良く暮らしていたというのです。

マサチューセッツ州アストンの地質学者がギザ台地を20年間、その地質特性を調査したところ、大スフィンクスの脇の壁の部分に雨が降った時代の痕跡がありました。エジプトの砂漠化したその地域の気候から、雨が降った時代はBC3000年以前という報告がありました。(これを批判して地下水の出た時のしみだした跡だと反論する人もいるでしょうが、地質学者が雨と地下水の跡を間違えるのもおかしいと思います。やはり、ギザに雨が降った時代に作られたのではないでしょうか?)スフィンクスは、定説にあるよりは、はるか昔に作られた可能性があります。

  今は獅子の顔と言うより、人間、特に古代エジプトの王の顔を彫ったらしいのですが、その鼻は失われて、顔が崩れています。大スフィンクスの頭と顔が体の部分に比べて小さすぎるという意見があります。スフィンクスの頭については、もともとは獅子座と関係があり、最初は獅子の頭が彫ってあった、とか伏せをしている姿が、ライオンではなく犬ではないか、という意見があります。犬であったら、よく壁画に描かれる、ネクロポリスの守り神のアヌビス神ではないかという人もいます。その風貌を変えるには、アヌビス神の突き出た鼻を取り去るのが良いと考えたのでしょうか?顔の破壊はイスラム教徒の征服者が 悪魔の顔に似ていると言って顔を壊して、別の顔に作り変えたのかもしれません。俗説ではナポレオンがエジプト遠征の際に、大砲を撃つ砲兵にマトにさせたという説がありますが、ナポレオンが文化的遺産を壊すのは考えられないと思います。兵士が悪乗りして標的にした場合は別ですが、それ以前に描かれたスフィンクスの絵に鼻のないものが、すでに描かれていたそうです。話をアヌビス神にもどすと、この神は、セプテピという始まりの時から、オシリス神が来たのと一緒に来たとされ、人類の文明の始まりの時からいると信じられていました。頭の部分は何回も彫り変えられたり、壊されたりしたのかもしれませんね。

  次回に続きを書きますね。



  

不思議な話 その44 エル・ドラード 黄金の伝説

 金(きん)は人類の歴史の中で、もっとも愛されている金属であり、その輝きは人間を魅了してきました。昔は、金本位制で貨幣は金の裏づけをもっていたし、古代では金そのものが貨幣でした。メソポタミア文明から使われており、古代での金の最大の産出国はエジプトでした。エジプトは紀元前3000年くらいから資源が豊かで、経済、食糧、技術、軍事力どれも世界で最高レベルだったのです。

 現在、世界のこれまで採掘され精製加工された金の総量(地上在庫)は、約16万トンといわれています。(2009年の統計による)最も金を持っているのは、USAであるとされていて、約8134トンで外貨準備に占める率は78.2%と言われています。

 2位がドイツで3413トン(外貨準備率66.3%)3位がフランスで2541トン(59.4%)4位がイタリアで2452トン(68.1%)5位がスイス銀行のあるスイスで1064トン(39.8%)日本は6位で765トン(2.1%)で戦争に負けたときに金の割合を増やしてはいけないとアメリカから言われたようですが、実は都市鉱床(電気製品や工業用の金)の日本の保有率は6800トンあり、全体では2位か3位かもしれませんね。全世界の金埋蔵量の16%になるそうです。6位の日本の次はオランダ、中国、インドの順です。

 「エルドラード」という言葉はよく耳にしますが、意味を深く考えたことはありませんでした。今はゲームの中に出てくることばであったり、商品名だったり、歌詞の中にでてきたり、遊園地の回転木馬の名前につけられていたりしますね。一般的に使われている意味は「黄金郷」という意味で、このエルドラドにまつわる不思議な話があります。

 南米コロンビアのグアタビータ湖の付近にエルドラードの伝説があります。16世紀にスペイン人がここにやって来た時、ムイスカ族という人々が住んでいました。ムイスカ人は金(きん)を金銭や経済的価値の為に使用したのではなく、神につながる支配者の権力を知らしめる為に用いたり、霊性の高いものとして用いていたようなのです。スペイン人は「金箔をかぶせた」「黄金の人」という意味でスペイン語の「エル・ドラード」と呼びました。

 誰が、金箔をかぶせた人かというと、ムイスカ族の儀式の中で、西洋では王にあたる一族の酋長ジップという人が、べとべとする樹脂を体に塗って、その上に体中に金粉をつけ、湖底の神にささげる黄金を船に乗せ、湖のある場所で黄金を投げ入れ、酋長は、湖で泳いで、金粉を湖に落としたというのです。ムイスカ族の人々にとっては、金は太陽神の汗にたとえられ、神である太陽には触れられませんが、黄金は唯一彼らに触れることのできる、神の一部を象徴しているものだったのかもしれません。

 このグアダビータ湖周辺から発掘された黄金の遺物や儀式の道具、装飾品、動物のオブジェ楽器などに黄金が使われていて、部族によって、デザインや技術が少しずつ違うそうです。古代にしては、高度で複雑な金細工の技術を持っていました。残念なことに、その多くは欧州諸国に略奪され、大英帝国博物館などに眠っているようです。もう一つ南米の黄金の伝説があります。

 インカの伝説の都市パイチチの話です。南米の「黄金郷」の伝説が広まり、インカ帝国が栄えたのと同時期にペルーかボリビアに、謎の都市パイチチが今もなお隠れているというのです。

 また、クスコのコリカンチャという所には金で覆われた祭壇があるらしいのですが、コリカンチャには、古代に巨大な黄金の空飛ぶ船があったという伝説があるそうです。黄金の円盤は空から落ちてきて、皇帝の目の前で落下し、コリカンチャの人々は、その円盤を神からつかわされたものとして、大切に保管しました。空から神がおりてきて、金を採掘したというのです。

 1533年にスペイン人はインカの黄金を求めて、クスコの町を襲撃しました。スペイン人がクスコの町に来ることを、神からのお告げで知っていた神官は、一族の人々とともに、神にささげる黄金をクスコから30km北西に行った町へ運び、その後湖に沈めたのだ、という話もあります。

 その時の黄金の宝探しをする人々が今もいるそうです。次回も黄金にまつわる伝説をさがしてみましょう。

 

不思議な話 その21 古代のエネルギーについて

 前回、エジプトのハトホル神殿の通路に、不思議な壁画があると書きました。それは、どうみても現代の電球のようにしか見えないレリーフです。それで、古代のエジプトでは電気を使ったのではないか、というのです。古代メソポタミアに電池があったのだから、古代エジプトにも電池や電気が用いられていたのではという面白い説があります。

 ギザの大ピラミッドは作られた年代も諸説あって謎ですが、その中を通る、人が腹ばいになっても入れないようなダクトがあります。このダクトはどうやってできたのかも謎なのです。王妃の間から真っ直ぐのびていて、今の技術でもこれを作るのは難しいということです。人も大きな掘削機械も入れないサイズです。最近ロボットカメラでダクトから王妃の間の向こう側を覗くと、隠し部屋があり、隠し部屋にはさらに扉があって金属のまるい留め金があることがわかってきたそうです。その床には赤いしるしがついていました。

 ある説によると、このダクトには電気を作る装置の一部が通っていて、ギザのピラミッドは、それが作られた当初は発電所だったのではないかというのです。ギザのピラミッドは公式発表されている3000年くらい前に出来たのではなくて、1万数千年前からもともとあって、超古代文明あるいは、宇宙からきた進んだ文明が作って、発電所として使っていたものが、ある理由でそこが放棄され、技術や文明が退化してしまい。その当初の使い方が理解されずに、宗教的なオブジェとなって、魂が天に昇っていく装置とか、お墓のようなものだろうと後世の人々(3000年前の人々も後世の人です。)が解釈したかもしれないのです。出入りは自由なので後から何かを置いたり彫ったりもできます。

 発電の仕方も亜鉛と希塩酸で化学反応を起こして水素ガスを出して、地下からの電磁波や振動でエネルギーをつくる方法か、ナイル川から小さな部屋にダクトで水を引き込んで、何らかの装置で水をピラミッドの頂上までもっていきそれを下まで落とすときの水圧で発電したとも考えられます。あるいは宇宙船や空飛ぶ乗り物の飛行のエネルギーをチャージする所だったかもしれません。

 水力発電の小型版の水圧衝撃波発電は、現代開発されていて、使用されています。埼玉県のさいたま市の大宮配水塔の中に発電所を設置して、2011年4月からその発電所は稼働しているようです。作った電気は売らないで、自分たちが使う電気の35%あまりをまかなっています。

 それは遠くから運んできた上水道の水圧と流量を利用して配水場内の水流から小規模な水力発電をしているようです。

 直接宇宙から来た文明がこの装置をつくったというよりは、私は、アトランティス文明等の超古代文明が、大陸が沈んだ時にエジプトに逃げてきて、アトランティスの初歩的な発電装置を、材料の少ないなかで、やっつけ仕事で作ったのではないかと思うのです。

 アトランティスはエネルギーの作り方がいろいろありました。水晶の天然石をエネルギーを作るときに利用していたのではないかと私は考えています。水晶の巨大な柱をその結晶の形にそって作りそれを高速回転させて、エネルギーを作っていました。電気も作っていましたし、磁場の転換装置もありました。反重力装置もあり、空を飛ぶ乗り物に応用されていました。太陽のエネルギーを利用した装置もあり、今より効率的だったかもしれません。

 さきほどの水晶の柱ですが、世界中にあるオベリスク柱にピラミッドの頭部をくっつけたようなものは、この水晶の柱のことが伝承されてその形を模倣したものではないかと思うのです。

 オベリスクはまた、自然エネルギーを集める導体のようなものだったかもしれません。オベリスクは地中エネルギーを吸い上げて使う装置であったかもしれません。また、オベリスクの先端から振動で圧発電したものを集めて出していたのでは、という説があります。

 水晶の結晶には、あるエネルギーを別の形のエネルギーに変換する働きがあるようです。

 前にも取り上げたことのあるオーストリア出身のニコラ・テスラ(1856年~1943年)はその時代に生れてくるには早すぎた天才で、エジソンの直流システムに対して交流送電システムを発明しました。
テスラコイルや無線システム、蛍光灯、変圧器なども発明します。彼は奇想天外なことを考える発明家で、彼は後半の人生で、高周波の研究をします。高周波で高電圧を発生させる共振変圧器(テスラコイル)を発明します。
かれは、無線による電力の送電システムと情報の伝達システムを「世界システム」と名付けて、1899年7月に驚くような研究を発表します。その研究に資金がついて、コロラドスプリングスに建設した研究所で、高周波振動の電気的共鳴を利用して、巨大な電圧を発生させて、電気の拡大送信機を作ります。そして、地球が電気を帯びていることを証明しました。

 これによって、地球を媒介とする送電システムの構築が可能だとテスラは考えました。そして、雷放電を観測して、周波数の等しい波が干渉しあい波動がまったく動いていないように見える「地球定常波」を発見します。テスラはこれに電気エネルギーをのせれば、エネルギーを減らすことなく、電気を地球全体におくることができるのではないかと考えました。テスラはジョン・モルガンという富豪に資金援助を受けて世界システムの実験施設建設にのりだしますが、同時期に別の研究者が無線通信の実用化を先にしてしまって、資金援助が十分にうけられなくなり、その研究を断念します。

 その後その理論を証明する機会がなく、彼は83歳で亡くなります。

 最近、マサチューセッツ工科大学で、電磁共振による無線送電に成功したということです。テスラは生れてくるのが、時代に早すぎたのですね。時代が追い付くのは、だいぶかかりました。

 なぜ彼の話をしたかと言うと、オベリスクやピラミッドは、テスラの考えた「世界システム」と同じ原理の装置つまり、電気を地球上の離れた所に送信する機能があったのではないかという説があるからです。

 世界各地にある巨石もエネルギーとなにか関係があるのかもしれませんね。

 次回も興味深い話を書きましょう。

 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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