不思議な話 その235 南極大陸のミステリー(4)まとめ

南極大陸は、世界一寒い場所で、最低気温はマイナス93.2℃だそうです。最高気温は、14.5℃で、地球上で最も寒く、風が強く、乾燥している大陸です。南極には4000万年前の氷の層が存在するそうです。南極大陸は北米大陸の1.5倍、日本の37倍の面積です。南極大陸の99%が氷で、南極の海は他の海と違って、温度が低く、プランクトンが多量に発生しやすいため、エビやイカなど海の生物が巨大化しやすいのだそうです。

『古代の宇宙人』の南極についてのまとめに入ります。アメリカ軍による南極探検は、1946年第次世界大戦後南極で大規模な調査を行いました。この「ハイジャンプ作戦」と呼ばれる活動には、4700名の兵士と13艘の戦艦と、1隻の航空母艦、多数の水上飛行艇が派遣されました。当時、政府は否定していましたが、その後この作戦の主な目的が明らかになり、南極大陸の利用可能地域にアメリカの領有権を広げようとしていたようです。

米軍の南極遠征中に奇妙な出来事が起こり、その調査を早々に切り上げたということです。その調査隊のまわりに、水の中から飛行物体が現れ、それは空飛ぶ円盤のような乗り物だったそうです。

水の中から、円盤が出てきて、ビームのようなものを発射しました。船が二つに切り裂かれ、飛行機も攻撃されました。その円盤はあまりにも速い早さで飛んでいたため、動きを目で追うことと、動きを予測することは、不可能だったそうです。

甚大な損害を受けた、米軍の艦隊は、国に帰るしかなかったそうです。米軍と当時の政府は、氷の下に遺跡があることに気づいていたとも考えれます。もし、ナチスが南極大陸で、地球外の技術を探していたのであれば、実際に発見したのでしょうか?

南極大陸のボストーク湖は、厚さ3200平方メートルの氷の下にある南極の氷底湖です。世界の氷底湖の中で、最も大きいです。2001年、この地域のデータを収集していたパイロットが、この地域の端で、磁場に異常があることを感知しました。長さ105キロメートル、幅75キロメートル、という範囲で、磁気エネルギーが発生していました。観測隊の一員として、何度かボストーク湖に行った人々は、確かにその地域で、磁気異常があったと話しています。磁気異常は、その場所にとどまらず、あちこちでありました。その磁気異常の原因が何なのか、突き止められませんでした。

南極には68の基地があり、ほとんどの基地は、特別な訪問許可が必要なようです。米軍の関係者も常駐しています。マクマード基地は、南極最大の観測所です。1200人ほど常駐しています。2015年アメリカ海軍の南極開発飛行隊に所属していた航空技術者が、ジャーナリストに南極大陸での奇妙な体験を語りました。1983年~1997年まで、南極に飛行機で、出動任務時に、しばらく特に変わったことがなかったのに、突然奇妙なことが起こりました。飛行中に乗務員全員が、丸く光る飛行物体を見たというのです。

その動きは奇妙で、その光はあっちの山、こっちの山、へそれぞれ別の動きをして飛び去ったそうです。それは、1度ではなく、何度も、何度も起きたそうです。その後、間もなくして、救急搬送の要請があり、急患を運ぶことになり、一刻を争うときに、飛行禁止区域を通る決断をしたといいます。彼らは、氷の中に、巨大な洞窟の入り口が、直径60メートルくらいの穴があるのを見たというのです。そこは、巨大な穴のせいで、磁気異常が起きていたとも言っています。飛行機を降りた彼らは、見知らぬ者たちに、穴の上を飛んだことで、厳重な注意を受けました。注意した者たちは、マクマード基地の関係者ではなく、ワシントンDCから来た役人のように見えたそうです。飛行隊の人々は、二度とその穴の上を飛ばないよう、念を押されました。

先程の1946年から1947年にかけて、米軍が行った大規模な南極観測プロジェクト「ハイジャンプ作戦」で、指揮官の海軍少将のリチャード・バードは、地下に続く巨大な入り口を、南極で見たと報告しています。バード少将は、1888年~1957年の人で、アメリカでの探検家でもあります。1926年5月9日に航空機による、初の北極点到達をしました。1929年11月28日から29日に、南極大陸ロス氷原の、リトルアメリカ基地から、南極点までの往復と初の南極点上空飛行に成功しました。その後、1946年から47年のハイジャンプ作戦をはじめ、1939年から1950年代まで、5度の米軍の南極調査の指揮をとりました。

リチャード・バード少将の報告によると、南極の穴は地球の奥につながっており、そこには氷がなく、奥には様々な種類の宇宙人(地底人かもしれませんが)が住んでいると報告しました。彼はアメリカに戻ると、ワシントンDCに呼ばれ、その報告に対しての、厳しい尋問を受けました。そして、2度と探索や報告をするなと、注意されたそうです。

南極大陸は数千年前までは、温暖な気候で、当時は森林で覆われていて、多様な生物が生息していたという説もあります。南極の氷がすべて消えた時、事実が表に出てくるのでしょうか?仮に南極の西部の氷がすべて解けてしまったら、世界中の海水は約5メートル上昇するそうです。

南極の氷が溶けていっていると思いきや、一部(西の沿岸部)では解けているとしても、NASAの航空宇宙局が2015年10月に発表した所によると、長年の定説を覆し、南極の氷が増えていると発表しました。その増えている量は、820億トンにもなるといいます。南極大陸の西の沿岸部では、2009年以来7万トン、60立法メートルの氷が海の中へ消えているようですが、他の氷が増えている地域と違ってなぜ、西部だけが解けているのかも、南極のミステリーです。地下に巨大都市があって、その都市熱で氷が溶けているとでも言うのでしょうか?

次回は運命とは何かとか、運命は変えられるのかというテーマで考えていきましょう。



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不思議な話 その234 南極大陸のミステリー(3)

英国のタブロイド紙のサン紙は時々、変わった記事も載りますが、2016年12月28日の記事に、南極大陸の地下に直径が243キロメートル、深さ、最大で、848メートルの巨大な人工物か、何らかの物体があり、科学者達が困惑しているというのです。研究者達の中には、これは、かつての数億年前の地球の恐竜を一掃させた、小惑星の痕跡だと考える人がいます。その大きさは、メキシコのユカタン半島に衝突したチクシュルーブ天体の2倍以上の大きさの小惑星の跡だというのです。この小惑星の衝突は、2億5000万年前のペルム紀の大量絶滅を引き起こした可能性があるそうです。この時の大量絶滅では、地球上の海洋生物の96%、陸地に生息する脊椎動物の70%が絶滅したと考えられています。

この南極大陸の地下の謎の物体は、NASAの重力測定衛星グレースの観測によって発見されたそうです。2006年に南極圏のウィルクスランドの地底に直径約480キロメートルの重力異常を発見したもので、「ウィルクスランドの重力異常」と呼ばれています。この重力異常の原因に様々な説があって、先程の遠い昔の小惑星の残骸があるというものや、南極の地下には超古代文明の跡があるという人や、巨大なUFOの基地があるという説や、地球の一部の空洞に今でも何らかの地下都市があるという人もいます。小惑星説を含めたどの説にも、それを示す証拠は、まだ出てきていません。

噂の範囲では、第二次世界大戦中にドイツのナチスが、飛行機の発着ができるように設計された秘密基地を南極大陸に作ってその証拠もあると主張している人もいるようです。

また、『古代の宇宙人』の話に戻りますと、遠い、遠い過去の地球の大変動を描いたエジプトの壁画に残された物語があるそうです。ナイル川のほとり、エジプトのエドフに、エドフ神殿があります。この神殿は、BC273年に建設されたエジプト最大級の神殿です。作家のロバート・ボーバルさんによると、「エドフ神殿は、重要な遺跡で、その遺跡の内部は、文字で覆われています。それは、エドフテキストと呼ばれています。そのテキストでは、世界の創造の話、空から降りてきた強力な神々が、地球を作ったと言っています。原初の島が最初に作られました。二人の神が大洋の中央に島を作って、世界創造が始まりました。原初の島に住んでいたのは、奇妙なものたちで、それは、3つのグループに分かれていました。「賢者」「建設者」「シェブティ」の3つです。シェブティは謎が多く、水の中から現れたといいます。エジプトでは複数の神がやって来て、最初の神殿を建てた、と信じられています。こうして、エジプトに世界で最初の神殿が建てられ、創造主達は、世界で最初の神殿を建て終わると、大きな鳥にのって空へ舞い上がっていったと信じられています。古代のエジプト人達は、神殿の壁に描かれたエドフテキストは、真実だと信じていました。エドフテキストによれば、全ての神が去ったわけではなくその島の何世代もあとに、恐ろしい運命にさらされた環境を整えて、次の世代に仕事を引き継ぎ、去ってしまった。その後残された人間たちの間で戦争が起きた。はやぶさを象徴する彼らの神は、蛇で象徴される敵と戦いました。蛇が空に現れると、一瞬暗闇が起こり、聖なる島が破壊されました。その後洪水が起こり、洪水がひくと、元いたものたちはいなくなっていました。敵の蛇とは、太陽系内に入った彗星が地球に接近したのか、それとも、ミサイルのような武器だったのでしょうか?宇宙人の乗り物なのでしょうか?エドフ神殿の壁に描かれた古代の大惨事の記述は、自然事象を説明したものなのか、あるいは、氷のない南極大陸に存在した古代文明を滅ぼすための、地球外からの攻撃だったのでしょうか?」といっています。

この物語に従うと、南極大陸付近の氷の下に、古代文明の遺跡がうもれているのでしょうか?先程のナチスの噂は基地こそないかもしれませんが、1938年12月にドイツのハンブルグで、ヒットラーが総統になって4年目に独裁政権を確立しました。第二次世界大戦直前に、ヒットラーは人員をつぎ込み、南極大陸の古代の遺物を探し始めました。33人のトゥーレ協会の主要メンバーが32日で南極大陸に到着しました。ヒットラーは北極か、南極にあるというアーリア人の発祥の地を探していたそうです。メンバー達の一部は、地球外生命体や、地底に暮らすという人々と交信できるとする、神秘主義者か霊媒師から、高度な技術を教えてもらっていたというのですが、噂の域のはなしなのでしょうか?本当の話なのでしょうか?ナチスの人々は、南極大陸に、古代の高度な文明の情報があると信じていました。彼らは氷の下の大陸の地形を研究し、その地図を作成し、南極大陸に21基地という地下司令部も作ったというのですが、その真偽はわかりません。

潜水艦を持っていた彼らは、厚い氷の下に古代の遺跡があることの何らかの証拠をみつけたのでしょうか?また氷の洞窟や、水中の洞窟や、地下都市をどこかでみつけたのでしょうか?地下都市があることを知っていて、戦争が終わる前にそこに逃げたという都市伝説のような話もあります。

次回は南極大陸の話のまとめと、新しいテーマを探しましょう。

不思議な話 その233 南極大陸のミステリー(2)

前回の続き、南極大陸についてです。ピラミッド型の建造物は、エジプトを始め、南米のペルー、インドネシア、など世界各地で、発見されています。探査機の映像からですが、火星や月にもピラミッド型の建造物があるのではないかと言われています。地球上の最も古い建造物が南極にあるかもしれないというのです。世界中に存在するピラミッドは、その目的が分かっていません。レアな意見ですが、ピラミッドが発電装置であり、先端から電気エネルギーを無線で転送していたのではないかというのです。(まるでニコラ・テスラが考えた電気の転送方法に似ていますが・・・)

『古代の宇宙人』#101では、高度な技術を持った古代の宇宙人が、ピラミッドをエネルギーの動力源として、世界中のピラミッド同士で電気を転送してエネルギーを融通して使うことができたのではないか、という奇想天外な説があります。もし、そのようなことが出来るのなら、南極大陸にピラミッドがあってもおかしくないというのです。ピラミッドの型のデザインは、どこから生まれたのでしょうか?その起源は南極大陸にあるのでしょうか?

人工の建造物が1200万年前の氷の下に埋まっているということがあるのでしょうか?南極が氷に覆われていたのは、科学者たちが考えるほど昔ではないと言う人がいます。氷のない南極大陸の詳細な地図があるそうです。

2012年ロシアのシベリアで、血液や体毛が凍結されたマンモスが、そのままの姿で氷の中から発見されました。その姿は突然動きを止められたような姿だったそうです。氷の中で発見された10数頭のマンモスは、口の中にまだ食べ物が入っている者や、胃の中に温暖な気候で育つ食べ物が入っていました。マンモスがいた時期は温暖と、寒冷な気候が繰り返されていたのでしょうか?

1958年ハーバード大学の科学者チャールズ・ハップグッド博士は、『地球の移動する地殻』という本を発表しました。その本の中で、博士は地球の表層部を覆う地球の地殻の一部にかつて、急激な変動が起きたのではないかと考えました。この地殻移動理論は12000年前に南極がもう少し温暖な地域にあったのではないかといっています。彼の説によると、かつて北極は、アメリカのニューヨークのハドソン川の位置にあったとも言っています。それが、現在の北極の位置に移動したという説なのです。南極でもそれが、地殻の移動と同じように厚い氷に囲まれました。博士は、1万2000年前に、そのような大きな地殻変動があったと主張しています。地殻の複数に塊ができて、南極大陸は、短い時間で今の位置に移動しました。ハップ・グッド博士によると、南極大陸は今の位置に、数ヶ月という大変短い期間に移動したというのです。

そのような地殻変動に襲われれば、すごく短期間のうちに氷に包まれる可能性があるというのです。それは現代でも、条件がそろえば、起こり得るかもしれません。この博士の説は主流ではありませんでした。けれども、同年代の有名な物理学者アルベルト・アインシュタイン博士は、この説に感銘を受け、ハップ・グッドのこの本の序文を書いています。1960年に自分の説の裏付けをするために、ハップ・グッド博士はアメリカ議会図書館を調べました。彼は、1531年に発行された不思議な地図を発見しました。フランスの数学者で地図学者のオロンティウス・フィネウス(オロンス・フィネ)が作成したその地図には、氷のない南極大陸の地図が描かれていました。極点はもちろん、南極圏という文字まで書かれていました。氷のない海岸線は極めて正確で、海岸付近にある山や川、離れた島の位置まで一致していました。ただ、面積は、他の大陸の割合に比べると、南極大陸が4倍の面積になっています。これについて、アメリカのキーン大学の教授が詳細な検証を行った結果地図は、複数の古地図をもとに描かれたと、教授は推測していて、計算のミスで面積が4倍になったのだろうと言っています。(文明の時代の古代で、古地図の描かれた時代に南極の氷がなかったことなどあるのでしょうか?)南極大陸の発見は1800年代なので、氷の下の正確な地形は、航空写真や人工衛星などの空から見えるものがないと、分かりませんね。1500年からしたらその約300年後に発見された大陸が、その発見の300年以上前に描かれていたなどということは、ありえません。

気候学者は南極大陸がこのように氷のない状態であったのは、少なくとも現在から6000年以上前だろうと言っています。オロンス・フィネは何千年も前の地図を、手にいれたのでしょうか?

さらに不思議なことには、1960年代のアメリカ空軍の地図制作者にハップ・グッド博士がこの地図を見せると、数百年前に作られたのに、この地図には高度な三角法が使われており、驚くほど正確だと感想を述べられました。16世紀に作られた地図なのに、現在の技術で測定されて、上空130キロ以上の高度でないと、この地図は作成できないと言っています。

続きは次回にします。

不思議な話 その232 南極大陸のミステリー(1)

暑中お見舞い申し上げます。九州地方では大雨で、心配ですが、局所的な集中豪雨で気象が例年にない異常気象のような気がします。
7月の半ばですが、東京は空梅雨(からつゆ)で大変暑いです。今日のテーマは、想像すると少し涼しくなるところ、極寒の南極の話です。

また、『古代の宇宙人』#101話からの話ですが、「南極大陸のピラミッド」からのまとめで感想を書きますね。南極大陸は約3000万年前から氷床におおわれてきたというのが定説ですが、本当にそうなのでしょうか?

発見される前、西ヨーロッパでは、南方にある大陸の伝説が存在して、昔から探検家がそこに行こうと試みていました。古代ギリシャの学者プトレマイオスが、BC150年頃に描いた地図には、「未知の南の大陸としてのっていたとかいなかったとか、その地図は現存していません。その後南の海で氷の陸地を見たのは、ポリネシア人だそうです。クック諸島のラロトンガ島に伝わる伝承に西暦換算だと紀元後650年頃、カヌーで南太平洋を航海中に暴風雨に巻き込まれ、氷の浮かぶ海に着いたという話があるそうです。

15世紀の大航海時代に入ると、アメリカ大陸が発見され、未知の領域だった南半球への航海が活発に行われるようになりました。1520年にフェルディナンド・マゼランが発見したマゼラン海峡の南側の陸地は、ティラ・デル・フェゴ(現在のフェゴ島)と呼ばれ、南の大陸と勘違いされていましたが、ドレーク船長によってこれは、ただの島であることがわかりました。

16世紀になると、各国の航海者が持ち帰った情報をもとに地図を作り、ゲラルドゥス・メルカトル(メルカトル図法考案者)の1569年に出版された地図には、「テラ・オーストラリス・ノンドゥム・コグニタ」と名づけられた南の大陸が描かれています。この地図は日本の「世界地図屏風」などにも取り入れられました。

フランスのジャン・パティスト・プーヴェド・ロジェはブーベ島を発見し、南極付近の卓上氷山の存在を発見しました。ジェームズ・クックは1773年に人類としてはじめて南極圏に入っったのに、当時は巨大大陸の存在を否定していました。彼は南極大陸を発見することができませんでした。

その後南方への探検は続き、最初の発見者は、確定されていないようですが、ロシア海軍のべリングスハウゼンだという人もいれば、イギリス海軍のエドワード・ブランスフィールド、アメリカ人アザラシ漁師のナサニエル・パーマーのうちの誰かだろうと言われています。同時期に発見されたのかもしれません。1831年に北極磁気極が確定すると、南極磁気極にも関心が持たれて、探検隊が組織されました。イギリス人のジェームズ・クラーク・ロスは、南磁極まで発見できなかったものの、いろいろなところを発見しました。

1897年には、ベルギー人のアドリアン・ド・ジェルラシによって多国籍の探検隊を組織して、南極圏で越冬しました。1904年にはロバート・スコット率いるイギリス探検隊が南極に上陸しました。

スコットランドの貴族アーネスト・シャクルトン卿率いるイギリス探検隊が1907年から1909年にかけて、探検が行われ、1909年1月9日南極点付近に到達し、16日に南極磁気極に到達しました。探検隊の船は氷に閉じ込められ、9ヶ月漂流し、氷とぶつかりボートで漂流していたのですが、サウス・ジョージア等の住人に助けを求め、乗組員全員が生還できました。この話は、確か映画になっていると思います。シャクルトン卿の映画を見て感動した覚えがあります。

南極大陸は、地表の98%が氷で覆われています。地面が見えているところはわずかしかありません。面積は1400万平方kmで、オーストラリア大陸のほぼ2倍です。氷の厚さは平均1.6kmです。南極大陸は今でも探検が遅れている所で、謎の部分が多くあります。
南極は、「地球に残された最後の秘境」と言われています。氷の厚いところは、4kmに達する所もあります。氷の下は、さらに大きな謎です。アメリカの一番高いウィリスタワーでも、一番厚い氷と比べると、タワー10個分くらいだそうです。南極大陸には定住している人はいません。調査の為に各国の観測所があり、夏場は5000人、極寒の冬は1000人ほどがいるそうです。

先程触れた、南極の紹介では、3000万年前からという説もありますが、12000年前から氷床に覆われているという諸説あります。
けれども、2012年つい最近、ある写真が発見されて、その定説が覆されました。最近の温暖化で西側の氷が溶け、(温暖化で氷が溶けているという説と、その反対に南極の氷が増えているという諸説あります。あとでそれについては触れますね。)溶けた氷の下から不思議な構造物が発見されたというのです。南極大陸ではこのように、ピラミッド型の構造物が見つかったという報告が数多くあるそうです。四角錐のピラミッド型の構造物のようにみえるものが、南極大陸の写真に写っているのです。その写真は、自然の地形を写しただけにすぎないと主張する科学者も多くいますが、映像分析の専門家のジョセフ・ホワイト氏に見せた所、自然にできた地形ではないというのです。2013年3月にそのジョセフ・ホワイト氏は、シャクルトン山脈にそれと別のピラミッドらしきものがあることを発見しました。彼は、「衛星写真閲覧ソフトで南極大陸を見ているうちに、奇妙な構造物を見つけました。それは四角い建物のように見えました。しかも、その4つの底辺が、東西南北に正確に合わせているのです。自然にできた地形であれば、普通は左右対称にはなりません。直角や正三角形のような地形は自然には見られないのです。この構造物の底辺は4つともピッタリ2kmです。これまで発見されているピラミッドの中でも、南極大陸のものは、一番大きいのです。それは今まで何世紀もの間、誰にも気づかれなかったピラミッドが、近年の考古学調査によって発見されているのです」と言っています。

長くなったので、続きは次回にしましょう。

不思議な話 その179 ピラミッド、スフィンクスの謎(3)


古代エジプトのピラミッド・テキストには、ネクロポリスはファラオ(王)が復活し、天国にいるオシリス神の所に行く通り道だったということです。オシリス神は空からやって来て、その死後はオリオン座にのぼり、復活したという伝説があります。ピラミッド・テキストでは、大ピラミッドはまるで、復活のためのマシンのように描かれています。スフィンクスもその機能を果たしたのかもしれません。

  大ピラミッドはよく言われるように、古代王族のミイラは発見されていません。多くの研究者達は、大ピラミッドは高度な発電装置だったのでは、と考える人も多いです。映画「スターゲイト」のように、星間移動装置を発動させるエネルギーを、作るところだったのでは、とか異なる世界へ移動するための装置だったとか、想像する人もいます。

  これらの最も古い3つのピラミッドはオリオン座の3つの星の位置関係を正確に表現しています。3番めの星は少し暗いのですが、ピラミッドの大きさがそれに合わせたのか、やや小さいです。かつてオリオン座の3つ星がピラミッドと同じ位置関係だった時期は、BC1万500年前(今から12500年前)です。この時作られたのでは、と考える人がいます。

1932年アメリカ合衆国のバージニア州の預言者といわれた、エドガー・ケイシーは、人々の病気の治療法をリーディングし、未来を予言し、透視をしたり、過去世、前世のことを話しました。ケイシーは、自分は、古代エジプトの神官だったとして、スフィンクスの建設に関わったと言いました。彼は、スフィンクスは、BC1万490年に建てられたと言っています。オリオン座の星の位置と合う時代に一致しますね。

  ケイシーは1945年に亡くなるまで、スフィンクスについてのリーディングをたくさんしました。彼は、かって存在していた超古代の文明アトランティスとスフィンクスは関係があると言っています。エドガー・ケイシーは、スフィンクスの右の前足の下に、アトランティス文明の記録の保管庫があって、彼は前世でそれと直接に関わりがあったと断言していました。彼が言うには、アトランティスは、単なる伝説ではなくて、存在した文明だと考えました。プラトンは、アトランティスをエジプトの全盛期と同じ時代としていますが、ケイシーはもっと前と考えているのでしょうか?二人の言うアトランティス文明は、違う文明なのかもしれませんね。「アトランティスが海に沈んで、そこから逃げた人々は、その文明の記録を残すべきか、隠すべきか悩んだ。」とケイシーは言っています。なぜなら、避難して住むことになったアトランティス以外の人類の文明は、ずっと遅れていたからです。ピラミッドやスフィンクスは、アトランティスの進んだ技術で作られたとも、考えられるかもしれません。

  エドガー・ケイシーから45年後、1990年代に研究者は、スフィンクスの地下の探索をしました。足元の8箇所に穴を開けましたが、まだ、秘密の部屋は見つかっていないのに探索は中止になりました。機が熟せば、ケイシーの予言した部屋が見つかるかもしれませんね。

スフィンクスやピラミッドは火星にもそっくりなものがある、という人々がいます。火星探査機マース・パス・ファインダーが火星の表面の大量の映像を送ってきました。12週もの探査で、12000枚の映像を送ってきました。その中にギザ台地と酷似する地形があり、スフィンクスとピラミッドと似たような画像がありました。どうしても、それが、自然にできたものではなく、人工的に作られたように見えるそうです。火星には微生物のような生物はいると証明されています。氷もあるし、水分も地下にはあると言われています。火星に知的生命体が住んでいた証拠があると考える人がいます。

  ゼカリア・シッチンは、シュメールの古代文字を解読しましたが、その古文書には、火星を地球の中継地点として、地球と火星を行ったり来たりするような記述があるとしています。彼は、火星には、大気がかつてあり、地球とそれほど変わらない気候だったと考えています。彼は地球に逃げてきた火星人もいたのでは、と考えています。古代のエジプトの遺跡は何でも2つあったという伝説があります。もう一つのスフィンクスがあると考え探している人もいます。アムドゥアトの壁画にもう一つのスフィンクスが描かれています。ギザ台地の発掘は 、全体の30%もないので、これから見つかるかもしれません。スフィンクスの伝説では、「人類の起源を表す知識は、私の下にある」という話があります。スフィンクスの謎が解けると我々の祖先の真実がわかるかもしれません。 

  また次回おもしろいテーマで書きましょう。

 


プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
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