未来観と生命観 手塚治虫の火の鳥から -後篇

 今回は手塚治虫の未来のイメージと生命観がわかる「未来編」をみていきましょう。

 未来編はちょっと長い話ですが、あらすじを追うと、未来の3404年、環境汚染によって、地上では、動物や緑がきわめて少なくなり、人類は巨大な地下都市を作ります。世界には、国はなくなり、人口500万人ずつ位の、5つの巨大地下都市が出来ています。

 主人公のマサトは「メガロポリス・ヤマト」に住んでいます。マサトは独身で、ムーピーという不定形宇宙生物(生息する星の生物に姿を変えて順応する生物。)で若い女性の姿をしたタマミと共に生きていました。ムーピーはシリウス12番星に住んでいて、人類によって、その星から強制的に連れて来られて、ペットになります。ムーピーの能力として人間に幻覚をみせるのですが、この能力が権力者に嫌われてムーピーのほとんどは殺されてしまいます。マサトは上官のロックからムーピーであるタマミを殺せと命じられますが、マサトはタマミが好きで殺すことが出来ません。そして、人類戦士というエリートの職業であるマサトはタマミと地下都市ヤマトを脱出します。

 二人は何もない地上で生活して、変人と言われている、猿田博士のもとにたどりつきます。猿田博士は地上で絶えてしまった動物や人間の種を再び作ろうと研究しています。二人がたどりついた後、5つの地下都市は各都市のマザー・コンピューター同士が暴走し、核兵器による最終戦争が起こります。

 猿田博士は絶滅した種を一から作ろうとしていますが、それは神の領域で、ことごとく失敗します。人工胎盤装置の中で生きる人間に近い知的な生物が、本人の希望で羊水から出て外気に触れると、細胞がばらばらになってしまいます。(まだクローン細胞が研究されていない時代に手塚氏は種の再生というテーマを描いています。)

 猿田博士はマサトと不定形生物であるムーピーが研究所に来てから、ムーピーの生命力をもとに新たな世界を創造しようとしました。そうしているところに、マサトの上役で階級が上の人類戦士ロックが小型飛行機でやってきて、ロックはマサトのムーピーのタマミを誘拐しようとしますが、マサトの抵抗にあいます。

 マサトの所に火の鳥が現れ、地球を復活させるためにマサトを不死の体にします。

 人類は未来をコンピューターに託し、コンピューターの計画通りに各メガロポリスの都市は戦争をして、地下の人類すべてが滅ぼされてしまいます。生き残ったのは、マサトとロックと猿田博士、とムーピーのタマミだけでした。

 マサトは火の鳥から大変な使命を受けるわけですが、永遠の命を授かる前に、火の鳥は、ブッダがさとったといわれている悟り、宇宙の限界と細胞の素粒子の中の宇宙をマサトに理解させようとします。火の鳥は「宇宙はひとつの粒子にすぎない」と言って、極大のものも、極小のものまで、みんな「生きて」活動していると火の鳥はマサトに教えます。(ここに、手塚治虫の宇宙観、生命観が出ています。)今は素粒子よりもっと小さいナノ粒子が見つかり、さらにもっと小さいタキオン粒子も見つけられようとしている時代になりました。でも、私も、極大のものと極小のものはおなじであるという、考えに自分の能力が出てから、実感を持ちました。前にもブログで書きましたが、エネルギーの実態は宇宙の中をさまよう巨大なものにもなりえるし、人体の中を流れる極小の情報エネルギーにもなり得るのです。)

 それぞれの人は膨大な量の情報を自分の中に内在させています。

 話を戻しますと、原作ではマサトは不死身のからだになって、自分を傷つけたり、撃ったりします。でも傷はすぐ元に戻ってしまいます。マサトは不死身の体になったことに恐怖します。それは、永遠の孤独も意味するからです。

 マサトを愛しているムーピーのタマミはマサトの為に、猿田博士の実験台になって、核戦争が地上に影響を与えた放射能からマサトを守る方法を考えてもらおうとします。ロックは死を覚悟して、小型飛行艇で空中に行きます。猿田博士も亡くなって、マサトとムーピーのタマミは生き続けますが、やがて、ムーピーの寿命でタマミも亡くなります。最後に一人残ったマサトは、猿田博士の研究をひきつぎますが、生物を作り出すことができません。タマミの姿をしたロボットを作っても、ことごとく失敗してしまいます。そして、火の鳥はロボットには生命は宿らない事をマサトに教え、見守りつづけなければならないと教えます。マサトは年をとり、生き続けます。


 マサトは海に有機物を流し、生命が生まれてくるのを忍耐強く待ちます。とうとう不死のマサトの肉体も年月に耐えられずに風化してしまいます。けれども、マサトの魂は生き続け、ずっと見守っています。手塚治虫の考える進化の過程がお話の中で起こり、とうとう哺乳類まで来て、人類が発生します。マサトは30億年地球上の生物を見守り続け、結果的には神のような存在になりました。

 手塚氏は全ての生物は宇宙生命(コスモゾーン)であるとして、その生命が物質に飛び込むと、初めてその物質は「生きる」事になると言っています。それは銀河のような大きなものから、地球も動植物も細胞も、原子も粒子もみんなコスモゾーンが入って生きていると、彼は考えました。そして、別の生物だったタマミの生命とマサトの生命はこの宇宙生命コスモゾーンで合体して、話はまた、黎明期に続いていくのです。

 私の考えでは宇宙生命と表現されているのが、魂でこれは属性をもった他と分化している、ある種の情報のエネルギーなのです。宇宙とイコールのものではありませんが・・・

 手塚氏の中に仏教の考え方が根本にあるのではないかと考えます。彼の描いた「ブッダ」にもこの思想は貫かれているのかもしれませんね。

 次回はまた、古代文明のこと、最近興味のあることなどをお話しましょう。
スポンサーサイト

未来観と生命観 ー手塚治虫の火の鳥からー中編その2

 今回も火の鳥から未来観・生命観を見ていきたいと思います。

 火の鳥の話を見ていく前に、今日のテーマに関連したことで、最近ティース・バンク(自家歯牙移植)のニュ-スを見ました。これは紀元前からあったそうで、やむ負えず抜くことになった健康な自分の歯、親知らずや、事故で抜けてしまった歯を冷凍や薬液につけておいて何年も保存して、その後に虫歯等で抜けてしまった部分に移植して再利用することです。今の技術では、無傷の健康な歯を移植しますが、未来には歯の一部があれば、抜いてから治療してそれを培養して完璧に健康な歯にして移植することも可能になると思います。
 
 もっと先の未来では、自分の歯の種になるようなものを歯茎に植えて、特別な栄養を与え早く成長させて永久歯にすることも可能になると私は考えています。

 また、現在めざましい勢いで研究が進んでいるIPS細胞(人工多能性幹細胞)は人体のどの部分にもなりえる細胞で分裂をするときに自分とまったく同じ性質の細胞を生み出すことができ、自己複製能力を持つ細胞なので、SF小説の中の世界がまさに現実になりますね。つまり悪いところをとりかえることができるようになると思います。IPS細胞は遺伝子治療にも応用できるそうです。

 人間の夢(欲ともいえるかもしれません)は健康で長く生きること、火の鳥のメインテーマである不老不死ですね。体のパーツをとりかえつつ長く生きることで、果たして人間は幸せになるでしょうか?


 「アイランド」というSF映画が何年か前にありました。これはある会社が違法に、有名人や政治家やスポーツ選手やお金持ちの健康なクローン人間を作って、依頼主が病気になった時にそのクローン人間の内臓をとって命を断ってしまうという怖い映画でした。主人公はクローン人間のカップルで、本人と上手くすり替わることが出来てその会社を世間に告発し、他のクローン人間全てが実験室から解放され、人権を持ちます。簡単なあらすじで分かりにくかったかもしれませんが、万能細胞があれば、自分の皮膚の細胞をひとかきするだけで、内臓のパーツの一部だけを作ることが出来るのでこのようなことはおこりませんね。でも脳全体を取り換えるとしたらどうなのでしょう。

 体の細胞や内臓を新しくして寿命をのばすというやり方と、SFでは壊れた人間の部位のかわりに機械で補って寿命を延ばしたり、特別な能力をもつという発想もありますね。映画では「ロボコップ」が怪我で脳や体のほとんどが機械になってしまった警官の物語がありました。

 火の鳥の話に戻りますね。今日は復活編で未来の話です。西暦2400年代、25世紀の地球は環境破壊にさいなまれています。(50年近く前に手塚治虫氏は、今を予言しているように見えますね。)主人公の青年レオナは地球を再生する構想フェニックス計画のスタッフでした。彼は研究施設の爆発事故に巻き込まれて、救助されます。一部の脳をやられてしまい、脳の中のかなりの部分に人工頭脳を埋め込みまれます。それで命は助かったのですが、大変な副作用?が起こります。それは事故以前の記憶を無くしてしまい、人間を人間として認識できないでガラクタに見えてしまうのです。レオナは心が機械になってしまったのでしょうか?

 彼は廃棄物処理場で、旧型事務系ロボットのチヒロと出会って、ロボットの彼女を美しいと思い、恋に落ちます。機械が人間にみえてしまうわけですね。

 医療施設を抜け出したレオナとチヒロは爆発跡地にたどり着きます。レオナの旧友ランプは実は悪だくみを持っていてレオナから「永遠の命」の情報を手に入れようと、卑怯な手段で二人を追いかけます。作者はこの話の中で「一度壊れてしまった世界はどんなに手をつくそうと元には戻らない」と主人公に言わせています。主人公の父親が地球崩壊にはどめをかけようとするのですが、地球再生計画は打ち切りになって、主人公の父は抗議の自殺をしてしまいます。そのことを、主人公は少し恨みに思っています。

 その後、主人公のレオナは地球復活の使命をおびて月に来て、火の鳥の羽を手にいれて、生命の謎を解き明かそうとした過去を思い出します。火の鳥の羽の分析が終わって彼はデータをコンピューターに保存します。悪人のランプは彼を殺してでもデータを奪おうとします。

 爆発で死にかけた時、レオナは火の鳥に話しかけられました。「あなたは死ぬ。でもあなたは何度でもよみがえるでしょう。生と死のはざまを漂って復活するのがあなたの運命」という予言をして消えてしまった記憶を彼は思い出します。お話の最後の場面では、レオナは足に車のついた旧式のロボット「ロボタ」になって、火星で再生して、小さい子供の子守りをしています。ロボタは他のお話でも再生して出て来ます。

 心が機械になったり、脳が機械に置き換えられると魂はどうなるのかという難しい問題に直面します。また記憶を取り出すことが出来て新しい体に宿った時に、自分の根源というものは何なのだろうかという哲学的な難問も抱えることになりますね。

 次回は手塚治虫の生命観がもっともよく現れているお話をとりあげてみましょう。

 

未来観と生命観 -手塚治虫の火の鳥からー中編その1

 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 今日は火の鳥の内容に入ります。お正月の1回目なので、「羽衣編」のことを書こうと思います。火の鳥の羽衣編は18種類の時代の話の中でいろいろな要素を盛りだくさんに含んでいます。民話の羽衣伝説を下敷きに、雪女の要素があったり、かぐや姫を思い出させたり、芥川龍之介の「藪の中」という小説の中のシーンににていたり・・・

 やはり、火の鳥の中で必ず出てくる鼻の大きな猿田の生まれ変わりの人物が出て来ます。この話では主人公になっています。

 「羽衣編」の簡単なあらすじは、母親に捨てられてみなし児として育ったズク(猿田の転世した者)は生きるために山賊になっています。山で会った不思議な少女(「ブラック・ジャックのピノコのような外見の少女です。)に松の浜辺に行くよう言われます。浜辺には光る羽衣を巻いた美しい女性が倒れていて、ズクは山賊のさがで、女性から高価そうな光る衣を奪います。

 美しい女の人は、記憶を失っていましたが、光る衣がなぜか大切な気がして、ズクのあとをついて来てしまいます。記憶を失った女性は、ズクの家で彼と一緒に暮らし始めます。ズクは彼女に自分を置いて出て行った母親の名前「トキ」という名前を付けます。ズクは食べるために、山の峠を通りかかる旅人をつぎつぎと襲い、ある時は傷つけて金品を奪います。奪ったものは村の強欲な長者のところに、売りに行ってお金に替えて生活しています。

 不思議な少女はズクの良心を呼び起こそうと、ある時は説教したり、ある時は、ズクを脅したりして強盗をやめさせようとします。ある時、ズクが旅人を刺そうとして、家族連れなので躊躇していると、子供に刺されてしまいます。その看病をトキは一生懸命して、二人は次第に愛し合うようになります。

 トキが身ごもって、ナギという男の子を産むと、ズクは子供の為に、山賊をやめようとします。さらに貧しい生活が続きますが二人は幸せそうでした。
しかし食べていけなくなって、ズクはまた山賊に戻りそうになります。不思議な少女は「鬼のような悪い事をしていると本当の鬼に襲われるよ」と警告します。

 ところが、冬の寒い日に幼いナギが高熱を出して死にそうになり、トキは大切な衣をズクに与え自分はどうなってもいいから子供と夫を助けるために、村に衣を売りに行って欲しいと夫に頼みます。ズクは強欲な長者のところに行って子供の為に薬を分けて欲しいと頼みますが、相手にされないで断られます。長者は用心棒達に命じて腕力で衣をズクから奪おうとします。(ホントの鬼って強欲で残酷なお金持ちの長者さんだったんですね。)

 もみあっているうちに、長者の家が火事になって、ズクはどさくさで薬をもってきますが、傷を負って自分の家の近くの妻と初めて会った松の木の根元で、息絶えます。トキは愛する夫を失ったのです。

 トキが死んでいる夫を見つけて、駆け寄った時に、不思議な少女が出てきて、火の鳥に変身します。正確には、火の鳥が不思議な少女に変身していたわけです。火の鳥の姿を見たトキは、一瞬にして、記憶が戻ります。未来の布の羽衣を持っていたトキは、遠い未来から火の鳥につれてこられたズクの母親の魂のたくさん転生した果ての未来人の女性だったのです。彼女は未来でもズクに対してやったのと同じように、未来での自分の幼い息子を捨てて、育児から逃げようとしていたのでした。火の鳥は繰り返していることを気付かせる為に、物事の(仏教では)因果を理解させる為に因果の最初の原点より少し後に、彼女を送ったのでした。そして、不思議な少女になり二人をナビゲイト(導いていたのです。)

 子供を残して去ってしまった結末に子供が人生を恨んで、人を殺したり、盗人になってしまったということを彼女に気付かせようとしたというテーマです。

 手塚氏は仏教の因果応報話やいろいろなものを見てこのお話を構築したと思います。従来の羽衣伝説より面白く脚色されていますね。

 実際の生まれ変わりの事象は、既存仏教の俗説の因果応報的な法則で動くものではありません。悪い事をしたら、悪い事が繰り返されるという単純なものではないのです。

 単純にリンクとして自分で設定するのです。残念なのは、母親に捨てられて、悪い人になってしまったという設定です。母親がこの年齢で離れると言う事や子供を捨てて別の生き方をするというのは、道徳的にみると許されないと思うかもしれません。しかし、縁がそのときまでであって、母親に捨てられた人が、素晴らしい偉業をなしとげたり、普通の人の経験できないことを知ったり理解したりするかもしれません。生まれ変わりは道徳の生まれる以前からありました。生まれ変わる人生それぞれの魂にとっては善悪はないのです。

 「羽衣編」は素晴らしい作品でしたが、転生に関しては、もっと複雑に扱ってもらえれば、さらに素晴らしいものになったと思います。

 次回は別の作品をとりあげ、最近思いついた話題もあったら書きますね。

手塚治虫の未来観と生命観 -火の鳥の話からー前編

 年末は北朝鮮情勢を要人の写真から透視しました。2年半ちょっと前にも、個人的なご依頼で、北朝鮮の情勢を透視したときに、数年内の総書記の死と正恩氏が継承することを透視しました。テポドンの打ち上げも1カ月前に予知したのですが、その時関わった人を透視しました。

 2011年は日本にとって大変な年でした。明日から2012年ですね。2012年はマヤ暦の解釈などで、いろいろ言われてきましたね。世界各地の天変地異は引き続きありますが、2011年ほどではないと思います。2012年は世界のリーダーや政治体制が変わりやすいのと、経済的な変動が大きい年ですね。

 今回は古代文明を小休止して、50年以上前から壮大なテーマで、人間を表現しようと試みた手塚治虫氏の漫画「火の鳥」の一部の話から、彼の未来や命にたいする考え方を見ていきたいと思います。火の鳥の内容は、人間の死生観と転生に関わりが深いです。未来のお話の中に、手塚治虫氏の未来に対する予言が描かれていないかも見ていきましょう。

 
 手塚氏は1928年に大阪府豊中市(当時は豊中町)で生まれ、戦争中なので大阪大学付属の医学専門学校に行って、(軍医が足りなかったので増産するための医学専門学校)医師の国家試験を受けて資格を取ったが、医師としての仕事はしたことはないらしいです。その才能が開花したのは、漫画の世界で、「鉄腕アトム」で有名になりました。その個性的な画風、物語を紡ぎだす能力と話の構成のうまさ、発想の豊かさで、「漫画の神様」とも言われています。

 「火の鳥」が最初に発表されたのは、1954年学童社の『漫画少年』の「黎明編」でした。この黎明編は完結しないで、「エジプト編」・「ギリシャ編」・「ローマ編」が連載されました。私はこの3つは知らないのですが、それ以外はほとんど読みました。この「火の鳥」シリーズ全体のなかで、転生して、いつも出てくる大切な脇役として、鼻のおおきな猿田という名のついた男性がいます。これは作者の分身だとも、そうでないとも、いろいろ言われています。私の考えでは、猿田という登場人物には、手塚氏の投影がかなり占めていると思います。


 彼のライフワークともいえる「火の鳥」は最後まで描ききるには、彼の時間はたりませんでした。残念ながら彼は61歳あまりで胃がんのために亡くなってしまいます。

 「火の鳥」は先にあげた外国を舞台にしたもの以外に、「黎明編」・「未来編」・「ヤマト編」「宇宙編」「鳳凰編」・「復活編」・「羽衣編」・「望郷編」・「乱世編」・「生命編」・「異形編」・「太陽編」の15のカテゴリーがあり、構想のみで執筆されなかった物に、「大地編ー日中戦争の関東軍を描いたもの」・「アトム編」(アトムの再生を描こうとしたのでしょうか?アトムはロボットであり不死の存在ではありますが、魂をもったロボットとして描かれ、その魂は火の鳥に救われるという構想と、お茶の水博士はその鼻の大きい容姿から、猿田博士の転生したものとしてストーリを作ろうとして、「彼はアトムの最後を見届けることになるだろう」とも、作者自身がかたっています。手塚氏のアシスタントの方によると作者はアトム編を火の鳥の完結編にするつもりだったというのです。) 

 もう一つの完結編の構想として、現代編が予定されていたようです。黎明編から時代を下り、未来編からは時代を遡って、現代編で結実しようとしたのでしょうか?作品自体に書いていくのに時間がかかって、現代がどんどん未来に近づいていくので難しかったでしょうね。「スターウォーズ」などの映画も未来が先に描かれて、過去のエピソードが出来るのに10年以上かかりましたね。

 その他、「火の鳥2772」編があり、私は全カラー版を持っています。

 長くなりましたので、次回は具体的なお話の内容を話題にしながら、彼の未来観や生命観、私自身の生命観を書いていきましょう。

 2012年が読者の皆様に良い年となりますようにお祈り申し上げます。2012年も努力いたしますので、よろしくお願いいたします。 

精神的価値観と物質的価値観ーお金にどうかかわるかー

 しばらく、テーマを決めて、それにそって浮かんだことを、過去世、前世、透視の話とからめながら書きますね。

 テーマの話をする前に、元気の出る海外ドラマを借りてきて見たので、感想から。

 1月上旬からレンタル開始した「glee」(グリー=合唱部)というドラマです。

アメリカのオハイオ州(私も住んでいたことのある、典型的な平均的なアメリカの州といわれ田舎です。)オハイオ州をはじめアメリカの地方の州の人は州の外に出たことのないという若い人が大勢います。一生自分の町からでないという人もいるのです。

 その高校のイケメン先生(主人公の一人)と様々な人種、日系人のアメフト部のコーチもいるし、ユダヤ系の主人公の女の子はやや変わった性格で、ゲイのカップルのお父さんが二人いて、明日のスターを夢見ていますが、同級生からいじめにあっても、持ち前の明るさで前向きに生きています。合唱部はマイナーな部のようで、車いすの男の子も、ゲイの男の子も合唱部で周りの子からいじめられていますが、部の皆は助け合っています。いじめは陰湿なものではなくいろいろな色のジュースをかけられて、トイレで服や頭を洗っています。

 アジア系の女の子、やや太めの黒人の女の子みんなキュートで生き生きとしていて、人気者のフットボール部の男の子も、チアリーダーもその彼にくっついて、合唱部に入部します。その中でいろんな事件がおこるのですが、一人一人の歌のうまさは、プロの歌手顔負けです。アメリカではマイノリティ(少数派)というのでしょうか、何らかのハンディキャップをもっているようにみえる子達が好きなことをやって楽しそうに歌を歌っているのを見ているととても元気が出ます。あらゆる立場の人にやさしいドラマではないかと思いますが、今後の展開はわかりません。

 
 前置きが長くなりました。今日のテーマ、価値観についてです。


 1800年代末のエドアルド・シュプランガーというドイツの心理学者が最近話題になりあちこちのブログにもよく引用されています。知っている方も多いと思いますが、人間の精神作用を6つのタイプに分けています。
 経済と理論と芸術と宗教と権力と社会的価値観から六つに分けています。


 経済型は物事の利益を最優先するタイプで、経済的効率性、お金儲けを中心に考えてしまうタイプで、今の世の中このタイプが多いと感じる人も多いのでは・・・人を判断する基準が裕福かどうかとか、自分に役にたつかどうかと真っ先に考える人です。人にはけちで同時に自分にはぜいたくな人です。このタイプの欠点は、生活や考え方に情緒や人への同情心がうすく、人との付き合いもドライになりがちの様です。利益追求の企業に忠実になりすぎたり、現代の経済を動かしている人達はこのタイプが多いのでしょうか?


 理論型は、科学者などの学者タイプで、世の中や物事を客観的に眺め、分析し、全てを理論的に解釈しようとします。自分の世界にひたりがちで、クールで個人主義ですが、純粋な面もあります。欠点は他人への思いやりの表現が不器用で、誤解されやすく、温かい対応ができないと思われがちで、独自の理論がへ理屈と思われたり、自分の考えに執着すると、頑固な人だと思われます。


 審美型は芸術などの繊細で美しいものに価値を置きます。耽美的で個人主義になりがちです。人からの束縛を嫌って自由に生きたいと望みます。欠点になると、自分の行動や感性に酔って、享楽的になったり、無秩序に賛同したり、感受性が傷つきやすいタイプになります。芸術家に多いタイプです。


 宗教型は神への奉仕や神秘的なことに価値をおきます。絶対的な神を求めようとし、その恵みや愛をよりどころに生きようとします。僧侶や神父や極端にスピリチュアルな世界に傾倒してしまうタイプです。
 宗教やスピリュチュアルなことや慈善行為を極端な金もうけや、政治や、権力の手段にする人は、この宗教型ではなく、経済型です。常識とかけ離れた寄付をとる宗教団体や、信者を政治に利用しようとする場合、破格な料金をとるスピリュチュアルを自称する団体もお金中心の経済型になってしまいますね。

 このタイプの人の欠点は、神や仏にこだわりすぎると、狂信的となり、常識を失う場合と、相手や自分に厳しくなりすぎて、人間性を無視してしまうことがあることです。これは国家レベルになると、宗教の信念を他の国におしつけたり、宗教の相違で戦争を起こしたりします。


 権力型は社会的権力や地位を求め、他人を支配することに喜びを覚えるタイプです。政治家や組織内の政治権力に関する仕事をして出世をしようとする人は全部このタイプの人です。リーダーシップは高いですが、自己顕示欲が強い人で、人から認めて欲しい欲求が強いです。欠点は権力を利用して、自分や自分たちの利益を第一優先にして、人を傷つけても目的を実現しようとします。この型は最初にあげた経済型ととても結び付きやすいですね。


 社会型は家族を含め、他人を愛そうとし、人と協力して見返りを求めず、社会に貢献しようとする人です。家族や同僚仲間をはじめ、偶然会った困っている人にも救いの手をさしだそうとします。人と協力ていこうとする価値観を大切にします。欠点は人に考えを押し付けているように見えたり、偽善的な振る舞いのように見えたり、八方美人に見られたりします。人からの頼みに嫌と言えない人は人から利用されたり、騙されたりします。


 私は審美型と社会型の傾向が強かったです。検索で「six critertion test」といれると簡単に自分がどの傾向がつよいかわかるようです。いくつもの傾向が組み合わせて強いといことが普通のようです。

 でも私の考えでは前回で話したように、人間はどんなものにもなれる特性を持っていて、限界を決めているのは自分自身です。どのタイプというのも、環境と魂のやりたいことで、自分をいろいろなタイプに演じ分けているとしか思われません。この六つのタイプがバランスを持ってすべてがあるという人は実はいないのではないか、いたら矛盾をかかえた人になってしまうのではと思います。

 私が望むのは、目指して欲しいのは、この六つの価値観を超越することです。

 次回は続きを書きます。

 
 

 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード