不思議な話 その207 予言する「モスマン」

最近、かなり古い映画でもう2~3回見たことがあるのですが、2002年制作の『ザ・モスマン・プロフェシー』という映画を再放送で見ました。4回目に見てうかつにも気づいたのですが、これは、実話をもとにした映画だったのですね。それで、未確認生物UMAの「モスマン」を調べてみました。あとで、映画のストーリーもネタバレですが書きます。


「モスマン」は直訳すると「蛾人間」ということで、アメリカのウエストバージニア州ポイントプレザントで多数目撃されているようです。一番最近では、2010年に、テネシー州の16歳の少年ケントンさんとその友人がモスマンを目撃したということです。2010年にケントン少年がポイントプレザントにある友人の家に遊びに行ったときに、遭遇したそうです。ケントン少年が、取材のインタビューに、「そのモンスターの大きさは2メートルを超えていて、真っ黒で、フクロウのような扁平な顔に、赤く光る2つの目を持っていて、翼はあるが、羽毛はなく、皮だけで、翼を広げた横の長さも2メートルはあった。」と言っています。

同じ場所のポイントプレザントでは、過去にもモスマンの目撃情報があります。1966年11月2日のことで、地元の墓地で、棺を入れる穴を掘っていた5人の人が目撃したといわれています。その3日後に車に乗っていた2組のカップルが目撃し、やはり、体長は2メートルくらい、黒い毛で覆われ、腕の代わりに翼があって、首のない人のような体型で、胸に位置すると思われる所に、二つの赤い目があったそうです。

目撃される時は夜が多く、羽ばたかずに垂直に上がり、最高時速160キロで飛んでいるという情報もあるそうです。UFOが目撃されるときにモスマンも目撃されることがあるので、宇宙人のペットなのかという俗説もあるようです。1967年5月19日に車で走っていた、ブレンダ・ストーンさんと友人の主婦は、農場の近くの道路の脇で、大きな宇宙船のような赤い発光体に、モスマンが吸い寄せられて入っていくのを目撃したそうです。

映画「プロフェシー」は、ジョン・A・キールのノンフィクションとして書かれた小説の『モスマンの黙示』(1984年)が原作です。これが実話に基づいて書かれたというのです。主人公はリチャード・ギア扮するジョン・クラインで、ワシントン・ポストの記者です。家を買うことに決めたジョンと妻のメアリーはクリスマスイブの夜に、何かが車に向かってきて、それを避けるために、車は木にぶつかって妻は頭を打ってしまいます。病院で検査をした妻は、60万人に一人という難病の脳腫瘍になっていた事がわかってショックをうけます。妻は脳腫瘍のためか、夫に事故のとき「あれを見た?あれが頭のなかに入ってきた」と言って怯えます。彼女は、事故の時見た不思議な黒いものの絵を何枚も書き残します。

2年後、妻の亡くなった悲しみを引きずっていたジョンはある夜、ワシントンからリッチモンドに向かう途中不思議な事が起こり、気がつくと、1時間で600キロ離れたウェストバージニアの知らない町ポイントプレザントに知らずに来てしまいました。ジョンが迷い込んだポイントプレザントで、電話を借りようとある家に行くとそこに住んでいた男性に銃を突きつけられます。ゴードンという地元の男は、ジョンそっくりの男が3日連続で尋ねてきたと奇妙なことを言います。ゴードンの友人の美人保安官の説得で、ジョンとゴードンは和解します。ゴードンも実は「99人が死ぬ」という未来の出来事を、「インドリッド・コールド」と名乗るものに会ったといい情緒面で不安定となり仕事を止めて妻とも離婚してしまいます。

インドリッド・コールドは正体不明な存在で、ジョンやゴールドのふりをして保安官や町の人に電話をかけます。自分が予言の主だと言って、ジョンの部屋の様子や、持っているものや、持っている本の開いているページの文章を読み上げたりします。彼の姿は彼いわく「自分の姿は見るものによって変わる」というのです。コールドの録音された声を専門家が解析すると、人間の声ではなくて電気的な信号だと言われてしまいます。

ポイントプレザントで友人になったゴールドは数々の予言の啓示で、情緒不安定になって、命を絶ちますが、亡くなったはずのゴールドは、死んだと思われる数時間後に主人公のジョンに電話をかけてくるという不思議なことが起こります。

ゴードンの友人で美人保安官のコニーは、ジョンと親しくなり彼の事情を知ります。後半で、彼の妻の幽霊と会って伝言を託されたり、彼女自身も夢で啓示を受けます。水に溺れ、クリスマスのプレゼントをつかもうとしたら、そのまま海に沈んでしまう、その時、「目を覚ませ37番」という声を聞いて目を覚まします。

ジョンは、予言の声や黒い姿の正体を突き止めようと、過去に予言について研究していたリーク博士に聞きに行くことにしました。黒い影のような奇妙なものをリーク博士は「モスマン」と呼びました。未来を予言する「モスマン」を博士は「神ではない」と言います。なぜ、災害時に人に予言を与えるのかは、「人間が虫に自分の存在を説明しようとしない」のと同じで、」その意図は我々には理解できないと言います。リーク博士も過去に「モスマンから予言を受けて、爆発事故を防ごうとしたが、誰も信じようとはせずに、大勢の人が亡くなってしまった。警察からは犯人と疑われ、逮捕されてしまい、妻とは離婚し、子供からも避けられ、釈放されたが、その後は精神病院に4年間強制入院させられ、学者としてのキャリアを失ってしまった。」と話しました。

その他の町の住人のカップルは、車の中で愛し合っていると、モスマンを目撃してしまい、目が腫れて出血してしまいます。

後半は、ジョンが、コニーが自分の死んだ妻の幽霊をみたことに、ショックを受けて、また、謎の声が「妻のメアリーが家に電話をする。」というメッセージを受けたので、クリスマスイブの夜に、ワシントンの自宅に戻ります。妻ではなく保安官のコニーがまた、町に戻って欲しいという電話を受けて、死んだ妻との電話に出るのを辞めて、コニーのいる街に戻ろうとします。オハイオ州とウェストバージニア州の境にある、橋、、シルバー・ブリッジ付近が信号の故障により大渋滞になったのを見て、ジョンは嫌な予感を感じます。橋が壊れつつあることを発見して、ジョンは皆に呼びかけて避難させようとします。橋の上にコニーがパトカーに乗って、やはり皆を避難させているのを目撃します。キーキーという金属音が響き、それは不思議な電話で何度も聞いていた、予言の金属音でした。橋は崩れ、コニーはパトカーごと川に落ち、ジョンはそれを見て、彼女を命がけで助けます。救助隊が駆けつけ被害状況を聞くと、死者が36名だったと言われます。保安官が夢で啓示を受けた37番目の犠牲者は彼女自身だったことに気付き、声もだせない二人、夢はモスマンの予言だったのか?というところで映画は終わります。

実際のポイントプレザントの事件は1966年にオハイオ州とポイントプレザントを繋ぐシルバーブリッジで、モスマンが多数の人に目撃されました。その町で何箇所かで目撃されていましたが、そのシルバーブリッジの目撃例を最後に、見かけられなくなった突端に、橋の崩落事故が突然起こり、犠牲者は46名にもなりました。その後、モスマンは「不幸を呼ぶ魔物」と言われていますが、現在では、町おこしのシンボルの「モスマン」とも言われています。

目撃例の多いモスマンが幻覚でないとしたら、正体は何なのでしょうか?映画の中では亡くなった人の霊が集まって蝶のような姿で飛ぶことがあると言っていました。死を予言する「死神」のようなものを見る人が巨大な黒い蛾のように見えるのか、宇宙人が人間に警告や予言をして被害を最小限にして助けようとしているのか、(モスマンは宇宙人のペットかという説もあります。)あるいは、未来から来た人間で、垂直に空を飛ぶ乗り物に乗って過去の人に災害を警告しているのか?アメリカでしか目撃されていないようなので、インディアンの呪いによって、この世に現れたものだという人もいます。不思議な生物ですね。

次回にまた新しい話題を見つけましょう。
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不思議な話 その180 エド・デイムス氏のリモートビューイング(未来透視)

私は、個人の方の未来に関して、リモートビューイングするのが得意です。私のを各論とすると、未来の大きい出来事、経済、災害、軍事、未来の歴史の流れなどの総論のリモートビューイングが得意な人もいます。以前に私のブログで、1970年代のアメリカ国防省諜報庁の実験的なリモートビューイング部隊のことを書きましたが、そこで、来日したことのあるマクモニーグさんと同じ部隊に、エド・デイムスという人が参加していました。その後のマクモニーグルさんの予言の的中率は、あまり芳しくないようで、むしろ、当たっていないことのほうが、多いようです。このデイムス氏は、取り上げられることは少ないですが、東日本大震災の原発事故.をリモート・ビューイングで的中させたと言われています。しかも、その災害のことに触れるのが目的でなく、太陽フレアのことを言ったときに、日本の災害の予言をしたようです。

  デイムス氏の略歴は、アメリカ、カリフォルニア大学、バークレー校を卒業後、米国陸軍に志願し、情報将校になりました。80年代前半に陸軍から派遣され、遠隔透視部隊の一員になりました。当時は米ソ冷戦時代で、ソビエトもアメリカも情報合戦とスパイ活動を繰り広げていました。目に見えない、確証のない超能力開発にも両国とも手をつけていました。デイムス氏はその透視能力の実績を認められたのか、3度の叙勲をされました。デイムス氏はかつて、米軍関係者の中で極秘裏に行っていた、透視実験の実態を、アメリカの、不思議なことをいろいろ放送するラジオ局「コースト・トゥー・コースト」に出演して、話したのです。

  超能力の仕組みは、真偽の程はわかりませんが、こう言われています。「遠隔透視とは、超能力の一つで、肉眼では見えない距離にある、物体の情報を、超感覚的な知覚により、入手する能力をいいます。同様に遠距離にある物体を感知する超能力に、千里眼があり、遠隔透視と千里眼が同一視されることもあるが、遠隔透視は、テレパシーと透視を同時に行うような、能力との解釈もある。自分の意識を肉体から離脱させることで、他の場所のものを見る能力。」
 
  この理屈で言うと、私の見ている透視は、遠隔透視になりますが、他の能力者と異なる点は、過去のことも、未来のことも、媒介者、や質問者の過去に見た夢や、経験したことの映像や、現在住んでいる所に焦点をあわせ、その映像を、頭のなかで動かしていくことで、未来や過去を覗き見ます。その方の同意があって、スイッチを入れるので、勝手に覗き見ることはありません。

   話をデイムス氏にもどします。デイムス氏は透視能力者の中でも、訓練教官として部隊を率いていたそうです。部隊のメンバーは、あらゆるターゲットを遠隔透視できるように訓練されたのだそうです。あるとき、米軍は、南アフリカ上空で光線を観測し、この正体を探るために遠隔透視部隊に依頼したそうですが、デイムス氏の出演したラジオ番組「コースト・トゥー・コースト」によると、遠隔透視部隊はこれが何で、誰によって発射されたか透視することが出来たと言っています。当初、その部隊は、将来起こりえる戦争などの軍事的な出来事の透視に集中していた時、デイムス氏は、燃える円形の物体を透視したと話しています。それは太陽で、複数の巨大な太陽フレアが地球の大気圏を突き抜けて、人工衛星や通信機器が破壊されるヴィジョンを彼は見ました。

その後遠隔透視部隊は、1990年代にその存在がリークされたため、部隊の存在を公に公表し、それを機にデイムス氏は軍を退官し、遠隔透視の技術を広める研修会社をスタートしたと彼は言っています。けれども、私がネット上で見た記事では、ソビエトが崩壊し東西ドイツの壁がくずれ、冷戦が崩壊して、情報戦の意味がなくなり、軍事用の透視に疑問を持つ政府筋の間で、予算がつかなくなり、この遠隔透視部門は解散したという話も調べていくうちによんだことがあります。

  デイムス氏は時々、不思議情報を流すラジオ番組「コースト・トゥー・コースト」に何回かでているようですが、2003年の10月20日過ぎに太陽フレアのことを話すと、その2週間後の11月4日に記録されたものの中で最大の太陽フレアが放たれました。このフレアはあまりにも巨大だったので、太陽物理学者はメガフレアと名付けたそうです。幸いにもこのフレアは地球と太陽の軌道上の空間に放射され、地球を直撃はしなかったそうです。

   彼は同じ2003年のラジオ放送上で日本の事も話しました。デイムス氏は日本のTVに出演もしていたのですが、日本で起こる次の巨大地震について、遠隔透視をしたと、ラジオで話しました。「東京ではさほど被害がないが、原子力発電所が地震でやられてしまい、少なくともチェルノブイリ級の放射能漏れ事故がある。この原子力発電所はM7・8まで耐えられる設計だが、これから起こる地震はこれよりもはるかに大きい」とはっきり警告したのだそうです。しかし、「日本のテレビ局は、視聴者を怖がらせたくないとの理由で、この部分をカットして放送しなかった。そのために、私は、この放送で公表した。」(このラジオ放送から、8年後に実際に事故が起こってしまったのですが、カットされていないでそのまま、放送されていたら、注意喚起されていたかもしれません。最悪な事態を免れていたかもしれないのです。)

   もっと大きな太陽フレアについて、時期を質問された時、デイムス氏は、「その時期について明確に予報することは難しい」と言いました。「なぜなら、無意識には、現在、過去、未来という明確な時間意識がないからだ。我々が遠隔透視で未来のイメージを得る場合、それは遠くにある山を見るようなものだ。我々が遠くにある山を見ても、その正確な距離はわからない。距離を測る基準となるものがないからだ。遠隔透視もこれと同じようなものだ。どのようなことが起こるのか、未来のイメージは明確につかめるのだが、それが起こる時期を予測することは、かなり、難しい。」(私も透視をしていて、彼と同じ意見です。未来のほんの一部が断片的に見えます。まわりの光景から季節を想像したり、その人の歳のとりかた、風貌の変わり方で、何年先かを考えます。)

   彼はさらに「時期を予測する手立てはないこともない。太陽フレアのキルショットに先行する出来事は次の5つで、1,2003年に起こった太陽のメガフレア、2,2007年の小麦病菌UR99の世界的な拡散。3,2011年の東日本大震災と放射能漏れ事故、これら3つの出来事はすでに起こっている。これから起こる2つのことは、4,北朝鮮による核ミサイル攻撃。北朝鮮は怒りから核を爆発させる。これは普通の出来事ではない。歴史的な出来事になる。5つ目はスペースシャトルのような宇宙船が早期に強制帰還させられる。これは、アメリカのスペースシャトルとは限らない。流星群の落下などが強制帰還の原因だ。この出来事が起こった後、どのくらいでキルショットが発生するかは、我々には残念ながら判断がつかない。だが、これまで記録されたことのないような大気の現象が起こり、地上で戦闘している兵士は敵も見方も空を見上げてそのまま家に帰ってしまうという奇妙な出来事が起こる。キルショットの影響は、電気、エネルギー、水、食料の欠乏を招く。キルショットが発生すると、通信衛星が真っ先にやられる、次に地上の発電所と送電線がやられるが、これは回復することがない。長期間電力がない状態が続く、電力の欠乏でエネルギーや食料も不足する。電力不足から、掘削した、原油や天然ガス、水を地上に引き上げるポンプが作動しなくなる。食料を配送するトラックの燃料が不足する。食料が手にはいらなくなり、安全な避難場所の確保がとても重要になる。自分が持っている最後のガソリンで安全な水が確保できる避難場所に即刻移動するべきだ。太陽の影響で、地球の核が大きく変化しているのがわかる。この結果、多くの地震と、火山活動が連続して発生する。また、太陽フレアの直撃で、大気が高温となるため、ものすごい暴風が吹き荒れる。暴風が吹き荒れた塵で太陽光線が地上に届きにくくなるため、地球環境が変化する。そのため、食糧生産が難しくなる。今、太陽学者は太陽は静穏期に入っており、地球はこれから寒冷の時期に入るとしているが、これはそうではない。これは大きな出来事が起こるための一時的な静けさにすぎない。キルショットが発生するとすべての人工衛生はその熱で壊れてしまう。宇宙船の内部も危険な状態となる。宇宙にいる宇宙飛行士は命をおとす。また、太陽フレアはX線も放射する。X線の放射でも人工衛星はやられる。安全な避難場所については、南アメリカとラテンアメリカは安全な場所はほとんど存在しない。ニュージーランドにはいくつか安全な場所はあるが、それを除くと、南半球には安全な場所は存在しない。避難場所となる地域は北半球に集中している。ヨーロッパには避難場所として適している地域があるが、それは中央~北ヨーロッパである。ポーランド、オーストリア、ロシアまでの地域だろう。こうした安全な場所の避難場所の共通点は、大都市から離れた地方か、山脈などの孤立した地域だ。避難場所に退避することの出来ない人々には、水の確保が絶対に必要になる。もちろん食料も必要になる。今からでも遅くないので、食料を確保してほしい。このような危機の時期には、相互に助け合わなければならない。今のうち気心のしれた人々とコミュニテイを作ることは重要だ。ところで、我々が行っている遠隔透視は、データを無意識からダウンロードするようなものだ。その知識の使い方は我々次第だ。」とラジオ放送でデイムス氏は話しました。(最初は彼はキルショットは5年以内と言っていたので、2019年までのことだといったのでしょうか?その後、時期はわからないとしています。遠隔透視や未来透視は時としてそれが現実に起こらないこともあります。)

   彼は、鳥インフルエンザの大流行と経済のダメージが同時に起こるといいいましたが、まだ来ていません。イスラエルがイランを攻撃してアルマゲドンが起こるといいましたが、まだ起こっていません。2009年の夏に世界経済の恐慌の始まりがあるといったのも、起こってはいませんでした。それから、やや荒唐無稽と言われてしまうかもしれませんが、彼は宇宙人が、人類の前に公に現れ、その宇宙人は人間に極めて近い種で、私達の破壊(カタストロファーズと複数形です)からの再構築を手伝ってくれると予言しています。

   次回はこの続きと、外国のサイトから、予言の話題に上がっているものを見ていきましょう。 

不思議な話 その176 「宇宙開発の父」と呼ばれた科学者の未来予言(2)

ロシアの未来技術を予言した科学者ツィオルコフスキーの話の続きです。彼は幼少時に耳が聞こえなくなって、100年以上前なので、学校教育を受けることが出来ずに、独学で科学を学びました。彼は、1903年に宇宙ロケットの細かい設計図を作りますが、その頃はやっと、ライト兄弟が飛行機の試作品を作ってテスト飛行をした時代でした。当時宇宙にロケットを飛ばすなどは一般の人々は思いもよらなかった時代です。ジェット機が飛んでいるのを想像する人もいなかったでしょう。彼の発明や設計図は、その当時の未来、今になってみると、現在の宇宙開発技術はほとんど、彼の100年前の予言とも言ってよいほど正確な構想に基いています。

ツィオルコフスキーの5つのアイディアと言われているものがあります。1つ目は飛行機の彼独自の設計です。特に独創的だったのは、ゴムの引き布の代わりに金属を使い、その形をその構造にいたるまで変えることが出来たそうです。彼は計算と実験によって、金属製の飛行機は、便利で安全であるにもかかわらず、経済的にも効率的と考えました。この考えで、彼は、飛行機の出現を数十年先取りしました。

2つ目のアイディアは、ジェット飛行です。1883年の『自由飛行』の中で、彼は、」宇宙空間の唯一の移動手段のジェット推進技術の結論に達しました。この本で彼は、ロケットの宇宙飛行能力を証明しました。

  3つ目のアイディアはロケット列車です。彼がロケット列車とよんだのは、多段式ロケットの原型で、地上を滑走した後、空中を飛行し、宇宙空間に飛び出す組み立て式ロケットのことです。ロケットの各段は、燃料の使用後に切り離し、地上に落下させます。今の宇宙技術には普通に使われていますが、当時で考えつくのは、神業です。

  4つ目のアイディアは宇宙リフトです。宇宙空間に貨物を運ぶのに、ロケットを打ち上げずにすませれば、経費を飛躍的に節約できます。地球上からワイヤを伸ばす方法と、宇宙機器から惑星表面に向けてワイヤを伸ばし、貨物を運ぶという発想です。
これはまだ、実現されてはいません。

  5つ目のアイディアは、宇宙で暮らす人間についてです。ツィオルコフスキーは確信を持って、人間による宇宙開発を予言しました。宇宙飛行のアイディアは彼の未来観では、人類の向上の理論と結びついています。

彼の発明は、宇宙開発技術関係以外にも、気球、竹馬、惑星間信号装置、太陽光による加熱装置、室内冷房、タイプライター、新しい度量衡なども発明しました。とても広い分野で発明しているのには驚きですね。

 彼は、初恋の女の子に、「僕は過去にも、未来にもいないような、偉大な人間です。」と手紙を書いています。彼は自分の能力を良くわかっていましたし、未来で何をなすべきかをすでに知っていたのでしょうか?

彼は未来に対してこう述べています。「地球は人類のゆりかごである。しかし、永遠にゆりかごの中で生きていくわけにはいかない。」宇宙開発を予言したツィオルコフスキーは、その天才的な先見の明で、今後地球でどのような問題が起きるかも見通していました。
ツィオルコフスキーが残した未来を表す30枚のスケッチの中には、宇宙で植物を育てている絵もあり、人類が未来に地球を離れ、宇宙で、植物を育てながら宇宙で生活しているビジョンも見えていたのでしょう。地球が人類のゆりかごとして機能しなくなった時、彼は人類が宇宙に定住することになる宇宙開発のみちのりを後世の人々に示してくれたのかもしれません。彼は、未来の人類が近くの月や火星に移住するというのではなく、小惑星が集まる領域に、人類は巨大なスペースコロニーを作ってそこに定住すると予言しています。別の惑星に移住しても、彼は、現在に地球のように、限られた資源をめぐっての争うになるだろうと考えました。そこで、無数にある小惑星群の中でコロニーを作ると、」ふんだんに資源を取り出すことができるので、争わないだろうと考えました。

  重力の少ない小惑星の中では、」燃費の良いイオンエンジンが活躍し、小惑星とスペースコロニーの頻繁な行き来に使われるだろうと考えました。そしてその先は、食料の自給自足環境を整え、地球外の宇宙に定住した未来の人類は、やがて、無重力環境にも適応し、宇宙での進化を始めると予言しました。

  そして、彼の頭のなかでは、姿を変えた人類の子孫がみえていたかもしれません。彼はこう言っています。「我々はいくらでも生きられ、死ぬことはない。」と考えました。彼は人類の進化の結果として植物と宇宙人のグレイを融合させたような人類の子孫の姿を未来に見ていたのかもしれません。彼の時代には、グレイのような宇宙人は認識すらされていなかったのかもしれませんが・・・

  ツィオルコフスキーは、とても不思議な未来を見通す目を持った稀有な人なのだと思います。次回も面白いテーマを見つけましょう。
  

  

  

  

 

不思議な話 その175 「宇宙開発の父」と呼ばれた科学者の未来予言 

天才と呼ばれる人は、先を見通す目を持っていて、時に未来の予言をしています。前回の歌川国芳もそうですね。

 今回はロシアの「宇宙開発の父」・「宇宙旅行の父」・「ロケット工学の父」などと呼ばれた、今から160年くらい前に生まれた、ロシアの科学者の不思議について書きますね。

コンスタンチン・エドゥアルドヴィッチ・ツィオルコフスキーは1857年9月17日ロシアのモスクワ南東、イジェーフスコエという所で生まれました。亡くなったのは78歳で1935年9月19日です。彼の父はポーランドで革命運動に関わった為に、ロシアに追放されました。 
 母親はロシア人でした。彼は帝政期のロシア、革命後のソビエト連邦の科学者で、ロケット研究者で、数学教師で、作家です。SF映画の技術監修もしました。今では当たり前ですが、宇宙へ行く概念が乏しかった当時、世界で初めて、ロケット理論や、宇宙服や宇宙遊泳、人工衛星、多段式ロケット、軌道エレベーターなどを考えつきました。その発想が、当時の人とは思われないくらい高度なのです。まるで、未来を見てきて予知しているような、未来から来て皆にその知識を教えているような、能力のある人です。

  彼の凄いところは、9歳で猩紅熱(しょうこうねつ)にかかり、聴力のほとんどを失いました。学校に通っていたのですが、授業が聞き取れないので、登校を拒否し、引きこもりとなりますが、彼の父親の部屋に本がたくさんあり、難しい大人の本も読み漁りました。そして、ジュール・ヴェルヌが1865年に出版した『地球から外へ』を10歳ちょっとで読み、その本に感動し影響を受けます。16歳でモスクワに出て、図書館にこもり、独学で数学、工学、物理学などを学校に一切行かずに極めます。1879年22歳で数学の教員の免許を取得し、ボロフスクの中学校で、数学を教えます。(当時は貧しい人も多く、学問をする機会が少なかったので、学校を出ていない人にも学問をするいろんなチャンスがあったのでしょう。能力のある人は独学で学者にもなれたのです。)

 1891年に流線型の金属飛行機(ロケット)を論文で発表しましたが、時代が彼に追いつかず、ロシアの科学のアカデミー審査会は論文を却下しました。(彼の説を想像上の絵空事ととらえたのでしょう。)数学教師として、「月のうえで」や「地球と宇宙に関する幻想」という科学エッセイを書きました。
  
 1897年には、ロケットエンジンの噴射速度が大きいほど、噴射される推進剤として、ロケットから失われる質量と残りの質量の質量比が大きいほど、そのロケットシステムにより大きな速度が得られるという「ツィオルコフスキーの式」を発明し、ロケット理論を初めて提唱しました。

 1903年「反作用利用装置による宇宙探検」を書き、」液体水素と液体酸素を燃料とする流線型のロケットの設計図を発表しました。この中の一節で「今日の不可能は、明日可能になる。」は有名な言葉だそうです。

  彼は学校を出ていないし身分も高いとは言えなかったので、帝政ロシア時代は不遇でしたが、ロシア革命(1917年頃から)後にその天才的な能力が評価され、1919年(彼が62歳の時)にソビエト連邦科学アカデミーの正会員に選ばれました。共産党政府のもとで、地位を与えられ、ロケット研究に集中することが出来ました。多段式ロケット(ロケット列車)の検討もしました。

  そして、1920年代に、多段式ロケットとジェットエンジンの理論を完成させ、世界で初めて「宇宙ステーション」を考案しました。1935年に78歳でなくなるまで、宇宙の技術のことを考え続け、死ぬ直前はロケットブースター(今は一般的に使われている技術ですが、当時は考えつく人はいませんでした。)の可能性を信じていました。これも今は一般的に使われているそうです。もっと長生きして、その特異な才能を発揮して欲しかったですね。

  彼の考えて、提唱した技術は、彼の生きていた時代の未来に宇宙エレベーター以外ほとんどすべて実現しました。彼はノストラダムスより正確に未来の宇宙技術を予言していたわけです。宇宙エレベーターも将来は、実現可能と言われています。彼の未来を見通す能力はどこから来ているのでしょうか?

彼は耳が不自由だったために、他の学者とコミニュケーションするより、自分自身と心のなかで対話しました。この技術は実現可能か否か、と常に自問自答し集中していったのです。そして、それを、誰にも教わらずに、数式で証明していこうとしました。そして、それが、実現可能か不可能か考えたのです。

 1935年にツィオルコフスキーSF映画「宇宙飛行」が上映されました。技術監修はすべて彼ですが、それが34年後の月着陸の様子や、前後の宇宙飛行のロケット内の様子を正確に予言していたのです。

 彼は映画で、宇宙船での生活は、人や物が浮くと考えました。宇宙船内では、彼は人や物をすべて固定しなければいけないと考えました。実際の今ある宇宙ステーションも彼が考えたとおりなのです。無重力空間を経験したことはなかった時代ですが、彼が映画で表現したとおりに、壁を押して動かないと自由が効かない様子だったそうです。そして、宇宙船の中に別の小部屋を作り、その部屋の空気を抜いてから、船外の宇宙空間にでる(エアロック)というアイディアも、同じ技術が使われています。(きっとアメリカの宇宙開発技術も彼の影響を受けていると思います。)宇宙服の発想も、彼の考えた通りになりました。

彼は60歳を過ぎて、やっと世間に科学者として認められ、SF映画の監修をして、未来を予知する力を見せつけたわけです。当時映画制作に関わった人の証言では、この映画の大気圏外や月へ行くことに関しては、不思議な事に、ツィオルコフスキーは、スタッフに未来のことなのにすべて過去時制で語ったそうなのです。彼の頭のなかの未来を予知した映像にはすでに、この技術は既成の技術で、「私が経験したことには・・・だった」とスタッフに話していたそうです。宇宙船の中での動き方、エアーロック、月に着陸するときの逆噴射、重力が地球より小さい月の上での歩き方、宇宙服、船外活動、燃料ブスーター、未来の様子がすべて彼には見えていたのでしょう。

  次回は、彼が書いたり、話したりした驚きの人類の未来について書きましょう。

  

不思議な話 その87 スティーブ・ジョブズ氏のまとめと名言

 今回はまとめです。最後に名言もいくつかのせましょう。
 
 記者の質問「ライバル関係にあったIBMは脅威でしたか?」ジョブズ氏の答え「イエス、最初の製品はひどかった。IBMは利害関係の構築にたけていた。事業が大きく成長すると、人も会社も勘違いする。誰もが最初の成功を再び起こそうとする。ところが、成功に導く秘密はプロセスにあるから、それを社内で統一しようと考え、やがて皆がプロセスこそが中身だと勘違いしはじめる。IBMはプロセスを重視し、内容を軽んじて転落した。プロセスでなくコンテンツが重要だ。価格設定(高すぎることが)失敗の要因になることがある。Macの開発チームを作ったが、Macを生み出す過程でわかったのは、それが会社を変革することが出来るということだった。私たちは製造過程をふくめすべて変えた。日本の工場を80ほど訪ねて、世界初のコンピューター自動生産工場を建てた。」

 さらにジョブズ氏はこう言っています。「すごいアイディアから優れた製品を生み出すには、大変な職人技の積み重ねが必要だ。製品に発展させる中で、アイディアは変容し、成長する。細部をつめる過程で多くを学ぶ、工場やロボットもそうで、製品を作るときは、脳のなかで、5000のことを1度に考えることになる。大量のコンセプトを、試行錯誤しながら組み換え、新たな方法でつなぎ、望みのものを生み出す。未知の発見や問題が現れるたびに全体を組み直す。そういったプロセスがマジックを起こす。最初に出たいいアイディアで成功を信じて突き進む。チームを見て思い出すのは、私が子供の頃、近所に住んでいた老人のことで、80代の1人暮らしの男性で、芝刈りのバイトでその家に行ったのだが、子供の頃の私に見せてくれたのは、モーターとコーヒー缶で、何の変哲もない道端の石を缶の中に入れて、モーターをかけ、次の日に、缶の中を見せてもらうと、美しく磨かれた石になっていた。ありふれた石なのに、石がこすれあうことで美しくなった。それは、情熱を持って働くチームの象徴と同じだ。アイディアも磨き上げると宝石になる。世の中の場合、人の平均とトップの差は、最大でも2倍くらい。2倍でもすごい差だが、ソフトウェア産業ではその差は簡単に50倍でも100倍にでもなる。」

 「真に優秀な人材は、一番大切なのは仕事の内容だとわかっている。担当するパートを確実に実行することだと分かって
いる。優秀な人材の彼らの能力を疑っているように思わせてはならない。だから、その仕事に関しては、目標に貢献できているとわからせる必要がある。」

 さて、ジョブズ氏の未来のビジョンですが、このインタビューは1995年、今から約20年前の彼の言葉です。記者は未来について尋ねました。20年前(わたしも含め、一般の人はPCの保有率がまだ少なかった時代です)のジョブズ氏の答えは、「コンピューターが単なる計算機から脱却し、コミュニケーションの手段になる。マイクロソフトの革新が期待できる。PCの市場はウェブ市場に移行し、何百億ドルという規模に成長する。顧客直接ウェブによっての販売が可能となる。(当時は一般の人にはPC上の通販は考えられなかったのです。)世界一小さな企業でも、大企業となりえる。ウェブの登場が歴史に刻まれ、PCの世界に驚くべき変化が起こる。ウェブは産業界に新しいドアを開く(IT企業などという言葉も無かった時代です。)」彼のコンピューターの未来の予言は、全部あたっていたのです。

 彼はさらに「人は道具を作ることによって、生れもった能力を劇的に増幅できるようになった。たとえば、様々な動物の移動効率を考えると、数十種類の動物の中で、人間は移動効率が下から3番目だが、自転車を使ったり、自動車を使うことによって、人間は動物の中での移動効率をトップにすることが出来る。PCは例えると脳の自転車にあたる。」と言っています。また、「夢の精神を製品に入れて人に供与すると、それが人に伝わる。他の人と共有するものを伝えようとするにはコンピューターは最適で、自分の言いたいことを、この機械なら伝えられる。」と言っています。

 現在では、彼の考えた音楽を iPad iPhone にダウンロードすることやスマートフォンや小型の携帯PCの彼のアイディアは世界中の人に利用されています。彼は優れた未来を見通す目を持った人だと思います。

 ジョブズ氏の名言を引用する前に、ライバルで友人でもあったビル・ゲイツ氏は56歳の早すぎる死に際して、「スティーブのように深い影響力を与えられる人間はめったにいない。その影響はこれからの多くの世代にも受け継がれるだろう。」といって、その死を惜しみました。

 たくさんのジョブズ氏の名言から、私が選んだものを載せてみます。

 「もし今日が人生最後の日だとしたら、今やろうとしていることは本当に自分のやりたいことだろうか?」

 「私は本当に好きなことしか続けられないと確信している。何が好きなのか探しなさい。あなたの仕事にも、恋人にも。」

 「シンプルであることは、複雑であることより難しい時がある。物事をシンプルにするためには、懸命に努力して、思考を  明瞭にしなければならないからだ。だが、それだけの価値はある。なぜなら、ひとたびそこに到達できれば、山をも動か せるからだ。」

 「すばらしい仕事をするには、自分のやっていることを好きにならなくてはいけない。まだそれを見つけていないのなら、探 すのをやめてはいけない。安住してはいけない。心の問題のすべてがそうであるように、答えを見つけた時には、自然と わかるはずだ。」  

 「ハングリーであれ、愚か者であれ。」

 「自分もいつかは死ぬ。それを思いだすことは、失うものなど何もないということを気づかせてくれる最善の方法だ。」

 「イノベーションは誰がリーダーで誰がフォロワーかをはっきりさせてくれる。」

 「あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。ドグマ(教義、常識、既存 の理論)にとらわれるな。それは他人の考えた結果で生きていることなのだから。他人の意見が雑音のようにあなたの  内面の声をかき消したりすることのないようにしなさい。そして最も重要なのは、自分の心と直感を信じる勇気を持つこと だ。それはどういうわけかあなたが本当になりたいものをすでに良く知っているのだから。それ以外のことは、全部二の  次の意味しかない。」

 「この地上で過ごせる時間は、限りがある。本当に大事なことを、本当に一生懸命できる機会は、二つか三つくらいしか  ない。」

 「1つのことを一生やり続けられると確信する日が来る。」

 「あなたがTVのスイッチをオンにするのは、あなたが自分の脳のスイッチをオフにしたいからだと思います。それに対して
 PCで仕事をするのは、脳のスイッチをオンにしたいときではないでしょうか。」

 「最善とは言えない状況でやった仕事に、一番誇りを感じる。」

 「安全にやろうと思うのは、一番危険な落とし穴なんだ。」

 「危機に直面すると、物事が良く見えてくる。」

 「夢を実現できるか否かは、途中であきらめるかどうかにかかっている。必要なのは強い情熱。」

 「大事なのは技術でなく、それを使って何を生み出すかどうかなのだ。」

 「インターネットは驚異的だが、感動を呼び起こすことはない。感動的なことをコンピューターで実現したいのだ。」

 「コンピューターに進んだのは、やっている人がほとんどいない領域だったからだ。」

 「インターネットやPCは知識や情報を伝えることに偏っている。私はPCを人間性あふれる存在にし、人々が自分の感情 をより豊かに表現する手伝いがしたい。」

 「たいていの人ならあきらめそうなつらい時期が何度も私に訪れる。」

 「人生には時としてレンガで頭をぶんなぐられるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけ ないよ。」

 「模倣するほうが楽かもしれない。でもそんなことをしても、世界はよくならない。」

 まだたくさんの素晴らしい言葉がありますが、別の機会にしておきましょう。

 次回は「ノアの方舟」と洪水伝説について、2~3回で書きましょう。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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