不思議な話 その41 南方熊楠の超能力(2)

 南方熊楠さんの話の後半です。1900年10月に夏目漱石氏がロンドンへ行ったのと入れ替わるように、彼は海外に出て、14年目で日本に帰国しました。

 彼のロンドン生活を振り返ると、貧しく、馬小屋のような宿に住み、3度の食事も十分に食べられないで、お金が入ったら、本を買ってしまったといいます。酒豪で酒を買う金が出来ると、ビールを18本も飲んだりしたそうです。友達が酔い潰れても、彼は一晩でラテン語(英語圏の人にも難しい英語の語源になった古代の言葉)を60ページも翻訳していたそうです。熊楠は夏目漱石のように西欧人へのコンプレックスはなかったようで、十数カ国語の語学に堪能で、東洋人で西洋人以上に世界を知っていたので、逆に優越感を持っていたといいます。夏目漱石はうつというか当時の言葉でノイローゼのようになり、部屋に引き込もっていることが多かったようです。

 熊楠は引きこもるどころか、「東洋人だ」とロンドンの人に馬鹿にされると、その人に殴りかかって抗議したことが、2回もあったといいます。友人になった中国の孫文に、中国が西洋の列強の国々に占領されていたので、「東洋人は一度西洋人をことごとく国境の外に追い出すべきだ」と意見したそうです。

 当時のロンドン大学総長ジギンズという人の考えで、ケンブリッジ大学に日本学講座を開設して、熊楠を助教授で採用してイギリスにとどまってもらおうとしたのですが、ヨーロッパの戦争などの影響でながれてしまったようです。風変わりな彼の個性と彼の才能を愛する人も少なからずいたのですね。

 熊楠が帰国したのは33の時で、一文もなく、みすぼらしい身なりで帰国しました。英国からは53冊ものノートや研究資料を持って、帰りました。彼の弟は造り酒屋をついで、傾きかけた家を再興していましたが、真面目な弟夫婦に対して、変人の熊楠は理解してもらえず、口論のようになり、紀伊勝浦の南方酒造の店に1人で住んで、研究を続けました。

 その後、田辺に引っ越して、39歳で神社の宮司の娘さんと結婚しました。熊楠は田辺は物価が安く町は静かで風光明媚で気に入っていたいたようです。もちろん彼の研究する自然の標本もたくさんあったと思います。再び奇声を上げながら植物採集している姿を見て周りの人々は驚きました。長男と何年後かに長女が生まれました。

 42歳のとき、植物や自然を愛する熊楠は神社の宮司さんの婿だったこともあり、『神社合祀反対運動』を起こしました。当時の明治政府は、国家神道の権威を高めるために、江戸時代から、数多くあった神社を統率しやすいように、各村で一つに減らそうとしました。とても役人的なまとめ方ですね。『日本書紀』や『古事記』などの古文書にある神だけを残そうとする「神社合祀令」を出しました。和歌山では3700あった神社が強制的に600に、つまり6分の1に減らされたわけですね。三重県では5547が942まで減らされました。これは、神社に携わる人々には死活問題であるでしょうし、江戸時代から人々に愛された地元の氏神様が消されていくわけです。

 神社には豊かな自然の植生と樹齢何百年や千年という神木がありました。これを切って儲けようとする開発業者も多くいたわけです。この自然への苛酷なしうちに熊楠は激怒しました。樹齢を重ねた古木の森にはまだ発見されていないコケや菌類がいるかもしれず、伐採されると菌ごと森が絶滅してしまうのです。「植物の全滅というのは、ちょっとした範囲の変更から、たちまちいっせいに起こり、そのとき以下に慌てるも、容易に回復しえぬを小生は目のあたりに見て、証拠に申すなり」と言って反対しました。この言葉は日本の未来いや、世界の未来への警告のようでもあります。(古代ローマも確か森の木を資源として切りすぎたのが原因で、文明が滅んだのではないか思いますが・・・)

 彼は英語の「エコロジー」という言葉を日本で初めて使いました。彼は生き物は目に見えない力で全生物が繋がっていると訴え、生体系を守る運動をしました。

 彼は民俗学、宗教学の立場からも、人と自然のかかわりを力説し、神社の森は人々の生活に密着していて、神社の木はただの木ではなく、鎮守の森の破壊は、人の心の破壊だと主張しました。彼は新聞各紙に、「神社合祀」の反対の論文を書き、環境保護活動を日本でやった最初の人になりました。

 1910年、43歳で合祀派の県役人が田辺に来た時に植物標本の泥の入った布袋を投げ、家宅侵入罪で18日間拘置所に入れられましたが、そこに珍しい粘菌があったので、釈放されても、もう少し拘置所に置いてくれと頼んだといいます。

 45歳でアメリカの農務省から、省内に入って研究してほしいと頼まれましたが、自然保護の運動の途中だったので、無視していると、アメリカから農務省の役人がはるばる、日本に来て彼を説得しようとしました。熊楠は運動が決着していないのと、家族のことを考え断ったそうです。
 
 1917年、50歳で新種の粘菌を発見し、「ミナカテラ・ロンギフェラ」と名づけられました。

 1929年に天皇が和歌山の神島に行幸したときに粘菌標本を献上して、天皇はその後、彼に関する歌を詠まれたそうです。彼は神島の自然を保護する活動もしました。

 1937年70歳日中戦争が起こり、世間がざわついている中、集大成として、これまでの標本と菌類を整理し、4500種1万5千枚のカラー図鑑を作りました。

 1941年高齢で体調を崩し、病状から自分の死期を悟り、家族への形見を残します。1941年に、当時としては未来の大量破壊となる太平洋戦争が起こった、真珠湾攻撃にショックを受け12月18日になくなります。アメリカ、イギリスは彼の第2、第3の故郷だったのでしょう。

 彼の残した素晴らしい言葉に「世界に不要なものなし」というのがありますが、まさにその通りだと思います。もちろん人にも不要な人は、この世にいないですし、人生のイベントにも、実は無駄なことはないのです。
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不思議な話 その40 学者、南方熊楠の超能力

 秋が深まって松茸を初めキノコ類の美味しい季節となりました。今年はキノコの当たり年だそうで、国産松茸も豊作だそうです。夏が暑く秋が雨が多かったからでしょうか?キノコ狩りのかたは、毒キノコにご注意ください。松茸が赤松の特定の場所にしか生えないのも不思議なことですね。赤松のマネをしているのでしょうか。あの独特の香りは松の香りも影響しているのでしょうか?

 その他のきのこの生態にも不思議なことが多いと思います。きのこといえば、過去から現在までの日本で最もその生態に詳しくもっとも菌類を愛した学者、南方熊楠(ミナカタクマグス)について、再び書きましょう。彼は現代の学者では、まねの出来ない博物学者で、その専門は広く、第一が細菌学、粘菌学者です。民俗学者でもあり、同分野の第一人者柳田国男と交流がありました。植物学者、天文学(彼はインドの天文学についての論文をたしか『ネイチャー』という学会誌に載せました。)者、人類学者、考古学者、生物学者、その他の知識も豊富です。「歩く百科事典」と呼ばれました。

 彼は、江戸期の最後、明治元年の前年の1867年に和歌山市の金物商の家に6人兄弟の次男として生れました。アメリカとイギリスに留学して、外国語が10種類以上(英・仏・独・伊・露・ラテン・スペイン・ギリシャ・サンスクリット・中国)語に堪能だったようです。まさに語学でも天才ですね。賢い熊楠がたくさんの語学に触れられたのは、1886年19歳の時に2年前から入学していた大学予備門(現在の東大)を授業がつまらないからと、動物園、博物館、植物園通いで落第し、自分から退学して、「学問はアメリカの方が先をいっていると」反対する親を説き伏せ、留学します。

 熊楠はミシガン州の州立農学校に合格しますが、彼は大酒飲みで、ウィスキーを飲み過ぎて、寮の廊下で寝ていたところを、校長に見つかって、退学させられます。彼はひるむことなく、アメリカの山野に出かけ、植物採集をします。彼はここで、菌類、粘菌の魅力にとりつかれます。1891年24歳の時に、彼は温かいフロリダは新種の植物の宝庫だと聞かされ、顕微鏡などと護身用のピストルをもってフロリダに向かいました。彼はそのあと、なんとキーウェストからキューバに行きました。キューバの首都ハバナで公演中のサーカス団に加わり、ハイチ、ベネズエラ、ジャマイカ、と中米と南米の北を3カ月でめぐります。もちろん植物採集の為に・・・サーカス団で文盲の(字が書けないとか読めない団員の)為に手紙や団員のファンの返事のようなものを代筆する仕事によって、十数カ国語に堪能になったようです。彼に言葉を教えた人もきっといたのでしょう。ここまででもまるで映画の主人公のようですね。

 熊楠は1892年25歳の時、19歳から25歳までの6年間のアメリカ生活で、標本を充分集めたので、さらに研究をしようと英国のロンドンへ行きます。その年、彼の父親は病気で亡くなりました。

 1893年に26歳で、天文学会の懸賞論文に出した論文「極東の星座」がイギリスの科学雑誌『ネイチャー』に掲載され、彼は有名になります。その後も「ミツバチとジガバチ」の論文を発表し、生涯で51回も論文が載ります。

 大英博物館の図書部長は、彼の優秀さを知り、博物館の東洋調査部員になり、東洋関係の展示品の整理と目録の作成をします。彼は同時期にイギリスに亡命中の孫文と友人になります。彼は大英図書館で猛勉強をしました。十数カ国語を駆使して、世界中の図書、貴重な本、古書を手で書いて写して覚えたりもしました。

 熊楠は自らの超能力に関して、友人宮武省三と言う人に送った手紙でこう述べています。「小生は牛と同じ反芻胃で、物を食べれば、何度でも口に出すことが出来、これが大変うまい。(私の意見としてはこれは、少し気持ち悪い能力ですが)脳が異常に発達し、1人でありながら、2人、3人の働きを出来る超能力がある。このため、小生にうらまれて、死亡したり全滅したものもある。また、人の思うことがわかるなど、とにかく自分の脳はよほど変わっているので小生の死後は大学に売るか、寄贈して解剖し、学問上役立ててほしい」と彼は57歳の大正13年(1924年)3月29日に手紙を送っています。実際彼が1941年74歳で亡くなってから、脳は遺言通り解剖されて一部は保管されているそうです。彼は幽体離脱や幻覚もみていて、死後に脳を調べてもらったら、海馬が委縮していたということですが、直接幻覚の原因とは言えないと思います。むしろ、使い過ぎで年をとってから委縮が早かったのかもしれません。

 彼は超人的な暗記力の持ち主で、小学校入学時7歳の時に漢籍を読み、10歳で、日本の昔の百科事典といわれている『和漢三才図会』という持ち出しの禁止されている本を、写し取り5年で105巻81冊を本文から挿絵まで写し取ったといいます。すごい超能力と努力ですね。どんな人もマネできないと思います。

 彼は子供のころから勉強が好きでしたが、学校が嫌いでした。知能指数が高すぎて、学校の授業がさぞ退屈だったと思います。学校をさぼって植物を観察しに山へ入って2~3日出てこなかったので、友達が彼を「てんぎゃん」(天狗やん)と呼びました。12歳のとき『太平記』を古本屋で立ち読みし高かったので、子供には買えませんでした。そこで彼は3~5ページ立ち読みし、家に帰って暗記したものをノートに写し取り、半年で54巻すべてを写し取りました。ただの暗記力ではありませんね。常人の暗記力を超えた超能力です。

 この能力は日本語だけでなく、各国語でもそうだったのです。一度見たら文も絵も図形も脳に写真のように焼き付いて、いつでも記憶の引き出しからだしてこられるのでしょう。こんな能力は知恵遅れのサヴァン症候群に見られますが、彼は知恵遅れではなく、知能指数が高くてその能力があったのでしょう。彼は菌類や植物やキノコの発見でも、「新しい植物やキノコを発見するのは大変でしょう?」と誰かが彼に質問したら、キノコたちが自ら私に語りかけてくるので、何も大変なことはないよと答えたといいます。俗っぽい考えですが、熊楠に松茸を探してもらったら、莫大な数がとれたことでしょう。

 彼はもう二度と、日本では出てこない稀有な天才ではないでしょうか?

 長くなったので後半は次回に、また新しい不思議な話も見つけましょう。

不思議な話 その31 動物の不思議な話ー動物の超能力ー

 今日はいつもの更新より2日はやいですが、動物の不思議な能力について書きたいと思います。

 犬や猫の帰巣本能についてですが、もうほとんど超能力と思えるほどに、行ったことのないところで飼い主と生き別れになっても、飼い主のもとにたどりつけるのは、十分超能力と言っていいと思います。

 私は動物が大好きなのですが、私も小学生の低学年くらいの子供のころに飼っていた猫のことで、すごく不思議だなと思ったことがありました。その子は太ったどら猫のオスで性格の荒い子でした。子供だった私が立っていても、体に飛びついて、体をよじのぼり胸や肩にしがみつくという感じでした。今のように手術をして、猫の産児制限のようなことをしない時代だったので、その子は大人になって発情期になると、半分ノラのようになりました。その時は横須賀市の南の端のほうに住んでいたのですが、親の都合で北の方に引っ越しました。子供の私の意志ではないですが、両親は半分ノラになった猫を置いて引っ越しました。

 新しい町は前に住んでいたところから車で1時間以上のところでした。徒歩だと3時間以上かかるでしょうか?猫の足だともっとだと思います。祖父の家に引っ越したのですが、引っ越してから数週間したら、なんと、その飼っていた猫が、私たちを追って来たのです。今まで見たこともない遠くの町の一戸建ての私の新居の庭をうろうろとしていたのでした。両親は猫に気がついて、餌をあげたのだと思いますが、やはり新しい土地でも半分野良猫のようでした。なぜその子だとわかったかというと、私の体を同じようによじ登ってきたからです。一般の猫は絶対にそんなことはしませんね。

 どうして、彼は私たちの転居先に来られたのかは、いまだに謎です。映画などでいろいろ作られているように、犬が転居した飼い主を追って行ったこともない土地を微かなにおいを頼りに来るというのは、よく聞きます。それでも、超能力だと思えるのに、そんなに嗅覚が敏感でない猫が、飼い主を追って知らないところにたどり着くというのは奇跡に近いです。

 実話でも、犬の場合は北アメリカ大陸縦断するくらい歩いた子もいれば、臭いが消えるかもしれないのに、海峡や川を泳いでさらにとんでもない距離を歩いて、飼い主のもとにたどり着くという話がよくあります。

 前にブログで書いたと思いますが、、少し古いですが、2007年の7月28日のニューヨークの時事通信のニュースで、人の死を予知する猫が話題になりました。アメリカのロードアイランド州プロビデンスの養護・リハビリセンターのオスカー君です。彼は医師や職員から「死の天使」と呼ばれていて、次に亡くなる患者さんのそばにいてあげるのです。彼もお医者さんのように回診?するのです。患者を覗きこんで、鼻をひくひくさせて臭いをかぐか、その患者のそばで体をまるめて一緒にいます。通り過ぎたら何もないということです。

 オスカー君が体をまるめて横についてあげたら、患者は必ず亡くなるため、職員さんは御家族に知らせてあげるそうです。キリスト教の国なので死に牧師が立ち会うことが多く、牧師の手配もしてあげるそうです。オスカー君が予知した人は50人以上に(2007年時点で)のぼるそうです。亡くなる前の人を癒してくれているのでしょうか、ニュースから6年経っていますが、オスカー君は8歳くらいでまだ現役でしょうか?

 いつのニュースか分かりませんが、アメリカの「デイリーエクスプレス」という新聞で、警察官のヘバーンさんという人が、くじでテリアをもらい、テイムという名前をつけて可愛がったそうです。サイクリングをしたのがもとで、打ちどころが悪くてヘバーンさんは、寝付くようになりました。ティムも時を同じくするように、吠えなくなって、元気がなくなり、その警察官の奥さんは、犬が一切吠えなくなり、家じゅうを駆け巡っては、一点をみつめ、ていたというのです。

 ヘバーンさんは怪我がもとで容体が悪化すると、ティムくんも主人のベッドからでなくなり、食べることを拒否しました。奥さんによると夫がこん睡状態になると、愛犬もぼーっとなって、そのあと突然夫の勤務していた警察署にいって、彼女の夫を探しているかのようだったといいます。

 そして、家に帰ると犬もぐったりしていたというのです。犬を医者に見せたところ悪いところは、どこもないということだったようです。ヘバーンさんは気の毒なことに、肋膜炎と脊髄炎を併発し、目も見えなくなったのですが、愛犬のティムも同じ症状になりました。ヘバーンさんが亡くなると、ティムもほぼ同時期になくなったそうです。ティム君の体調の衰え方は、まるで、愛する御主人さまの亡くなるのを予知していたかのようでした。

 こん睡状態の時、おそらく、ヘバーンさんの魂が体から抜けた時に、その霊について、ティムくんが警察署に行ったのではないかと私は思います。

 犬や猫その他の動物にも、霊が見えたり、テレパシーが伝わったり、予知したりすることができるのですね。それは、時として、人間の超能力を超えてしまうようです。動物は、そんな能力を疑わないし、どんな運命にもとても素直なのです。

 私の事務所にも、ペットを飼っていらしゃる方や動物を愛する方がたくさん来てくださって、ときどき動物にまつわる不思議なお話も耳にします。また、愛する御家族との一緒の過去世はもちろんですが、愛するペットとの過去世をお出しする機会もたくさんあります。興味のある方は、ペットとの過去のつながりを聞きにいらしてください。写真があれば、体調も拝見することが出来ます。

 長くなったので、続きは次回です。

超心理学 その8 心霊治療

 一昨日、TVでちらっと見て面白いと思った話題は、同じ条件で夏をイメージする同じ曲を4~5人の人に聞いてもらうと、室温を暑くも寒くもない22度の同じ状況下にして、曲を聞く前と後では手のひらの体温が、全員上がったそうです。寒いテーマの曲を聞くと、下がったそうです。頭に浮かぶイメージで、人は体温調節ができるということです。

 これは、自律神経が血液を手のひらにたくさん流すとか、流す量を減らすなどの決定をするのに、脳のイメージとも連動しているということでしょう。

 ヒンズー教の行者さんやヨガをやっている行者さんが、熱い火の上を歩く修業など、このことと関係しているかもしれませんね。老人のベテラン修行者にマイナス数度の所に入ってもらい、体温変化をみたら、一般の人は下がるのに、行者さんは上がったという実験も、ある番組で見たことがあります。無茶なことはできませんが、意志の力である程度のことはコントロールできるようです。痛みなども別のことに集中したり、瞑想していると、していないときより感じにくいということもありますね。

 今日のテーマは、日本では、かなり昔にブームになった心霊治療と言われた一種の超能力についてです。これもいつも否定派と肯定派にはっきり分かれますね。このあとの話は少々気持ちの悪い内容かもしれませんのでご了承ください。

 心霊治療はブラジルやフィリピンで盛んなようです。現在でも多くの治療士さんがいるようです。病院のように無菌室で消毒を充分してというわけでもなさそうで、小さなナイフや親指などの限られた道具を使って、患者には痛みを与えることなく外科的なやり方を含め、様々な病気を治すそうです。日本だったら、無資格医だと言うだけで医事法に触れるので、まず手術は無理ですし、投薬のたぐいもダメですね。欧米の医療の専門家や研究者が50年現地調査をしても、なかなか解明できなかったと言われています。昔やっていた日本のTV番組で見た時は、作り物の映像で、動物の血かなにかをだしているのでは、と思っていましたが、調査、研究している人もいたのですね。

 実在の映画の主人公ですが、ジム・キャリーという俳優が演じた1970年代のアメリカのコメディアン、アンデイ・カウフマンという人は、肺がんを患って、フィリピンで心霊手術を受けたというエピソードがあったそうです。アメリカ人のなかにも信じる人が少なからずいたのでしょうか?

 また、フィリピンを訪れたアメリカ人のフットボールのコーチの体の腹部にナイフを突き刺して、その傷口に治療士が指を突っ込んで、血管が通っていると思われる脈打っている物体、内臓の一部のようなものを取り出して、患者はただ目をつぶって安静にしていたという話がありました。麻酔もしないで実際に同じことをしたら痛みが普通は出るわけですが・・・その傷口からは血が一滴も出なかったそうです。そして、心霊治療士は黒い糸を取り出して数針縫って終りになったということです。

 心霊治療が、欧米でマスコミなどによって一般的に知られるようになった初めは、1958年ごろブラジルで活躍した通称ホセ・アリゴー(本名ホセ・ペドロ・デ・フレイタス)という治療士が有名だったそうです。彼はペンナイフを使い患者のがんをとりのぞいたということです。彼が治療した患者は、元大統領の娘さんで、手術は成功し、これがテレビなどで紹介されて、彼のもとにたくさんの患者が訪れたそうです。彼はもともとはレモン農園の経営者だったそうです。つまり農業に携わっているおじさんですね。その治療能力が評判となり、毎日数百人の人が行列したといいます。医師たちが免許もないのに手術をしたり治療をしているというので彼を訴えて、彼は3回も投獄されました。けれども、患者から訴えられたことは、1回も無かったそうです。つまり、患者に満足のいく結果を出していたということですね。アリゴーさんは、大統領の娘の治療までして治してしまったので、とうとう、その活動が認められて、交通事故にあって亡くなるまで、公認で患者の治療をしたそうです。

 アリゴーさんの心霊手術に対して、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、スイス人による医師団の何回も調査を行い、その結果、彼の治療結果を認めざるを得なかったということです。

 キリスト教の信者が多い、おおらかな国ですね。こういう能力をキリスト教の信者の多い国では、神からのギフトと考えます。そういうギフトを持って生れてきた人(極端にいえば尋常でない人、普通でない人)を寛容にうけいれる社会的素地があるのですね。ブラジルでもフィリピンでも一握りの本物もいる代わりに偽物もたくさんいるのかもしれません。いかさまの治療は危険なので絶対にいけません。でも前に書いたフラシーボ効果というのもあるかもしれないので、患者を傷つけないのであれば、その地域にねづいた治療のやり方はあるのでしょう。最先端の医療外科手術でも、再発を繰り返して、治らないというものもありますし、医療に見放されたと思った人の希望にはなるかもしれません。

 余談ですが、遠い遠い過去世のアトランティスの時代の過去世にさかのぼって見て行くと、医療は今より進んでいるように思います。やはり血をださない、傷跡をほとんど残さない回復の早い手術の場面がよくリーディングの映像に出てきます。それから、古代の文明の過去世の映像の中にも手術の場面は出てきますし、実際エジプトの紀元数千年前の骨から手術あとが見つかるそうです。歯のインプラントのあとも見つかっているそうですよ。その時は今のような医療はなかったので、ちょうど呪術をしながら催眠をかけて無痛の状態にして、心霊治療士のようなやり方をしていたかもしれませんね。とすると、心霊治療は古くからの伝統的医療を引き継いでいるということになりますが・・・今の近代・現代医療の歴史は200年ちょっとですよね。そうすると長い人間の歴史の中では、心霊治療の歴史のほうが今の医療の歴史より長いということになりますが・・・

 心霊治療は、霊と交信して医者の霊が乗り移って手術しない限りは、超能力の分野に入るのではないかと思います。乗り移られて霊能者の意識ががないまま手術されると、信じきれない患者にとってはちょっと、怖い気がしますね。

 超能力治療・心霊治療については、全面的に肯定はできませんが、全面的に否定も出来ません。


 次回は、まだ解明されていない不思議な現象、超常現象のような話を調べてみましょう。 

超心理学 その7 超脳能力まとめと心霊治療

 明けましておめでとうございます。読んでいただき有難うございます。今年もよろしくお願いいたします。
今回はその他の超能力のまとめです。

 アメリカとロシア(旧ソビエトを含む)の超能力研究の大ざっぱな違いを考えると、アメリカは大きくESPとPK(サイコキネシス)念力に分けていて、遠隔透視やテレパシー研究に力を入れていたように思われます。一方、ロシア(旧ソビエト)は研究の歴史が古く、生体物理学というか、生体の情報に力点を置いているようです。

 ロシアは、超能力を、生体情報(バイオインフォメーション)と生体エネルギー現象の二つに大きく分けて、生体情報の中に、生体内視=バイオイントロスコピー(私のやっている体調チェックのように)体の故障の部分を透視する能力開発が、盛んです。生体探索=バイオロケーションは人を探す遠隔透視ではないかと思います。それと、生体通信=バイオコミュニケーション、これはアメリカのテレパシー研究と同じではないかと思います。生体情報のもう一つの分野に予視(予知・予言)があります。生体エネルギー現象は、念力で物に働きかけることですね。私もたまに依頼されてやりますが、物から情報を読み取るサイコメトリーは生体情報の中の一分野ですね。サイコメトリーはアメリカの能力者もやっていますね。ロシアは比較的、物に働きかける分野に力を入れているのかもしれません。

 インドの超能力では、生まれ変わりや、カーストの国なので、前世記憶のある人が多いようです。サイババさんをはじめとする、物品引き寄せの行者は、手品のような要素が強いのではと思いますが、調べたことがないので、何とも言えません。ネットで夢の中に入る少年の話を見ましたが、詳しくは分かりません。相手の夢の中に入って、本人に語りかけることは、私はできませんが、一部しか覚えていない相手の夢の中に入って、欠けていた部分を伝えたり、その意味を探ったりすることはできます。夢は実際の経験ではない疑似経験ですが、記憶の痕跡をたどることはできます。現代でも最新の機械で、夢の中の映像をぼんやりでも映し出す機械があったような気がしますが・・・未来には起きていても寝ていても、頭の中の像がもっと鮮明に再現できるかもしれませんね。

 インドにはその他、超能力と呼べるかどうか分かりませんが、食べ物や水を一切取らない行者や少年がいると、聞いたことがありますが、これは、人の見ていないところや時間帯では、隠れて食べているのではという疑念が出てきます。食べ物を取らないことの利点は何もないと思います。体は水と食べ物を取らないと維持できないと思います。

 その他の国では、前回出したブラジルをはじめとして、チリでは、学者がESP能力は遺伝するかということを研究したり、透視、予知、憑依などの事例も研究されているようですが、日本よりもっと研究はすすんでいないようです。アルゼンチンは他の南米の国々に比べて少し研究が盛んなようです。メキシコでの超心理学のブームは下火になっているようですが、メキシコをはじめ南米の国はキリスト教徒、特にカソリックの信者さんが多いので、憑依(悪魔つき)のような事例が多いそうです。その中に、物が空中を飛ぶポルターガイスト現象がよく話題にでますが、霊というより、念力能力のある思春期の少年、少女のいる家庭でこの現象が起こって、彼らが成長すると収まるというケースが多いようです。ポルターガイストの詳しい話は、超常現象のテーマのときに、また話題にしますね。

 憑依は、精神疾患の症状が複雑で理解されないときに、何かが憑いたとされている例が、実際にはほとんどではないかと思います。私は牧師さんのように祓う担当ではないですが、精神疾患か本物の憑依かの違いを見分けることもできます。

 余談ですが、ヒーローズというアメリカのドラマが数年前に人気で、私も最終シーズンまで見ましたが、空想のドラマの中では、多種多様の超能力者が出てきます。

 ある人は、自分の力で空を飛びます。これは、反重力物質の開発が進んだら、可能かもしれませんね。今のところは、人間の力、単独で重力に逆らうことはできません。時空間を捻じ曲げ、時間を止めたり、タイムトラベルをする人も、このドラマに出てきます。それから、自らの怪我を自分で癒してしまう、死ねない少女が出てきたり、温度をあやつって人を凍死させる美女や、火を扱う女性、男性何人分もの凄い怪力を持つ女性、(これは現実にいそうですね。)、物質の組成を変えて壁をすり抜ける男性、アメコミのフラッシュマンのように、目にもとまらぬ速さで動く女性、予知能力のある画家、相手の考えが全部読みとれて、心も操作できる元警官の男性。(軍隊などはこんな能力を切望しているのではないでしょうか・・・)あいての記憶を操作する男性、透明になれる人、電気を操作できる人、PCを念の力で操作する少年、サイコキネシスの能力者、どんな遠くの音も聞き分ける能力者、主人公は、そばにいる人に限り、みんなの能力を吸収して、相手を傷つけずに能力をまねる男性です。悪役の男性は父親違いの兄弟で、相手を亡きものにして、超能力者の能力を奪います。この設定には無理があるものの、とても面白いドラマに仕上がっています。主人公の母親は予知能力があり、陰謀で皆を操ります。亡くなっていることになっている父親は、人を治したりエネルギーや能力を奪ったりする人だったような・・・

 実際にはありえない能力がほとんどですが、このドラマには素晴らしい発想力があると思います。

 超能力の中で、その証明や力のあるなしの判別の難しいものの一つにヒーリング能力があります。手かざしの類のヒーリングは、ヨーロッパ、イギリス、ドイツなどで盛んかもしれません。アメリカ、オーストラリア、日本でも盛んではあります。

 次回とりあげるのは、正統派の気功や、なんちゃってのインスタントの気功やヒーリングではなく、外科的な処置をするという心霊治療を取り上げます。前置きの予告をすると、各先進国では医療に関する法律があって、今は外科的な心霊治療というのは、法律に触れてしまいます。だいぶ前の話で、現在は変わったかもしれませんが、フィリピンでかつて心霊治療が盛んでした。そのことについて、次回に書きましょう。
 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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