不思議な話 その206 ミイラの不思議(3)


現代では禁止されていますが、日本でも信仰の為にミイラになった人々がいました。即身仏は11世紀から19世紀にかけて生きたまま仏になるために厳しい苦行をして、徐々に食事を減らして木の実、種、果物などを食べ最後には断食をします。そしてミイラ化を促進するのに漆の木の葉でできたお茶を飲みます。内臓や細胞がうるしの膜に包まれ組織を守ります。各宗派の念仏や真言などを唱える修行もします。1000日目で僧の体から脂肪が落ちて、体が乾燥して腐敗せずにミイラ化します。

修行僧は小さな洞窟に入り少しの隙間を残して入り口を少し開け、断食を始めます。鈴を鳴らして修行をして入り口は閉じられます。1000日目に仲間の僧が洞窟の扉を開き、肉体がミイラ化されているものだけが、即身仏になります。目指した多くの僧が失敗したようでミイラ化したものは即身仏となり、しなかったものは埋葬されました。現在残っている即身仏は24体と言われています。この即身仏は1877年に明治時代に入って禁止されました。

この即身仏は仏教の中の思想、生きるのでもなく、死ぬのでもない中有(ちゅうう)の状態をめざしているのかもしれません。涅槃を経て至福の境地に達して、肉体は不死の状態になり、仏や菩薩の境地に達しようとしたのでしょうか?即身仏になった僧は自分を仏に近づけてより崇高な境地に自らを導こうとしたのでしょうか?

2013年にペルーのエルカスティリョという所で、研究者達が紀元後600年~1100年代に栄えその後謎の消滅をしたマリ帝国の王族の墓を発見しました。その墓に工芸品と装飾品と63体のミイラが発掘されました。祀ってあった女王のイヤリングには、人の姿をした鳥が描かれていたそうです。

ペルーのウトクバンバ渓谷では、人里離れた所にチャチャコヤ族の戦士達の棺が立って埋葬されているそうです。チャチャコヤ族はペルーで特殊な民族で、この人々のミイラは胎児のように身体を折り曲げた姿勢で埋められていたようです。これは新たな誕生の儀式なのか、次の人生に転生する準備なのかもしれません。

前に私のブログでも書きましたが、頭蓋骨が長い長頭のミイラが発見されています。ペルーとマルタ島で発見されていて、人類には必ずある矢状縫合(しじょうほうごう)がない頭蓋骨なのだそうです。その頭蓋骨のDNAテストでは、人の持つ遺伝子に一致しないものがあるそうです。ペルーのパラカス半島の長頭のミイラのDNAは人間のものではないという結論に達しているそうです。

ペルーのクスコ付近にあるインカ文明の首都コリカンチャには聖なる建造物というものがあります。ここにはインカ王のミイラが祀られています。1年に4回ミイラを掘り出します。子孫たちや家族のことや将来のことをミイラに相談するために掘り出すのです。インカのペルー人にとっては、ミイラという存在は、神や異次元の存在で、生死の狭間にいるものなのです。ミイラと交信ができると、そこの人々は信じています。それらのミイラの世話をするために特別な訓練を受けた人々がいるそうです。その世話人達は、ミイラとこの世にいる人との通訳のような役割をします。(日本でのイタコのようなもの)インカの人々は死者が肉体をもってなお、生き続けると考えました。

インカの創世神話では、インカはアヤル王によって作られました。「アヤル」ということばは「ミイラ」を意味するそうです。ミイラはどのインカの神にとっても重要です。インカの人々は、創世神話のアヤル王が、死から蘇った王だと考えました。「古代の宇宙人」の説では、宇宙から来た宇宙人が宇宙船で冷凍睡眠から目覚めるのを見て、彼らを神と崇め、人の死後も肉体を保存して死から蘇るのを期待してミイラ化が始まったのでは、と言っています。

2008年にメキシコの医師のアレハンドロ氏は法医学技術でミイラ化した身元不明の死体を溶液につけて、細胞をふくらませ、情報を探るのに成功しました。

1968年にリバプール大学のロバート・コノリー博士は、3300年前のミイラから血液の再生を試みました。自分の血液細胞とツタンカーメンの皮膚のサンプルを混ぜて、ツタンカーメンのDNAを発見しました。

古代から世界各国で作られているミイラは、将来のDNAクローン技術で再生出来ることを知っていて、作られたものもあるかもしれません。ミイラから遺伝子情報を取り出して、クローンを作るためのタイムカプセルなのでしょうか?

次回にまた面白いテーマを探しましょう。
スポンサーサイト

不思議な話 その205 未来の最新医療とミイラの不思議(2)

2017年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

最初に未来の医療の明るい話題から書いて、前回の続きミイラについて書きましょう。私は5年くらい前にブログで10年以内に注射するだけで癌が治るようになると書きましたが、それが近い将来実現しそうです。アメリカではこの5年以内に実現するかもしれません。京大出身の、米国がん研究所NCI(National Cancer Institution) の主任研究員小林久隆研究員は、「近赤外線免疫治療法」という夢のがん治療法を開発しています。

がん治療は、「外科手術」「放射線治療」「化学療法」の3つがあるそうですが、「外科手術」は、患者さんの身体の負担が大きく、その後の二つは副作用が見過ごせないほど大きいそうです。それに対して、小林氏の開発中のあたらしい治療法は、副作用がなく、ほとんどのがんに適用出来るということです。必要な設備も薬品も比較的安価なので、一般の手術費用と同じくらいで、保険もききそうだということです。あのオバマ大統領も、「米国の偉大な研究成果」として、世界に自慢したそうです。日本人の研究者の開発したものだったのですね。氏はNCIで20年越しの研究をしているそうです。

小林氏いわく、「この治療法は、がん細胞だけに特異的に結合する抗体を利用します。その抗体に、近赤外線によって化学反応を起こす物質をつけ、静脈注射で体内に入れます。その抗体はがん細胞に届いて、結合するので、そこに近赤外線を照射すると、化学反応を起こしてがん細胞を破壊します。その化学反応で変化した物質IR700ががん細胞の膜にある抗体の結合したタンパク質を変性させ、細胞膜の機能を失わせる事によって1~2分という極めて短時間でがん細胞を破壊します。」と言っています。さらに「全身のがんの8~9割はこの治療法でカバーできます。近赤外線の照射は、がんの部位に応じて、体の外からあてることもあれば、内視鏡を使うこともあり、がんの大きさが3センチを超えるような場合は、がんのかたまりに細い針付きのチューブをさして、針を抜いて、代わりに光ファイバーを入れてがんの塊の中から近赤外線を照射します。」と言っています。

この臨床試験の許可はアメリカでは、早くもゴーサインがでて、もう30~40人の重い患者さんに臨床実験が行われていて、300人の治験がクリアできれば、フェーズ3の段階にすすめるそうです。アメリカでは、特許をとり、薬品開発の会社や設備の会社もきまっているそうで、2~3年で実用化できるそうです。日本ではさらにそれから2~3年遅れるそうで、5年以上先、認可が長引けば、さらに7~8年で実用化になるでしょうか?保険適用などを考えるとやはり10年先かもしれません。日本の研究者さんがアメリカに行って、実用化が5年も10年も遅れるのは、残念ですね。でも、がんが日帰り治療で治る時代もすぐそこまで来ています。1日も早く日本でも治療が実現することを祈っています。

それでは、話は大きく変わりますが、ミイラについてです。ミイラの起源はある神話に基づいています。ラムセス大王の死後の旅の話です。大王は死んだ後、太陽の船に乗り、さまざまな神に守られて冥界へと行きます。アヌビスはその神の一人ですが、犬の頭を持っており、ミイラの神なのです。アヌビスと関係のある神話では、「オシリスの物語」があります。オシリスの弟のセトは兄の権力をねたみ、兄を殺してしまいます。オシリスの妻イシスは、神アヌビスの力を借りて、夫のオシリスをよみがえらせようとします。魂をよんで、次の人生の生まれ変わりをはかります。神アヌビスは死体を腐らせないミイラ化の方法を発明した、と神話上ではなっています。エジプトのミイラ化は、シリウスの星と関連付けられています。シリウスはイヌボシと呼ばれる星です。ミイラ化の作業を監督していたのは、イヌの頭を持つアヌビス神です。「古代の宇宙人」の中では、アヌビスは古代に実在した地球外生命体ではないかという説があります。エジプトでは、鳥への変身や、天に昇るということが、科学として受け入れられていたのかもしれません。

別の星からやってきたものが、人間の死生観やミイラの作り方を、人間に教えたとしたら、ミイラ作りの高度な技術も納得しますね。古代のエジプト文明が栄えた時期より数千年前、チリ北部で作られた7000年以上前の世界最古のミイラが発見されました。古代エジプト文明の4000年前から、南アメリカでは死人をミイラ化していました。チリのチンチョウロで、古代の人々は、亡くなった人々の臓器を取り出してから、砂や草、その他のものを体の中に入れ、遺体の上に泥をかぶせ、顔を泥のマスクで覆います。彼らはとても入念な防腐処置を施したのです。エドウィン・バーンハウトは、チンチョウロのミイラを作るやり方は、エジプトのミイラ化のやり方に非常に似ているそうです。ミイラは実は世界各地にあるそうです。

次回に他の国のミイラも見ていきましょう。

不思議な話 その204 ミイラの不思議(1)

今回はミイラの謎についてです。少し気持ちの悪い部分もあるかもしれません。

大切な人の死後、その肉体をミイラにする風習が、世界各地で行われていました。その目的は何なのでしょうか?ミイラは死後の来世と関連していると考えられて作られたのか、あるいは、異次元の存在や、神と結びつく為に遺体を保存したのでしょうか?

『古代の宇宙人』#83で「ミイラの秘密」というテーマで面白い説があったので、紹介しながら、感想も書いていきましょう。ミイラ化とは、乾燥してカラカラになった遺体の保存方法だけでなく、人間の死後に自然に起こる死体の腐食を防ぐあらゆる手段を、広い意味では指すそうです。

2005年のローマ法王ヨハネ・パウロ2世のご遺体は、薬品で長期保存され、「教皇の魂は、天国に永遠に導かれる。」と発表されました。ヨーロッパの葬儀の多くは、古代エジプトの死生観や埋葬の仕方に影響を受けているそうです。これもミイラ化の一つなのでしょうか?

私がブログで前に古代エジプトの「死者の書」について書きました。その時、キリスト教やユダヤ教やイスラム教は、エジプトの死生観、つまり「天国で永遠の命を得て、安楽に過ごせる。」という思想の影響を受けているという考えを書きました。

1924年に当時ソビエト連邦(今のロシア)の革命家、ウラジミール・レーニンが亡くなり、当時のソビエトでは建国の父なので、彼の遺体から臓器を取り除き、特殊な液体をそこに入れて、腐食を防ぎ、生き生きとした姿で、眠っているように見えるそうです。その後のスターリンも、ホーチミンも、マルコス大統領も毛沢東も同じような保存のされ方をしています。これらも、広義の意味のミイラ化です。なぜ、死後の遺体を生きているときのように保存しようとするのでしょうか?カリスマ性を維持しようとするためか、崇拝の対象にするためか、あるいは、古代エジプトのファラオのように、永遠に生きるためなのでしょうか?

古代エジプトでは、永遠に生きるためには、死後の世界にも肉体が必要だと考えられました。魂があるという前提で、死後には、肉体
から魂が離れて、身体が不要になると考えると、ミイラ化するのは、理にかなっていません 。ミイラになろうとする人々や、作ろうとする人々は、その人間であったことに執着しているので、ミイラにしてでも、その肉体を維持しようとするのでしょうか?

古代エジプトでは、ミイラ作りは、死後の世界のためという明確な目的がありました。王家の谷の墓地は、BC1539年~1705年くらいに埋葬されたのが多いそうですが、今まで分かっているだけで、63の墓があります。古代エジプトでは、死後の旅に出るには、魂をもとの肉体と再び結びつけなければなりません。肉体の保存にこれだけの労力をかけたのは、古代文明の中でも、エジプトが一番です。

古代エジプトでは、ミイラ化する体を乾燥室に入れ、臓器を取り出し、ナトロンという塩をつめ、心臓や、脳を取り出し保存します。甘い香りのオイルをつけて、再びナトロンで、体全体を覆います。体が完全に乾いたら、全身を布で覆い、35日~70日完全に乾かし、それで完成となります。死後に審判で困らないように、死者の書が描かれている巻物と、お守り、装飾品、を棺の中へ入れます。ミイラの胸の上には、死後の世界で役に立つ、スカラベ(フンコロガシの虫)の彫刻をのせます。

古代のエジプト人はミイラ化で最も重要なのは、体から水分を取り除くことだと知っていました。水分がなければ、細菌は繁殖しません。肉体の腐食を免れる事ができます。エジプト人たちは不思議な事にミイラ化の手順を文字で残してはいません。それは秘技だったのでしょうか?ミイラ化の工程の詳細は謎に包まれています。

古代エジプト人の死後に対する考え方は、死者の書や記録や、棺のまわりの装飾画などに繰り返し描かれています。

「古代の宇宙人」のミイラに対する面白い説は次回書きましょう。皆様良い年をお迎えください。

不思議な話 その198 古代の発明(2)

古代の発明についての続きです。アレクサンドリアのヘロンは、紀元10年~70年頃の人と言われています。

古代都市アレクサンドリアは、アレクサンドロス大王(BC356年~323年)の名前にちなんでつけられた都市です。アレクサンドロス大王(アレクサンダー大王)歴史上で最も若く、地中海沿岸からインドまで征服した英雄と言われています。マケドニア王国の大王が東方遠征した時に、なぜアレクサンドリアに都市を作ったかというと、伝説としては、二つのお話があります。一つは夢のお告げで、ホメロス神が王の夢枕に立ち、叙事詩『オデュッセイア』の中のメラネオスがファロス島に亡命する一節を語ったといいます。」そして、プルタルコスの『英雄伝』によれば、「アレクサンドロス大王はベッドから飛び起きると、自分の構想にあった都市を建設するように命じた」そうです。もう一つの伝説は、建設の決まったアレクサンドリアで、測量技師たちが都市の城壁の位置取りの為にチョークで線を引いていると、チョークが切れてしまったので、小麦粉を白線の代わりにしたのですが、小鳥が来てその小麦粉を食べてしまいました。不吉な予兆ではと心配した王が預言者に占わせると、「あらゆるところから人々がここを目指し、集まり町が繁栄するという印」だと預言者たちは言いました。

これらの、伝説以外に、アレクサンドロス大王がアレクサンドリアに都市を作った理由は、当時エジプトに北部地中海岸にあった港は、浅瀬が多く、毎年繰り返されるナイル川の氾濫で運ばれてくる堆積土のために水深が一定しませんでした。エジプトに入る前に船が停泊することが出来る唯一の港は、ファロス島の港だけでした。そのために、アレクサンドロス大王以前の人々も、船乗りや商人などアフリカ大陸の側に、長く仕える港を求めました。ファロス島とエジプト側の距離は1マイルで、1時間足らずで横断できました。大陸側は地中海とマリュート湖にはさまれた細長い土地で、そこにいくつかの漁村があり、ファロス島とこの村のあたりを堤防でつなぐと、東側の港が海流から守られ、ファロス島も北西の季節風から守られます。

このような有利な地形からアレクサンドロス大王はこの場所に新しい都市の建設を決定しました。アレクサンドロス大王の率いるマケドニアの大きな軍の新しい入植地としても、このアレクサンドリアは最適だったのでしょう。アレクサンドロス大王はエジプトの王も兼任しました。その後アレクサンドリアは国際的な都市になり、現代でも栄えています。

前に私がブログで書いた古代世界七不思議に入っても良いものとして、アレクサンドリアの大灯台があります。今は壊れてしまいましたが、古代でも優れた技術で作られていたそうです。こうして、アレクサンドリアは紀元前300年以降、国際都市として栄え、アレクサンドリア図書館も出来て、文化の中心になりました。

話をアレクサンドリアのヘロンの話にもどします。こんな背景があって、当時紀元後50年前後古代ローマの属州エジプトのアレクサンドリアで、活躍したのがギリシャ人工学者、数学者のヘロンです。彼は、「アイオロスの球」(ヘロンの蒸気機関)蒸気の圧力を利用した発明をしました。これは、現代のロケットエンジンの原型と言われています。記録に残る最古の蒸気機関です。蒸気機関は、実は産業革命より2000年近く前に発明されていたのです。この他にも密閉された容器を祭壇の炎によって熱し、そこから噴出する空気を用いて、別の容器から水を移動させ、その重みでロープを引っ張って、神殿の扉を開けるという自動ドアをヘロンは発明しました。

世界初の自動販売機も、ヘロンは発明しました。機械の上部にある投入口から当時のローマコインを入れると、決まった量の聖水が出てくるというものです。

ヘロンの風力のオルガンも世界初の風力機械と言われています。彼はギリシャの劇場の様々な舞台の仕掛けも発明しました。円筒形のギアを回転させるものや、ロープの結び目を使った2進法のしくみや、機械仕掛で10分も動く発明もありました。機械的に一定の間隔で落下する金属球を用いて、隠れたドラムを鳴らし、雷のような音を作る仕組みもありました。

『気体装置』は彼の著書と言われていますが、確定ではないようです。けれども、コインの自動販売機の説明と絵が描かれていて、この本のラテン語の写本は(1583年の)、今なお、ローマの国立図書館にあります。おそらくアレクサンドリア図書館にあった、書籍の写しなのでしょう。

次回も興味深い話を探しましょう。

不思議な話 その182 ソドムとゴモラ古代都市滅亡(2)

旧約聖書の中の都市「ソドム」と「ゴモラ」の話の続きです。ソドムから1000km東の古代都市ニネヴェ(メソポタミア北部、アッシリアの都市の一つ)の遺跡にくさび形文字で描かれた粘土版が出土しました。その一枚がイギリス、ロンドンの大英博物館、中東の古代遺物の展示のところにあります。古代シュメール文明は紀元前3000年から2000年頃、繁栄した文明です。そのシュメールの粘土版には、くさび形文字と図形で、星座図が描かれていました。双子座とうお座、水星と木星がありました。

天文学者のアラン・ボンド氏と工学者のマーク・ペンプセル氏が共同で、この粘土版の研究をしました。天文学と機械工学の知識で、粘土版を読み取りました。その結果、古代シュメール人は、天文学に非常に精通していたということが分かりました。星や惑星についての知識の深い、シュメールの古代天文学者の正確な観測記録が残っているのです。当時、星と星との角度を測ったり、星の観測に道具を用いていました。伝説ではシュメール人は、空から来たアヌンナキ(宇宙人?)から天文学を教わったといっています。

ソドムが栄えた同じ時期に、シュメール人天文学者は、うお座の位置に夜空を横切る何かを描きました。当時の天文学者はこの小惑星を「アピン」名づけて、ペガサス座からうお座まで、移動して地平線へ落ちる放物線を粘土版に描きました。この時、シュメールの天文学者は、明け方、4分半もかけて地平線に落ちていく物体を観測しました。物体の軌道はシュメール天文学者の正確なデータのおかげで、算出することができました。その軌道をたどっていくと、現代では、天文学でよく知られた、小惑星を思い起こさせました。「アテン群」といわれる小惑星集団の軌道だったのです。「アテン群小惑星」は1970年代に発見され、地球と金星の間を周回しているそうです。大きい物は直径1.5kmを超えるようです。シュメール人の天文学者の観測は、現代の天文学と一致しています。天体望遠鏡もコンピューターもない時代に、どうやって小惑星の動きを追ったのでしょうか?

現代のふたりの学者が、約5000年前のシュメール人天文学者が描いた星座の配置と粘土版の図のデータを、コンピューターで計算しました。位置的に、天文学者はイラク南部にいました。ロケットの再突入軌道を予測する最先端のソフトウェアを使って、一体いつ頃の夜空か割り出しました。当初、ふたりの学者は、この天体が旧約聖書のソドムとゴモラの物語に関連するとは思ってもみませんでした。

ヨーロッパ北部、オーストリアアルプス山脈のコヘルスに小惑星は上の部分だけをかすめるように衝突しました。惑星はその場所から数百メートル上空で爆発しました。正確には空中爆発でした。この爆発は1908年の隕石によるロシアのツングースカの大爆発の1000倍の規模でした。シュメール人が観測した小惑星は、空中爆発(爆発規模は最大の核兵器の100倍くらい)によってバラバラとなり、クレーターが残っていません。旧約聖書に書かれた、コヘルスに落ちた小惑星は、巨大な火柱を立ち上らせ、かけらは大気圏外に飛んでから、ギリシャ上空で大気圏に再突入し数キロ先まで飛び散りました。燃える岩石が、毎秒5kmの速さで地中海を越えて行きました。2500キロメートル先を、地中海を中心に帯状に400℃の温度になりました。その真下にいた人々は髪や服がひどい火傷で亡くなりました。生き残った人はわずかでした。

現代では、最新のソフトウェアを使えば、コンピューター上で時空を遡り、好きな星空を再現できるそうです。ふたりの学者、ボンド氏とヘンプセル氏は粘土のシュメールの星座盤をコンピューター上に再現しようと試みました。ふたりは3ヶ月間ひたすら、過去の星座図をコンピューター上に再現しました。そして、古代の粘土版と星の図が一致した日はBC3123年6月29日1日しかありませんでした。シュメールの粘土版は奇跡的に人類史上一番大きい隕石による大惨事を記録していたのです。それで、ソドムとゴモラなどいくつもの古代都市が滅亡したのは事実だったのです。

一方、別のアプローチをした学者もいました。オハイオ州立大学の古代の気候変動研究は、最先端なのだそうです。トンプソン教授は世界の氷を集めて、地球の気候変動を研究しています。教授は各地の1年中氷で覆われた地域を訪れ、氷の記録をとっています。氷の中の小さな気泡に当時の空気が閉じ込められていて、これを調べると当時の温度変化や気候などが分かるそうです。教授はペルーの氷の壁から、植物を見つけました。閉じ込められていた植物は、約BC3200年年前に急激な気候変動があったことを、証明していました。アフリカ北部はその前には緑で覆われていたところが、砂漠になったところもありました。南米のチリのあたりでは、雪と氷に覆われました。植物の年代測定はプラス、マイナス100年の誤差があります。そうすると、BC3123年に大体一致するというのです。小惑星の衝突後、ちりや灰を巻き上げ、地球規模で大きな気候変動が起きたのでしょう。まるで、よく言われている核の冬のような状態です。BC3123年、世界的には青銅器時代の初期、6月29日、シュメール人天文学者が明け方の空を観測していると、小惑星による爆発という、大惨事が起きてしまったのです。

小惑星は、アルプスで空中爆発し、火柱をたてて、岩を上に吹き上げ、再突入したかけらは、入ってきた軌道を戻るように、弧を描くように、火のついた岩を撒き散らし、その量は10億トンとも想像されています。炎はいくつもの町を破壊し、実際は、何の罪もない多くの人が亡くなったのでしょうが、当時の人々には、降って湧いたこの惨事を神の怒りに違いないと思ったことでしょう。後の世にこの悲劇が語り継がれ、旧約聖書の編纂者に神話として、語り継がれたのでしょう。

次回にまた、関連のあるテーマを書きましょう。
 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード