不思議な話 その231 能力を伸ばす教育(2)

モンテッソーリ教育法の中身についてです。シュタイナー教育法とともに、ある時代のニューエイジの人々の支持を集めて、世界中に教育施設があります。この教育法を受けた人々全てが成功するとまでは行かないでしょうが、有名人で幼少期にこの教育を受けた人が、少なからずいます。

グーグルの創始者、ラリー・ペイジ氏とセルゲイ・ブリン氏の親は大学の教授をしていたそうなのですが、子息にモンテッソーリ教育をしました。ページ氏は「決められたルールや学校秩序にとらわれずに、世界で今何が起こっているかを追求し、何か違うことをしてみようかなと、自分で意欲的に考えるトレーニングになったと思う。」と言っています。このモンテッソーリ教育モデルはグーグルの文化としても受け継がれているようで、20%ルールというのがそれだそうです。1週間(月~金)のうち1日は自分の仕事以外にも取り組もうというもので、モンテッソーリのように自発的に何かに取り組もうというものです。

アマゾンの創始者ジェフ・ベゾスも幼少時モンテッソーリ教育を受けました。「多くの努力は行き止まりになってしまうことが多いが、そんなことを繰り返していくうちに、いつか路地裏に迷い込みながらも、最後には大きな所にたどり着くものなのです。」と、彼は言っています。彼は、アマゾンの株式上場当時、10年後の会社の未来図を作り、自分が何をすべきかどうするか、明確なビジョンを持っていました

経済学者のピーター・ドラッカー氏も子供の時モンテッソーリ教育を受けていたそうです。彼はマネージメントの父と言われて多くの経営者が彼のマネージメントを学んでいます。彼はマネージメント理念に、人間関係を重視した組織作りをあげています。当然といえば当然の理論ですが、利益追求型経営には斬新に見えるのでしょう。組織、人間、会社を俯瞰的(ふかんてき)に見る事ができたのは、モンテッソーリ教育の影響なのでしょうか?それとも彼独自の才能なのでしょうか?

フェイスブック創始者のマーク・ザッカーバーグ氏も、モンテッソーリ教育を受けました。彼の活躍はフェイスブックだけにとどまりませんね。

ウィキペディア創始者のジミー・ウェールズ氏も幼少の時、モンテッソーリ教育を受けました。私もネットでウィキペディアのお世話になっていますが、ユーザーはウィキペディアにより、瞬時に多くの情報を見られる事ができるようになりました。世界中の人々が書き込める、最新の百科事典を誰でも、平等に閲覧することが出来ます。遠い昔は、知識は一部の特権階級のものでした。学ぶという点においては、インターネットは革命を起こしていると思います。

その他、イギリス王室のウィリアム王子とヘンリー王子もモンテッソーリ教育を受けています、保母をしていらした、故ダイアナ妃の支持した教育方法なのでしょうか?

ワシントン・ポスト経営者、でジャーナリストのキャサリン・グレアムもこの教育を受けたそうです。昔の方ですが、『アンネの日記』の作者アンネ・フランクもモンテッソーリ教育を受けました。

日本では日本モンテッソーリ協会が教員養成を行っているそうですが、欧米に比べて教育施設の数は少ないかもしれません。日本には1960年代に紹介されました。約50年の歴史です。欧米では公立学校でも、モンテッソーリプログラムが導入されていますが、日本では幼児教育だけで、確か小学校では、使ってはダメなのではないかと聞きました。海外ではたくさんのモンテッソーリ教育を行う「子供の家」があるので、受けた人の母数が大きいから、当然有名人も多く輩出するわけですね。

モンテッソーリ教育法は、目的として、「子供は、自らを成長・発達させるちからを持って生まれてくる。大人の親や教師は、その要求をくみとり自由を保障し、子供達の自発的な活動を援助する存在に徹しなければならない。モンテッソーリ教育では発達段階にある子供を援助し、自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てること」(日本モンテッソーリ協会ホームページから引用。)「その目的を達成するために、創設者のマリア・モンテッソーリは子供を観察し、そこから得た知識に基づいて、教育法を構成し、独特の体系を持つ教具を開発しました。その教育法の正しさは、現代の大脳生理学、心理学、教育学などの面からも証明されています。」

「子供の家」では、自由の保障と、整えられた環境を目指しています。整えられた環境とは、次の4つの要素を満たすものだそうです。
1.子供が自分で自由に教具を選べる環境構成。
2.やってみたいなと思わせる、おもしろそうな教具。
3.社会性、協調性を促すための、3歳の幅を持つ異年齢混合クラス編成。
4.子供それぞれの発達段階に適した環境を整備し、子供の自己形成を援助する教師。
モンテッソーリ教育においては、教師は教える人でなく、子供を観察し、自主活動を援助する人的環境要素だそうです。

この教育方法では、感覚教育を重視します。「子供の家」ではいろとりどりの教具と呼ばれる木製玩具があります。モンテッソーリ教育では、教具の形、大きさ、色、手触り、重さ、材質にもこだわるそうです。教具を通して、暗記でなく、経験に基づいて、質量や数量の感覚を養うことと、教具を通しての表現の言語能力を養うそうです。感覚教具は、比較することを基本とした「対にする」「段階づける」「仲間分けする」の3つの操作法が組み込まれています。

モンテッソーリの言語教育は子供の言語発達について、「名称(名詞)を知ることから始まり、その性質に関する単語形容詞にうつり、物の関係を表す単語、動詞、助詞に及ぶと考えました。言語教育では、絵カード、文字カード、などそれぞれの発達段階に即した、教具を使い、話す、読む、書くの作業を通じて、語彙を豊かにすることを目指し、最終的には文法や文章構成へと進みます。

算数教育では、人間の精神の発達が、運動、感覚から抽象、という感覚的認識から、抽象的認識へ、具体から抽象へ、という経路をたどるといっています。モンテッソーリ教育法は、子供にこの経路をたどらせることによって、抽象的認識に至らせることを目標にしています。

以上、日本モンテッソーリ教育綜合研究所のホームページからの引用の要点でした。

日本ではこの教育方法が、比較的高額となること、中には過激なお受験の幼児教育にも使われているという、批判もありますが、基本理念としては、幼児教育の効果的な発達を促すものとして、極めて有効だと思います。小学校でも使用することができれば、教育の多様性という点でも役に立つと思います。一般的にもう少し普及するといいですね。

次回もテーマをさがしましょう。
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不思議な話 その230 能力を伸ばす教育

人工知能が囲碁の世界では、人間の世界チャンピオンを負かす時代になりました。人工知能は、人間が積み重ねた囲碁の技法では、思ってもみなかった打ち方をするそうです。

今将棋の世界で話題の第30回竜王戦決勝トーナメント29連勝中(2017年6月末時点で)の中学生藤井聡太四段は、師匠にはつきましたが、多くの他のプロがやっている定石通りの将棋の指し方ではなく、コンピューターの将棋を色々やってみてその能力をのばしたと聞きました。普通の指し方では、先輩のプロの人たちに勝てなかったかもしれません。彼独自の指し方をコンピューター将棋をしながら、考案したのが連勝の勝因かもしれませんね。もともとの素質も大いにあるとは思いますが、何が彼の能力を伸ばしたのでしょうか?彼が幼稚園の時から、学んだモンテッソーリ教育法のことが最近よく取り上げられています。モンテッソーリ教育法については、時々耳にしますが、どんなものなのか調べてみました。

「モンテッソーリ教育法」はイタリアのマルケ州キアラヴァッレに1870年8月31日に生まれたマリア・モンテッソーリが始めた幼児教育法です。彼女は19世紀で初めてのイタリアでの女医です。当時は女性に対しての差別が、ヨーロッパでもあった時代なので、彼女は、医科大学入学後、男子学生と同室での解剖を学ぶことが許されず、一人で解剖室で実習をしたそうです。いろいろな男性社会いじめのような処遇を乗り越えて、1896年、26歳のときにイタリア初の女性医学博士になりました。

卒業後も彼女が医者になることに否定的な医学界で、職がなかなか得られませんでした。そして、ローマ大学付属の精神病院でようやく彼女は 職を得ました。その時代の欧米の精神病院では、患者を鉄格子に囲まれた暗い部屋に閉じ込め、現代のようなきちんとした治療は、されていなかったそうです。

医師としても、患者の側からもつらい劣悪な環境の中で、モンテッソーリ博士は知的障害があるとされる幼児が、床に落ちたパンくずで、しきりに遊んでいる姿に注目しました。彼ら子供の患者は、知的な進歩はないとみなされ、教育は与えられていませんでしたが、彼女は、指先を動かすような玩具を次々と与え、患者の感覚を刺激することによって、知的障害児でも、その知能を向上させることが出来ることを発見しました。他の障害児たちにも同じような教育治療をしました。彼女が知的障害児達に知能テストを受けさせると、あるものたちは、健常児達の結果を上回るということが分かりました。この成果は、医学界、教育界に驚きを与えました。

1907年には、モンテッソーリ博士は、障害児の治療方法で、一通りの成果をあげた感覚教育法を、ローマの貧困家庭の子供たちに応用することにチャレンジ出来たそうです。ここでも知能向上で、著しい成果を上げ、彼女はこの方法をさらに研究するため、医師を辞めて、ローマ大学に再入学しました。医師の仕事を投げ打ってまた、一から興味のあることを学び直すという彼女の心構えは凄いですね。ローマ大学では、主に哲学を学び、南フランスのアヴェロンで発見された、オオカミに育てられた野生児の教育に着手し、感覚教育の先駆者のジャン・イタールの論文や本を研究し、知的発達障害者教育の先駆者エドワード・セガン医師に学びました。そして、彼女は、教育学だけでなく、生理学と精神医学の研究にもちからを尽くし、「モンテッソーリ教育法」と呼ばれるオリジナルの幼児教育法を編み出します。モンテッソーリ教育は、世界各地で受け入れられ、この教育を専門に行う、「子供の家」が設立されました。

彼女は、教師の質の重要性を認識していて、1929年に国際モンテッソーリ協会を立ち上げました。教員養成コースを作り、その教員養成は、今も厳格に行われています。日本でも、東京国際モンテッソーリ教師トレーニングセンターでのみ教員資格が得られるそうです。モンテッソーリ博士は、イタリアのファシズムの難を逃れ、スペインに移住し、スペインも内戦が起こるまで住んでいました

1938年にインドの神智学協会(哲学者のシュタイナーが属していたあの不思議な団体です。)の会長であるジョージ・アルンデール夫妻がオランダのモンテッソーリスクールを訪問し感銘を受け、インド政府により、インドに招聘されました。インドの文化センターで神智学の会員とともに、研究もし、マハトマ・ガンジーなどの著名の人々と交流しました。彼女はインドで多くの講演を行い、モンテッソーリ教育の重要な概念である、「宇宙的秩序」理論に基づく、「コスミック教育」(宇宙的教育)をまとめ、第二次世界大戦を避けて、10年近くインドで過ごしました。(彼女は、インドに長くいて、ヒンズー教の世界観や仏教の世界観から影響を受けたのではないかと思いますし、あの不思議な神智学協会から影響された世界観を持ったのでは、と私は思います。)

マリア・モンテッソーリ博士は、教育者や哲学者としてだけではなく、19世紀から20世紀初頭の、女性の社会進出の先駆者で、男性と対等な地位を獲得しました。私生活では、結婚しないで、シングルマザーとなり、一昔前の言い方で、翔んでいる女性でした。一人息子のマリオ氏は10代で養父母から彼女のもとに戻り、成人してから彼女の教育事業を手伝い、モンテッソーリ教育の会長として、モンテッソーリ教育の普及に尽力しました。まさにこの親子は前世から同じ業績を残すことを決められていたようです。優れた思想や活動はその後継者によって、発展されることが多いですね。彼女は、世界平和と子供の尊厳を守る運動を世界中に広げました。1950年のノーベル賞候補にはなりましたが、受賞はしませんでした。1946年インドからオランダに行き活動を続け、その後、インドやヨーロッパは行ったり来たりして、1952年に81歳で、亡くなりました。彼女は、オランダの北海沿岸の町のカソリック教会墓地に眠っているそうです。

次回後半で、モンテッソーリ教育の内容を見ていきましょう。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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