仕事と過去世の関連第3回ー能力・才能のリンクー

 あと1日で新しい年ですね。

 今日は仕事の3回目で、能力・才能等の過去世からのリンク(関連)についてです。
「仕事に活かされるような能力や才能が過去世から来ることがあるでしょうか?」という質問をときどき受けます。

答えは「イエス」で、過去世の能力が、今の仕事に影響していることは、頻繁にあります。しかし、語学だけは例外で、生まれた時は、環境によって、多くさらされた言葉が母国語になります。バイリンガル(2ヶ国語が母国語になる)とか、トライリンガル(3ヶ国語)の方もまれにはいますが、基本的に学ばないと言葉は直接リンクしないようになっています。語学習得能力が高いことが、過去世からリンクすることはあります。

 前にお話ししたかもしれませんが、ある日本人の男性で、料理人という情報しかきいていなくて、和風か中華か洋風料理か、どんな料理を作っていらっしゃるかわからなかったのですが、座ってもらってすぐリーディングを始めると、近代で、東ヨーロッパで生まれ、ベルギーで育ち父親の仕事でフランスへも子供のころいた、ビジネスマンの過去世が出てきました、裕福で教養もあり、グルメな男性の過去世でした。現世では欧風料理一般のシェフですが、彼の習ったのはフレンチだけなのに、今は東ヨーロッパの料理を作っているそうです。でも、彼は東ヨーロッパに現世で行ったこともないし、本場の料理は食べたことがないのに、東ヨーロッパ料理の本を見て、現地から日本に来ている旅行者や駐在員をうならせるほどの東ヨーロッパ料理を作ってしまいます。過去世では彼の母親はチェコスロバキアの人でした。現世で、もとチェコスロバキアにあたる地域から来た老夫婦も故郷の味そのものだと絶賛したそうです。

 このように味覚や料理の能力も過去世からリンクします。世間は彼を見て一種の天才的能力を感じるでしょう。皆が生まれつきの能力だとおもっているもの、スポーツの能力や音楽、絵画、文学、政治力、雄弁さ、ずば抜けた記憶力、
直感力、癒す力、計算力、数学回答能力、発明力、演技力、声の美しさ、などたくさんの才能は過去世からきていることが、非常に多いです。勿論能力があって、本人の努力が加わって、花開くこともあります。あのうちは音楽一家で遺伝だからという時も、そんな家に生まれる過去世からのリンクがあったりします。

 けれども、前にも書いたように過去世と全く同じ職業でなく、文明が変化しているので、過去世ではクラッシックの楽器をやっていた人が現世ではコンピューター音楽をやったり、過去世で油絵画家だった人が、現世でコンピューターCGやグラッフィックをやっていることも、多いのです。また、写真のない時代に、肖像画家だった人が、現世で写真をやっていることもあるのです。

 自分が努力すればなれる可能性のある仕事とは違って、政治家や、作家、人気商売や芸能人は、ファンか読者か後援者が必ず必要です。「自称○○」になってしまって、一人の力では成り立ちません。

 会ったこともない有名人の写真を持っていらして一緒の過去世があるか、透視をしてくださいと言われた時、共通の過去世があったりなかったりしますが、今有名な人の中で、過去世でいいことにつけ、悪いことにつけ人々の注目を集めた過去世にまたたどりつく人もいます。宗教的指導者とか、政治家とか、一国の王様とか領主とかです。相談に来てその有名人との関係が、王様と国民で尊敬していたとか、過去世で有名な歌手でそのファンだったとか、この場合、その有名な人を、応援するソウルメイトということもあるのです。ソウルメイトはその人生で1人か2人の時もあり、数千人、1万人、数万人ということもあります。歴史上で多くの人に影響を与えたことをして、いいことであれわるいことであれ、その人のやったことに関わった人は、たとえ敵見方であっても、その人の人生に協力しているソウルメイトなのです。

 逆に今回の人生では平凡に生きる生き方を選んでいても、その超然の過去世で波乱に富んだ生き方をして疲れてしまい、一休みという感覚の人もいます。

 歴史上、どの国のどの時代でも、やはり農業、果樹栽培、酪農、漁業などに従事する人が多いように私の出す過去世ではそれらの仕事が非常に多いです。そして、現代ではほとんどありませんが、奴隷的な立場にあった、過去世を持っている方もすくなくありません。現代文明にいたる世界の歴史が、戦争と支配、非支配の残念な歴史をたどっているので、当然出てくることもあります。私自身の過去世にも一つありました。戦いに負けて、敵に奴隷として連れて来られて、食べさせてもらいながら、無料奉仕をさせられたり、悪環境で病気になって死んだり、とかいろいろ出てきます。
 この文明でない超古代文明では戦いのない奴隷のいない時代もありました。そういう点では現代にいたるまでは、進化しているだけでなく、戦争が無くならない事は、精神面で見ても、逆に退化しているともいえるのではないでしょうか?

 どんな職業であれ、魂は様々な経験をするために、その職業、身分、地位を自分で選んで生まれてきているわけですから、今自分があるのは、思い通りにならないのは、誰のせいでもありません。どんな職業も魂にとっては優劣はないのです。私も現世の職業や身分に分け隔てをしないよう心がけています。

 今世ではお金もあって、身分もあって、悩みがない人生は一見いい人生に見えますが、魂には退屈かもしれません。


 この回の最後に言いたいことは、仕事や能力や才能や身分や地位に関して、人をうらやむ必要はないということです。同じ仕事でも「使命」としてその仕事を考えている人と、ただ生活するための収入を得ることを目的として仕事を考える人がいます。仕事が生きがいという人もいれば、仕事は趣味のお金を生み出すための手段と割り切る人、シングルマザーで、仕事をするひと、仕事はしないで、病気の親の面倒を見る人、ひきこもって仕事はしないで、家族との関係性を突き詰める人など、仕事の面からみても、今世で中心テーマとすることは、人によって様々です。

 そんなときに専業で家事や子育てをしていて、何か充ち足りない生きている心地がしないという方も相談にいらっしゃいますが、世間の価値観から自分のやっていることを過少評価しないでくださいね。子供を産み育てることは、大事業で、素晴らしくクリエイティブなことです。それは女性でどんな地位について社会で活躍する人や世間からすごいと思われることをしている人がかすんでしまう位すごいことなのです。まず母親になった人の人生の中で、子育ては、1番目か2番目に大切な使命です。他の魂と密接にかかわり、その魂を人生をやりとおすのを応援できる機会に恵まれているからです。子供さんのいない人は、パートナーの男性と人生を二人で歩いていこうという決められた約束があるかもしれません。今世の人生の課題やテーマは一つではないし、魂によって同じものは一つもないくらい違うので、他人と自分の人生を比べて、比較しないでくださいね。


 「人の役に立つ仕事がしたいんです」と来られる方もいます。志は素晴らしいと思います。でもその方の現在の仕事も十分他人の役にたっているのです。レストランやカフェで食べ物を運んでくれる仕事も、ゴミ収集の仕事も、畑で野菜や米をつくる仕事も、学校の先生もコンピューターの会社でプログラムを作る人も、保育士さんも調理師さんも、その他全部役に立つ仕事です。どのような仕事も積極的に取り組んだら、やりがいもあります。いやいややったら、何の役にも立たないと、無価値観を持つことになります。人の役に立たない仕事、つまらない仕事なんて、実はこの世にはないのです。生きている意味がないとか必要ないという人がこの世にいないようにね・・・

 どんな人もどんな仕事も全部必要なのです。

 今年のブログはここまでです。読んでくださった方にとって、2010年が最良の年 になりますように、お祈りいたします。新しい年もつたなく読みにくい文章ですが、頑張りますので、よろしくお願いします。
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仕事と過去世の関連第2回ー過去世と今世との仕事のリンク

 仕事に関しての御質問で、現世の仕事と過去世の仕事はどんな関連がありますか?また、過去世、前世と同じ仕事をしていることがありますか、とよく聞かれます。私の見た範囲では同じ仕事をしていることもあれば、文明や科学技術が変化しているので、似ているのに少し違っていることもあります。

 例えば、18世紀の北イタリアで教会建築と内装のステンドグラスやキリスト像を造っていた大工の棟梁が、現世で、コンピューターを駆使して、発明をしたり、最先端の家電のプロダクトデザインをしている人がいます。その時代に弟子だった人たちは、今は彼を指導する立場になったり、技を教えていた子供が現世では、逆に先生だったりします。こうやって魂はお互いに切磋琢磨、つまりお互いを高めあいます。
 これは、何かが関連している例ですが、文明が違うので、全く同じ仕事をしているわけでは、ありません。多くの人の過去世の集積である歴史の流れも個々の人の過去世の一つ一つにも関連しており、また個々の人々の過去世の一つ一つも集まると大きな歴史の流れに貢献しているのです。私は教科書に書いてある歴史以前のことを見てしまう場合もあり、歴史の教科書と違う歴史背景の過去世を見てしまうことも多いです。 

 私の知り合いにある女優さんがいますが、彼女の場合は直前の前世で、やはり、女優をやっていて、若くしてある事故で亡くなったので、もう一度今度は若くして芸能界に入って、女優をやられているわけです。けれども、同じ仕事をしても、今回の人生で続けていくかどうかは、その方の決断にゆだねられることもあります。仕事のリンクがあっても
その仕事を自分で変えて転職してもいいのです。人生では仕事や、結婚相手がたくさん出てきて、自分で選択することを人生の大切なイベントや課題として持ってきている方もいるので、その場合は選ぶことがオプションになります。

 結婚相手や仕事は最初から決まっている場合もあり、選ぶ場合も選ばない場合もあるというように、人によってそれぞれ違います。人生の前半で主婦で、何の仕事もしていなかった人が、後半で独りになって、ビジネスを立ち上げて成功したりすることもあるのです。前半の人生と後半の人生を比較して、どちらが幸せと考えることはナンセンスかもしれません。まさに二つの人生を生きているようなものですね。


 また、例えば、過去世でたくさんの靴を革から型紙をとって、切り縫い合わせてこつこつ作っている職人さんだった人が、現代では、コンピューターのプログラムをこつこつ積み上げる仕事をしていることがあります。来世では別な技術が発明されて、違う形で「こつこつ積み上げる仕事」をしているかもしれません。

 医者のような人の病気を治す職業をいくつかの過去世でやっている方もいますが、古代の医者では、まじないが中心かも知れませんし、病気や敵を調伏(チョウフク・・・相手を祈祷でやっつけること)することが医者の役目であったこともあります。病気を治せなければ時の権力者に処刑されてしまった医者のような仕事に就いていた者もいたでしょう。将来私自身の過去世年表を資料として分析しますが、医者だった過去世はすくなくとも3回以上あります。

 私が、中世から近世の境目の時代で、ユダヤ系フランス人の医者だった時は、占星術、天文学、化学、医学、呪術の知識がありました。これとリンクしているのは、日本の密教僧侶の祈祷師で、病気平癒の祈祷と、呪いがえしが得意だったようで、その直後の別の過去世で貴族の女性となり、逆に祈祷で呪い殺されました。その後は呪術はいっさいしてません。そのかなり後に江戸時代に私は、漢方医となり、小石川にいました。今気づいたら、現世でも江戸時代に住んでいた付近にまた住んでいました。
同じ医者でも時代によって、その方法が全く違ったりすることもあるのです。また医学も変わってきています。

 それから、見てあげた方の例で、過去世で難病を患った患者さんだったのが、今世ではお医者さんになっているケース、逆に過去世で原因不明の難病に苦しむ子供たちを治療し、悪戦苦闘していたお医者さんが、現世では難病をわずらっている患者になって挑戦している男性と会いました。
 現世では精神の病気に苦しんでいる女性が、来世を知ることを希望なさったので、直後の来世を見てあげたら、精神科のお医者さんであり、脳医学の研究者でもあったという女性もいました。今世では患者の立場になって、まさに身をもって経験するのです。その経験は貴重なもので全ての肉体があった時の経験は魂の記録に偽りなく刻み込まれます。やったことは、すべて情報に書き込まれるのです。


 魂は自分のするであろう流れをしっていますが、意識にのぼってこないと、自分は何をしたいのかわからないということもあります。怠けて何もしたくないと考えている人は、案外少数で、ほんとは何かしたいのだけれど、今のじぶんには自信がないから、できない、したいことのタイミングを逃してしまったと仕事が見つけられずに苦しんでいる方もいます。あせらないで、あきらめないで、忍耐強く探してみてください。

 また、いろんな仕事に就けるのだけれど、長続きしなくてやめてしまう、と御相談にくる方がいます。たとえ、表面の意識が希望した仕事だとしても、魂が「この道を進むはずではない」と上手くいかないように誘導してしまったり、無意識にその仕事が続かないような行動をしてしまったり、人間関係を原因に、やめてしまったりすることもよくあります。まずは魂の声に耳を傾け、やはり自分をしることが、非常に大切になってきます。


 次回も仕事の続きです。仕事の能力のリンクなどです。

仕事と過去世との関連第1回

 前回の孤独についての補足は折をみて、また書きたいと思います。今回は仕事に関することを書きます。

 仕事に関するご相談は各年齢層で、男女を問わず多いです。私のところにいらっしゃる方は下は10代から20代30代~60代70代の各年齢層いらっしゃいます。特別多いのが、男女ともに30代40代の方です。その中で多い相談が、自分はどんな職業に向いているかということです。学校を出てすぐ新卒で働いて、10年20年近くして、ずっとその会社で働いている人も何回か転職した人も迷う時期なのでしょう。

 客観的に見ても給料も地位もまわりから羨ましがられるようなお仕事の方にも迷いはあるようです。
魂は勿論「自分が何をなすべきか」「自分は何の仕事につくか」「どんな仕事に向いているか」「または仕事に就かないか」を本質的な部分では、知っています。しかし表面の意識でも催眠術での深層心理をだしてもロックされている魂の計画は決して出てこないと思います。表面の意識で悩んでいろいろ暗中模索することが、魂にとってその人生でやることになる場合もあります。同じ仕事をこつこつやることを選ぶ場合もあれば、転々と仕事を変える場合もあるのです。

 自分で自分を良く知る努力をして、自分で考え「この仕事につこう」と考えることはとても大切なことです。

 私は何にもしたくないけれど、何かの職には就かなければ、周りがうるさいので、早くあう仕事を見つけてくださいというだけの相談では、少し困ります。自分の人生人任せにしてはいけません。自分で決断なさるための過去世の情報、現世の情報、場合によっては未来の情報は出来るだけ出して、決定なさるお手伝いしたいと思います。けれども、考えるのを放棄してしまったら困りますよ。まず、自分の考えを持つことが大事です。

 職を決めるとき、親の考えの刷り込みや、先生や周りのあなたに影響のある人や組織の刷り込みがないか気をつけて、自分を良く知ることが大切です。今お笑いブームなので、アイドルや役者さんになりたいというより、漫才師、お笑いタレントになって、有名になり、お金もちになりたいという人が多くなってきました。お笑いタレントも人が笑い喜ぶことを言って自然にやっていれば、有名になるのではなく、適性が大変求められる仕事だと思いますし、競争が激しいので、かなり淘汰されてしまう厳しい世界でしょう。どうみても適さない方が漫才師になりたいと目指している方もかなり多いのでは…歌手や役者やタレントや漫画家などの夢に終わるかもしれない職に就こうと努力する人もいれば、家族を養わなければいけない人や、独りで働いて食べていかなければならない人もいます。そういう方々は職種を選べなくて、かなりきつい状態で向かない仕事をやらざるを得ない方々もいます。向かない状態でストレスがたまり、意識的か無意識的でも嫌だ嫌だと思っていると、人は鬱になってしまうことがあります。鬱はその環境に無理して適応しようとするときの、心と体の拒絶反応です。これは、鬱の状態にして、その人を守っていることもあります。悪いことばかりではないので、鬱の状態をすぐに悪いと決めつけない事です。鬱の状態がなければ、体が限界以上に働いて、肉体を壊してしまう(つまり過労死や体のオーバーヒート状態)こともあるのです。鬱だから自殺の可能性があってすぐ薬で抑えるというのも、あまりに人間を見ていないのではないかと思うこともあります。鬱の程度も原因も症状も100人100様だと思います。マニュアルは実は無いのかもしれません。一つ一つの例にあたることが必要になってくると思います。それには、鬱の方の話を良く聞くことです。鬱については、私の考えをかなり先の回でじっくり書きたいと思います。

 「今回の私の人生の使命として、どんな仕事をするべきですか」という質問も多いです。まずその答えとして言いたいのは、全ての人に通じる使命や課題としてあげられるのは、自分が決めた寿命までしっかり生きるといことに尽きます。それをおろそかにしては、何もありません。真剣勝負をしているのに、勝手に自分でタオルを投げてその試合の舞台からおりてはいけないのです。

 それを踏まえたうえで、人生の使命や課題を考えていくと、魂は生まれる前に中間生で次の人生のアウトラインを確認します。「これをしよう」「あれをしよう」ということは一つではありません。複数あります。過去世を分析したときにもその人生のメインになったことが、いくつか浮かび上がります。人によっては大きなテーマを数少なくおやりになる方もいれば、盛りだくさんに数多く小さく小分けにいろいろなさる方もいます。何らかの仕事や成果(後世に残るものや記録などを作る場合や歴史に残ることをする場合や、無名でも、自分が目標にしていたことを成し遂げる場合もあれば、前回のテーマのように孤独にいきることを選択して、自分の魂を鍛える人もいれば、魂同士の関係性に重点をおいて、家族関係をメインのテーマにする場合もあります。  

 魂同士の関係をメインにする場合、家族愛や恋愛や友情という人間関係に重きを置いて生きることもありますね。家族がにくみあったり、愛情が憎しみに変わって、生きるエネルギーとなる生き方を学ぶ人もいます。魂にも各過去世で生き方の癖があり、これを、私は「魂の属性」と名前をつけています。性格パーソナリティは隣り合った各過去世で、全然違うので魂の属性は性格とは違います。好みの傾向のようなものでしょうか?

 各過去世での性格の違いは真逆に働くこともよくあります。パーソナリティ(明るいや暗い、積極的、消極的)仕事
(知的労働や肉体労働)身分の違い、金持ちや貧乏などの生まれの設定の違い数え上げればきりがないほどです。
何かの学問をこつこつやり、禁欲的に生きた時代があったかと思うと、次の人生では享楽的で放蕩生活をしてだらしない・・・といったこともよくあります。私は「ゆりもどし」とよんでいるんですが、極端に走りすぎた過去世が何個かあると、そのゆりもどしで、他のタイプの人生を設定してバランスをとっているのではと思います。

 次回は仕事の第2回で過去世と現世の仕事のリンクの具体的なものを例をだして見ていきますね。
 

孤独についてー独りでいきるということー

 今回は孤独についてですが、1回で終わらないかもしれません。

 最近「おひとり様」という言葉が、本や、雑誌や、TVなどでよく目につきます。私もおひとり様といえば、その中に入ってしまう立場です。夜寒くて暗い部屋に帰るととても寂しい気持ちがすることもあります。独りで食事をしていると寂しさで、どこも悪くないのに、胸が苦しくなるように感じる時もあります。年末年始家族が集まって賑やかにイベントをする時期に、独りであることを思い知らされる時もあります。この寂しさや孤独感は人によって強弱があり、独りで気楽でいい、自由が一番と考えて気にしない人もいます。

 人は一人で生まれてくることはないので、必ず家族がいます。何らかの事情で親御さんがわからないこともありますが、育った家族のような環境は必ずあります。
 大勢の家族から独立して、独り暮らしを始めて、寂しい感情を初めて持つ人もいれば、大勢の家族の中にいても、子供のころから、育った家族とどうも溶け込めなくて、孤独感を感じる人もいます。

 孤独というテーマは歴史上でも、哲学者が一生懸命考え、いろいろな孤独論が書かれたり、文学者が小説や随筆のテーマにしたり、画家や音楽家や演技者などの芸術家が、その人生の中で自分を意図的に孤独の中に置き、苦しみながら作品を作ったりすることも多いです。

 また、今家族がいても子供が独立して家を出て、老夫婦二人になって、どちらかが先に亡くなってしまうと結局いわゆるおひとりさまになってしまうことがあります。すべての関係はうつりかわっていくのだなあと思います。

 ですから、人は死と孤独からは逃れられないのです。でも孤独であることは、必ずしも悪いことばかりでなく、そこから学ぶべきことがたくさんあります。

 魂の観点からみると、何か今生で、孤独でなければできない事をやるために、孤独な人生を設定していることが多いです。先にあげた、芸術的な創造の為に、また何かの発明の為に、またはスポーツの記録達成のために、ある試験合格の為や、何かの分野の研究の為、または技術や料理の業を磨く為に人は孤独を選ぶことがあります。

 人と一緒に協力してやる仕事もあれば、独りでやらなければ出来ない仕事もあります。

 私のところにいらしてくださった方で19歳の少年の方の相談を受けました。彼の御両親は、彼が小学校高学年か中学校くらいで、交通事故で同時に亡くなられてしまったのでした。そして、彼は一人っ子でおばあさんに育てられたということでした。そして、彼が18歳の時におばあさんは病気で亡くなってしまったということでした。彼はとても素直な心がピュアな好青年でした。役者さんになりたいということで、いろいろな夢を語ってくれたので、影響のある過去世を出して、彼をはげまして差し上げました。またおばあさんの死んだ時の様子から、その時彼に対して思っていたこと伝えたいことを読み取り、おばあさんの来世を出して差し上げました。彼は涙を流して聞いてくれました。おばあさんを失ったことへの喪失感を乗り越え 、孤独をバネとして、充実した人生を歩んで行って欲しいと思いました。

 子供のころや若いうちに孤独な人生を設定なさる生き方はとても強い魂を持っていられると思います。
彼はその時の自分の人生を独りだということを、受容しているように見えました。これは頭のさがることです。

 それと反対に中学生や高校生の時から、家族がいても、不達成感と孤独感があるのに、それを自覚出来ないで、なぜかわからないけれど、自分は特別に他人には理解できない苦しみを持って生れてしまった、心に穴があいたように苦しい、この苦しみをどうにかしてほしいと訴える方もいます。他人の心の中を想像したり、共感できるようになると、それは自分だけの苦しみではなくすべての人が心の底に隠されていたり、または表面に出して感じているものだと分かるはずです。成長過程で本を読んで人の感情に共感するとか、映画をみて共感するとか、友達や人間関係から人の心に共感する場面を経験して来なかったのかもしれません。理解しようとすれば、大人になったその人の周りにも、共感を学べるものはたくさんあります。それは、人に言われて獲得するものではなく、その人が自ら、掴み取るものなのです。

 今の世の中の風潮で明るく振る舞うことが当たり前とされてしまうと、つらくなってしまうこともあります。プラス思考でなければいけないとか、暗いと人に嫌われるとか、友達や恋人がいなくて独りだとみじめだとか・・・

 孤独は自分の心の中深くを見られますし、内省できます。マイナス思考は悪くないのです。自分の中の暗い面に注目して、光を見出すこともできます。慎重に人生の決断をすることも出来るのです。生きていく要領の悪いと思っている人も、壁に何回もつきあたりそれを克服したときの喜びは倍になります。暗くまじめに考えることは、魂の成長にとっては望ましいことなのです。また、人間は全ての人に、暗い中にあっても必ず光を見つけられる能力があり、エネルギーが自分の暗いそこからも必ず出てくることを信じてください。

 大切なのは、まず自分の人生、今の状態を認識して、受容することです。認識がないと、その状態から抜けだすことはできません。自分の今の状態を受容したうえで、本人が本気で「変わりたい」「変えたい」と思って努力すれば、必ず変えられます。自分は何のために孤独な人生を設定してきたのかを理解しようとすることです。その上で人生の流れを大きくかえることができるのです。

 微力ですが、透視や過去世、前世、来世を見ながら、今のその方の人生を御本人が受容できるお手伝いをして、その方の望ましい人生に変えられるよう、一緒に考えていきたいと思います。

 次回はこの続きを書く予定です。

 

家族についてー第3回ー成長段階のお子さんについて

 第2回目で事務所に来られた方からコメントいただきました。その話にあったアトランティスと今の文明でいわれている文明については、現在まで過去世や前世を私が、1万件以上出している中でも数100件以上ありましたので、私の過去世の記憶も含めて、でた過去世から推測される様々なことをだいぶ先にはなりますが、書いていきたいと思います。


 今日は家族についての続きです。小さいお子さんをお持ちのお母さんや、出産したばかりのお母さんの苦労は自分も何回も経験したので、よくわかります。出産年齢は高年齢化しており、肉体的負担は若い時よりもさらに増えますね。

 ふた昔前の、「女は家庭で専業的に夫を支え子供を育て」という価値観が変化してきたため、仕事のあるお母さんにも、出産と乳幼児の育児の為に仕事の第一戦から退き、お仕事を辞めて家庭に入ったお母さんにも、両方にジレンマ(悩み)があることが多いです。私は両方の経験があります。一回は、外国で出産をして帰ってきて大学院で勉強した後に、専業主婦をやった時に、いろいろ社会でやりたいことがありましたが、その時の自分が、社会から取り残されてしまうような無力感を感じました。人それぞれで、感じ方は違い、子育ての中に自己実現を感じるお母さんもたくさんいらっしゃると思います。けれども、男女平等の中で育ち、男女雇用機会均等法が叫ばれている中で育ったお母さんがたは、育児と家事に自己実現を見出すのは、難しい方も多いです。
私のやっている育児と家事は、繰り返しだし、すぐには結果が表れないし当然と思われて誰もほめてくれないとか、私は誰々のお母さんとか、誰々の奥さんとか言われ、誰も私を見てくれないとか、転勤先で夫は仕事ばかりで、私には友達もできない、小さな子供と二人きりで、ママ友達の仲間に入れないという相談でいらっしゃる方もいます。昔好きだった方の思い出を心のよりどころとして、頑張っていらっしゃる方も、少なくないです。御主人も家族を養うために仕事で頑張っていらっしゃるでしょうが、一言でも有難うとか、ねぎらいの言葉があると、夫婦関係がもっとうまくいくのになと思うこともあります。

 一方、仕事と家事と子育てを全部そつなくこなそうとする女性は、とんでもなくオーバーワークになり、鬱状態になってしまう方もいます。。御主人の仕事が原因での鬱も多いですが(これについてはいつかまとめて話します)、スーパーウーマンのような女性にも限界はあります。ストレス解消や楽しみも必要です。産休を取った後にも、長い期間の子育ては続くのですから。

 お子さんが、健康に育って入学して学校に通うようになってから、また学校と子供、学校と親、子供同士の問題が起こってくることもあります。最近のお子さんの相談で多いのが、引きこもりの相談です。私も経験があります。

 お子さんが3人いらっしゃって、3人とも引きこもってしまった、あるいは、2人の御兄弟が、小学校5年と2年で引きこもってしまったという方もいらっしゃいました。引きこもりは、お子さんの性格、成績に関係なく起こる場合があり、また精神的な病気が関係している場合と病気が関係していない場合があるので、その見分けをつけることも、大変なことです。子供が子供同士の社会を上手く構築できない事が多くなってきました。つまり、友人を作ってその中で自分のポジションを作り上手く協調していく、これは、人と協力しなければ出来ませんが、これが非常に困難になっているのです。

 子供たちが、いつも集まれる広場がないとか、家庭で一人でゲームばかりしてしまうとか、友達と遊ぶより面白いと錯覚してしまうエンターテインメントや情報があふれているのも原因の一つかもしれません。お子さんには親の期待が集まっているかもしれませんし、習い事もしなければいけない人もたくさんいます。友人と時間を気にせず暗くなるまで外で遊ぶことが難しいことになりつつあります。

 子供も大人と同じように今の自分の肩にかかっているものをいったん肩からおろして、自分には荷が重すぎるから人生を変えたいよ、というメッセージの為に引きこもりになっていたり、鬱の様な症状を起こしてみたり、死にたいというようなことを親に言ってしまうこともあります。その言葉に耳を傾けることから、解決の糸口があります。


 学校内や組織の中でのいじめいじめられの問題から引きこもりになることも多いです。転校生などは昔は珍しいからちやほやとまわりが仲良く仲間に入れた時代もありました。今の時代は異質なものを排除しようという子供たちの傾向があるので、転校生がいじめのターゲットにされることもあります。

 学校の休みのときに公共で資金補助をして、サマースクールに2~3週間年齢の違う子供たちと大人のボランティアさんかプロの教育者などについてもらって、人間関係を作る研修をすればどうでしょうか?できたら、自然の中でステイさせてもらって、お邪魔にならない程度に、農業実習や漁業や物づくりの方のお手伝いをするなど、職業研修制度の子供版のようなものが、あれば、今より子供たちは人間関係が上手く作れるかもしれません。

 人間関係を育てるものの中に学校の運動部などが例に挙げられると思いますが、運動が苦手なお子さんには強制できませんし、勝敗を目的とするスポーツの中ではできる子と出来ない子、先輩や後輩の順位付けとなってしまうので、この子とつきあいたいとか、こんな関係をつくりたいとかいう自発的な関係づくりには、役に立たない事もあります。むしろ、運動部内でいじめ、いじめられの関係が出来てしまうこともあります。人間というのは欠陥がある生き物なのですから、(それは完全ではないという意味でですが)、いじめを防止することはできますが、100%なくすことはできないので、やはり、人間関係を構築する力といじめと人間関係の緊張を乗り越える力を養成するのが一番だと思います。最近大人の方で人間関係がうまくいかないという方の割合が非常に多いです。子供はすぐ大人になって社会に出るのです。

 その他、人間関係でも精神的病気が原因でもない引きこもりに、ある大学生の例がありました。彼は勇気を持って私の事務所に自発的に来てくれました。
 彼は高校まで普通に通い、大学になってから、行かないようになってしまい、でもたまに大学に通っているそうでした。2年生くらいだったと思います。彼の登頂のオーラ(感情の状態を見る場所)を見ると、たとえて言うなら、全体がアルファ派がでているときのようなオーラの色をしていました。彼は私にいつも頭がぼうっとして、寝てるのか起きているのかわからない状態で、やる気が全然出ないと訴えていました。けれども、彼は友人とバンドをやっていましたが、その時は普通のしゃきっとした状態にもどるそうです。いくら私がオーラの色を活発な状態にしようとしても、彼はすぐ前の彼の言うぼうっとした状態に自分で戻ってしまうのでした。

 彼は大学の勉強が本当に自分のやりたいことではないので、無意識のうちに自分を眠っているような瞑想状態において、やりたくないことから逃避していたのでした。それを、彼に伝えて原因を理解してくれたように見えました。

 引きこもりの原因はいろいろな可能性が考えられるので、体の情報、心の情報、場合によってはオーラの情報や過去世の情報まで勘案して、慎重に対処しなければいけないと思います。


 次回は一人で住んでいる人や家族を失って一人になった人、それに関連した孤独ということについてです。



プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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