魂の旅ー過去に受けた質問ー第6回

 今回は前回に引き続きのテーマです。
「生まれ変わっても同じ家系に生まれることがあるのでしょうか?」という質問でした。私のこれまで出した過去世の中でもそのことは、いくつかありました。

 その中で印象にのこっているのは、ある方の過去世を出していて、江戸時代初期の男性の僧侶が、その方の影響のある過去世の一つに出てきました。その方の出身地は私は聞いていなかったか、記憶になかった時でしたが、過去世は島根県の禅僧のお坊さんである禅宗の宗派で布教活動か何らかの修行の為に西の方に放浪している姿でした。その方本人は現世では僧侶でなかったのですが、なんとお家が島根県の僧侶の家柄で、おじいさんがお坊さんでした。長男のその方のお父さんは公務員になって家を継ぎませんでした。でも二男の叔父さんが継いで、今もお坊さんをしているということでした。しかも、そのお寺は確か現在は日蓮宗だけれども江戸時代から続く古いお寺で、昔は禅宗だったそうです。

 ご事情があって過去の先祖の事は詳しく調べられなかったそうですが、肉体の遺伝のDNAのつながりと、同じ魂が脈絡と続く家系に生まれた一つの例だと思います。

 その他に秋田が故郷の男性が、影響のある過去世を探りにいらしたときに、やはり裕福な武家の出で、ある事情から出家をした男性が、国元からお金を送ってもらいつつ、諸国をめぐって修行をしたり井戸を掘るなどの水事業のボランティアをしている姿が、目に浮かびました。その男性は秋田の材木を取り扱う資産家の息子さんで、現在秋田を離れ東京に出てきて、一人で秋田の会社の東京支社の切り盛りと不動産経営をしています。ボランティアはなさる余裕は今はなさそうですが、彼は秋田の名家の出で、自分の祖先に僧侶がいるのではないか調べたいとおっしゃっていました。現在にもリンクしている過去世なので、彼は過去世に自分の家系の先祖に生まれていたかもしれません。

 でも同じ血族の子孫に生まれ変わるのは極めてまれな例で、通常は、全く違う国、全く違う民族に生まれ変わることが普通です。 

 子孫に生まれるときはよほどその家族や家系への思い入れが強いのでしょうか?その家計での役割が残っているのか、あるいはその家や場所に生まれたくて、計画したのかもしれません。

 私はときどき来世も見ています。魂はずっと先の来世までもどんな肉体に入るか、計画は出来ていると思います。生まれ変わりの魂のデータをフィルムに例えるなら、フイルムの最初(過去世の始まり)から終わり(来世ともう生まれ変わらない時)まで、はもう出来上がっています。でも筋は変わらなくても、その映画に編集を加えて印象を変えるという変更はあります。つまり、今生きている人生を変化させるという、ある部分の自由裁量権はあるのです。これはそれぞれの未来にも同じことが言えると思います。


 次の質問はこんなものでした。「私自身は、最近天使がみえるとか、天使のことを話題にする人が増えていると思うのですが、天使という存在をどのように理解していますか?」

 天使というのは、キリスト教が日本に来て広まったものですね。古代の日本では、精霊とか、神とか言われましたしその神道の神神はギリシャ神話の神のように、人間的な人格がありましたね。その他日本には妖怪というものが伝説では残っていますね。

 肉体を持たないエネルギー体やガイドを精霊と言ったり、ある文化では天使と言っているのではないかと思います。この精霊という概念を持たない文化は歴史上なかったのではないかと思えるほど、どこの地域にもあります。これは呼び方は変わっても、世界共通です。

 前にもお話しましたが、キリスト教の価値観を持つ人やそれを知ってしまった人の中間生をみるといろいろなイメージの天使が出てきます。また天使以外にも、その亡くなった人の生前持っていた宗教観が反映されます。中間生に直接キリストや神が出てきたりするものもあります。でも、キリスト教の影響の及ばない世界の秘境の地域では、天使のイメージではなく、その文化の神と思われるものが出てくるのです。たとえば、大蛇を祭っている文化では中間生に大蛇がでてくるし、ある古代のインディアンの文化では鷹が神として出てくるかもしれません。例えば古代文明で宇宙人と接近遭遇していたら、その姿がまさに、神だったり天使だったりするわけです。

 亡くなった後に魂が行ったところで、心の眼で見るものは、全て直前の人生でその人が描いていた、「あの世観」が出てきます。「死んだらこういう所にいくだろう」「こういう存在にあえるだろう」というものが、実際にバーチャルの映像の様に出てきます。天使に会いたいとか天使が迎えに来てくれると信じていた他人には天使が出てきます。

 仏教徒の過去世では中間生で、巨大な仏像が出てきたり、お地蔵様がでてきたりします。
実際にその存在がいるのではなく、魂を安心させるために、中間生のガイドがその人の記憶の思念を読み取ってその姿になることが多いです。

 中間生には今の世にある物質はありません。エネルギーとしての物質があるだけです。

 次回はこの後半を書きます。
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魂の旅ー過去に受けた質問ー第5回

 今回はお盆なので、ご先祖にまつわる話です。
質問はこんなものでした。「人が生まれ変わることを考えますと、長年にわたって、先祖供養をする意味がないような気がするのですが・・・」
 
 この質問に対する私の答えは、「祖霊信仰自体は日本の風土に合っていますし、古来から受け継がれてきた伝統文化でもあり、大切な故人を偲んで弔ったり、お墓参りをすることや、先祖に祈ることは、意味のあることだと思います」というものでした。お葬式を含めたこれらの行為は残された方々を慰めるものでもある大切なことです。
 

 亡くなった方の魂は通常なら中間生に行って、ガイドと一緒に亡くなったばかりの人生を振り返って、いろいろ感想を述べ、今までのたくさんの輪廻転生した過去世を振り返り、これからの来世と影響の強い過去世の確認をします。そして、予定されている次の肉体の準備ができる頃にガイドと一緒に地上に戻り、来世の人生を踏み出すわけです。勿論ほとんどの場合その前の人生は記憶がロックされた状態です。

 その人生の記憶は表面上はデリート(消去)されたように見えますが、魂の記憶では詳細にのこっているのです。輪廻転生が常識のインドや信仰の強いアジアの仏教国では、子供は4~5歳くらいまで、過去世の記憶が残っていると信じられることが多いです。これは正常に輪廻転生が行われた時の話ですが、質問でこんなものもありました。「仏教の習慣で○○回忌というのがありますが、33回忌くらいにはもう生まれ変わって、違う人間になっているのでしょうか?」というものでした。これはケースによってそれぞれ違います。

 さっき言った生まれ変わりが正常に行われると、数年から10年後や20年位には生まれ変わります。ある理由、予定した肉体がかなり先だったり、誰か大切な人を待っていたりするとき、30年くらい待つのは正常な範囲です。でも数百年生まれ変わらないとか中間生に行けないというのは、輪廻転生としては異常なことです。
 例外として子孫のなにかがすごく心配で、このときまでは見ていようと思って、生まれ変わりが非常に伸びることはあるかもしれません。しかし、このブログで何回も繰り返しているように、先祖が、お墓参りを怠った子孫に対して、困らせてやろうと不幸にしたり、結婚の邪魔をしたり、病気にすることは絶対にありません。ですから、なんらかの事情で先祖供養ができないからと、罪悪感を持つこともないのです。歌の文句のように、お墓の中には亡くなった人はいないのです。その魂は、別の行くべきところに行っているわけですね。冥福を祈るというのは良い言葉で、次の人生の準備をするところで、幸運に恵まれるように祈ることです。この気持ちだけで十分なようです。次の人生もなげださないで、一生懸命生きてくださいね。ということです。

 何らかの理由で地上に残っている魂や暗い所にひきこもってガイドが迎えに来ても中間生に行かない魂にとってはその人が所属していた文化の宗教上の供養、キリスト教ではエクソシストが魂を執着から解き放ったり、仏教では供養するということも有効かもしれません。

 供養というのはまた、生きている人の為にもあります。魂が生まれ変わってもかつての家族子孫への愛情は消えたわけではありません。そのことを支えにして残されたものが、頑張って生きていくことは、とても良いことです。見守られていると強く感じれば、前向きにしっかり生きようとするでしょう。

 また、先祖が過去に誰かに悪いことをしたから、その恨みで災いが子孫に降りかかるということもありえません。生まれ変わりも人生もそんな単純なものではありませんよね。人は上手くいかないと何かのせいにしがちです。うちの家に結婚していない人が多いのはなにか先祖に問題があるのでは、という考えは捨てたほうがいいです。そんな考えは追い出して、現在の自分の抱えているものから探っていくと答えは見つけやすいです。

 先祖の方の魂の生き方と、子孫の方の魂の生き方は独立しているのです。でも過去から引き継がれる体や特徴や性格の遺伝は伝えられているのは事実なので、これは、織物に例えると、縦糸が肉体のDNA情報を含めた先祖と子孫の繋がりだとしたら、魂の属性を含んだ生まれ変わりは横糸と言えるかもしれません。この微妙な模様によって一人一人の人生がきれいな織物になっているのかもしれませんね。今自分がここにいるのは、親と先祖のおかげだと、先祖に感謝することも前向きに生きられるコツですね。

 次回はこの続きで、先祖が子孫に、つまり同じ家系に生まれ変わることがあるのかという質問の答えと、多くの人がイメージする天使とか悪魔について少し考えたことです。 
  

魂の旅ー過去に受けた質問ー第4回

 8月7日発売の『恋運暦』という雑誌に私の記事が載りました。イーストプレスさん有難うございました。本屋さんで見かけたら、ご覧ください。

 数日前の夜のTV番組でチャンネルを偶然合わせたら、前世の特集をやっていました。ある日本人の主婦の方が退行催眠をかけてもらったら、前世まで退行して江戸時代の村でいけにえにされた娘さんの(正確には前の前の前世と思われるので過去世ですが)過去世に戻ったというお話でした。この江戸時代のお話は数年前にも同じ話をTVで見ました。今回はそれに付け加えてネパールの男性の話がありました。
 江戸時代の過去世の話を催眠術で続けたら、江戸時代に亡くなった人生の次の現世に近い過去世1800年なかごろではないかというネパールの男性の話を彼女がし始めました。通常は退行して行ったら、直前の前世に戻って、厳密に言えば、それから前の前の過去世に戻ります。細かい話は置いておくとしましょう。
 話題にしたかったのは、私が一万件以上出している前世や過去世があるかないかの検証ではありません。私は前の人生があるのは当然だと思います。
 私が注目しているのは、彼女が行ったこともないネパールの国の言葉、しかも方言のある言葉をしゃべったことです。番組では世界に4例と言っていたようですが、これは、もっとずっと多くの例があります。TVなので事前に打ち合わせれば、ネパール語を暗記して会話することが可能だと思いますが、ネパール人留学生と流ちょうに話していて、見事な自然な会話でした。この習ったこともない言葉を話す「真性異語」は聖書にも出てくるくらい古くからあるようです。

 私の場合前世を見るときは、気を失うのでもなく、今の自分がいてそれを解釈するので何語でどこの国かということは認識出来ますが、見ている過去世のすべての言葉が理解できるわけではありません。
 私がいろんな方の過去世、前世を出す場合は情報をいったん信号に変えてそれを自分の脳で読み取って、まず人生全体のコンテンツが入ってきて、それから、映像と文脈的意味を翻訳して日本語に置き換えて相手に伝えます。
言葉より映像より内容が、言語を通さないで伝わるのです。これはテレパシーと同じ原理だと思います。

 さて、この「真性異語」ですが本人の過去世の情報を、本人がなんらかの原因でロック(鍵)をはずして思い出した場合のみ、まれに言葉がその生きた時代の生きた国や民族の言葉になることがあります。もし今の文明では滅びてしまった国の言葉でしゃべった場合は誰も理解できないのです。あるいは宇宙の他の星の生き物だった場合、発声器官の構造がちがっていたり、言葉としては今の人にとらえられなくなり、雑音のような言語に聞こえるかもしれません。

 それで、中間生で意志の疎通をするときや環境の違う知的生命体同士で意志をつなげる時は、テレパシーと相手の魂の思考に入り込む読心術のようなものを使います。

 かなり年上の知人の男性が若い頃、30年くらい前と言ってましたが、恋人として付き合っていたアメリカ人の彼女が、彼とヨガを一緒にやったり、瞑想したりしていたそうですが、子供の頃に気を失った時、英語以外の外国語をしきりにしゃべっていた友人に言われた、と彼に何回も言っていたそうです。

 私は自分の過去世の年表もたくさん出していますが、自分の過去世が出始めたころの過去世も印象に残っています。前の前の過去世は1800年代後半にイラクで生まれた、多人数兄弟の末っ子でした。子供のころは貧しかったのですが、1900年代に入って、石油関係のビジネスで金持ちになり、妻を4人持ちました。第一夫人の妻にはたくさんの子供が出来て、男の子が多かったのですが、その末っ子がイクバルという名前でした。たくさんの名前が一人の人につくのですが、彼を呼ぶ時に、一番使われた名前です。イクバルは体が弱く、しかも体に障害を持って生まれました。その過去世の私はイスラム教を熱心に信仰していました。その時の私は、愛する子供の障害が自分の罪から、つまり罪悪感から神からもたらされたものだと考えていました。だから「アッラー・サラム・イクバル」ということばが口癖でした。この言葉は一行ですが、自分の過去世で直接思い出した言葉で、私にとっての「真性異語」です。その言葉の意味は出た時は分かりませんでしたが、呪文のように頭にこびりついていて、あとで調べたら、「神よ私の息子をお守りください」というような意味だったと記憶しています。この人生は成功しましたが、なんらかの罪悪感をもっており、砂漠で乗り物に乗っているところを使用人と一緒に、銃で撃たれてしまいました。使用人は即死でしたが、私は腹をうたれて誰も救助に来られないような砂漠で、すぐに死なないで1日苦しみ続けて死にました。死を待つ長い時間に思い出したのは、家族のことと自分の人生の振り返りと信仰のことでした。宗教の刷り込みというのは時には恐ろしいほどにその人の人生を左右します。

 さて、今日の予定は魂同士の関わりあいということですが、先ほど話した、イクバルは生まれ変わった人とこの現世で2回ほど会いました。私の血縁の大学生の女性の恋人として登場していました。紹介されてから、その呪文のような言葉が出てきたのです。強い愛情の絆でむすばれていた父親と息子も、別の人生では脇役同士になって1~2回会うだけという関わりもあります。それでも1回あえただけでも魂は満足なのです。

 親子だけでなく、配偶者や恋人や同性の友人だったり、異性の友人だったり会社の同僚だったり、上司だったり
部下だったり、憎い隣人であったり、魂同士はいろいろな関係をそれぞれ構築します。どの役で出てきても、みんなそれぞれにとって、大切な魂です。

 魂が肉体に入ることはいろいろな経験をすることで、でてくる感情は、大切なエネルギーです。その中でも魂同士の関係は大切なことなんですね。ある魂の関わりあいをテーマに肉体に入る場合もあります。それに伴ういろいろな感情を経験するということです。愛情だけとっても、親子の愛情、夫婦の愛情、恋人同士の愛情、友人にたいする愛情、師弟愛、ペットに対する愛情、物にたいする愛情、隣人への愛情、国にたいする愛情、組織に対する愛情・・・それと同じだけの憎しみの存在も否定できません。それらの感情を経験して行くことに意味があるのです。感情の記憶そのものが宝物の様なものです。例え好ましくない感情でも、魂にとっては意味があるのです。

 肉体は健康でいたいというような刷り込みがあり、生き続けようとします。心は幸福なイメージの状態を自らつくりあげます。自分の中で生きてきた経験や人と比べて、「幸せとはこういうものだ」というのがそれぞれの人の中にあって、それを維持しようとしたり、それに向かって生きていこうとします。これが希望につながることもあれば、逆に自分を幸せな状態から遠ざける原因にもなります。楽をしてインスタントに幸せな状態を作ろうと画策してしまうこともあります。全ての魂が自分たちの幸せのみを追求すると、究極には欲のぶつかり合いになります。お互いの人や組織や国が一歩ずつ相手に譲ると、あるいは、自然のものに一歩ずつ譲るとお互いに生きていきやすくなるかもしれません。百全部を欲しがらないで、70でも50でもいいのかもしれません。

 次回はお盆中なので、亡くなった家族や先祖についての質問です。

魂の旅ー過去に受けた質問ー第3回

 ペットと人間についてのテーマで相談をうけると、こんな質問が一番多いです。「この子(ペットのワンちゃんや猫ちゃんですが)と私の過去世や前世で会っていたことがありますか?」

 この場合は関わりがあるものもあり、薄いものもあります。犬や猫は人間とチャクラの数や形が違うし、生まれ変わりの時間のサイクルも違います。それでも遠い昔から、人間の友達であったので、人間の魂とペットの魂は時間を超えて別の人生で関わっていたことが多いです。また、ある方の所に、一日貸切の鑑定の出張に行ったことがあるのですが、その方は、白い毛で耳が茶色や黒のブチのアメリカン・コッカー・スパニエルの子犬を4匹飼っていました。しかもその子たちは全員兄弟でした。飼い主のお母さんと子犬達それぞれの過去世を出しました。面白いのは今兄弟の子犬同士の過去世も関わっていたことです。その他、人間のお母さんの過去の年表の一部を1日でかなり出しました。朝の10時から夕方の5時くらいまで、その方の自宅でいろいろ見てさしあげました。彼女に常勤の専門のペットシッターさんがいるのには驚きました。

 その他、ペットを探して欲しいという依頼がたまに来ます。いなくなった時の日を透視して足跡をたどると、いつもと違う状態例えば飼い主さんのご夫婦が大喧嘩をしてしまって、たまたま、いつもしない行動をして犬をタクシーに乗せて家の前に帰ってきた時に気がゆるんで、首輪をはずしてあげた後にタクシーを降りた時に数匹いたワンちゃん達のうち一匹が忽然と消えてしまったということがありました。ご夫婦とも少し酔われていたようで、3匹つれていたうち二人はそれぞれ1匹ずつ抱いていて、もう1匹抱けなかった子がいなくなってしまったのでした。家族同然だったのでしょう。とても落胆して、数か月懸賞金をかけてまで探していらっしゃったそうです。透視すると、その子は生きていました。首輪がついていない小型犬だったのでした。その飼い主さんの近くの実家にきていた親子連れの小学生の男の子が次の日の朝その近辺をうろうろしていたワンちゃんを拾って、車で2時間くらい離れた埼玉の方へ連れて行ったようでした。それ以上の情報は見れませんでした。ワンちゃんは新しい家族ができて、幸せそうでしたが、もとの飼い主はその姿は見えないのでつらいと思います。

 ペットをなくすということでは、生別もつらいですが、死別もつらいものがありますね。ペットロス症候群という言葉もあるように、可愛がっていた方ではその死を受け入れられなくて、鬱のような症状になってしまうこともあります。亡くなったペットの行き先を見て、来世までたどってあげると飼い主は安心なさって、執着をはずしてくださることもたびたびあります。写真から犬や猫の体調チェックを、必要ならばすることもあります。

 私も動物が大好きで、犬も猫も飼った経験があります。高校生の時に学校の電車での行き帰りが一緒の猫好きの友達がいて、彼女の家でメスのお母さん猫を飼っていて、生まれた子猫をもらって大切に育てましたが、自由にそとに出入りする飼い方をしていたら、私が学校に行っていたときに、2歳くらいのその猫が家の前の道で車に轢かれて、当時はとても落ちこみました。今でいうペットロス症候群ですね。そうしたら、その友達が同情してくれて、まだお母さん猫が元気で、世代違いの兄弟の三毛猫をもらいました。その子は前の子より長生きして、8歳か9歳で病気になり、私の腕のなかで亡くなってくれました。当時は動物病院もあまりなくて、医者にかかることなく亡くなりましたが、原因は癌であることが私は直感でわかりました。

 亡くなってからその猫がいた私の部屋で寝ていると、私はときどき金縛りにあいました。そのとき、猫と寝ていた大きさと重さをよく感じました。その重さが足の方から順番に上にのぼってきて、ああ亡くなった猫がきているなと、半分おきているような半分寝ているようなときに感じて、全然怖くはありませんでした。

 金縛りは体が疲れて体が寝ていても脳が起きている状態や、ストレスが強い時によく起こると言われていますが、肉体のないものが訪ねてくる時も起こる場合もありますね。

 先日の相談でも、お家で金縛りにあった男性が、金縛りにあった後に、動物ではなくて、人間の一部が自分の体にのったような気がするとおっしゃられたので、透視しました。彼もなんとなく感じてたようですが、女の子の霊で害のないものなので、ちょうど座敷わらしのようなものですよ、とお伝えしました。そのマンションの部屋ではときどき、ドアを誰もいないのにコツコツする音とか、風も吹いていないのにドアが閉ったりとか、怪奇現象がよく起こっているようです。このような害のないいたずらの現象は、大きな声で、こんなことするとこまるねとおおげさに嘆いてみたり、はっきり子供にさとすように、やめてもらうようにはっきりいうと、現象が亡くなることが多いです。その他前に言ったように「幽霊の正体みたり枯れすすき」のように、怪奇現象は、人の感違いがかなり多いです。

 私はこの力が強くなってから、金縛りは一切なくなりました。

 次回は人と人同士の魂の関係についてのエピソードをいろいろあげていきましょう。 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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