精神的価値観と物質的価値観ーその3-

 先日来てくださった男性は、3回目ですが、私の出したご自分の過去世を詳しく調べてくださいました。1回目の時に、1700年半ばに生まれた福井県の敦賀のあたりの藩の藩主でどんな性格で、どんなことをしたか50歳半ばで亡くなったことを伝えたのですが、2回目のセッションの時に該当する人物ではないかという藩主をみつけられて、名前と略歴を持ってきて見せてくださいました。3回目の短いセッションでは、なんとその藩主の肖像画を見つけてきて下さったのです。その肖像画の顔は、来ていただいた方にとてもよく似ていらっしゃいました。現在の方のほうが栄養状態が良いのでひと周り大きく、がっちりしていますが、目や鼻や口の特徴がやせたらさらに似てくると思いました。

 その藩主は小浜藩の酒井という代々藩主の家系の方で1752年から1806年まで、55歳で亡くなった方です。来た男性は、その藩主についての特徴を本やインターネット上で忍耐強く集めてくださって、ご自分の人生と比較すると共通点があることを、発見しました。その藩主は十数年かけて、オランダからの情報で見た地球儀かなにかを金属を球体にはりつけ、ご自分でこつこつ作ったそうです。相談に来た方は、子供の頃に本で調べて、材料を自分で買って集め、天体義を作ったそうです。また、過去世の藩主は、歴史の教科書にのっている、杉田玄白の『解体新書』を作るのを支えた殿様だったのです。杉田玄白は小浜藩の藩医の家系で、小浜藩の牛込の江戸屋敷で生まれました。
 現在のその方は医療系の会社で働いていらっしゃいます。過去世の藩主は当時の値段では大変高価なオランダの解剖学の本を杉田玄白に藩費で買ってあげたのです。とてもりっぱな藩主で、質素倹約に努め、学問や芸術を奨励し、ご自分でも絵を描いたそうです。今の日本で政治をやって欲しいくらいの方ですね。


 また、こんなこともありました。私の親しい方で私と同じ過去世をだしていたら、1700年末の日本で同じ過去世がありました。その方は旗本の二男で私がみたところ近藤という姓でした。最近、私の住んでいるところは昔の江戸ではどこら辺だろうと江戸の古地図を買いました。何気なく、近藤という名字を探したところなかなかみつかりませんでした。とても小さい字で江戸にすんでいる武家屋敷藩の下屋敷が全部のっている地図なのです。とうとう、半蔵門のところに1件だけ近藤という名字を見つけて、やはりと思いました。なんとその場所は、親しい方が、一人で事務所を借りて、十数年半蔵門で会社をやっていたところの近くだったのです。このように過去世とのリンクがある時は、場所が関係することもあれば、性格が関係することもあります。また、やりたいことが関係していたり、当時の魂同士の関係が再現されることもあります。


 さて、今日は近況報告の雑談がながくなりましたが、精神的価値と物質的価値ですね。イエスキリストは、ユダヤ商人が神聖な礼拝所で商売の店を広げているのを見て、金儲け中心の考えを否定する為か、それらの店を壊してまわったという過激な逸話が残っているほど、お金儲けの方法によっては批判的だったというキリスト教の側面が見えます。イスラム教はその考え方と別の考えをした為か、商人によって広がり、お金儲けへの偏見は無かったのかもしれませんが、詳しくないのですが、確かイスラム教では同朋から利子をとってはいけないルールだったのではと記憶しています。自分の収入の何パーセントかを貧しい人々に寄付するというルールもあったような気がします。

 キリスト教でも慈善の観念はとても大切にされています。仏教徒も慈悲(困った人や災害で困難になった人を助ける心)を説いています。昔の人々は信仰のある人も無い人も自分の背丈に合った生活をして、身のほどをわきまえ助け合いながら生きていたのではないかと思うのです。そして、精神的価値と物質的価値のバランスがとれていたのではないかと思います。

 でも、最近の都市の経済優先、大量生産大量消費型の生活をみていると、このバランスが崩れているのでは、と感じます。

 今私の中では、古地図を買ったり浮世絵をみたり、江戸の庶民の生活に思いをはせる、江戸ブームなのですが、江戸の庶民は賢くて、ゴミをこんなに出さなかったし、清潔でリサイクル(物の再生利用)がとても発達していたそうです。

 先日TVを見ていたら、午前中の仕事に行く前の番組で、現在の長屋に住んでいる方の生活スタイルを紹介していました。木造の平屋で細い路地に面して、玄関があり、それが繋がって何列か建っていて、窓をあけて手を伸ばすと隣の家の玄関に届くほどでした。声をかけて隣の人がいれば、顔をだしてくれるほどの近さです。その近所中の人は知らない人はいなくて、付き合いが悪いと、長く住んでいるお年寄りが声をかけて、遊びにきていろいろ、話して行かれるそうです。長屋全体がひとつの家族という感じですね。人の眼があるので、ルールがきちんとできていて、子供を命の危険にさらすほど親がせっかんするということもないと思います。喧嘩をしたとしても筒抜けなのですから、まわりのおせっかいな人が止めに入ったことと思います。

 そんな近所付き合いは厭だという人も最近は多いかもしれませんが、隣の家の他人の顔がわからない生活よりも、安心できるかもしれません。昔の江戸も庶民は長屋が多く、家族が生きていくだけが精いっぱいの収入でも、不幸とあまり感じなかったのでは・・・その中に小さな楽しみを探して、何も持たなくても楽しく生きていけたのではと思います。現代で同じように生きるのは至難の業ですが、その時代の心意気でも少し理解して、精神的にゆとりができれば良いですね。精神的価値と物質的価値が対立するのではなく、バランスがとれると良いですね。

 長くなったのでまた次回にしますね。
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精神的価値観と物質的価値観ーお金についてーその2

 今日は、事務所に関西から私に会いに来てくださった方がいて、3時間20分くらいで過去世を1400年から直前の前世と古代の過去世交えて、14個くらい一度に出しました。透視も写真から4人ほど体の調子や性格や特徴を出させていただきました。過去世は1個当たり10分から15分くらいのスピードで出しましたが、これはイベントなどのデモンストレーションで出す速度です。1個の過去世につきA4で2ページ前後の量はありました。

 量や過去世の数はそんなに問題ではありませんが、大切なのはその過去世の情報が今のその人の人生やこれからの生き方にいかに役に立つかどうか、だと考えています。役に立つ情報がたくさん出るように頑張ります。

 私の出している過去世は占いではありません。面白いか面白くないかというショーでもなく、その人の大切な情報をお預かりして伝えることをモットーにしています。できるだけ、見たままを上手く分かりやすく伝えたいと思います。

 世界の歴史をよく知っている、とときどき言われますが、受験科目は日本史で勉強しましたが、その日本史もそんなには自信がありません。世界史はとびとびで習ったので、過去世を出すようになってから、世界史の流れがわかってきました。今とても古い過去世年表を作ってます。その方の為に一緒に、紀元前3000年以上前の、歴史の教科書にのる以前の古代の歴史に挑戦しています。新しい歴史観が見える時もあります。過去世の映像からその内容を読み取りつつ当時の歴史と人間を理解しています。何万個出しても同じものは無いしとても楽しいです。


 今日、そのあとに来た方には、催眠術をかけずに、現世の過去のことを思い出してもらって、私が過去の問題のポイントを見る現世退行をしました。透視する時間が長い時は集中力がいります。これもやや疲れますが、中間生を見る時よりは疲れません。中間生を見たあとは、時計のはりの進み方が早いような、自分の思った時間より時が経っていることになります。ほんの30分くらいの感覚なのに始めてから1時間半から2時間経っていたということが、中間生を見ているとよくあります。その逆に短い時間しか経っていないのに、長い時間が経ったような気がすることもあります。ひょっとすると、各人の中での時間の流れはおなじではないかもしれないのに、便宜上の時間の流れに皆が合わせる約束なのでしょうか?
過去世を10個出してもそんなには疲れません。時間の感覚もおかしくはなりません。


 何万件もいろいろな人の過去の別の人生を詳しく見てくると、小説より面白いものもあり、前回にあげた、6つの価値観に縛られている人生がたくさんあることに気が付きます。


 簡単に分けると経済・理論科学・芸術・宗教・権力・社会(貢献)ですね。これらは皆それを認めて欲しいという自己を承認してもらいたい欲求です。他の人の価値観を気にせず生きるのとは少し違いますね。欲求も人間の中にあるもので、それを持つのも一つの生きるエネルギーになります。

 この6つの中で、特に経済のこと、つまりお金については、多くの人の興味の対象になります。でもお金について、よく言われるように、コップに「富」という液体を満たそうとして、どんどん勢いよく注ぐと、コップの中の液体はどんどん外へ流れてしまいます。前に持っていたと感じる量より少なくなりかねません。そうではなく、自ら与えたり世間にまわそうとすると、また入ってくるしくみかもしれません。

 人からの愛情もそれと全く同じように、もっともっととコップの中に集めようとすると、持っている手をすりぬけて、むなしく消えてしまうこともあるでしょう。人に愛情を与えてたくさんコップの外にだしていくと、愛情は中からわきあがってくるかもしれませんね。

 1人の過去世をいろいろ出している時にリンク(関連)のある過去世間で、豊かな人生と貧しい人生を、ある間隔で繰り返すことがあります。魂は映画や舞台の名優の役者のように、どんな役でもこなして演じることが出来ます。ですから、何回も言うように、魂は金持ちであるとか貧しい家に生まれるということを選びません。今の時代の人間の性格をそのまま引き継いだら、来世はみんなの望むままだと、金持ちの人生をばかりを歩むはずですが、魂はそのような価値観をしていないのです。むしろ、名優であればあるほど、いろいろな困難な役を立派に演じきるのです。


 今回はここまでで、次回はこのまとめと新しいテーマを何か考えましょう。 


 

精神的価値観と物質的価値観ーお金にどうかかわるかー

 しばらく、テーマを決めて、それにそって浮かんだことを、過去世、前世、透視の話とからめながら書きますね。

 テーマの話をする前に、元気の出る海外ドラマを借りてきて見たので、感想から。

 1月上旬からレンタル開始した「glee」(グリー=合唱部)というドラマです。

アメリカのオハイオ州(私も住んでいたことのある、典型的な平均的なアメリカの州といわれ田舎です。)オハイオ州をはじめアメリカの地方の州の人は州の外に出たことのないという若い人が大勢います。一生自分の町からでないという人もいるのです。

 その高校のイケメン先生(主人公の一人)と様々な人種、日系人のアメフト部のコーチもいるし、ユダヤ系の主人公の女の子はやや変わった性格で、ゲイのカップルのお父さんが二人いて、明日のスターを夢見ていますが、同級生からいじめにあっても、持ち前の明るさで前向きに生きています。合唱部はマイナーな部のようで、車いすの男の子も、ゲイの男の子も合唱部で周りの子からいじめられていますが、部の皆は助け合っています。いじめは陰湿なものではなくいろいろな色のジュースをかけられて、トイレで服や頭を洗っています。

 アジア系の女の子、やや太めの黒人の女の子みんなキュートで生き生きとしていて、人気者のフットボール部の男の子も、チアリーダーもその彼にくっついて、合唱部に入部します。その中でいろんな事件がおこるのですが、一人一人の歌のうまさは、プロの歌手顔負けです。アメリカではマイノリティ(少数派)というのでしょうか、何らかのハンディキャップをもっているようにみえる子達が好きなことをやって楽しそうに歌を歌っているのを見ているととても元気が出ます。あらゆる立場の人にやさしいドラマではないかと思いますが、今後の展開はわかりません。

 
 前置きが長くなりました。今日のテーマ、価値観についてです。


 1800年代末のエドアルド・シュプランガーというドイツの心理学者が最近話題になりあちこちのブログにもよく引用されています。知っている方も多いと思いますが、人間の精神作用を6つのタイプに分けています。
 経済と理論と芸術と宗教と権力と社会的価値観から六つに分けています。


 経済型は物事の利益を最優先するタイプで、経済的効率性、お金儲けを中心に考えてしまうタイプで、今の世の中このタイプが多いと感じる人も多いのでは・・・人を判断する基準が裕福かどうかとか、自分に役にたつかどうかと真っ先に考える人です。人にはけちで同時に自分にはぜいたくな人です。このタイプの欠点は、生活や考え方に情緒や人への同情心がうすく、人との付き合いもドライになりがちの様です。利益追求の企業に忠実になりすぎたり、現代の経済を動かしている人達はこのタイプが多いのでしょうか?


 理論型は、科学者などの学者タイプで、世の中や物事を客観的に眺め、分析し、全てを理論的に解釈しようとします。自分の世界にひたりがちで、クールで個人主義ですが、純粋な面もあります。欠点は他人への思いやりの表現が不器用で、誤解されやすく、温かい対応ができないと思われがちで、独自の理論がへ理屈と思われたり、自分の考えに執着すると、頑固な人だと思われます。


 審美型は芸術などの繊細で美しいものに価値を置きます。耽美的で個人主義になりがちです。人からの束縛を嫌って自由に生きたいと望みます。欠点になると、自分の行動や感性に酔って、享楽的になったり、無秩序に賛同したり、感受性が傷つきやすいタイプになります。芸術家に多いタイプです。


 宗教型は神への奉仕や神秘的なことに価値をおきます。絶対的な神を求めようとし、その恵みや愛をよりどころに生きようとします。僧侶や神父や極端にスピリチュアルな世界に傾倒してしまうタイプです。
 宗教やスピリュチュアルなことや慈善行為を極端な金もうけや、政治や、権力の手段にする人は、この宗教型ではなく、経済型です。常識とかけ離れた寄付をとる宗教団体や、信者を政治に利用しようとする場合、破格な料金をとるスピリュチュアルを自称する団体もお金中心の経済型になってしまいますね。

 このタイプの人の欠点は、神や仏にこだわりすぎると、狂信的となり、常識を失う場合と、相手や自分に厳しくなりすぎて、人間性を無視してしまうことがあることです。これは国家レベルになると、宗教の信念を他の国におしつけたり、宗教の相違で戦争を起こしたりします。


 権力型は社会的権力や地位を求め、他人を支配することに喜びを覚えるタイプです。政治家や組織内の政治権力に関する仕事をして出世をしようとする人は全部このタイプの人です。リーダーシップは高いですが、自己顕示欲が強い人で、人から認めて欲しい欲求が強いです。欠点は権力を利用して、自分や自分たちの利益を第一優先にして、人を傷つけても目的を実現しようとします。この型は最初にあげた経済型ととても結び付きやすいですね。


 社会型は家族を含め、他人を愛そうとし、人と協力して見返りを求めず、社会に貢献しようとする人です。家族や同僚仲間をはじめ、偶然会った困っている人にも救いの手をさしだそうとします。人と協力ていこうとする価値観を大切にします。欠点は人に考えを押し付けているように見えたり、偽善的な振る舞いのように見えたり、八方美人に見られたりします。人からの頼みに嫌と言えない人は人から利用されたり、騙されたりします。


 私は審美型と社会型の傾向が強かったです。検索で「six critertion test」といれると簡単に自分がどの傾向がつよいかわかるようです。いくつもの傾向が組み合わせて強いといことが普通のようです。

 でも私の考えでは前回で話したように、人間はどんなものにもなれる特性を持っていて、限界を決めているのは自分自身です。どのタイプというのも、環境と魂のやりたいことで、自分をいろいろなタイプに演じ分けているとしか思われません。この六つのタイプがバランスを持ってすべてがあるという人は実はいないのではないか、いたら矛盾をかかえた人になってしまうのではと思います。

 私が望むのは、目指して欲しいのは、この六つの価値観を超越することです。

 次回は続きを書きます。

 
 

 

新春雑記ー自分に限界をつけないことー

 新年おめでとうございます。2011年も読者の皆様に良い年となりますように。

 
 今回は最近気になっていることや、鑑定や身の回りで会った人から、感じたことを少し書いてみたいと思います。食べ物に関して「食わず嫌い」という言葉がありますが、私は子供の頃に2年間ほど、北海道に住んでいました。
 小学校低学年のことでした。家族であるツアーに参加して、北海道の海と海の幸を味わうツアーだったと思いますが、岩場の海岸に行って、浅いところにあるウニをとってその場で生で食べるという企画でした。今はそんな企画は無理かもしれませんね。
 子供の頃は、その見た目から、生きているウニがとてもグロテスクに見えましたし、その体を割って、(野菜しか食べないベジタリアンの方読んでいたらすみません)中の黄色い、さらにグロテスクなものを食べるということは信じられない事だったので、決して当時は口に入れようとはしませんでした。でも、大人になって日本酒とかいろいろなお酒を飲めるようになって、酒の肴に出たウニのおいしさが分かるようになったら、こんなおいしいものをなぜあの時、外見だけにこだわって食べてみなかったのかときどき残念に思うことがあります。一番新鮮なウニだったろうと想像します。新春そうそう食い意地の話で恐縮ですが、これは他にもあてはまるたとえ話です。

 同じような経験を食べ物でしている人も多いと思います。また、一生食べないでその味を知らないで過ごしてしまうこともあるでしょう。

 たとえ話といったのは、食べ物以外のことでも、人間は先入観で外見や直感でそのものを好きとか嫌いとか決めつけてきちんと見ようとしない事が、よくあるのではないかということを、この「食わず嫌い」と同じような心理が働くのではと思ったからです。

 このことは恋愛や結婚の相手を探すときにも当てはまります。仕事や人生の生き方を決めるときにも当てはまるかもしれません。

 具体的に言うと、ある女性が同じ会社の外見が自分の好みでない男性から付き合って欲しいと何回もアプローチをされたとします。女性は自分と彼が付き合って一緒に歩いたり食事をしたりする姿を想像して、会社の人達、特に女友達からの何らかの彼への批判を想像して、ことわってしまうかもしれません。また、結婚式で二人でテーブルに並んだ姿を見て、その時は「あり得ない」と叫ぶかもしれません。そんなとき、彼女は男性をあるイメージの中に閉じ込めてしまい、彼の良い面を見ることが出来なくなっているのではないでしょうか?いい夫になる可能性やいいお父さんになる可能性を消してしまっているかもしれません。同僚の女の人が彼にアプローチして付き合いだしてついには結婚にいたると、ちょっぴり後悔したり、ほろ苦い思いをするかもしれません。同じことは男性にもおこりますが、男性の場合は他人の眼からの批判を気にするというよりは、「結婚」ということ自体に食わず嫌いになっている人も多いですね。自信のない男性がやや多くなっているようです。男性にとっては、女性を経済的に支えなければいけないのではという思いが強くなり今の自分では無理だと思って、「結婚」に消極的になっている人も少なくないのです。


 男が主に生活を支えるのが男らしい、男が中心になって生活に責任を持たなければいけないという結婚観も変えていった方がいいと思います。これが男性が結婚に消極的になる原因です。これから結婚する娘さんも、娘をお嫁にやると考えている親も意識改革をした方がいいのです。

 多くの女性が考える理想の男性の第一には優しい男性がいいというのがありますが、やや皮肉の視点からみると
みんなに優しい男性は浮気をする可能性があるかもしれませんし、逆に何も決められない優柔不断な面が「君が決めていいよ」というやさしさと勘違いするかもしれません。

 それから、頭の良い男性がいいという意見も多いですが、会社が学生を選ぶときに失敗するように、女性も学歴で男性を頭がいいと思いこんでしまうと、生きていく賢さという点で「?」が付いてしまう位常識のない学歴の高い人も少なく
ないのです。人間の脳というのは、一人一人スーパーコンピュター以上に優れているのに、ほとんど
使っていない状態なので、入学試験や大学の勉強などは、残念ながら、その能力の基礎の基礎の部分しか使っていないのです。

 また、男らしい人が良いという考えの裏には生活力、経済力が男らしさのバロメーターとして、隠れていることがあります。生活力が無くて、相手に暴力をふるう人を男らしいとはだれも言わないですね。

 それから、外見も気にしていないようで、男性に求めるポイントの高いものの様です。最近はそれに若さが加わって、同じか年下の人が良いという人がおおいです。これらの思い込みは、育ってきた家庭で家族の考えや、呼んだ本や漫画、見たテレビやドラマや映画、新聞、雑誌あるいは、インターネットからとか、メディアから入った疑似情報(真実かどうか疑わしいもの)からの影響が大きいです。人間は生物学上の不適合以外は、どのような異性にも合わせられるプログラムを持っています。男性にとっての女性にもやはり似たような事が言えます。

 男性は都合のよい子育てお母さん像やお手伝いさん像を、結婚相手に押し付けないようにしたいものですね。これは、男性の両親もお嫁さんに押し付けると、悲劇が起こることがありますね。

 「食わず嫌い」の仕事においての話ですが、実は人間の脳はどの人も平等に環境に適応するようにできているので、どんな環境でもどんな仕事でも出来るようになっています。自分には絶対にできないと限界を作っているのは、自分自身なのです。

 私の場合の仕事の「食わず嫌い」は数字を扱う経理事務ですが、自分の事務所関係の範囲ではPCの力を借りながらどうにかこなしています。何回も確認しないと入力ミスをすることもありますが、繰り返し繰り返ししていると少しずつですが慣れてきました。

 私は人と接する仕事がだめとか、私は単純作業がだめとか、私は農業のように大変な仕事がだめとか、人は自分に限界を作ります。それで、大事なパートナーを逃すように、ライフワークとなるものを見落とさないようにしてほしいと思います。やらないで判断しないで、若いうちは勇気をもってその世界に飛び込んでみるのも良いのではないでしょうか?回り道をしても、失敗をしても、ちっとも恥ずかしいことではありません。前にも書きましたが、採用する側も回り道をした人や、ある道で失敗した人を、職業訓練などですくい上げて、別の道を開かせてあげるシステムが官民の協力で必要だと思います。それが、雇用を増やす特効薬です。

 今年もまた、新卒の方の就職が厳しいと言われていますが、前情報に会社も学生さんも踊らされているのではと思うことがあります。景気が悪い悪いと言われていますが、道路に車はあふれていますし、年末も年始もデパートは人であふれているように見えました。物が売れていないというのは、少し違うのではないかと首をかしげてしまうこともあります。時代とともに繁栄する業種も下り坂になる業種もある栄枯盛衰は必ず起こります。悪いことだけ見ているとすべてが悪いように見えますが、実は好調なものをあえてとりあげていないのではと思ったりもします。

 人口が高齢化してきても1億人以上いる人々に対するサービスや需要に対する新しい仕事は工夫をすれば、必ずでてくるのではないかと思います。従来型でない産業の構造転換が必要なのではないかと感じます。


 仕事も恋愛も結婚も社会の状態も限界を作っているのは、私たち自身かもしれません。変えようとすれば、一人一人の力で、限界を変えてより前向きな未来に作り替えられると思います。

 次回はまた、鑑定であったことや、周りで起こったことについて書いてみたいと思います。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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