文明のルーツを探る その11 -エジプトのピラミッドとオリオン座の関係

 エジプトのピラミッドがいつできたかは謎ですね。過去世を出していると、ときどき建設にかかわった人の過去世がでます。時代は、今の歴史的時代区分で言われている紀元前2500年(今から4500年前)より古い時代がよく出て来ます。私の考えでは、12500年前位にアトランティスが沈んでから空から逃げてきた人々が現地の人の協力のもと、作ったのではないかと思います。当時の原始的なエジプトの人々の文明より科学技術が進んでいました。天文の技術も進んでいました。

 アトランティスから来た人々のリーダーは世界各地で、優れた文明をもたらしたので、神格化されたのではないかと思うのです。たとえば、太陽神のラーはアトランティスの文明にも太陽信仰があったので、その移住した人々の王か神官を神と崇められたかもしれないのです。

 前回書いた海から来て文明をもたらした人々も、アトランティスから船で逃げた人で、ギリシャ神話などの神々もアトランティスから技術や、超能力を持ってきた人々かもしれません。神々のいるオリンパスの山々も現地のひととはかけ離れたところに彼らがすんでいたのかもしれません。アトランティスの人々は当時の古代人よりは身長がかなり高かったのです。外見もすぐれた神のようにみられたかもしれません。

  

 さて、ピラミッドについて、その作られた時代を述べているユニークな意見を二つ紹介しましょう。

 古いほうから行くと、眠れる予言者と言われたアメリカ人のエドガーケイシー(1877年~1945年)の説があります。彼は当時のアメリカによくいた平凡なキリスト教徒の写真やさんでしたが、あるとき霊の啓示を受けて、多くの人の難病の治療法などを眠っているうちに話したということです。真偽のほどはよくわかっていません。リーディングをしている本人も何をしゃべったか分からなかったそうです。前世や過去世のリーディングも治療の一環の情報として話しています。

 リーディングは深い睡眠状態のときに誰かが質問してそれにこたえるという形式です。奥さんなどの家族が会話を筆記して記録したようです。録音器など今のようではなかったのでしょう。

 ピラミッドに関して彼にこう質問したそうです。「大ピラミッド(ギザのクフ王のピラミッド)の建設が実際に始まり終わったのは?」その答えは「建設には100年を要して、アラアラート王の治世期にヘルメスとラーによって着手され、完成のその時期は100年後つまり、BC10490年からBC10390年である。」というのです。

 彼は国土に最初の変化が生じた時代アトランティスから人々が脱出したと言っています。ナイル川はコンゴ側の大西洋に注いでいたと言うのです。今のサハラ砂漠は肥沃な土地で、その時代土地の端には都市が建設され、太陽を崇拝する人々の都市があった。(アトランティスから来た人々が作った都市でしょうか?)

 まだ発見されていない記録のある貯蔵庫つまり(アトランティスの)記録保管所はスフィンクスの右前足の部分に部屋、または、記録の入口墓の通路が存在する。エジプトではエドガーケイシーの前世であるラタが建設した寺院の一つ「犠牲の宮」で外科手術が行われていたというのです。

 ケイシーはアトランティスの大陸の一部が1990年代に発見されると予言していたようにおもったのですが、それはまだ、残念ながら発見されていません。

 スフィンクスの最近の建築年を科学調査したら、1万年以上だったという結果もありましたね。


 もうひとつの説は、1990年末ごろに出版された「創世の守護神」でローバート・ボーヴァルとグラハム・ハンコックというジャーナリストの共著で、ギザ大地にある3つのピラミッドがオリオン星座の3つの星の配置を写し取ったものだという説がありましたね。

 現在のコンピューター解析によると、夜空のオリオン座と銀河の関係が3大ピラミッドとナイル川の関係と同じ位置になる時代は紀元前1万500年前だそうです。そのころ作られたという考え方を裏付ける一つの考え方かもしれませんね。

 また、保存されている石板やピラミッド内部の壁に刻まれた「ピラミッド・テキスト」では、エジプトの王は昔から死ぬと魂はオリオン座に向かうと記されているそうです。オリオン座の近くにあるシリウスという恒星は、エジプト発祥の最初の王(私が前回書いた)神話の中の最初の王「オシリス」の妻「イシス」の星です。


 ピラミッドとオリオン星座が密接な関係があるのは、私の考えでは、古代エジプト文明に影響をもたらした超古代文明のアトランティスの文明の発祥が、オリオン星系由来の為ではないかと思っています。今の人類の遠い祖先の星に、文明をもたらしたものから、何かの言い伝えの形で残っていた言い伝えの通りに、エジプトの古代の王の魂は遠い故郷の星に帰っていくと遠い先祖から教えられていたのではないでしょうか?

 


 
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文明のルーツを探る その10 -古代文明と海から来た人々ー

 今日も前回の続きです。

 最初はエジプトのオシリス神話を見てみましょう。古代のエジプト人に食人の習慣やいけにえをやめさせ、法律を教え、文明をもたらしたオシリスは、世界中を旅行し、他の国にも同じように文明をもたらしたとされています。神話の伝説によると、野蛮人であった古代エジプト人に対面したオシリスは決して力ずくで法を押し付けたり、しませんでした。理屈で相手に理解をさせることを望みました。

 オシリスは太陽神ラーの息子で、エジプトの神々は皆、太陽神ラーの子供達で、兄弟姉妹です。太陽神ラーが去ったのちの世界は、オシリスが統治しました。オシリスの弟で策略家のセトの妻が真面目なオシリスを誘惑し、嫉妬したセトはオシリスを殺します。オシリスはセトに箱に入れられて海に流されます。オシリスの賢明な妻イシスは箱の中の夫の屍を海から拾い上げ、呪術でよみがえらせます。世界の支配を欲したセトはオシリスを再び殺し、今度はその屍をよみがえらないように切り刻みます。(少し残酷な表現ですが神話なのでお許しください)今度はセトは兄の屍をナイル川に流します。妻イシスは再び夫の屍の破片を集め再生復活を試みますが、オシリスの生殖器が魚にすでに食べられていて、完全によみがえらせることが出来ませんでした。

 オシリスは現世に現れることが出来ませんでした。この兄弟の争いの結果、神々の審判により、現世は息子のホルスが統治し、死んだ後に行くとされる冥界はオシリスが支配することになったのです。再生復活はエジプトでは冥界でよみがえることで、体が再生復活に大切となるのです。だから、ミイラで肉体や心臓を保管する習慣ができたのでしょうか?

 最初の神である太陽神ラーは神々の父であり、先祖であるわけですが、彼は聖舟ウィアに乗り、太陽とともに毎日天と地を回ったというのです。夜はメクセトという舟が天と地を流れる川を渡り、朝の舟マンデトはまぶしく輝くラー神と家来の神々がのっているのです。夜になるとまたメクセトに乗り、夜の死者の国を通過することを繰り返すのです。

 憂鬱な死者の国を通過するうちに時がたち、太陽神ラーは衰えて死んでしまいます。しかし途中で待ち構えていたスカラベ(これはエジプトを代表する虫で俗称フンコロガシです。)が太陽神ラーの遺体に憑依して、太陽神ラーを再びよみがえらすのです。古い太陽神ラーが新しい太陽神ラーに変身するわけです。この事は毎日行われ、時代が下り、太陽神ラーの旅には死者が同行するという話になるそうです。

 これは同じ肉体の中に再生されますが、生まれ変わりの変形版のような考え方ですね。

太陽が沈むということは古代エジプト人は死の国へいくと考えたのでしょうか?そうすると太陽が昇るというのはよみがえる、命が再び与えられると考えたのですね。

 オシリスの話をとっても箱に入れられて海にながされるというところや、民間伝承のオシリスが古代エジプトの人々を導くというのは、シュメールの魚人とも似たコンセプトですね。


古代インカ、今のペルーの伝説にも大洪水伝説があります。大洪水の後コンまたはチキという名前の(後にビラコチャと言われました)大柄なあごひげを生やしたマントを着た白人が来て食人やいけにえなどの野蛮な風習をもっていたペルー人にお互いを愛し合い、善行を勧め、慈悲の心をもって、生きるように導いた人物がいるというのです。彼らは古代には白人を見たことがなかったと思うので、肌が白い人ということでしょうか?

 白人達は、科学者、建築家、彫刻家、技術者で、教師や医者もいました。行く先々で病人を癒しました。数多くのピラミッドを建設しました。この心優しき白人達は身の危険にさらされると、空に向かって助けを求めるように手をあげ、火をふく兵器を使用した。(少なくても16世紀にインカ帝国に来たスペイン人ではなさそうですね。)
ビラコチャは舟をこがなくても、水の上を滑るようにすすんで、ビラコチャはその後陰謀にあい舟で海に流されたそうです。

 この話は、前に書いたメキシコの古代マヤ文明の伝説にもにていますし、先ほど書いたエジプトのオシリスの神話にも少し似ていますね。

 なぜこのように似たような伝説や神話が離れているところにあるのでしょう。遠い遠い超古代にやはり大洪水があったと考えられます。ほとんどの世界の原始的な生活をする今の文明の直接の祖先以外に、もっと進んだ文明があっのです。
大洪水を契機として、その文明の人々は世界各地に散らばっていたとかんがえられるのです。そして、彼らの原始的な人々との接触は神話や伝説になったのでしょう。

 それはアトランティスの超古代文明の人々だったと私は考えています。今から12000年くらい前に大洪水がおこりそれと前後して、いくつものエネルギーを使っていたアトランティスは自然災害とエネルギーの事故といろいろな複合要因が重なり沈んだのです。(それと近い時期に偶然なのか必然なのか、日本列島は中国の大陸と海で離れ浮き上がってきたわけです。)
 アトランティスでは、人口の数パーセントしかそこから逃げられなかったと思います。アトランテイスは長く栄えた高度な文明ですが、その長い歴史の文明の中期ころからは戦争は一切無くなっていたのです。理由があって、他の原始的な文明とは接触していなかったのですが、文明の滅亡の危機となって、空からと海から船で世界各地に散らばったのです。各地に時代があわないで出土しているオーパーツやもっとも古いピラミッドは(あとから真似してつくられて崩れたものは除きます。)彼らがもたらしたものです。私が過去世をだしているかなりの数にアトランティスのものがあります。

 今までのリーディングによるアトランテイスの詳しい話はいつかまとめて書きますね。 
 

文明のルーツを探る その9 -古代文明は海から来たのか?-

 今日は海と関わる古代文明の伝説を集めてみました。
紀元前3800年その頃の世界では一番発達していたと思われているのは、シュメール文明です。メソポタミア文明のもっと前で、場所は今のイラクです。シュメール人の都市があった地域では紀元前8000年とか5000年くらい前から農耕や、灌漑を使った農業がされた地域でした。けれども、文明が急に進んでその起源がが周りに見られないのに、突然に当時としては高度な文明が出来たのは、その地にシュメール人が来てからだそうです。


 シュメール人は当時、医学、建築、美術、宗教、くさび形文字、科学、天文学など抜群に優れていたようです。
ジックラトといわれる階段状のピラミッドを作り、神を祀っていました。

 軍隊を持っていて、ロバにひかせた四輪の戦車も発明しました。投石機や弓矢を発明し、青銅をつくる合金技術を持っていました。

 社会的には、法律があり、議会は二院制で、もちろん選挙もあったのでしょう。陪審員制度の裁判もあり、政治がきちんとされていました。

 医学では白内障の手術方法や他の外科的手術もやっていたようです。印刷技術もあり、粘土板の契約書に現代の日本のような印章をおしていたのです。もちろん経済も発達していました。

 シュメール人のつくった暦は、太陰暦ですが、恐ろしく正確で、日食、月食の日時精度は、PCのない時代にはありえないくらい正確で、様々な惑星の動きまで彼らは知っていました。現在世界中で知られている占星術の12星座も彼らが作ったか彼らに伝えられたのです。2万5920年かかって、地球の地軸が円を描くという歳差運動の周期を彼らは知っていました。1日24時間、1時間60分、1分60秒、60進法の数え方も彼らの文明から私たちが学んだものです。どうして彼らはそれを知ることができたのでしょうか?

 旧約聖書やギリシャ神話の洪水の話と箱舟の話もシュメール文学の伝説的叙事詩「ギルガメッシュ」の話がオリジナルです。

 このシュメール文明の起源ですが、最近20世紀になってからのある説があります。それは、地球に近づいた惑星から来た宇宙人が直接シュメール人に教えたという説です。これは、私はファンタジーのような作り話だと思います。地球に来るほどの科学技術をもつ知的な生命体が教えるには、原始的すぎるからです。また、宇宙人が、シュメール文明や今の文明にも影響するにはあまりにも地球的すぎます。
 その説による、惑星の宇宙人から人間は遺伝子操作をされて今の人間がつくられたというのも違うと思います。遺伝子操作されたのは、もっと数万年前の超古代文明のときで、場所もまったく違うところが発祥です。

 シュメールの文明の古代の伝説に、魚服を着ている人が毎日海からやってきて、人々に文字や科学や芸術、家の建て方、ピラミッドの建て方、法律、幾何学、礼儀作法などを教えて、夕方にはまた海に帰って行った、という伝説があるのです。


 粘土板にかかれた伝説によると、その半人半魚人のような人は、きさくでよくしゃべったが食事は一緒にとらなかったというのです。彼の指導で、原始的であった自分たちの文明が文明らしい基礎を教えられ、シュメール文明は始まったと伝えられているのです。その海から来た魚服(変わった服装をしていたのを海から来たので魚に例えたのではないかと思います)を着た人が去ったのちに残された地元の人々は彼を神として崇めたというのです。


 メキシコ、つまりマヤ文明の起源にもあごひげをはやした白い皮膚を持つケッアコアトルという人(ここでは魚人ではありません)が海からやって来て、数々の文明をもたらしたといわれています。

 その人は白人で体格がよく、服は白いローブを着ていた。果物と花以外の、人や動物のいけにえを非難し、平和的な神のような人で、戦争の話になると指で耳をふさいだ、というのです。

 この知恵ある指導者たちは海から来たと古代人は言っています。その船はこがなくても水の上を走った(動力装置がついているのです。)人々に火を使って料理する方法を教えたり、家の建て方、ひと組の男女が夫婦として生活することを教え、たくさんのピラミッドや建造物を建てたというのです。もちろんあの有名なマヤ暦や天文の知識も海から来た神のような人々が教えたのです。

 不思議なことにこの教えによる文明は後の文明になるほど、退化つまり退行してしまうのです。スペイン人が来た16世紀後半には人のいけにえを再開していたのです。いけにえの命を祭壇から神に捧げるような文明に退化するのです。後の時代の王様がピラミッドを作る為に大きな石を運ぼうとしたけれど、運ぶことも出来ず、ピラミッドを作ることが出来なかったという話をきいたような気がします。

 長くなったので、次回はエジプトの海にまつわる神話と他の地域の古代の伝説、それから私の考えた、海から文明を伝えた人々の正体について書きますね。

 

文明のルーツを探る その8 私が出会った不思議なこと(後篇)

 前回の続きです。オーストラリア人の友人は、私が山の手線で出会った出来事を話した後、すぐにこう言いました。

 「それは、聖書のなかに出てくる話と関係があるんじゃないか。」というのです。彼はキリスト教の教育を受けていたのかもしれません。

 聖書の中の話を調べてみると、キリストがたくさんの群衆の前で皆を満腹にしようとしたが、そこには5つのパンと2匹の魚しかなかった。天を仰いで、祈りを唱えると、パンをちぎって弟子たちにかけらをわたした。弟子たちはそのかけらをさらにちぎって群衆に渡した。全ての人がそれを食べて満腹になった。食べた人の人数は、女と子供を抜かして、数えると、男が5000人であった。・・・(マタイによる福音書14章)という話でした。友人はこの話が私がであった旅行者風の奇妙な男性の話の象徴ではないかというのです。
だから、5000人という数に関係があるのでは、というのです。

 そうすると、その謎かけのような「私が魚のマークを見るだろう」というのは、鑑定を初めて5000人の人と会ってから、変化が起こるということを言っているのでしょうか?今現在はのべ人数で、4000人越していると思います。5000人の方まで行くのを楽しみにしております。

 私の中でのこの仕事での成功は、お金を稼いだり認知度があがるということよりも、自分の命のあって健康でいる限り、この仕事を続けて、出来るだけ皆さんのお役にたって、皆さんの魂の記録を見せてもらって、一部であっても、瞬間であっても、その人生に共感を持つ事です。約束されている方々に会って、その記録を預かるような感覚と、未来のその人々の行かれる所への受付のような覚悟でやっています。私と縁のあると思われる方は、1回でも会いに来てくださいね。中には何回も長く関わる方もいらっしゃると思います。



 話を魚にもどしましょう。シンプルな魚の形は、左向きの物は、キリスト教福音派のシンボルでもあるようです。福音派はアメリカのキリスト教徒の25パーセントと言われていて、8000万人位が信者だそうです。

 欧米では純粋なキリスト教徒でなくても、ファッションとして、車のバンパーやステッカー、Tシャツ、バッジ、ネックレスなどのアクセサリーや小物にデザインされたり、個人商店のマークや会社のロゴやパンフレット、宣伝求人広告などキリスト教徒であること、キリスト教の信念に基づくビジネスであることを公言しているシンボルであるそうです。パロディとしては、無神論者のもっているオブジェで、頭が逆の右向きの魚が、ダーウィンの進化論の支持者のアンチキリスト教のシンボルになっています。

 その他、各国の魚のイメージはどんなものがあるでしょう。

 インドでは、ヴァルナ神の乗り物で、誕生、復活と結び付いています。魚は救世主であると同時に天啓を表す道具です。魚は神の化身でマツヤとなった神は洪水のとき、マヌを救ったそうです。(ブラーフマナの洪水伝説)

 さっき書き忘れた、キリスト教での魚の話の追加ですが、水は復活の象徴で、魚は信者を意味するそうです。キリストは魚をからめとる漁師に象徴されます。神の化身マツヤがマヌの小舟を導いていくように、魚がキリスト教徒の集団ののった船を導くという話もあるそうです。

 北インド・ネパール、カシミール地方では、マツエーンドラナートと言う者がいて、「漁師」と考えられていて、仏教の観世音菩薩と同一人物と言う事です。この人は魚に変身した後、ヨーガの啓示を受けたと言われています。

 ギリシャでは、魚といっても、イルカで、アンチオンという者を難破船から救った、救い主です。

 中近東では、古代エジプトの聖なる魚、フェニキュア人の半人半魚(体の主神)メソポタミアの「啓示者」の象徴と考えられました。

 イスラム教では、魚を無数の卵から多産のシンボルとして繁栄と結びつけている。魚を食べる夢は吉兆だそうです。

 アメリカの原住民では魚はトウモロコシの神のシンボルの一つです。

 シリアでは魚は愛の女神達です。

 アナクシマンドロスという起源前611~547年の哲学者の本では「魚は古代の小アジアでは、すべての人間の父であり母である。そのために食用にすることは禁じられている。」そうです。これは興味深いですね。

 バビロニアの古代文明では、魚はしばしばひし形と組み合わされるそうで、建築物の円柱には魚の模様があるそうです。

 中国では魚は幸運のシンボルだそうです。
 
 さてマニアックにいろいろ魚について書きましたが、私が魚をみるということは何を象徴しているのでしょうか。その時が来たら分かると思います。また、後日談を書きますね。


 いよいよ、次回は魚や海と古代文明の起源についての話です。

文明のルーツを探る その7 -私が出会った不思議なことから文明のルーツを考える

 私が、経験した不思議な事は、何かに導かれるようにこの仕事を始めてから、数年後の2006年の出来事です。それは、埼玉県で語学の講師をして、一人で東京でリーディングやカウンセリングのお仕事を両方やっていた時の事です。
 当時は埼玉県に住んでいて、職場まで1時間ちょっとで山の手線にのって池袋駅から巣鴨駅まで、短い区間の電車に乗っていました。今は、山の手線にはほとんど乗りません。その時は、2006年のゴールデンウィークの半ばの、5月の1日ごろだったと思います。

 午前11時前後に山の手線に池袋から乗った時、奇妙な光景を見ました。ゴールデンウィークの間の平日で電車はすいていました。私は乗った側の座席に座りました。私の斜め向かい乗った側と反対側のドア付近に、ハンモックを小さくして吊革をさげるパイプに金属をひっかけてブランコのようにして、40代から50代のサングラスをかけた白人の男性が坐っていたのです。私は降りる一駅前に立ちあがって彼に話しかけました。話しかけなければならないような気がしたのです。そんなに難しい英語でないですが、「それはいいアイデイアね。」と話しかけたのです。(アイデイアとは、ハンモックをブランコのようにして場所をとらないで坐っている事)
 
 どこから来たのと尋ねたら、「オーストラリアから」と答えてくれました。彼は黒いズボンと黒いシャツそして黒いブレザーとサングラスでした。髭は輪郭髭があったように思います。髪の色は白髪の混じったような栗色でした。目を隠していたので、私は彼の情報をリーディング出来ませんでした。

 そして、彼は日本が大型連休のゴールデンウィークだったのを知っているようで、私に「休みでどこかへ遊びに行くのか」と聞きました。私は「休みではなくて仕事で事務所に行くんです」と簡単な英語で答えました。彼が何の仕事をしているのかと聞くので、「私はカウンセリングの仕事をしているが、まだ始めてそんなにたっていないのよ。」と答えました。
 彼はそのとき間髪をいれずにきっぱりと私に言いました。彼は自分の黒いブレザーの襟についているブローチのような金の太い針金のようなもので出来た左を頭にしたシンプルな魚のかたちを指さしてこう言いました。「あなたは、数年後にこの魚のマークを見るだろう。その後、あなたの仕事は成功するだろう。」と彼は予言めいたことを言いました。それから電車はホームに到着して、私は降りました。ホームに降りてドアが閉まる瞬間、もう少し乗って彼の話を聞きたいと思いましたが、ドアは閉まって電車は行ってしまいました。その後、彼の指さした金色のシンプルな魚のマークが何を意味するのか謎をかけられたようで、答えを求めています。

 それは、会社の社員証にしては大きいし女性のブローチとしては小さいです。横の長さが3センチ前後くらいでしょうか。今でもその形が頭に焼きついています。その事を友達に話すと、いろんな、意見がでました。「その人は人間じゃないんじゃないのとか。」「面白い人だね」とか・・・「何かの大事なメッセージだよ。」とか・・・

 私は意識のある時は自分の目の視力で、幻覚を見たことはありません。全ては目をつぶって映像を出します。また、幻聴を聴いたこともありません。現実の人だったと思うのです。過去世で会った人が現世で1回だけ何かを伝えにきたのでしょうか?


 魚のマークはいろいろなところで気をつけて探していますが、その年の秋に台湾に行った時のハワイ風の焼き肉店のお店のマークは見ましたが、ちょっとその魚とはちがうような気がしました。

 それから、東京の本郷に住んで、その後昨年の4月に江戸川橋付近に引っ越したのですが、相談者の方位を見てあげるときに方位よけを勧めることがあります。自分でも引越しの時に方位よけをして、早稲田のリーガロイヤルホテルに一人で泊まりました。その時、シングルのベットの上にかかっていた魚の彫刻のような額縁に入ったオブジェがありましたが、形はシンプルで魚のマークに似てはいました。

 現在は講師をやめ、事務所に来てくださっている皆様のおかげで、またブログを読んでくださる皆様のおかげで、鑑定、リーディング一本で生計をたてさせていただいております。(いつも、感謝しております。)

 その奇妙な光景を見た後の話に戻りますが、インターネットでも魚のマークを調べてみました。世界漁業組合のマークもシンプル化した魚ですが、ちょっと違うなと思いました。

 欧米で魚のマークは日本よりよく見られ、一般的にはジーザズ・フィッシュやクリスチャン・フィッシュと言われています。ギリシャ語で「イクトゥス、イクトス、イクソス」( ΙΧΘΥΣ)などと呼ばれていて、弧をなす2本の線を交差させて、魚を横から見た形に描いたシンボルで、初期のキリスト教徒が隠れシンボルとして用いた。(ウィキペディアより)またイクトゥスはギリシャ語で「魚」という意味ですが、同時にギリシャ語でイエス、キリスト、神の、子、救世主の頭文字を並べたものでもあるそうです。

 古代ローマではキリスト教が迫害されたので、一人のキリスト教徒がランダムな曲線や直線を砂の上に描き、一人がその線のうち1本を円弧(イクトゥス)の半分にしてその魚のかたちを完成させれば、二人がお互いをキリスト教徒であると確認できるそうです。(日本では「山・川」という合言葉のようなものでしょうか。)

 私は特殊な仕事柄なので、いっさいの宗教とかかわらないですし、これから信仰することもありませんので、キリスト教の天使が宗教の勧誘に来たのでもなさそうです。

 長くなったので、次回はオーストラリアから日本に観光にきた友人が、その話を聞いて、ひらめいて話してくれたことと、魚に関する古代文明の伝説の話をしますので、1週間後に楽しみにしていてくださいね。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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