予言について その4 ーブラックホールとワームホールー

 今回は私にとっても難しいテーマでまとまらないかもしれません。

 ブラックホールは、物理学者のアルバート・アインシュタイン(1879年~1955年)が『一般相対性理論』の中で予言していたものです。

 「一般相対性理論」とは今の地球上の物理学の法則をこえた宇宙の物理学を計算で導きだしたもので、実験で証明できないものは、宇宙の法則の予測として書かれています。

 光の速度で走行しているロケットの中では時間の早さは遅くなるのです。例えば、2000年に、光速で25歳の宇宙飛行士が宇宙船に乗って、別の太陽系を目指し40年計画で往復したとします。2040年に地球に帰ってきました。出発のときにその飛行士の子供が0歳だったとすると、宇宙船では5年しかかからないとしても、地球上では、40年経っているので、子供は40歳、父親である宇宙飛行士は、30歳ということになり、親子の年齢が逆転してしまいます。妻が同じ年齢だとしたら帰ってきた時は、30歳の夫に対して、65歳になっているのです。これを俗に浦島効果と言っています。

 アインシュタインは空間が曲がると言うことを説いた学者で、光もその影響で曲がるのです。一般相対性理論によると、ブラックホールのまわりでは、時空(時間と空間)が大きく曲げられてしまうというのです。

ブラックホールは物質や光さえ飲み込んでしまいます。光を飲み込んでしまうので、目で見たり観測することができないのです。計算上ブラックホールはあり得ないという学者もいますが、現在ではブラックホールは、宇宙に無数に存在すると考えられる意見の方が多いです。


 ブラックホールは太陽の10倍程度の質量のものから、太陽の数万倍~数十億倍の質量をもつ超巨大なものがあるそうです。宇宙の初期には極微小のミニミニブラックホールが作られたのではないかという人もいます。

 ブラックホールはいろいろなものを飲み込みますが、ミニブラックホールは蒸発してしまうと考える人がいて、ジュネーブで、大型のハドロン衝突加速器が動かされて、極小のミニミニブラックホールが出来るかの実験も一つのテーマであるようです。この加速器の実験では陽子をほとんど光の速さまで加速して、逆方向からぶつけます。実験室中でこのぶつけた世界が我々の4次元世界(科学的な多次元を理論上仮定した世界なので、オカルト的な多次元世界とは違います。)であったなら、ブラックホールは生成されないということです。その実験世界が、5次元以上であれば、微小な領域でも重力が強く働くことになり、ブラックホールが出来る可能性が出てくるようです。ブラックホールが実際に作られて、それがいろいろなものを飲み込むという恐ろしいことが、ない事を祈りたいものです。イギリスの物理学者のスティーブン・ホーキング博士は、宇宙の創世記の最初、ビックバンからすぐに、素粒子サイズのミニミニブラックホールが出来たと言います。

 私が考えるので、それは違うと、おこられてしまうかもしれませんが、ブラックホールは宇宙の物質とエネルギーを吸い込むゴミ箱のようなものかもしれないと思います。今の宇宙の中心には、巨大なブラックホールがあって、渦潮のようにぐるぐる回るいろいろな物質が吸い込まれるところが、あるかもしれません。そして、同時に水に石を投げて、波紋が起こるように、宇宙は広がっているのではないかと思われます。私たちからみると宇宙の歴史は長い時間でも、私たちの世界の水の波紋は瞬間に広がって消えます。私たちの宇宙はあるモノからすると瞬間にできた波紋のように見えるかもしれませんね。

 
 すべてを飲み込む宇宙のゴミ箱ブラックホールに対して、吐きだすものが、あるのではと考えられたのが、ホワイトホールです。一般相対性理論で導き出されたものは、ブラックホールだけでなく、ホワイトホールとワームホールがあります。生き物と例えると、ブラックホールが口で食べ物をなんでも食べてしまう怪獣の口のようなものでしょうか。ホワイトホールは例えて言うなら、排泄器官おしりのようなところでしょうか?宇宙の物質全てが食べ物とするならば、食べ物は絶対逆流しません。ワームホールは消化器官の途中で食べ物を横取りするところといったところでしょうか?


 ホワイトホールはブラックホールに対して、互いの時間を逆にした関係になります。ブラックホールが、どんなものもそこから脱出できないとすると、ホワイトホールはどんなものもその中にとどまることが出来ないところということになります。謎々みたいなものですが、その内部の特異点に集中してある質量を物質や光としてどんどん吐き出します。ホワイトホールは内側から外側には行けても、外側から内側には行けないのです。

 ちょうど、ブラックホールとホワイトホールはセットで存在するとバランスがとれますね。吸いっ込みぱなしだと、限界が来ますね。ブラックホールは、粒子やなかの物質光を放出するとエネルギーが減って来て、蒸発することがあるそうです。

 このブラックホールとホワイトーホールをつなぐものが宇宙の虫食い穴と呼ばれる、ワームホールです。よくSF小説や、宇宙小説(スペースオペラ)などで、宇宙人が宇宙船で遠くの星や銀河に移動するときに、ワームホールを計算して、宇宙の穴から穴へ航行して、目的の星に行ったりしますね。

 地球に来ていると思われる宇宙人のUFOがあったら、遠くの科学技術が発達したところから来た場合、ほとんどみんなこの航行法をしているはずですね。あの複数のUFOの宇宙船がくっついたり、離れたりできる飛行方法が、ホワイトホールやブラックホールを通りワームホールを見つけて通り抜けることが出来るヒントかもしれませんね。

 続きは次回書きますね。(今回と次回の内容はニュートンの別冊『ブラックホールとタイムトラベル』2011年6月を参考にさせていただきました。)
 
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予言について その3 ーハドロン衝突型加速器とブラックホールー

 今回も大型ハドロン衝突型加速器について調べてみました。何かで読まれた方、もっと詳しい方も多いと思いますが、お許しいただいて少し書きますね。

 この加速器は略してLHC(Large Hadron Collider )と呼ばれています。高エネルギーの物理実験をするために、スイスジュネーブの郊外、フランスとの国境に作られました。

 私は素人なので、とても難しいですが、調べたことを簡単にまとめます。超電導加速空洞で(真空なのでしょうか?)陽子ビームを加速し、超電導電磁石でそれを円形軌道に高速回転させ、陽子同士を正面衝突させて、高エネルギーの素粒子反応を起こす装置だそうです。

 決められた衝突点での陽子衝突は1秒間に800万回になるそうです。

 よくある名前かもしれませんが、偶然私の事務所と同じ名前「アトラス」という検出器の施設があって、ここでは、陽子と陽子の衝突によって出来る素粒子の観測実験をしているようです。

 いろいろな宇宙物理学の証明をするのが目的なのでしょうか?

 素粒子に質量をもたらすという「ヒッグス粒子」というものの発見と測定もテーマの一つです。


 この物質はSF小説などに出てくる、タイムマシが実現できるかどうかのヒントになるものかもしれません。

 それから、HLCの衝突エネルギーで理論上作ることが可能なブラックホールができるかどうか、ということと、それを含めた宇宙の最初のエネルギー状態を人工的に作り出すことができるのではないかと、言われています。その他、クォーク・グルーオン・プラズマという物質ができるかどうかということや、その性質を測定する試みも計画されています。

この施設は、設立当初の2008年9月からひんぱんに事故が起こっています。9月の事故は大電流が流れて、装置の一部がとけて、大量のヘリウムが漏れ出たそうです。その他数回の事故が起きていて、2009年の9月から再開されました。

 2008年にアメリカのハワイの人が、この実験でブラックーホールができて、人類にとって危険であると裁判で争って中止させようとしましたが、訴えた人が敗訴したようです。危険な理由は、実験から極小のブラックホールが出来て、そのブラックホールが大きくなり、巨大なエネルギーとなり、地球全体に影響をあたえるのではないかというのです。

 もし、ブラックホールが出来ても、あまりにも極小のために瞬時に崩壊して消えてしまうという意見は、現在は主流です。けれども、極小ブラックホールよりも高いエネルギーの宇宙線が影響して、その発生したエネルギーよりおおきなブラックホールが出来て、消えるまでの時間も予想より長くなるのでは、という意見もあります。
 反対にエネルギー不足でブラックホールは出来ないという説もあります。

 これらの実験で偶発的に出来たものが、地球の未来や人類の未来を変えることになるかもしれません。原子力の問題も現在の人間の手にはまだ負えないような状態です。

 科学の発展は素晴らしい事ですが、科学者の暴走に目を光らせる事も大切ではないでしょうか?超古代の文明の滅亡はいくつかのエネルギーの相互作用の誤作動と天災が重なったことで起こりました。

 行きすぎた科学の進歩には気をつけなければならないと思います。

 次回は「ブラックホールってどんなもの?」もう少し調べてみます。また「ワームホールとは」とかそれを使ったタイムトラベルは可能なのかを考えてみたいと思います。

予言について その2 -ノストラダムスの詩とハドロン衝突型加速器 

 前回はノストラダムスの紹介だったので少し退屈だったかもしれませんね。


 まだ前置きですが、もうすこしお付き合いいただいて、前回の続きをもう少しだけまとめます。ノストラダムスの庇護者だったのはイタリアから嫁いできたカトリーヌ王妃です。その夫、アンリ2世が馬術の試合の怪我がもとで(一説にはノストラダムスはそれを予知して有名になったと言います。)亡くなった後、カトリーヌの上の 息子のフランソワ2世が跡を継ぎます。しかし彼はすぐに1560年に亡くなり、この頃のノストラダムスは、王侯貴族などの有力者の為に占星術師として相談に乗っていたようです。お医者様よりは当時の占い師のお仕事のほうが儲かっていたのかもしれませんね。たくさんの本も彼は書いていますが、今のようなベストセラーのない時代に本を出すのは、お金儲けより学術の為と宣伝のためだったかもしれません。けれども、彼の予言のあいまいさや、あたらなかったこと、わかりにくいだらだらした文に、苦情がよせられたという彼自身の手紙が残っているそうです。


 フランソワ2世のあとを継いだのは、その弟のシャルル4世で、カトリーヌの息子の彼もノストラダムスの予言に頼っていたようです。ノストラダムスは予言のお客様である、貴族のモンラシー公爵の寿命を90歳まで生きると言っていたのですが、現実は75歳までだったそうです。シャルル4世にも90歳まで生きると言ってしまったのですが、彼はその10年後に23歳で亡くなります。王様や貴族にゴマをすってしまったのか、サービス精神で分からない事にもこたえてしまったのか?予言にもその人の専門分野があるようです。人間に関するものか、社会に関するものか、賭けごとのような分野か、天変地異に関するものか、科学に関するものか、経済に関するものか、予言者にも専門分野があるのです。ノストラダムスはシャルル4世の「常任侍医兼顧問」に任命されました。この時が彼の絶頂期ですね。


 晩年のノストラダムスは、痛風かリュウマチの症状に苦しみ1566年6月に自分の死期を悟ったのか、遺言書を作っています。その年の7月に秘書に「夜明けに生きている私を見ることはないだろうと」語ったとされていますが、秘書の創作かもしれないし、亡くなる時間を予知したかの真実はわかりません。

 予言詩では自分の最後を寝台と長椅子の間で死ぬと書いていたそうです。まさに予言通りの場所で亡くなっていたそうです。


 彼の予言詩にも調べていくとタネ本があったそうです。ノストラダムスにはその後450年もの間、様々な彼についての研究者がいました。現在もいると思います。そんな研究から、ノストラダムスはオリジナルの星図盤を作るのが苦手だったようで、その時代の有名な占星術師(昔は占い師は学者です。)リシャール・ルーサーの『諸時代の状態と変転の書』(1550年)を参照し、その本からそのまま引用しているところもありました。現代の著作権のようなものがない時代です。ホロスコープ盤を作るのが苦手で、自分の計算をもとに作るのではなく、他の占星術師の星位図をもとに作ったようです。でもこの事だけで、彼の能力を否定することにはならないでしょう。彼は直感の人だったかもしれません。

 彼は他に『ミラビス・リベル』(1522年)というラテン語の予言集からと、ジロラモ・サヴォナローラという人の『天啓大要』という本からの抜粋がそのままあります。ノストラダムスの予言集の序文にもそこからの引用があるようです。

 予言詩はノストラダムスの時代の前からもあり、暦の所に付けるその日の予言というのも流行ったようで、今でいう警句などを暦に書く日本の日めくり的なもの、あるいは毎日の星占い的?なものだったのでしょうか?


 俗に「ノストラダムスの大予言」と言われているのが、彼の予言集、『百詩篇集』で1555年に出版されました。

 やっと本題になりますが、この有名な予言詩の中のいくつかの詩をとりあげて今の事を言っているのではないかというのを考えてみますね。

 まず最初はジュネーブの詩です。フランス語は2年間だけしか習っていませんが・・・引用してみます。

Migrez, migrez de Geneve trestous,
Saturne d`or en fer se changera,
Le contre Raypoz exterminera tous,
Avant l`advent le Ciel signes fera (第9巻44番)

「逃げろ、逃げろ、みんなジュネーブから (金の)サテュルヌは鉄のように価値のないものに変わるだろう。
 RAYPOZ(光線と反対のもの?ポジティブな光線と逆なもの?またはプルートからプルトニウムか放射能) が全てを滅ぼすだろう。それが来る前に空は兆候を示すだろう。

 この「RAYPOZ」が意味不明で解釈する人がみんな困るそうです。これは出版された当時のちょっと先の未来のジュネーブの宗教改革者カルビン派に対する予言だという解釈もあるのですが、実現しなかったことらしいので、ちょっと違うのではと思います。未来の予言とすると、現代で考えると、2008年にスイスのジュネーブで稼働した大プロジェクト大型ハドロン衝突型加速器のニュースを聞いたので、私はこの詩をよむとそのことを思い出してしまいます。ネット上でも同じような意見の人もいます。

 これは、スイスのジュネーブの郊外にフランスとスイスの国境の近くで長さ1周27キロメートルの巨大なリングの地下施設をいくつかの国が共同で作ったのです。日本も資本を出したり研究に参加しているのではと思います。確か、その実験の差し止めを国際裁判所か何かに訴えられていたと思うのですが・・・


 なぜ訴えられていたかというと、あくまで理論上の事なのでしょうが、放射性物質を使って、陽子を光速に近い速さにして衝突させるのだそうです。このとき陽子のエネルギーは7兆電子ボルトになるそうです。そこで人工的に宇宙の最初の状態をつくろうというのです。物理学者(現代の科学の占い師みたいですね)の予言によると人工ブラックホールが出来るかもしれないというのです。いくら小さいといっても地球上にブラックホールができて何らかの災害が起こることを心配した人が訴えたのです。

 次回はこの続き、ハドロン衝突型加速器についてとブラックホールについて、素人ですが興味があるので、少し書いてみたいと思います。 

過去の予言について その1 -ノストラダムスのいくつかの詩の解釈ー

 文明のルーツを探るは一時中断して、また書きますね。

 今回から歴史上の有名無名な様々の予言が世界中にあるので、それを少し取り上げてみたいと思います。私は天変地異の予言はできるだけ避けることにしています。いたずらに恐怖心をあおるのは個人的には感心しません。


私のやることは、個人の情報を本人に伝え、必要ならば、個人の未来の情報を伝えたりもすることです。

 皆が巻き込まれる、天変地異や戦争などは、ある程度人は状況を分析して、予測することは出来ます。
 予測の範囲外で果たして、歴史的な予言は可能なのでしょうか?また、その予言は変えられえるのでしょうか?
 私の考えでは、超越的なものから託された本当の預言(預かる言葉)は何年何月何日と正確なものであるべきで、あたった、あたらなかったと言う以前のものだと思います。ですから預言はほとんど、この世にはないのではと思います。

 一般的な予言は、それが実現しない事の方が多いような気がします。

 一番困るのは、後の人たちによって解釈がとても異なる予言です。どうにでもとれる表現をしているものです。
前にノストラダムスの予言詩について、一つの象徴詩のようなものと感想を書きました。けれども、過去にはヨーロッパで、また世界中で4百数十年間、彼の著作について研究している人たちがいるので、いくつかの詩について考えてみようと思います。

 ノストラダムスは1973年に日本で五島勉が紹介して、大流行しましたが、彼の解釈はヨーロッパの研究家からは大きくかけ離れているようです。ほとんど違っているかもしれません。彼の説の人類滅亡かといっていた1999年の7の月というのは占星学上西暦の解釈とは異なる時期だったのです。アンゴルモアの大王とはジャックリーという中世フランスの農民のことを別名として言っていて、中世での百姓一揆のことをさすのでは、という解釈がヨーロッパでは通説なようです。

 
 ノストラダムスは(1503年12月14日~1566年7月2日)ルネッサンス期にフランスのプロバンスに生まれた医者で占い師(占星術)予言者であり、詩人、料理研究家でもあるのです。

 本名はミシェル・ド・ノートルダムでペンネームとして、名字をラテン語風につけたのだそうです。父方の先祖はユダヤ人で、商人でした。彼の曽祖父がキリスト教のカソリックに改宗しました。当時の中世ではキリスト教カソリック以外の信仰をもつことは異端審問にかけられるおそれがあるので、とても危険なのでしょう。ですから、ユダヤ人の血をひくノストラダムスは、カバラ(ユダヤ教の神秘書)の研究もしたのではないかと言われています。

 彼は15歳でアビニョン大学に入学し、7科目を学び、途中でペストが流行し、大学は閉鎖となって青春時代を各地で放浪し、薬草の勉強をしました。1521年18歳から26歳までの8年間放浪したのち、モンペリエ大学医学部に入り博士号をとったという説と中退したという二つの説があるようです。先生とけんかして、除籍になったという説もあります。それが本当なら、彼は人間関係に苦労する人物だったかもしれません。

 彼はアジャンという地域の有名な学者に招かれ、そこで、1回目の結婚をします。子供も出来たのですが、その妻と子はペストで死んだという話が有名ですが、記録はないそうです。

 彼は自分を呼んでくれた学者とも仲が険悪になり、「聖人を冒涜した」という罪で異端審問にかけられたそうです。中世のカソリックの恐怖の裁判も経験したのですね。彼は余計なことを言って人間関係をこわしてしまうところがあったのかもしれません。今でいうKY(空気が読めない)な人だったのでしょうか?

 妻子が亡くなり、異端審問にかけられ、また彼は長い放浪の旅に出ます。1530年後半から1543年の7~8年放浪して医療活動や研究をしていたのかもしれません。40年間の人生は決して幸せな様には見えませんね。
なぜ自分はこんなにつらい人生を生きているのかと思ったかもしれません。後の彼の信奉者が彼は後に法王になる人を見抜いたとか後に王様になる人の予言をしたとか伝説になっているそうですが、これは彼の能力を高く買っていた後の人が作った伝説かもしれませんね。

 1544年にマルセイユの高名な医者に師事し、1546年に南仏のエクスというところでペストが流行った時に、自ら治療にいったとありますが、すごい勇気のある人だと思います。ペストはそのころ黒死病といわれ、かかったらほとんど助からないと言われていました。

 私が出した自分の過去世でも1300年の後半に私自身が自分の娘とペストで30代前半で亡くなっています。自分の体にできた紫色の大きなあざを覚えています。ヨーロッパではペストで、人口の三分の一から半分が死んだと言われています。

 原因も治療法もわからない病気に彼は挑んだのです。彼の伝記映画では、消毒をしたり、ネズミを退治するように言ったり、キリスト教で嫌われていた火葬を指示したという場面がありますが、これも彼を美化したもので、実際の所は分からないそうです。

 ペストにも感染せずに、その後彼はプロバンスに戻り、1547年に44歳で再婚しました。寿命の短いその時代としては、エネルギッシュな人ですね。子供もすくなくとも3人は生まれています。

 1550年代に入ると、貴族のサロンの名士となり執筆活動をして1555年に予言詩を出しました。彼が52歳の時なので大器晩成、年をとってからブレイクした人ですね。

 その予言が評判になり、王様(アンリ2世)とお妃(カトリーヌ・ド・メディチ イタリアのメディチ家から嫁いだ王妃)に謁見して、庇護を受けました。

 ノストラダムスはカトリーヌ王妃の4人の男の子供が皆王位につくことを予言したとされていますが、史料がありません。

 それから、彼の4行詩の中で、当時の王、アンリ2世の死を予言したとあります。この話は17世紀100年後にそう言われるようになったという説もあります。1559年国王が死んだ年はノストラダムスは世界的な平和?な年として王妃に予言していました。実際は王様の死を予知できなかったのではとも言われています。


 長くなったので、続きは次回彼の予言詩のネタになったものと、ジュネーブの詩が、気にかかるので、調べてみましょう。詩は一応、原典のフランス語を見ました。いくつかの解釈も見てから自分でも考えました。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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