食について(後半)とインドの古代文明

 今日も前半は、引き続き食についてです。前回書いたアミノ酸をもっと詳しく調べると恐ろしい事がわかりました。いろいろなところで書かれて知っているかもしれませんが、アミノ酸自体はたんぱく質の構造をさしますが、食品に添加される調味料(アミノ酸)は味の素に代表されるL-グルタミン酸ナトリウム、DL-アラニン、グリシンなどです。調味料(核酸)はイノシン酸ナトリウム、リボヌクレオチドカルシウムだそうです。

 とくに、ほとんどの加工食品に入っているアミノ酸はL-グルタミン酸ナトリウムでこれが、私の体に悪さをしているようです。この物質は出来た当初は化学的に石油から合成された?という話もききました。今はサトウキビ
を餌にグルタミン酸を大量に細胞の外に放出する突然変異をした微生物に作らせているようです。サトウキビの糖と脂肪(脂肪は溶けにくいので合成洗剤の成分で溶かすそうです)ビタミンなどを加えます。この菌に抗生物質(クロラムフェニコール・・・菌を殺す為でしょうか?)を加えると菌は体外にグルタミン酸を放出します。培養が終わると細菌の死骸?とグルタミン酸の上澄みの部分に分かれます。上澄みをあるPH濃度にすると、グルタミン酸が沈殿するそうです。(「食品添加物の危険性・COM」)をみてまとめました。興味のある方は読んでください。

 1960年代のアメリカの中華料理店で1日10グラム以上のグルタミン酸ナトリウムが使われていたようで、眠気、顔面の紅潮、痒み、頭痛、体のだるさ、軽度の背中の痛みの出たひともいるようで、ひどい時は呼吸困難になることもあるようです。中華料理店症候群(MSG)と言われ、問題になりました。アメリカでは3歳以下の乳幼児にこのグルタミン酸ナトリウムを与えることが禁止されています。1日の許容量は6グラム1食2グラムをこえると症状が現れるそうです。アメリカのFDA(厚生省)は味の素社のハイミーには奇形性と発がん性が認められると日本に通告しましたが、これを無視して、日本では黙認されているようです。なので、現在はあらゆる加工食品に添加されています。インスタントラーメンは勿論、かまぼこ、漬物、ハム、ベーコン、冷凍食品、めんつゆ、ポテトチップをはじめとする全てのスナック菓子、せんべい、前に書いたのど飴や菓子パン、ケーキ、寿司、レストランの食事(店によって量は異なります)など入っていないものを探すのが難しそうです。

 西欧でも体に悪いとして、加工食品に使われることはまれだそうです。

 海外でグルタミン酸ナトリウムの研究論文が多いようで、「神経毒」の扱いになっています。なんで毒と名のつくものを食品に入れるのでしょうか?グルタミン酸ナトリウムを80度以上に加熱すると発がん性があるようで、これを必要以上にとると、たんぱく質を作るアミノ酸の吸収が抑制され、体内の代謝に影響するそうです。たくさん長期間にわたってとりつづけると、認知症の原因のひとつにもなるようです。たくさんとると味覚が麻痺しますし、とったあと数時間は健康な舌なら後口の悪さを感じます。私は入っているか入っていないか、食べると分かりますが、その後味の悪さをすぐに消すのは、果物特に柑橘系が良いようです。


 それでは、後半です。前々回のブログにインドの1万年前のものかもしれない海底遺跡について書きましたが、実はインドの有名な書物の中に古代の海底文明について書いてあるものがあるのです。『マハーバーラタ』というインド古代叙事詩(紀元前400年前後に成立?)の「ヴァルナパルヴァン」に海底都市と空中都市の記述があります。マハバーラタの戦いは人間界のクル族とパンダヴァ族の抗争に神界のデーバ神(善神)族とアスラ族(魔神族)がからんで戦うのが基本的構造です。魔神族の設計技師長マヤが、パンダヴァ族の王ユディスティラの為にサブハー(空中宮殿)を建設します。
 完成したサブハーは金銀その他の金属で作られ8000人も収容でき、空を自由に移動できる美しい乗り物でした。(今でいう宇宙ステーションか宇宙船の母船といったところでしょうか?)

 アルジュナという人がインドラのサブハーに滞在中に、魔神族退治をインドラから頼まれ、海底都市には30000人も住んでいて、それは難攻不落な要塞都市でした。アルジュナは海水を干あがらせてしまう神々の武器を使って勝ちました。海中の隠れ都市から魔神族は逃げました。

 この戦争の描写にミサイルが全てを焼き尽くすという表現があります。

 次回はこの『マハバーラタ』と『ラーマーヤナ』の古代叙事詩の不思議な記述について、もう少し見て行きましょう。
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食について(前半)

 先日ラジオを聞いていたら、農業大学の先生が、食料や日本の農業のお話をしていました。各国の食料自給率をあげていました。食料自給率とは、その国の総合的な自給率で、カロリーベースで計算すると、国民一人一日当たりの国内生産カロリー÷国民一人一日当たりの供給カロリーだそうです。輸入食料が割合が増えて、食料の廃棄が増えるほど、食料自給率は下がるようです。
 
 万一、外国からの食糧輸入がすべて、ストップしたら、数字の上では自給率が100パーセントになりますが、今までと同じものは食べられないし、食料がいきわたらなくなって、飢餓が起こり、大変なことになりますね。

 2007年の農林水産省の食料自給率では、日本は40%、アメリカ124%、カナダ168%、フランス111%、イギリス65%、オーストラリア173%です。日本は1965年は73%もありました。原因は米以外の穀物、大豆、小麦、トウモロコシ等をほとんど輸入に頼っているからということもあるようです。それからお米の消費量が減ってきたというのも、原因のひとつにあるのでしょうか?ラジオでその先生は、食料は一種の兵器にもなり得ると話していましたが、なるほど、国際政治の取引の道具として食料を利用されたら、食料自給率の低い国にとっては、大変な脅威となりますね。

 それから、ラジオでは、農業就労人口の高齢化の話をしていました。平均年齢は65歳くらいだそうです。その先生は徴兵制には反対ですが、徴農制をしたらどうでしょう、という提案をされていました。高校生や大学生の時に例えば、20歳になったら、1年間全ての若者が農村(酪農)留学あるいは、漁業留学をしたらどうだろうというのです。学校の試験ができても、すぐにお腹は満たされません。食に携わる仕事を学ぶというのは、生きることの基本になります。体験学習はやってみると面白いと思います。

 太陽と土の恵みで体も心も健康になるのでは・・・問題は多くの子供たちを受け入れる、農業を学ぶ施設でしょうが、知恵を絞れば、可能でしょう。

 私の所にもたまに、若い方で、将来農業の仕事に携わりたいという夢を持っている方が相談にみえられます。実家は農家でない場合、まず、土地を買うか借りるかしなければなりませんね。

 日本全国で見ると、耕していない休耕地は埼玉県の全域くらいの面積があるそうです。もったいないですね。

 
 なぜ、この話をしたかというと、気候の変動等で未来に食料生産率が急激に減る時期があるからです。その時は自国の食料供給を優先するでしょうから、食料の外国への供給は、きわめて少なくなるか、ストップするでしょう。その時に日本などの食料の輸入比率が高い国は大変なことになります。江戸時代の食生活にみんなが戻れればもんだいありませんが・・・(米か雑穀と、野菜の切れ端のみそ汁と漬物か魚の干物などですね。)江戸時代は天候によって収穫量が左右されたので、飢饉が周期的に起こりました。本当に食べ物がなくなったら、まず、食べられる野草やキノコをとったり、若くて元気な人達は、都市でも地方でもどこでも、空いている土地で作物を作るかもしれませんね。オーバーカロリーの肥満の問題も解消です。一番困るのが、天候によって、植物の分布がかわることですが、温暖化での水不足も大変ですが、冷えて行き冷害になる地域も植生が変わります。

 食料の自給率以外に食の安全の問題もありますね。前に書いた、ホルモンに関わる過剰な農薬や、遺伝子組み換え作物、合成保存料、合成甘味料、合成着色料、天然着色料の虫からとったコチニールも安全かどうかは疑問です。

 日本で多量に使われている調味料(アミノ酸)と表示されたものは、昔、化学調味料と言われていましたが、私はこれを多量にとると頭がぼーっとします。口の中の味は数時間消えません。この仕事をしてからとくに、化学調味料が苦手になりました。これを少なく取り込んだり一切とらないようにするのは、至難の業です。成分を見ると、のどあめにも入っていることがあります。外食やお弁当やお惣菜では、これが入っていないものを探すのは、とても難しいですね。瓶入りや缶入りのパスタのトマトソースでも、イタリアなどの外国産には調味料は入っていませんが、日本ではほとんどのパスタソースに入っているのは、とても不思議です。江戸時代にも、明治・大正・昭和の初期まで、これらのものは、ほとんど使われていなかったと思います。

 次回は食についての後半と古代インドの宇宙戦争を扱ったようにもみえるお話について、見て行きましょう。
 

映画ファウンテン(生命の泉)について(前半)、とインドの古代文明(後半)

 今日は2つのテーマです。前半と後半の話は直接関係がありません。
前半は前回の続きで映画の話です。生まれ変わりの内容をそのまま、テーマにしているわけではありませんが、生まれ変わりとも関係しています。

 2006年に制作された、ヒュ・ージャックマンとレイチェル・ワイズ主演の映画「ファウンテン 永遠に続く愛の物語」は難解な抽象的な映画です。原作者兼監督はダーレン・アロノフスキー。

 映画のアウトラインを書きますが、出来るだけ分かりやすくまとめてみます。それでも、ちょっと、分かりにくいかもしれません。

 最初は旧約聖書2章の9節「生命の木」の引用から入ります。(生命の木はエデンの園の中央に植えられた木で、ユダヤ教、古代キリスト教では生命の木の実を食べると、神に等しい永遠の命を得るとされていました。)しかし、この映画はキリスト教というよりも、仏教的な感じがします。

 医師のトミー・クレオ(ヒュー・ジャックマン)は、妻イジー(レイチェル・ワイズ)の脳幹に出来た悪性の脳腫瘍を救おうと、未知の薬を作り出すべく、必死に研究しています。場面はいろいろ切り替わり、作家である妻の書いているお話の舞台、中世のスペインに飛びます。夫は騎士になっていて、妻はスペインの女王になっています。女王の命令で騎士は永遠の命を与える泉を探しに行きます。このスペインの物語は二人の過去世のような物語でもあります。

 一方、場面、場面の間には、遠くにある死にかけている黄金に輝く巨大な星の画像が入ります。そして、未来の夫は剃髪していて、ヒンズー教か仏教の僧侶のような姿です。夫はたった一人で透明な球体の宇宙船に乗って旅をしています。その宇宙船の中心には土があり大きな木があります。この木は未来の彼の妻の生まれ変わりか、死んだあとで木になったという設定です。この木の皮を食べながら彼は宇宙船で旅をしています。妻の木は枯れかけていて、巨大な星が死んだら、木は命を吹き返す事になっています。

 場面は現在になって、医師である夫は、中米の未開の地からとった未知の薬効のある植物から薬の成分を抽出し、脳腫瘍が出来た猿にその薬を投与します。数日猿の様子を見ている間に、妻の病状が悪化します。

 妻の話の中にマヤのお話が出て来ます。マヤの「古代人は死ぬと星を黄泉の国(死んだ後に行くところ)」と考えたとか、「生命の木の樹液を飲むと永遠の命を持つことが出来る」とか。

 妻の物語の中では、スペインの女王は、騎士に指輪を与え、永遠の命の木のある泉を探してくるように命じて冒険に送り出します。これは現在の難病を救う薬を探してきてもらうことと重なります。

 彼女はマヤの伝説「死んだ父親の遺体を埋めた所から木が生えて、父親が木に生まれ変わった。」という話を夫にします。暗に私が死んだら木を植えて欲しいと頼みます。つまりこれは、自分が死んでも研究を続けて欲しいという希望でもあります。また、自分の小説の最後を白紙にしているので、自分が死んだら小説(スペインのお話)を完成してほしいと頼みます。

 猿の投薬の実験が成功して、脳の機能が若い猿並みに回復して、猿の脳腫瘍も消えてしまいます。けれども、妻の治療には間に合わずに、妻は亡くなってしまうのです。

 その直後に場面が飛んで、宇宙船の中の夫は瞑想をして、次元をこえて、スペインに行ったり、マヤのインディアンのところに行ったり現在を漂ったりします。未来の彼は宇宙の秘密に気がついた釈迦のようでもあります。

 妻が死んで、未来の宇宙船の中の木も枯れます。

 それから巨大な星が爆発し木が生き返り、妻が人間の姿で現れます。お話の中の騎士は不思議なことに、未来の生命の木の前にたどり着き、木のミルクのような白い樹液を飲みます。すると、そこまで行くのに戦った傷は、たちどころに癒えて、今度はエネルギーがみなぎりすぎて、彼の体は生きたまま草が生えてきて、彼は瞬時に土に戻ってしまいます。

 これは、妻の頼みで彼が代理で書いた最後の物語のストーリーだったのかもしれません。

 宇宙船の中では男が瞑想を続けていて、宇宙と生命の仕組みを悟ります。

 最後の現在では、雪に埋もれた妻の墓の前の土を掘って、中米から取ってきた、脳腫瘍を防ぎ、脳神経を若くするいわば、不老長寿の薬草の実を植えます。春には目を出して、研究が完成することを暗示して終わります。

 この不思議なお話は、ユダヤ教、キリスト教、ヒンズー教、仏教、マヤの宗教などのいろんな要素を持っています。


 映画のお話で長くなってしまいました。インド古代文明の導入を少し書きますね。

 2002年、ちょうど今から10年くらい前ですが、インドの西部に、現存する遺跡としては世界最古の都市が発見されたという発表がありました。発表したのは、インドのジヨシ科学技術大臣で、インドの西グジャラート沖のカンベイ湾の海底で、9500年から1万年前のものとみられる古代都市の遺跡が見つかったそうです。発見されたのは、つぼの破片と、人骨の化石、建築資材などで、木片の年代測定から判定したようです。

 インドの西の海岸沿いには、さらに3万年前後の遺跡があるとも言われています。
数千年以前の超古代文明の遺跡はアトランティスも含めて、海面の大変動で全て沈んでしまっているようです。

 
 次回は数回にわたり、インドの古代文明と伝説、さらに古代ヒンズー教について、書いていきましょう。

 今回の話題になったユダヤ教のカバラの「生命の木」については、別の機会にまた書きますね。

前世 -生まれ変わりを題材にした映画ー記憶の棘

 今日は、旧暦の上では節分で1年のはじまりにあたりますね。

 前回に引き続いて生まれ変わりを題材にした映画について話します。

 今回の映画は、2004年制作、2006年日本公開のニコール・キッドマン主演の日本語題名「記憶の棘(とげ)」・原題「Birth]です。彼女はこの映画でゴールデングローブ賞最優秀女優賞にノミネートされました。監督はミュージック・ビデオ制作で有名なジョナサン・グレイザーです。夫が生まれ変わった設定の10歳の少年を演じたのは、キャメロン・ブライトという可愛いですが個性的な子役で、独特の表情と演技から、人間離れした宇宙人のような雰囲気もあります。(彼は現在19歳で若者にヒットした吸血鬼の映画「トワイライト」シリーズに出ています。

 私はこの「記憶の棘」という映画を2回見ました。映画字幕で見たので、今日またビデオを借りて、日本語吹き替えで見直してみました。

 映画の出だしは、声だけの情報で科学者が講演して、生まれ変わりの事を話しているところからが最初です。「もし自分の妻が突然死んで、その後小鳥が飛んできて生まれ変わった妻のアナよと言ったら、僕はその鳥と一緒に暮らします。でも僕は科学者ですから、生まれ変わりは信じません。僕は講演のあとジョギングして帰ります。」という講演の最後の話から始まりますが、話している彼の顔は映りません。それから、彼が雪の中を軽装でフードをかぶってジョギングしていますが、彼の顔はやはり見えません。
 
 そしてジョギングコースがトンネルにさしかかり、入口に入ったところで、彼は胸を押さえてその場で倒れ込みますが、あたりには歩いている人も、車もいません。雪がただ降っています。その後水中出産で、出てきたばっかりの赤ん坊の姿が映ります。(この場面でのトンネルは、死んだ後に通る暗闇や産道を象徴していると思います。そこから、また光の世界へ出るとこの世に生まれてきたという流れなのではと思わせる映像です。

 それから10年後、映画の中での現在で、主人公のアナは死んだ夫がまだ忘れられず、彼のお墓の前にいるのですが、彼女には婚約者がいて、もうすぐ結婚することになっています。

 彼女の住んでいる高級マンションで、彼女の母親の誕生パーティをしている場面で、ホテルのような豪華な廊下の椅子に男の子が坐っています。彼は招待客と一緒に、アナと婚約者のジョセフが住んでいるマンションの部屋に入ります。そして、皆の前で「僕はアナの夫ショーンだ。」と言います。10歳くらいの男の子が、アナの夫だというので、大人たちは驚きます。皆生まれ変わりなんか信じられないといいます。

 アナはどこの子かと聞くと、父親がそのマンションでヴァイオリンの家庭教師をしていると言います。男の子はアナが婚約者の男の人と住んでいて、もうすぐ結婚することを知り、僕が君の夫なので、結婚しないでといいます。

 アナは男の子がいたずらしていると思い、追い返します。追い返される時男の子は廊下で倒れます。彼女はその姿を見て夫の最後の場面を想像します。

 でもとても気になって男の子が家に来た時に、その男の子を家に入れていろいろ聞いたり、夫の義理のお兄さんに会わせたりします。そして、自分はショーンだと名乗る男の子は、彼しかわからない義兄の質問や彼女の質問にすらすらと答えます。

 あの場所で待っているとだけ男の子は彼女に電話で伝言しますが、彼女の考えた場所と、男の子の行った場所が一致します。それは夫のショーンが心臓発作で死んだところでした。

 義理の兄と会った時男の子は、死んだ日にお兄さんに呼ばれて講演をしに行ったことを話します。義兄が講演のテーマを聞くと少年は原子物理学のことを話します。そして、自分は前と変わらずアナを愛してると言います。

 結婚式の練習をみせたら、その子はあきらめるだろうと招待したところ、ショーンが婚約者に敵意をむき出しにして、彼女の婚約者を怒らせることになります。結婚は延期となり、アナは夫の生まれ変わりだという10歳の男の子にどんどん惹かれていきます。彼女の年老いた母親はその気持ちに強く反対をします。

 アナはショーンだと名乗る男の子を連れて、どこかに逃げて、11年後に結婚しようとまで言います。でも現実には、子供を連れて逃げると誘拐になってしまうので、とても迷って苦しみます。

 ところが、婚約披露宴に来たショーンの友人の奥さんが、ショーンだと言い張る男の子に、自分が彼の生前に不倫をしていたようなことを匂わせ、男の子の記憶から自分が抜けていたことをなじります。
 
 アナが死んだショーンにむけて、書いた昔の思い出の手紙を愛人だったと名乗る奥さんがあずかっていて、彼女のマンションの庭の枯れ葉のしたに手紙を埋めたのを男の子が見つけて、その手紙を盗み見て、夫の生まれ変わりだと嘘をいったのだと男の子を問い詰めます。彼女は「ショーンが愛したのは妻ではなくて愛人の自分だ」という妄想ともいえる思いこみに10歳の男の子は前世の記憶が混乱して来ます。さらに混乱し愛人がいたというショーンとアナを愛した記憶があいまいとなって、ショーンが愛人を妻より愛していたなら、アナを愛している僕はショ-ンでないというへんな理屈の結論に達します。前世の記憶はあっても、体や心は子供なのです。記憶と体・心の不調和が生じます。(だから、過去世、前世の記憶は1回1回消してくるのです。)彼は、アナに別れを告げに行きます。

 アナは婚約者に騒動の事をあやまり、延期した結婚式を挙げることになります。

 結婚前にアナはその男の子に近況を報告します。男の子から返ってきた返事にはこうありました。

 「僕はお医者さんにカウンセリングを受けています。先生は想像力の産物だと言いました。お母さんは、子供から大人になる過渡期のせいだと言いました。医者に聞いても、あの不思議な事の原因はわからないと言われました。皆に迷惑をかけてごめんなさい。あなたを悲しませてごめんなさい。でも、また、別の人生できっとあえるよ。」彼女はこの手紙を見て、ウェデイングドレスのまま海に飛び込んで死のうとしますが、新婚の夫が止めて映画が終わります。

 この最後の言葉で男の子が生まれ変わりの事をよく理解していたことが分かります。それから、海に飛び込もうとした、主人公の顔に愛する者を失った、取り戻すことができない喪失感がでていて、このふたつ、「生まれ変わり」と「愛の喪失感」がこの映画のテーマだと思いました。やはり、男の子は主人公の夫の事をあまりにも知りすぎていたのです。全体が終わった感じがせずに、途中で切れたように終わっていましたが、後味がすっきりしないままでも、生まれ変わりの事を見た人に考えさせる十分な効果があると思いました。

 前回あげたコメディタッチの古い映画に比べて、全体的に暗いイメージがありますが、これもいろいろ調べて真面目に輪廻転生の題材を扱っています。

 インドなどの生まれ変わりの研究事例では、子供が別の村のだれだれだったというと、輪廻の思想がしっかり行きわったっているので、子供をつれて、親がその村を訪問し、訪れてもらった家族も喜んで、その子供を巡って家族ぐるみの付き合いをすることが多いそうです。

 日本も含め最近の科学万能の時代では、生まれ変わりを否定しているので、もし、記憶が残っていて生前の家族を訪ねても、この映画のようになってしまうことが多いのでしょう。長い人類の歴史の中で、生まれ変わりを信じないのは、この短い近・現代文明の時代だけです。

 次回もまたおもしろいテーマを探して書きますね。

 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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