ニュートンの暗号と予言、養生訓について

 今回も前半は、養生訓の飲食についてです。

 「夕食は軽く」「夕食は朝食よりもとどこおりやすくて消化しにくい。だから夕食は少ないほうがよい。軽い薄味のものを食べるのがよい。夕食に副食物の数の多いのは良いことではない。副食物をおおく食べるのは禁物である。肉や魚や鳥のように味が濃く、脂肪が多くおもいものは夕食には悪い。野菜類も山芋、人参、白菜、他のイモ類、くわい(これもイモの仲間)などの食物は消化に時間がかかり、とどこおりやすく、気をふさぐものだから、夕食に多くを食べてはいけない。」なるほどと、思いますが、現代の食生活では、会社や仕事に行く前にたくさんの品目の食物をとることは、難しいですね。夜も仕事で遅い方は、夜遅くに本格的に食べる方も多いでしょう。昼か朝は仕事が忙しくて、抜くという方もいます。1日1回だけの食事は、体が食物が入ってこないのに危機感を覚えて、1回の食事の吸収効率がとてもよくなって、太りやすいと言われています。ダイエットしたい方は、養生訓のいうように、朝と昼に時間を決めて、数十品目しっかりとって、夜は炭水化物を少なめに、温野菜など中心にして、肉や魚や鳥、イモは控えめにするか、朝昼で、栄養とカロリーがまかなえていそうなら、夕食を抜くかすると、健康に痩せられるのではないかと、思います。

 わたしはダイエットについてはぶしょうなほうなので、どうせ続かないと思い、挑戦したことはあまりありません。朝夕2回食事の前に、だいたい同じ時刻に体重を測り、極端に増えたかなと思う期間は何を食べたか食べ物を簡単に書きだします。甘いものやおいしいパンも食べますが、体重を見て、おやつや食べる量品目を調節します。野菜は大好きなので、10種以上は刻んで何かを作ります。体重は高止まりかもしれませんが一定しています。体脂肪と体重は何を食べたかで面白いように反映されます。

化学調味料はのどが渇いて眠くなるので、出来るだけ控えます。薄味が好きなので、外食の時は塩分に注意します。ラーメン等はおいしいですが、塩分が高くのどが渇くので、冬場の寒い時以外、春から秋の期間は食べる頻度を少なくします。代謝が悪いので、ファストフードとインスタントは食べなくなりました。握り寿司も醤油をつけると塩分がすごく高くなるので、気をつけた方がいいですね。

 外食の時は、食べ物の調節、塩分の調節はしにくいですね。自分で作って食べる食事の2~3倍の塩分と砂糖が入っていると考えて食べたほうがいいですね。手作りでないお弁当も塩分と油分は非常に多いです。保存料も添加されていることがあります。同じメニューを繰り返し食べない方がいいですね。

 できあいのものは、脂肪も当然多いです。へたすると人工の油、人工トランス酸の油を少なからず、とってしまうことがあるので、マーガリン等が多く入っているものは一度にたくさんとらない方がいいですね。大量生産の菓子やパンに多く含まれています。私はペットボトルの味のついた飲み物は、炭酸飲料を初め、天然果樹100%でも飲みません。飲んだ後口の中が味が残って変な感じです。自分の食品の好き嫌いになってしまいました。すみません、話を養生訓にもどします。

 「食べてはいけない食物」「すえた臭いのする飯、古い魚、ふやけた肉、色香のよくないもの、よくない臭いのもの、煮てから長く時間のたったものは、食べてはならない。また朝夕の食事の他に、間食することは極めて悪い。また、早すぎて熟していないもの、あるいは、まだ成熟していないものの根を掘り出して、芽のところを食べる事や、時期がすぎて盛りを失ったもの(当然食べ物としてのエネルギーが低いですね。)などは食べてはいけない。食事は飯を中心にして、肉等どんなものでも、飯より多く食べると体を悪くする。」

 腐ったものは勿論食べてはいけませんが、江戸時代の人達に比べ、食べ物のにおいをかいで鮮度を考える能力は落ちているのではないかと思います。食事が不規則な現代では、間食は駄目といっても無理かもしれませんね。食事の直前に間食するのはやめた方がいいようです。いつも満腹な状態というのは良くないようですよ。

 「穀物と肉類」ではこう言っています。「人の体は元気をもとにしている。穀物の養分によって、元気は生成し続ける。穀物や肉類をもって元気を助けなければならない。とはいうものの、それらを食べ過ぎて、元気をそこなってはならない。(いわゆる成人病を引き起こす肥満につながるカロリーのとりすぎのことでしょうか?元気が穀物に克てば(かてば)命は長いし、穀物が元気に克つと短命になる。

 
 ニュートンの話にうつります。ニュートンは神から与えられた自分の使命を、聖書の研究にあると考えました。84歳の生涯で、約50年間聖書の研究をしました。ニュートンの死後28年後の1754年に刊行された『2つの聖句の著しい変造に関する歴史的記述』という難しいタイトルの本は、当時のキリスト教である英国国教会に知られると、厳しい追及は免れないと考えニュートン本人や彼を守る人々は、「秘密文書」としてポーツマス伯爵の邸宅に220年間も隠し続けました。すごい執念が感じられますね。1936年にこの文書が歴史の沈黙を破って現れました。ユダヤの富豪がこれを買って、イスラエルの国に寄付しました。現物はヘブライ大学図書館が保管して2007年から一般公開されています。

 この本の中にニュートンの暗号が隠されているというのです。そして、彼独自の聖書の解釈から、人類の滅亡?にかかわる予言があると考える人々がいます

 ニュートンの50年に渡る聖書研究は4500ページにも及ぶそうです。ニュートンは古代の哲学者・学者・聖書を書いた人物の考えに、聖なる知識が込められていると考えました。そして、彼独自の解読方法で、聖書に込められた暗号を解いていきました。当時のイギリスでは、聖書を未来への暗号としてとらえることは、神を冒涜する行為とみなされるので、この研究は、長期にわたって、絶対に秘密にしなければならなかったのでしょう。

 彼はヨハネの黙示録の解釈に重点をおき、黙示録に多くの書き込みを行い、自分なりの意見を書いた草稿を残しています。ニュートンは「ダニエル書」と「エゼキエル書」という2冊の予言書に対しても解読をしています。ところが、ニュートン自身が、その解読書にも彼独自の暗号をつかっていたので、現在その書が出てきても、誰もその全体の意味を測りかねています。

 錬金術についても、ニュートンはいろいろな言葉を用いて、おまけに彼にしかわからない暗号のような文字を使って書いています。その文字は占星術のときに使う文字であったり、意味不明のものであったりします。出ている挿絵は、黄金の大地を食べようとする緑色のライオンで、黄金の太陽のような顔は赤い血を流しています。ライオンは獅師の心臓をさし、賢者の石が必要になります。心臓の血に象徴されるものは金を溶かすのに使う赤い液体をさすのでしょう。


 ニュートンについて、誤解されていろいろなブログ等で取り上げられていることは、ニュートンが2060年に人類が滅ぶと言ったとする間違った情報です。

 ニュートンは2060年に人類が滅ぶとは言っておらず、1700年代でも人類の滅亡を心配する声が起こった時に彼はさきほどあげた聖書などから答えを出しました。計算によって2060年より前には、滅びないといっているのです。だから2060年以降何百年か今の人類が栄えるといった解釈も可能となります。2060年ではなくて、2300年代かもしれません。

 ニュートンはまた、古代の建築物にも暗号がかくされていると考え、研究しました。


 次回は、ニュートンの古代神殿の謎にせまった研究と、アトランティスについても少し書いているので、見てみましょう。
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ニュートンと賢者の石(錬金術)、養生訓について

 養生訓の飲食についての続きです。「熱飲冷飲をさける」では、飯はよく熟して、中までやわらかになったものがよい。堅いものや粘っこい飯は悪い。温かいうちに食べるのがよい。とありましたが、私も冷たかったり、堅いご飯が苦手です。私の体の弱点は胃と腎臓です。自分で悪いところが分かります。消化の悪いものと、腰と背中を冷やすことが、大敵のようです。氷の入ったものや、冷房のききすぎ、消化の悪い食べ物は、注意が必要です。

 「淡薄なものを食べる」では、すべての食事はあっさりした薄味のものを好むのが良いと言っています。味が塩っぱかったり脂っこいものを多く食べてはいけない。生ものや冷えたもの、そして堅いものは禁物であるといっています。また肉をたくさん食べてはいけない。生肉(魚の生もこの中に入ると思います。)を続けて食べてはいけない。胃にとどこおりやすいからである。とあります。江戸時代の日本人の多くは、穀物、野菜、魚と少しの野菜を食べていて、現代の人達よりは、胃弱の人が多かったのではないかと思います。

 「飲食は控えめに」「飲食は飢えないように、のどの渇きの為にするのであるから、飢渇の感じがなくなれば、そのうえ欲張ってほしいままに飲食してはいけない。飲食の欲を制することのできない人は、義理を忘れる。食べ過ぎたと言って、薬を用いて消化させると、胃の気は薬の力に強く作用されて、生来の気のはたらきを失くしてしまう。注意しなければならない。飲食をするときは、よく考えて節度をまもることだ。好物でおいしいものに出会ったら、まず戒めて、度が過ぎないように自制することが大切である。精神力を用いないと欲には勝てないものである。欲に勝つには、剛の一字を実行することだ。病気をおそれるのは悪い事でなく、病気に対しては臆病になってよい。また、腹いっぱい食べると苦しく禍のもとである。少しの我慢であとの憂は生じない。ほどほどに飲み食べてそれが美味であるのが分かるのと、あきるまで多くを飲み食べて味をしるのと、その楽しみは同じであるのに、後者は多すぎると必ず禍となる。」 


 薬は胃の薬に限らず、本来の回復しようとするはたらきを弱め、気の流れを阻害してしまうので、出来るだけとらないか、最低限にした方がよいと思います。薬については、養生訓では次のように言っています。

 「酒食をすごして腹痛になった時は、酒食を消しさる強い薬を用いないと酒食を消化できないものだ。たとえば、敵軍がわが領内に乱入し、戦いを挑み、城を攻め破ろうとした。その時はこちらからも、強兵を出して防戦し、敵に勝つためには味方の兵士も多く討ち死にしないと勝てないようなものである。薬を用いて食物を消化させるのは、自分の腹中を、敵味方の戦場とするのににている。飲食した酒食が敵と化して、わが腹の中を攻め破るのみでなく、自分が用いた強い薬も、みな病気を攻撃しようとするから、元気も減ってしまう。敵も味方もわが領内で乱戦し、元気をはなはだしく減らす。敵を自分の領内に引き込んで戦うよりは、領外で防ぎ、侵入させないことが最も良い。強い薬を用いて、わが腹中を敵と味方の合戦場にすることは、胃の気を損なってしまう。」

 このことは、胃の薬だけでなく、日本で、風邪の時に多用される抗生物質の薬や、万能薬のように気安く処方されるステロイドの薬、副作用の強い癌の薬にも同じことが言えるのではないかと思います。すべて、やむ負えなく飲んでいるとしても、副作用として、体の機能や気を損なうことが多いと思います。癌は今開発されつつある自分の体内物質で作る免疫ワクチン療法がさらに進化するといいですね。副作用がほとんどありません。そんなに遠くない未来に癌が注射で完治する時代が来ます。


 前半やや長くなりましたが、ニュートンのお話の続きです。今日は賢者の石と錬金術師としてみたニュートンについてです。「賢者の石」はドラゴンクエストなどのゲームの中でよく使われる、戦いで弱った人を元気にするアイテムだったり、確か映画のハリーポッターでも出て来ましたね。本来は古代から捜し求められていた、不思議なものとして、多くの人々に求められてはいますが、だれも手にいれたことがないものと言われています。賢者の石は、普遍の富と、永遠の命をもたらすものと考えられていました。


 この石はどんなものかというと、鉛や鉄、銅、亜鉛などの卑金属を加工し、金やプラチナ、銀などの貴金属に替えることが出来るといわれている想像上の触媒の物質です。今はオカルトの世界のものと思われがちですが、当時はニュートンをはじめとする、有名で優秀な第一戦の科学者が真剣に精製しようと研究していました。錬金術は魔術と混同され怪しげなイメージがありますが、そうではなくて、本当は近代科学の基礎であると真面目にかんがえている研究者も少なからずいます。

 錬金術のルーツは古代エジプト、ギリシャ、アラビア、中国など、で世界中いたるところで、何らかの意味の錬金術はあったと考えられます。

 1500年代に錬金術は最も、流行しますが、賢者の石を見つけた人も作れる人も、いませんでした。1800年代に原子の発見で、鉱物の物質構造がわかってくると、金の研究の学問は、疑似科学や迷信と言われてしまうようになります。


 ニュートンは略歴でのべましたが、大学で講義をして、数学や物理学を教える傍ら、錬金術の研究を密かにしていました。その研究の成果の文章は暗号化していました。

 というのは、当時はキリスト教の権力が強く、例外もありましたが、イギリスやヨーロッパでは、錬金術の研究は処罰や処刑の対象でした。もし、錬金術の研究が時の権力者(キリスト教の教会や国王)の怒りを買ったら、表沙汰になると、宗教裁判にかけられ、ときに拷問を受け、死刑となりました。錬金術の研究は特例のない限り、違法とみなされました。

 キリスト教の教会は、自分たちの権威と教会側の学問の勝手な解釈の威厳を保つために、科学者の研究する新しい科学を悪魔のしわざとしました。真実をねじ曲げることもありました。新しい考えを持ち、身分の低いとみなされていた女性が、人権を主張しようとすると、魔女といって、捕まえて考えを改めさせようとして、旧体制を維持しようとしました。また、国王や金持ちは、財産が金であったので、自分たちの富を守るため、錬金術師たちが賢者の石をみつけて、安価な卑金属から高価な金を作って、金の価値を暴落させることを恐れました。錬金術師たちが、金、銀、白金を作って、貨幣を偽造することも恐れたのです。現代も中世の昔も、望ましいとは思えませんが、お金を作る中心にいる者が実質的な権力を握ることが出来るのです。

 次回はこの続き、ニュートンの研究成果の文書の暗号化と、謎の多い造幣局長官時代を探ってみましょう。 

アイザック・ニュートンと錬金術、養生訓について

 前半は養生訓の続きです。後半は予言のところで取り上げた、あの万有引力を発見したアイザック・ニュートンについて書こうと思います。


 今回の養生訓は、飲食についての続きです。前回の訂正で養生訓は歯のことにいくつか触れていました。歯を大切にして、すごく堅いものを食べないようにと注意しています。つま楊枝で歯の根元を刺してはいけない。歯周病はあったけれど病名はついていなかったかもしれません。でも、抗生物質のない時代に歯茎がはれるのは、気をつけなければならない事だっただろうと思います。

 作者の貝原益軒は83歳でこの書を書いている時もすべて自分の歯で、抜けた歯は1本もないと言っています。江戸時代に歯医者さんもない時代にすごいことですね。彼の歯の健康法は、「ぬるま湯で口をすすいで、昨日?から歯にたまったものを吐き出し、干した塩を使って上下の歯と歯茎をみがき(指でするのか、江戸時代に歯を磨く為に使った細い竹の先を細かく裂いたものを使うかはわかりません。)温湯をふくんで、二、三十遍すすぎ、塩湯で最後に口をすすぐそうです。毎朝このように実行すれば、老年になって歯も抜けないし、虫歯にもならない」としています。(きっと米は玄米か麦か十穀のようなものを食べ、甘い食べ物や飲み物を今のようにとらなかったと思います。)

 「飲食は満腹をさけなければならないとしています。万事は十分にとると必ず禍となる。」「食物は体を養うのにいつもプラスになるものを食べなければならない。益がなくて、害になるものは、いかに美味といっても食べてはいけない。」体を温めて、しかも、気をふさがないものは益がある。なま物や冷たくて吐きくだしをおこし、気をふさぐもの、腹がはるもの、また辛くてひどく熱いものはみな害がある。」

 「飯(ご飯)はよく人を養うけれども、同時に人を害するものである。だから、飯は特に多食してはいけない。つねに適度の分量をさだめておかなければならない。飯を多く食べると、脾胃をいため、元気をふさいでしまう。ほかのものを食べすぎるよりも、飯の過食は消化しにくくて、大害となる。」

 「口腹の欲をおさえる」では、飲食のことばかり言う人はいやしまれるとあります。(今のTVの番組は食べ物のことをとりあげすぎですね。貝原益軒が生きていたら、批判されそうですね。)孟子もいうように、小さいものを養って、大きいものを忘れるためである。とすなわち、口腹の欲にひかれて道理を忘れ、ただ飲み食って満腹することばかりをのぞんで、ついには腹がはって痛み、病気になる。」とあります。欲望のまま食べることは、難しいですが、避けたいですね。
 
 このころは、朝夕2回が普通だったようで、特に益軒は夕食は少なめに取った方がよいとしているので、かなりいまより摂取カロリーが男女とも少なかったと思います。


 次に話は大きく変わりますが、1642年12月25日(クリスマス)にイギリスで生まれ、1727年に84歳でなくなった、アイザック・ニュートンについて書きますね。ニュートンも貝原益軒と同じく、この時代としては長寿ですね。

 彼は、自然哲学者、数学者で、キリスト教の学問を研究する神学者で、古典力学にも長けていて、近代物理学の祖といわれます。また、彼は「最後の錬金術師」とも言われています。

 彼はイングランドの東海岸のほうで生まれました。父親は独立自由農民と貴族との間の身分、日本で言う昔の郷士のような人でした。農園を営んでいて、ニュートンが生まれる3か月前に亡くなりました。つまりお父さんを知らないで育ったのです。さらに不幸なことに、母親は彼が3歳の時に生活の為に彼をおいて牧師と再婚しました。

 彼は祖母に預けられ、子供の時、母親を恨んだそうです。彼はその後、母親の知人の薬剤師のクラーク家に預けられ、薬物関係の蔵書をはじめとする本に魅了されます。グラマースクールという基礎教育の学校で、周りの子供たちにいじめられたそうです。自分をいじめた子供たちに反撃して勝ってから、自信をつけて成績も首席になったようです。

 彼が14歳のとき母親の再婚相手がまた亡くなり、母親と3人の兄弟は農園にもどってきて、母親はニュートンに農業をやらせようとしますが、ニュートンは農業が嫌いで、前に世話になっていた、クラーク家に逃げ帰って、勉強します。言うことを聞かない彼に根負けして、母親は、彼をケンブリッジ大学のトリニティカレッジで学ばせることにします。彼は試験に合格しましたが、貧しかったので、講師(大学の先生)の小間づかいとして、身のまわりの雑用をして、授業料をタダにしてもらいました。

 不遇だったニュートンはここで、アイザック・バローという先生に高く評価され、才能を見いだされます。バローはニュートンに奨学金がでるように尽力し、ニュートンはおかげで労働から解放され、学位を得ることが出来ました。恩師はそれだけでなく、自分が引退した後の大学の職をニュートンに譲りました。天才の価値が分かるのは、天才なのでしょう。

 ニュートンは学位をとった直後に、ペストがロンドンで大流行して、ケンブリッジ大学がしばらく閉鎖され、一年間故郷のウールスソープへ戻ります。故郷で研究の時間が初めてできて、彼は初めて微分積分学を考案し、光学の実験と万有引力の着想を得ます。万有引力はロバート・フックと、微分積分はライプニッツと先にどちらが考えついたかで訴訟をします。今のように特許が発達していない時代です。ニュートンは訴訟した二人より有名になりました。

 1667年にペストがおさまると、彼はケンブリッジにもどり大学の先生になります。幾何学と数学、天文学、
光学、地理学を3~4ヶ月間に10回だけ講義すればよかったようです。ニュートンの授業はレベルが高く誰も理解できなくて、学生がゼロという講義もあったようです。ニュートンは当時のイギリス王の大学の干渉も毅然としてはねのけたといいます。1688年に大学の代表として国会議員となり、その後大学での人間関係に疲れ、大学で教えた教え子が大臣になったのをきっかけに、イギリス造幣局長官になり、役人のトップとなって、汚職を糾弾し贋金作りの組織を壊滅させます。天才は政治の能力もあり、公務員の掌握にも長けていたのですね。造幣局につとめてからは彼は錬金術と聖書の暗号を解くことに没頭しました。

 
 そのことは、次回に書きたいと思います。
 

オーブについてと体について -養生訓ー

 今回は「養生訓」の第3巻飲食についてです。

 「元気は生命のもと、飲食はその養い」では、「人の体は元気を天地から受けて生まれたものであるが、飲食の養分がないと、元気は飢えてなくなり、生命を保つことはできない。元気は生命の根源である。飲食は生命を養う養分でもある。飲食の養分は人間が毎日欠くことのできない大切なものである。半日でもなくてはならないものである。(ものを食べなければ、健康に生き続けることはできないと言っていますね。)

 「とはいうものの、飲食は人の大欲であって、口や腹が好むところを好みに任せて食べ過ぎると、度をこして脾(脾臓)胃を傷つけて、諸病を引き起こし、命を失うことになる。五臓が生ずるのは腎からである生じてしまえば、脾胃が中心になる。飲食すると脾胃がこれを受けて消化し、その養液を内臓に送り出す。(物を食べると、消化してエネルギーとなり内臓をはじめ体全体を動かす原動力になります。でも食欲に任せて、暴飲暴食すれば、いろいろな病気を引き起こし、命を縮めることにもなると言っています。)


 内臓が脾胃に養われることは、草木が土によって成長するようなものである。養生の道はまず脾胃を整える必要がある。脾胃を調整することは、人身における第一の保養である。(正しく食べて消化器官を健康に保つことは、一種の健康法なのですね。)


 「病は口から」「人は毎日飲食しないことはない。たえず慎んで欲を自制しなければ、度をすごして病気になる。古人はいう、『禍(わざわい)は口よりいで、病は口より入る』と、口から出し入れするものは常に注意しなければならない。」(悪い言葉を口にするとトラブルや不幸の原因になる。現代では病気のもとは口から入る菌やウィルスや悪い食べ物が原因であるということでしょうか?)

「養生訓」では歯のことには触れていないのですが、西洋では「フロスか死か」というように、歯を磨かないかさもないと早死にする、と言われています。良い歯と歯茎は健康をキープする必須アイテムだと思います。


 「熱飲、冷飲をさける」「飯はよく熱して、中までやわらかになったものが良い。堅いものや粘っこい飯は悪い。暖かいうちに食べるのがよい。吸い物やみそ汁は暖かいうちが良い。酒(日本酒)は夏でも温めて飲むのがよい。寒い冬でもアツアツの熱燗はよくない。気をのぼせて血液をへらすからである。」

(現代でも熱すぎる食べ物を常にとると食道がんの原因になると言いますし、冷たいものはもちろん体を冷やすので、よくないと言いますね。朝、食事をしないのも、1日のエネルギーの最初の部分のつまずきになりますし、体が燃焼しないので、体温があがらない低体温症の原因になり、体温がいつも低いとがんのリスクが高くなります。

 米食についてですが、「養生訓」には書いていないことで、今の食品の問題があります。それは、江戸時代主に米や麦や雑穀を食べていたので、問題になってはいませんでしたが、今米離れがすすんでいることです。私も小麦を主体とした、パンやパスタ、うどんやそばなどの麺類を、楽なので食べてしまいがちですが、日本人の体は古来より穀物と大豆食で粒の食べ物の文化です。体が長い期間それに慣れていたのに、ここ40~50年くらいの間に、小麦を主体としたもの、粉の食べ物の文化に浸食されました。私を含めアレルギーが非常に多く国民病のようになっているのは、案外小麦を取り過ぎているのが、原因かもしれません。


 体のことはこれくらいにして、オーブの話題にいきましょう。オーブについては、昔のブログで触れたのですが、最近ではネット上で否定派の書きこみでは、デジタルカメラの精度が良すぎて、空中の水滴やほこりがレンズに映り込んだものというのが、主流の意見です。

 しかし、昔私が、普通のカメラで室内で家族をとった写真の中に1枚だけものすごい数のオーブ(白い球体で中に細かい模様のようなもの)が見えます。その家族には特殊な能力がありました。そのとき、そのオーブは何らかのエネルギーのようなものだろうと思いました。

 
 最近フランスに旅行に行った友人からキリスト教の大聖堂のお写真をもらったのですが、そこの1枚にもきれいなオーブが映っていました。何枚も連写されていて、1枚だけに写っていたのです。ごみならば、その場所の写真すべてにうつっていなければなりませんよね。彼女のとった神社の写真にもオーブが写っていました。彼女にはオーブがうつる場所を見抜く能力があるのかもしれません。オーブは神木といわれる場所やきれいな滝のそば、教会や神社、お寺や森など神聖な場所で写ることが多いですね。木の精霊でないかと考える自然を撮影する写真家の方もいました。皆さんはオーブをどう考えますか?また、どこかで見たり写したことがありますか?動いているビデオ映像もネット上にありますね。


 次回は心と体と魂のテーマと「養生訓」からの抜粋をしますね。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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