心理学者アドラーについて(その3)、と最近認知症について思うこと

 最近高齢の近親者が今年の3月につれあいを亡くして、一人暮らしになりました。ときどき会いに行っているのですが、認知症の初期の傾向が出てきたので、考えさせられました。

 彼女は、短期記憶を忘れやすくなっています。今質問したことを、また、数分したら同じように質問します。頭が痛いとか、耳鳴りがするとか、今言ったばかりの困ったことを数分したら、繰り返し言います。説明を聞いてその時は納得したと思われても、数分するとまたなんでだろうと思ってしまうようです。CTやMRIでは目立った脳の委縮はなかったので、細い血管が詰まった部分の機能障害、つまり言葉のリピータ機能の記憶をつかさどる個所の故障かもしれません。

 映画で、主人公が事故に会って、彼女の新しい記憶は1日しかもたないとか、半日しかもたないとか、10分しかもたないとかのストーリーがありますが、実際ある部分の脳の機能が損なわれると、そういうことも起こるのですね。

 認知症は大きく分けて、アルツハイマー型認知症(痴呆)と脳血管性認知症(痴呆)、の二つに分けられるそうです。

 アルツハイマー型認知症は、精神科医クレぺリンの弟子のアルツハイマーが、病気として認知症を名づけました。何が原因で起こるかまだ解明されていないそうですが、脳内の神経機能が何らかの異常により激減して、脳が委縮してしまうことが原因では、と言われています。俗説ではアルミニウムなどの排泄されない金属が脳内にたまり悪さをしているのではとか、活性酸素が脳内で害のある物質を作り正常な脳細胞を壊すのではとか言われています。初期症状はわかりにくくゆっくりと進行するそうです。

 脳血管性認知症は、脳梗塞(脳内の血管がつまること。)や脳溢血などが原因で、脳内の神経細胞が壊れてその結果認知症の症状が出るそうです。こちらは、治療すれば治る可能性がありますね。

 中核症状(中心の症状)は脳の神経細胞が壊れることで直接起こるその部分の不具合で、直前に起こったことを忘れる記憶障害、筋道を立てた思考ができなくなる判断力の低下、時間や場所、友人や家族などの名前等が分からなくなる見当識障害などがあるそうです。

 周辺症状としては、認知症が原因で表われる行動上の障害は、妄想を抱いたり、幻覚を見たり、幻聴を聞いたり、暴力をふるったり、徘徊して帰れなくなったりがあるそうです。

 周辺症状は、その人の性格や今までの生き方、環境、人間関係が影響するので、症状は人によって大きくことなるそうです。


 認知症の初期は、うつ病のような症状がでたり、眠れないということもあるようです。次回は予防にいい食べ物や予防法を調べて書きますね。

 
 それでは前回の続きアドラーの3回目です。

 1920年代に50歳で、アドラーは教育、医学、心理学等を通じて、子供たちの健康について、革新的な研究をする学者の一人となりました。アドラーは親や教師などの学者でない専門外の一般の人々に精神医学や心理学を広めました。アドラーは自分の診療所の診察の他に、児童相談所や遠くに講演に行きました。1924年にはウィーン教育研究所治療教育部門の教授になりました。

 アドラーは子供の教育の啓もう活動に骨身を惜しまず、彼の名声は国際的に有名になりました。

 1926年56歳で、アドラーは初めて、アメリカに行き、講演旅行をしました。その講演は大成功で、それより後には、1年の半分をヨーロッパ、あとの半分をアメリカで講演活動をしました。

 1932年にアドラーはロングアイランド医科大学の医学心理学招へい教授に任命されました。アドラーは大学付属の教育診療所の指導もするようになりました。アドラーは医学生に対しても心理学の教育をするようになりました。

 1929年の大恐慌後のヨーロッパの政情不安の中、1935年にアドラーと家族は、アメリカに移住しましたが、ハンガリー人と結婚した娘の一人と生き別れてしまいます。1937年5月28日にアドラーは娘と会えないまま、スコットランドのアバディーン大学の講演の最終日に散歩に出ようとした途中の道で心臓発作のために亡くなります。彼は患者や多くの人、特に多くの子供のために尽くした努力の人だったと思います。

 アドラーは楽観的な考え方を持っており、個人心理学の知識を通じて、世界をよりよくできると考えました。実際それを実行もしました。彼の言葉に「誰ももう、わたしの名前など覚えていないときがくるかもしれません。個人心理学という学派の存在さえ、忘れられる時がくるかもしれません。けれども、それが問題ではないのです。なぜならこの分野で働く人の誰もが、まるでわたしたちと一緒にまなんだように行動する時がくるのですから。」
というものがありました。彼は名声や歴史に名をのこすというよりも、自分の作り上げた心理学のメソッドが、多くの人の心理学を学ぶ時の基礎になると予言したのですが、それは彼の予言通りになりました。

 次回は私も含め、就職等で、皆さんも一度は、やったことがあるかもしれない、クレぺリン検査の精神科医エミール・クレぺリンとその弟子のアルツハイマーについて書きますね。

 



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未来の事と、心理学者アルフレッド・アドラーについてーその2-

 2012年もあと、2カ月半くらいになりました。どうして、2012年をいろいろな人が大騒ぎしていたかというと、たくさんあるマヤ暦の一つが、2012年12月21日でおわってしまうことに、何か大きな意味があるのでは、と人々は考えました。マヤの人は今の文明より宇宙の事を知っていたのではとも考えられ、もちろん日食や銀河整列(地球と太陽と銀河が直列すること)、それから、天の川銀河の中心のブラックホールがこの銀河の集団の中心で、星が生まれた所であるという真理を知っていました。そのことが発見されたのは、現代でもつい最近です。マヤは地球の地軸の歳差運動のことも千数百年前から知っていました。マヤはこの銀河整列をダークリフトと呼び、宇宙の儀式的な秘義であるとしました。

 それから、アメリカインディアンのホピ族が口承の予言をまとめ、本を出しました。この世は5つの時代があり、今まで4つの世界があり大変動で終りを迎え、各世界の終わりには試練の時が来ると言う予言ですね。それを2012年ではないかと言った人がいたのです。

 けれども、これは最近になって付け加えれられ、新たな解釈が入っているのではという意見もあります。それから、聖書のコードの予言を信じる人たちも、2012年をこの世の終わりかと言った人がいます。そして、これらの、各宗教や民族の予言を2012年に結びつけた人がいたわけですが、占星術上では、2012年地球と太陽といくつかの銀河の中心である天の川銀河とが一直線になります。これを、「銀河整列」というそうです。

 ただ、一直線になることは頻繁に起こっているらしいのですが、地球の中心の団子のくしのような部分が傾いて、歳差運動をしていて、その傾きが72年ごとに1度ずれているそうです、そして、その傾きが太陽の近くに傾いたり、遠くに傾いたりする周期が、1回転するのが、26000年周期らしいのです。この2012年の12月にその26000年周期が最初の振り出しにもどるので、2012年に何かあるのではないかと考えられてきました。

 エジプトのギザのピラミッドは「オリオン座の配置を意味しているのでは」とよく言われますが、「実は銀河整列を意味しているのでは」と考える人もいます。26000年ごとの銀河整列が振り出しにもどるときは、地球磁場が変化するのではという見方もあり、太陽の変化と合わせて、地球を守っているガードが弱くなる可能性もあります。太陽の変化については、前のほうのブログで書きましたので読んでくださいね。人間の出している二酸化炭素のせいだけではなく、磁場が弱くなり、宇宙線や太陽光線が直接の影響が強まり、そのために、北極の氷河がとけて、海面が上昇するのではと思います。そのあと、今は氷河期の比較的すごしやすい暖かい時期なのですが、気候の温暖な暖かい間氷期からもっと寒い氷河期に変わります。

 一般的に言われていた2012年滅亡説ではなくて、天の川銀河への太陽地球の最も近い直列の時期をきっかけとして、大きな未来への大変動のスタートになるかもしれないと思います。その変動は、まず、世界的な天候の変化と、動物の種の数のこれまでにないくらいの早い速度での減少、人間の飲む水資源の問題、人間の文明に関することでは、今の経済、金融システムの劇的変化、エネルギーの変化などです。そのほかにも、太陽フレアの影響やスーパーウェーブといわれる宇宙からの大きな電磁パルスの地球へのえいきょうなど、思いもよらないことがあるかもしれません。人間は国や民族や宗教の戦争などしている暇はないかもしれません。国や民族を超え協力し合わなければならない時代が近づいているかもしれませんね。


 さて、後半は心理学者、精神科医のアルフレッド・アドラーについてです。アドラーはハンガリー系ユダヤ人の父とチェコスロバキア(今は2つの国に分裂しました。)系ユダヤ人の母との間に、7人兄弟の次男で生れました。大家族で育ったことが、彼の研究に影響しているようです。

 アドラーは小さいころに声帯のけいれんの病気に苦しみ、ビタミン不足のくる病にもなりました。また、彼が4歳の時に肺炎になって死にかけたことから医師になることを決めたそうです。

 1888年にアドラーはギムナジウムという予備学校のようなものから、ウィーン大学の医学部に進みました。
1895年に卒業して、1897年に27歳で、ロシア系ユダヤ人のライザ・T・エプシュタインと結婚しました。

 アドラーはユダヤ人が多く住むレオポルトシュタットというところで診療所を始め、患者の診察にあたりました。アドラーは貧富の差別をせずに貧しい人々も積極的に診ました。患者の中には、遊園地の空中ブランコ乗りや、軽業師、大道芸人、などもいたそうです。彼ら大道芸人は幼いころに体が弱かった人もいて、体が資本の遊園地やサーカスの仕事をしているうちに、体が強くなったことにアドラーは注目して、「器官劣等生」という、子供のころに弱かった体を鍛えて強くする機能が人間に備わっていること「補償」や「過補償」の理論を構築しました。

 1898年に処女作『仕立て業のための健康手帳』を刊行しました。アドラーは自分の医学の知識によって社会に貢献しようとしました。

 1902年アドラーは彼より年長のフロイトから招かれて、フロイト研究グループに参加しました。1907年にアドラーは『器官劣等性の研究』を出版しました。

 1910年に40歳でアドラーはウィーン精神分析協会の議長に就任し、『精神分析中央雑誌』の編集長になりました。

 1911年アドラーは41歳で、仲間と一緒にフロイトのグループから独立し、自由精神分析協会を設立しました。1912年『神経質について』を出版しました。自由精神分析協会は個人心理学会に名前を改めました。

1916年に第一次大戦で、アドラーは46歳で、軍医として召集され、戦争と大勢の負傷者、とりわけ、戦争神経症の患者を観察し、共同体感覚こそが、一番大切であることを悟りました。(共同体感覚というのは解釈が難しいですが、簡単に言うと、他の人々と協力したいと望むことで、人間の相互協力に対する一人ひとりの受容力をさします。一人一人では生きられないから、みんなで協力して、みんなの幸せを目指そうとする意欲のことでしょうか。)この共同体感覚は彼の心理学、人間追求の根幹になるものです。

 終戦後、神聖ローマ帝国の影響のオーストリアから新しいオーストリアと変化する中で、アドラーは政治活動にも短期間かかわります。ウィーン1区の労働者委員に就任して教育改革にのりだしました。その成果が世界で初の児童相談所の設立でした。

 長くなるのでアドラーの人生について、後半は次回にしますが、前半の生き方を見た感想としては、彼は公共の利益を大切にし、分け隔てなく患者を見て、少しでも人の助けになろうとした、とても奉仕的な人だったと、私は思います。カウンセリングに役立つ考え方が、彼の思想や手法にたくさんあるようです。

 つづきは次回また、面白いテーマと抱き合わせで書きましょう。

未来を描く映画の中の再生科学について

 ここ数日、ips細胞の山中教授のノーベル賞受賞のニュースが連日報道されています。日本では19人目の受賞だそうで、誇らしいことだと思います。教授は努力の人で、研究チームと一緒に病気の方のために、遺伝子治療の可能性を日夜探って、試行錯誤しながら新しい治療法を見つけているのだと思います。私もごく親しい人が、遺伝子が原因の疾患で苦しんでいるのを、知っているので、その親しい人の遺伝子治療方法が確立すればと願っています。

 TVでは、筋肉が骨化する難病に苦しんでいる方や、学習院大学の先生だった篠沢名誉教授がALS(筋委縮性側索硬化症)に3年前になっていたことを最近知りました。その方方の治療が可能かもしれないというニュースが流れました。

 ips細胞は何にでもなれる細胞だそうで、自分の細胞を預けるだけで体のパーツを作ってくれる工場なども、近未来にできるかもしれません。目や耳や鼻や歯、内臓の各パーツそして心臓、足や手・・・癌で切除したところの再生、最終的には脳の再生・・・山中教授は倫理上の法律やルールも早く作らなければなりませんとおっしゃっていました。

杞憂かもしれませんが、再生医療にはその倫理上の問題が極めて重要になるのでは、と思います。国と国との戦争や民族間の紛争などをコントロールできない今の人類の中に、その技術を絶対悪用しないと言いきれるかが心配です。自分の再生された細胞のサンプルが使われて、もう一人の自分、つまりクローンがつくられる心配とか、死んだ人の細胞を再生して、生き返らせるとか・・・兵士に適した身体能力の高い同じタイプの人のクローンをたくさん作って、兵士の軍団をつくるとか・・・あるいは、若さを保つために常に美容整形して自分の若いころの皮膚やパーツにいれかえるとか、自分の孫と同じような年齢に見えるお婆さんとか。本当の自分はどこへ行ってしまうのでしょう。

 SFの映画やアニメーションの中でよく使われるテーマですが、今日は過去の映画の中から再生科学やクローンに関する映画を3つ見て行きましょう。

 まず、H・G・ウェルズの有名な古典『ドクターモローの島』は今まで3回映画化されました。1回目はなんと1932年に『獣人島』というタイトルで、2回目は1977年の『ドクター・モローの島』、3回目は1998年のジョン・フランケンハイマー監督でマーロンブランド主演の『D・N・A/ドクターモローの島』です。前にここでも取り上げたことがあるかもしれないので、あらすじを簡単に書くと以下のような感じです。ネタばれもあるかもしれませんので、気をつけて・・・


 船が難破して、漂流し貨物船に助けられた弁護士のダグラスは、その貨物船に乗っていた、やや正体不明の男モンゴメリーにある熱帯の孤島に招かれます。孤島の邸宅で彼は、島の持ち主が行方不明とされていたノーベル賞学者ドクター・モローであることを知り美しい博士の娘アイッサと知り合います。

 その夜、なぜか閉じ込められた部屋をダグラスが抜け出すと、遺伝子操作によって人間と獣の細胞を融合させて獣人を作り上げている博士たちの実験を目撃してしまいます。

 博愛主義で獣人たちの優しい父であるはずのモロー博士は、獣の凶暴な本性をコントロールするために、子供たちと考える獣人たちに、反抗すると痛みを生じさせるチップを体に埋め込んでいました。博士の権威をマネするナンバー2の助手と支配から免れようとするハイエナの獣人が謀反を起こします。博士は獣人たちに殺され、ダグラスはアイッサを連れてかろうじて、島を出ますが、島から沖合に出て安心すると、確かその娘も自分も獣人になってしまったような結末だったと記憶しています。

 現在SF的な考え方では、人間と動物の細胞を融合させてできた、新しい生き物を神話からとってキメラといいます。未来の科学技術では19世紀の作家であるH・G・ウェルズの考えた技術も可能になるかもしれません。今の人間の遺伝子の安定性がくずれる日がくるかもしれません。それは進化とよべるのでしょうか?

 二つ目の映画は2000年に公開されたアーノルド・シュワツエネッガー主演の『シックス・デイ』という映画です。

 2010年の設定で、クローン技術の発達によってさまざまな動物がクローンでよみがえることが許可されている社会です。リペット社という会社は愛されていたペットが無くなった時、飼い主の苦しみを和らげるため、ペットのクローンを短期間でつくり、その記憶を電子情報化して、MDかCDに移し、移植します。そのクローンは飼い主を覚えていてなつきます。もちろん、人間のクローンをつくることは禁じられていました。これを禁止する法律は神が人間を創った日に由来する、6デイ(day)法と呼ばれていました。ヘリコプターパイロットのアダムは、自分の誕生日の夜に仕事を終えて自宅に戻ると、もう一人の自分にそっくりの男が家族と自分の誕生日を祝っていました。とまどっているところに見知らぬ男女があらわれ、家にいるのは自分のクローンだと教えられ、知った以上生かしてはおけないと命を狙われます。彼は必死に逃げて、逃げて、大親友のところに行きますが、その親友は助けてくれますが、友人は殺されてしまいます。
 
 禁止されている人間のクローンを作ったのは、リペット社の社長で再生科学者の博士をやとっていて、博士は難病の妻を何度も再生しています。妻のクローンは3人目でやはり難病になってしまいます。3人目の妻は自分を再生しないでほしいと夫に頼みます。実はクローンの寿命はリペット社の社長がクローンが言うことを聞かないときいつでも殺せるように病気を遺伝子に組み込んで、ペットのように人間を何度でも作り直します。会社の秘密の場所には人口羊水につけられた目当ての人物の大人のクローンがあり、実は社長自身も何度目かの完全体のクローンでした。記憶とその人物の情報は、不思議ですが、私がしているように、目の中心をスキャンして情報をコンピューターに入れ、CDに焼き付けます。

 主人公はクローンの自分に事情を話し協力して、秘密の羊水基地を破壊し、博士は社長にクローンを作ることを拒否して殺されます。二人は社長の部下と社長と戦い社長をやっつけて、悪だくみを公にします。たしか、大統領もクローンにする計画もあったような・・・主人公アダムの本物は冒険の旅にでて、自分のクローンは家庭でたのしくやっていたような、ラストでした。


 もう一つの映画、『アイランド』は最近の2005年の映画で見た方も多いと思います。マイケル・ベイ監督が、ユアン・マクレガーとスカーレット・ヨハンソンの二人を主人公にして作った、まさに近未来に問題を投げかける映画です。(ネタバレに気をつけてください。)

 21世紀の前半、海に浮かぶユートピアのような緑の美しい島、に行くために未来の人々は巨大な建物に住んでいます。主人公リンカーンは夢で憧れの島に行くのにいつも、海に沈められて行けないと言う悪夢をみます。清潔な住環境、適度な運動、健康管理の行き届いた食事に、きめ細かい健康診断・・・

 彼らが住む施設は外気が汚染されているということで、誰も外に出られないで、厳重な管理下に置かれています。そこで暮らす人々の夢は、緑の楽園アイランドに行くことでした。その島は放射能汚染をまぬかれた唯一の島で、外の人類は過去に死に絶えたと聞かされてきました。食堂でリンカーンは美しいジョーダンと知り合いになり、
リンカーンは機械のメンテナンスの人の所へ行くのがたのしみでした。あるとき、換気口に蛾が飛んでいるのを見てリンカーンはおかしいと気付きます。友人が島に行く権利を与えられていたのにベッドに縛り付けられてどこかへ連れ去られるのを見てしまいます。

 クローンたちは、金持ちや有名人やその家族が病気やけがをしたときに体を取り換えるために保険会社の金で作られたクローンだったのです。アイランド行きに当選すると言うことは、すなわち、臓器を提供するという死刑のような手術をされる時なのでした。提供される依頼主は自分のクローンが作られているとは夢にも思いませんでした。その時代も人間のクローンを丸丸作ることは違法でした。次に当選したのは、彼の愛するジョーダンで、彼女が殺される直前に彼は彼女を救って逃げます。

 施設を抜け出すと普通の大気汚染もない社会で、彼の本物は建築家でした。本物の所に行ってクローンの主人公は助けてくれる様に頼みますが、本物のリンカーンは彼を裏切って通報します。保険会社によってつかまえられそうになりますが、捕まったのは本物のほうでした。そして、ジョーダンはつかまってしまい、クローンのリンカーンは彼女と仲間皆を救うために、クローン製造工場の施設に乗り込み、閉じ込められている皆を開放し、マスコミに保険会社の非人道的な行為を告発して、解放された人々が施設から出るところで終わります。彼らの人権は与えられるのでは、というところでラストでした。

 大変長くなりましたが、再生科学に関する3つの映画を紹介しました。これらは、未来への警告もふくんでいるようです。ドクターモローの島は人間の遺伝子の不安定さと、科学技術が進むと、人間は神?あるいは自然の摂理の領域にも近づき、新しい生物を生み出したり、人間を変化させてしまう可能性を持つということです。それは、いちどくるってしまうと2度と元に戻れない領域かもしれません。

 さらに、シックス・デイでは、生まれ変わりのシステムではなく、人間が新しい体にやどって、生命のしくみを無視するとどうしても矛盾がでてくるのではということです。同じ遺伝子の同じ顔の人がたくさんできる社会、あるいは、魂はどうなるのかという問題も解決されません。新しい体に記憶や経験が乗り移るだけなら、その人間は何回やりなおしても、不完全なままです。

 アイランドでは、人間のパーツごとに保存しておくバンクが出来たとしても、どこが壊れるか、病気になるか、事故にあうかと考えると、いっそのこと全部のスペアを用意していつでも取り換えられるようにすれば、安心と人間の欲が働くかもしれません。クローンの体に入った魂はどうなるのか、という倫理上重大な問題も生じます。

 神がいるかいないかはひとそれぞれの考えでしょうが、自然の摂理にどこまで人間の科学技術が対抗できるかは、今後の人類の課題であると思います。でも自然の力は、今までのことをすべてチャラに出来るほどの力を秘めてはいるのですが。

 心理学者アルフレッド・アドラーについては、今回あまりにも長くなったので、2回目を次回にしますね。すみません。次回もおもしろいテーマを探すようにしますので、読んでくださいね。
 

 

サイコパスとソシオパスについて、と心理学者アルフレッド・アドラーについて

 今日は心理学の言葉でサイコパスとソシオパスについて、最初に書きたいと思います。イギリス人の犯罪心理学専攻の知り合いから、サイコパスとソシオパスについて聞いたので調べてみました。まず、自分はそうではないかと心配する人は、99%サイコパスには当てはまらないと思いますので、事前に言っておきますね。本当のうつ病の人も絶対サイコパスにはなりません。映画などを見て泣いてしまう人、かわいそうな場面を見て同情してしまう人もサイコパスではありません。

 サイコパスは広い意味では、犯罪を犯してしまう人もいますが、犯罪にかかわらない、一般の人の中にかくれて獲物になる人をねらっている場合があります。必ずしも反社会的な人とは限らないのです。サイコパスは社会の捕食者(プレデター)ともいわれます。狙われた人は破滅するまで金銭的にも精神的にも吸い取られてしまいます。

 
 サイコパスは言葉巧みに獲物になる人に近づきます。相手が、不幸になろうが、病気になろうが、破産しようが気にかけません。相手のお金やおいしい利益がつきるまで、獲物になる人にとりつきます。その目的のためなら、ものすごい知恵と情熱をかけます。

 「サイコパス」という言葉は心理学用語で、行動遺伝学者のデビッド・リッケンという人は先天的人格障害をサイコパスと呼び、後天的反社会的人格障害をソシオパスとし、その他の人格障害を性格神経症と分類しました。最後の性格神経症は周りの人にあまり迷惑をかけませんが、前者、サイコパスとソシオパスはまわりに甚大な損害を与えます。ロバート・ヘアという心理学者は「サイコパスであるためには、広義の意味で反社会的、であることは必須であるが、犯罪的であることは必ずしも必須でない。」と言っています。つまり、サイコパスは犯罪者になることはあるが、必ずしも犯罪者であるということはない。という意味です。これに対して、ソシオパスは権力をもったり、地位があったり、犯罪者も多いです。新興宗教の教祖で、信者からお金を吸い取り、犯罪性がある人もソシオパスです。自分の利益に終始し、お金のために政治にかかわる政治家がいたら、広い意味でそのひともソシオパスです。利己的な異常な愛着を相手にもってストーカーをして危害を加えようとする人はサイコパスではなくて、ソシオパスです。なぜなら、サイコパスは人に愛着をしめさないからです。利益のための執着はあっても愛情はもっていません。自分の利益のためだけに、愛しているふりをします。

 以下にわかりやすいサイコパスチェックリストを引用しました。自分がそうでないかと心を痛め、心配する人は絶対にサイコパスではありませんので、安心してください。ほんとのサイコパスの人は、この問題に心配したりしません。自分が悪いのではという感覚自体が理解できないのです。

  PLC-R サイコパスチェックリスト改訂版

 1.口達者で、表面的な魅力がある。言葉が巧み。
 2.異常な自己中心性と、誇大的な感覚
 3.退屈しやすさ、欲求不満に耐える力の不足。刺激を求める。
 4.病的に嘘をつく。話のつじつまが合わなくなる。
 5.偽りだまして、人を操る。
 6.良心の呵責、罪悪感が一切ない。
   (口先で悪かったというのは別です。言葉巧みに相手の同情を買おうとするので。)
 7.冷たい感情。
  (これも言葉で良いことを言っても行動でわかります。利益のためには冷たさを隠します。) 
 8.冷淡な性格で、共感性がない。同情心もない。
 9.寄生的な生活様式。(労せず相手から吸い取ろうとします。人のものは自分のもの)
 10.短気で行動のコントロールができない。
 11.放逸な性行動(性に対してだらしがない。)
 12.幼少期からの行動上の問題。
 13.現実的、長期的な目標や計画の欠如
 14.衝動的な行動をする。
 15.他人に対して無責任な行動をする。
 16.自分の行動に対して、責任が取れない。(善悪の基準も一般の人と違っているのかもしれません。)
 17.数多くの婚姻関係を結びやすい(配偶者や恋人やパートナーに寄生することが多いです。)
 18.少年時代の非行
 19.保護観察あるいは執行猶予の再犯の危険が高い。
 20.多種類の犯罪行為。または犯罪歴。
    ※犯罪歴の項目に関してはこのチェックリストに批判もあるようです。

 1~2個あるいは数個あてはまっても、あなたの周りのひとをそう思わないで下さいね。75%以上なら可能性があるということです。判定は専門家にまかせたほうがいいですが、危険だと思ったら関わらないで下さい。先ほどの犯罪心理学者、ロバート・ヘアによると北アメリカには少なくとも200万人いるそうです。人口の0.7パーセントくらいいる計算でしょうか?日本はもっと割合的には少ないと思いますが、一般的に知られいないので、あの人は悪い人だという認識ではないでしょうか?罪悪感があって非道なことをするのは、サイコパスではない犯罪者です。

 サイコパスの被害に会いやすい人は、人のいいと言われる相手の言うことを信じやすい人で、パートナーや配偶者、恋人や友達の立場に置かれやすいです。人間関係の中で他人に主導権を取られやすい人、自分の意見を言うのが苦手な人も狙われやすいです。
 教祖と信者の関係での信者や、自称○○に騙されてしまう人、他に職業的には、教師やカウンセラー、ソーシャルワーカーやセラピスト、医者、弁護士などの人の話を聞く仕事の人の中にサイコパスにとりつかれやすい人がいます。それは、サイコパスの利益に利用されます。

 サイコパスのもっとも恐ろしい点は、被害者がお金をとられたり、精神的にぼろぼろにされても、サイコパスから離れる前後、または離れて時間がたっても、サイコパスに同情したり、洗脳が消えなかったり、離れたことを後悔したりすることです。相手の罪悪感を刺激して、立ち上がれなくします。しかし、被害者が勇気を持って、関係を反省し、相手の本性をしっかり、認識することができれば、必ず乗り越えられます。利用価値がなくなれば、何の未練もなくサイコパスが離れるのだけは、唯一救われる点です。サイコパスは相手の弱点を瞬時に見つけ、そこに付け込みます。サイコパスは脳のある部分の生まれつきの欠損ではないかと言う説もあります。そこが、愛情や良心と関わっている部位なのでしょうか?

 エミール・クレぺリンによると、サイコパスの一つに「空想虚言者」という類型があるそうです。
  (クレぺリンについてはアドラーのあとに取り上げたいと思います。)

 1-想像力が異常に旺盛で、空想よりも現実を優先する。・・・一見才能があり、博学を装い情報通で
    話題が豊富だが、よく調べてみると、その知識は他人の話からの寄せ集めである。

 2-弁舌がよどみなく、当意即妙の応答がうまい。・・・好んで難解な言葉や人を脅かすことを言う。
 3 人の心を操り、人気を取ろうとし、注目を浴びることにたけている。・・・自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。 自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ混んでしまう。

 けれども、これは現世の人間の社会での心理学上の言葉なので、私がいつも言っているように、現世でのどんなキャラクターも自分で気付いて変えようと努力すれば、変えることは可能です。人間社会で倫理的に悪の役割をしていても、魂自体は平等で善も悪も吸収してしまいます。舞台で悪役をしていても、舞台を降りれば、振り出しに戻ります。ただ与えられた運命やキャラクターをどうより良く生きるかという努力はいつも試されていると思います。

 最後に、オーストリアの精神科医で心理学者、社会学者であるアルフレッド・アドラーの紹介で終りにします。

 アルフレッド・アドラーは1870年にウィーンの郊外ルドルフスハイムで生れ1937年67歳まで生きていました。前に書いたユングとフロイトと同時代の人です。アドラーはユングとフロイトと並んで、現代にも盛んなパーソナリティ理論や心理療法を確立しました。アドラーはフロイトの共同研究者でしたが、1911年26歳の年には、フロイトのグループから完全に離れ、アドラー心理学を確立しました。

 長くなるので、続きは次回にしますね。

性と心理学ーその2ー とフロイトについて

 引き続きフロイトについてです。当時1800年代後半には、脳神経の動きはある程度解明され、一段落ついていたそうです。それに代わって、心理学や、当時の流行の病だったヒステリーの解明の鍵として、フロイトは「性」の問題に着目しました。フロイト自身は無神論者だったと言われています。宗教的なものに対して、拒否し続けて、アドラー(次回取り上げますね。)やユングとの不仲の原因の一つになったともいわれています。当時の上流の女性は家庭と宗教と夫からの束縛が強く、自分の考えや欲望を表わすことが今よりも難しかったのでは、と思います。上流の女性が一番束縛されたのは、キリスト教の罪の意識の考え方ではなかったかと思います。

 彼の関心は、心的な外傷から無意識へと移り、精神分析は無意識に関する科学になります。そして、自我とエス(人間に考えを始めさせる主体)と超自我論がでてきます。

 前述したように、ユングとフロイトは初めは仲が良く、ユングはフロイトを敬愛していました。フロイトの『夢判断』は、ユングが目を通して、フロイトの主張を支持しました。ユングもフロイトに影響を強く受けたのです。1910年にはフロイトはユングを『国際精神分析学会』の初代会長に就任させ、長期間の文通もしていましたが、無意識についてなど、学問的な見解の違いから、二人は距離を置くようになり、1912年にはフロイトが56歳ユングが37歳のときに、交流をたちユングは1914年には『国際精神分析学会』から脱退しました。

 フロイトはアシュゲナジー(東ヨーロッパのユダヤ人)で、大学で研究職についたり、教職に就いたりすることは、当時はできませんでした。日中の大部分を開業してたくさんの患者をみつつ研究をしました。彼の人間理解の能力はずば抜けていたものと思います。

 彼は第一次大戦後、さらに多数の患者を診ることになりました。フロイトは神経症を外傷神経症と呼んで、1920年には戦争から帰った多くの兵士の外傷性悪夢を研究しました。そして、論文「快感原則の彼岸」を発表しました。私も含めて多くの人は、心的外傷をうけると、その恐怖を夢で繰り返して悪夢と言う形をとりますが、それが、その人の現実の生活の適応を助けている場合があります。私には大きな問題として、父親の死と離婚という喪失と心的外傷がありましたが、予知夢以外に、この心的外傷を癒そうとする夢を、一時期頻繁に見ました。父親が死んでから10年以上まだ、夢の中では父親が生きているという設定になっていました。これは、喪失が癒されるまで続きました。20年をすぎたころから、いろいろなものや、中間生や過去世を視るようになって、その夢は見なくなりました。離婚した元の家族の夢は死別でないので、ときどきみます。私は、また、人の夢の中の透視ができます。フロイトと違う意味での「夢判断」ですね。

 1923年にフロイトは67歳で、喫煙が原因とみられる白板症という病気を発症しました。口蓋とあごの手術を33回も受けたそうです。16年間の闘病生活中に、本を書き、学会を動かし、患者の治療にあたったというのですから、忍耐強いスーパーマンのような人ですね。とてもマネができません。

 1938年に82歳でアドルフ・ヒットラーのナチス・ドイツがアシュケナジーを学会から追放したので、病気もあり、研究ができなくなったので、弟子たちに勧められ、ロンドンに亡命することが出来ました。彼は弟子たちに愛されていたのでしょう。他のアシュケナジーの医師や学者は一部を除いて、強制収容所おくりになりました。

 翌年、1939年に83歳で彼はモルヒネによる安楽死を選びました。彼の家はロンドンでフロイト博物館になっているそうです。フロイトの言葉に「夢の解釈は、無意識の活動を熟知する王道である」というものがありますが、まさに夢と無意識は切っても切れないものですね。けれども、今の夢判断は、夢占いとかわらないようになっているので、もっとクライアントの心の分析をしっかりやってから個々の夢をその人に合わせて解釈した方が良いですね。火の夢をみると・・・とか水の夢をみると・・・などと一般にあてはめてしまうと、大事なものを見失ってしまいます。彼の言葉で「夢は現実の投影である。現実は夢の投影である。」と言う言葉もおもしろいですね。
夢と現実のどちらが自分の行動を突き動かしているのでしょう。

 フロイトから離れ、現代の性の問題を考えると、フロイトの時代の女性よりは、プライベートで各個人の自由の振れ幅が大きくなりましたね。国によって、時代によってモラル観が大きく変わり、制限も国と宗教と時代によって違います。生物としての欲望を抑え過ぎることは、今でも心の病気につながることは、ありますが、頭でっかちの体がついていけないような性の情報が氾濫しすぎています。お金で性を買ったり、欧米では「セックス依存症」という言葉が一人歩きをしているようにも思います。あのSFドラマの主人公「Xファイル」のデビット・ドゥカブニーが罹っていて、治療したといわれています。その病気?(病気なのか医者が作り出した疾患なのか疑問です)何にでも過ぎてしまうと良くないのでしょうが、夫婦やパートナー間で、日本では逆のセックスレスが問題になっています。セックスレスだと子供ができません。すべてを人工授精にしてしまうのも自然に反する気もします。やむ負えないときは、体外受精ももちろん必要だと思います。何回も言いますが、スキンシップは夫婦やパートナー間では必要なものなので、欲望をうまくコントロールしながら、お互いのエネルギーを交換してほしいと思います。その輝きにひかれて、新しい生命である子供の魂が宿ります。

 次回は同時代の心理学者アルフレッド・アドラーについてと、心理的に怖いサイコパスとソシオパスについて書きたいと思います。

 
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観音寺りえ

Author:観音寺りえ
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