不思議な話 その19 マヤ文明と太陽の話

 古代マヤ文明は、紀元前1000年から紀元後850年くらいまで2000年間近く栄えたといいます。大小70位の都市で作られ、何かあるたびに神のお告げで都を移したといいます。彼らは太陽と月の動きを完ぺきに把握していたといいます。チェチェン・イッツアのピラミッドは4つの面から構成され、各面にそれぞれ91段の階段があり、合計すると364段で、それに神殿へ昇る最後の1段を加えると、365の階段があるそうです。古代マヤ人は、地球が太陽の周りを一周する公転軌道が、365日と少しであることを知っていました。地球の公転を知っていたのでしょう。

 有名な、2匹の蛇、羽毛を持つ蛇ククルカンは年に2回春分と秋分に、太陽が傾き、階段にギザギザの側面が映し出されます。蛇が天からおりてきたようでもあり、ある人は蛇のように長い空を飛ぶロケットを表わしているという人もいます。

 ククルカンの神殿から少し離れたバレンケの神殿は、年に2度春分の日と秋分の日に、太陽光が光の帯のように現れます。古代マヤ人は太陽の動きを熟知していました。

古代の王様の中でも、全身をひすいで覆われて埋葬されたキニチ・ハナープ・パカル1世という王は、太陽の生まれ変わりと言われたほど、天文学の天才だったそうです。

 王様も貴族も僧侶も民衆も、太陽を中心に生活していました。現代の私たちの生活も、太陽の影響から免れることはできません。


 昨年の春のNASAの予想通り、今年の5月にもっとも大きいXフレアの発生についての宇宙天気予報をNOAA(アメリカ海洋大気庁)が発表しました。現在は、144個の黒点があり、地球に向いているところでは、9個の黒点が観測できるそうです。

 太陽には最近の数年二つの予想があって、太陽の活動が活発でスーパーフレアが地球を襲うという予想と、逆に活動が衰えて、小氷期に入るのでは、という予想があります。

 太陽フレアが大きくなると、よく出される過去の例としては、1859年年のイギリスの天文学者リチャード・キャリントンが発見したキャリントンフレアというのが記録された最大のもののようで、地球の空の3分の2が赤いオーロラにおおわれたといいます。

 この1859年の9月2日午前9時30分の太陽フレアの影響は、アメリカボストンの電信局の交換台で過電流が生じました。交換手は機器に接続されていたバッテリーが壊れる可能性があったのではずし、空気中を伝わる電気で通信をしたそうです。他にも電線がショートして家が火事になる被害が発生したそうですが、電気の普及率が高くなかったので、それ以外の大きな被害が出なかったそうです。日本では江戸時代で、エレキテルという言葉しか入ってきていなかったかもしれませんね。

 よく言われているのは、現代でそのくらいの太陽フレアの影響を受けると、最大の変圧器が壊れ、その復旧には早くて数年を要するといいます。電線や電気機器は火を噴くかもしれませんし、PCや携帯はつながらなくなり、電気を使っているライフラインも止まってしまいます。江戸時代の生活に逆戻りするかもしれないのです。ろうそくやランタンがひつようかもしれません。2010年にイギリスのロンドンでは、国防相が緊急会議を開き将来の対策を話し合ったといいます。巨大太陽フレアと地震との関係を指摘する人もいます。

 NASAやNCAA(宇宙天気予報が)観測していてくれるので、早めにわかれば緊急に電気の供給をストップし、変圧器や発電所を止めれば、被害は最小限ですむかもしれません。しかし原子力発電所は対応できるでしょうか?

 私の考えでは、長期的には前に書いたように、太陽の活動は静かになり、小氷期が来るだろうと思います。その前にフレアの活動が活発になることがあるかもしれません。最大級のフレアは地球に影響を与えることのないように祈っています。

 次回は、また面白いテーマを探しましょう。

 
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不思議な話 その18 プレアデスの伝説ーエジプトやアメリカインディアンの話

 フランスのラスコー洞窟の壁画に、星が描かれているのが発見されました。それは、ぺガ、デネブ、アルタイルという1等星の夏の大三角形の星で、17000年前には、地球の歳差運動の地軸のずれから、いつも地平線上にこの3つの星々があったようです。春の初めには最も天上にありました。そして、プレアデスは洞窟の入口近くに、あの有名な牛の絵の肩のすぐ上に描かれていました。17000年前の人々にも、プレアデスは牛のイメージでさらに大切な星座であったのは何故でしょうか?

 エジプトのギザの3大ピラミッドとスフィンクスは10000年前くらいのオリオン星座の配置と一緒だという説は有名ですが、周りのピラミッド群も中心からすぐ右にある7つのピラミッドは、プレアデスの7つの星団をさすと考えている説もあるようです。離れて右側にある星団はアンドロメダではないかと考える人がいます。

 そして、エジプトのピラミッド群の中心にあるオベリスク(頂点がピラミッド型になった高い柱、で象形文字が書いてあります。)は星団の太陽を象徴しているというのです。

 オリオン星座の星の一つとして象徴されるスフィンクスは今の考古学上は紀元前2500年くらいに作られたというのが定説ですが、地質学者のロバート・ショーク氏はその浸食状況から、今の砂漠の気候とは違った今から9000年くらい前に作られたという意見を述べています。『神々の指紋』で有名なグラハム・ハンコック氏とロバート・ウォーバル氏は、スフィンクスが今から12500年前位に出来たのではと言っています。その理由は、当時スフィンクスの正面にしし座が登っていたからということのようです。スフィンクスが12000年くらい前に作られたとすると、ギザの3大ピラミッドもそのころなのかということになりますが・・・

 前回のマヤ文明の伝説の他に中米の古代のアスティカ文明でも、人間の祖先は星から来たと言われています。アメリカインディアンには、星から来たとか、プレアデスとの関連の伝説が多いです。イロコイ族は「自分たちはもともと天上からこの地上に降りてきて、血肉を得た」と信じられています。

 ラコタ族の人々の伝説では、「我々は7つの星(プレアデス)からやってきて、ブラックヒルの中に置かれた」と言っています。彼らは秋になって、このプレアデスが東の地平線に昇ると、本来の宗教的儀式の地に星が戻ると考えました。そして、儀式をしました。

 クリーク族にも「緑のトウモロコシの踊り」という儀式があります。これはこの部族を構成する7つの支族の7つの畑からそれぞれ1本ずつトウモロコシを持ってきて行います。7つ集まらないと儀式はやらないそうです。彼らの創造伝説の中にも、自分たちは星からやってきたという言い伝えがあります。

 ナバホ族は「先祖たちが、地上に浮上して(UFOかなにかに乗ってとんできたのでしょうか?)この地上にやってきたとき、この地上にはすでに神が住んでいたのを発見し、その神を暗闇の神と名付けた。」また、「人々にその神がどこから来たのか尋ねると、7つの星から来たと答えた。」と伝えています。7つの星はプレアデスのことですね。

 ホピ族の創造伝説では、「二本角組合」なるものがあり、そのメンバーはこの星座が天上にくると、天地創造の歌を歌うといいます。彼らは自分たちが星からやって来たと信じています。

 チェロキー族の伝説では、自分たちは7つの踊る星(プレアデス)からやってきた存在であり、母なる地球にもしものことがあれば、この星を救うために命をかけなければならないと伝えています。

 中米、北米そしておそらく南米にもこの人類起源の伝説は広く分布していると思います。アメリカ大陸間で、交流があった可能性はありますが、エジプトや古代フランスにもプレアデスを描いているものや象徴しているものがあるということは、人間全体の起源に関して古代からの言い伝えを大切に守る人々の間に、共通の真実があったことを示しているかもしれません。世界中でさがしてみるともっと人類の文明の起源に関するものが、今後もでてくるかもしれません。このプレアデスから来たという伝説が、直接先祖から伝わったものか、アトランティスをはじめとする超古代文明の生き残りの人々から伝わったものかを調べるのは、今後の課題となります。


 次回も不思議な話題を書きましょう。  

不思議な話 その17 古代マヤ文明とプレアデス

 前回のシュメール文明と日本の古代文明の補足を書きます。
DNAの分析からすると、残念ながらメソポタミアのアラブ系のDNAは日本人にはあまり混ざっていないようで、ロシアとモンゴルの国境付近のバイカル湖畔のDNAがかなりの率で混じっているそうです。このバイカル湖畔の遺伝子は、今のその場所には少なく、日本を初め、南米のペルーにもあるそうです。

 大量の移民は来ていないとしても、シュメールの高度な航海技術や、当時の他の文明からぬきんでて進んでいる文明なので、きっと、アジア、古代のインド文明や、中国、朝鮮半島を介してか、介さないでか、日本にもその影響をもたらしたようです。というのは、欧米の考古学者や言語学者、オリエントの歴史を研究する学者によって解読されたシュメールの楔形文字は、漢字の形成とほぼ同じ過程を経て成立したと言われています。シュメール文字は、日本語の漢字かな混じり文字とおなじ構造を持ちます。シュメール文字は日本語と同じく、子音だけでなく母音も書きます。
 シュメール文字は日本語と同じく膠着語です。膠着語とは、にかわでくっつけたような言葉で、テニオハなどの助詞の接着語によって単語同士がくっついています。世界の言葉の中では、膠着語の助詞があるのは数が少ないのです。シュメール語と日本語は不思議な共通点がありますね。

 昨年2012年の12月のマヤの予言にあると皆さんが騒いでいた滅亡説は、私も多くの方も否定していましたが、幸いなことに起こりませんでした。現代の研究者の一部や出版関係の人やネットを介して、終末説が広がりました。現代のマヤの神官さん方も否定していましたね。

 これは、終末説をしかけた人が、チラムバラムの書を間違って解釈したからです。チラムバラムの書は予言書であると言われていますが、実は予言書ではありません。16世紀からスペイン人が、中米や南米に来て、そこを植民地にしました。植民地にするということは、貿易、安い労働力、(場合によっては現地の人をどれいにすることもあります。)キリスト教の布教が目的です。マヤの古代からの文化を破壊してしまいます。マヤは古くから文字があり、すぐれた天文技術があり、宇宙の知識も当時の西洋文明がかなわないほど、持っていました。しかし、その知恵を書き記した書をスペイン人に燃やされ破壊されてしまいます。スペイン人に破壊され、マヤの知識は口頭で伝えられました。キリスト教の布教が進んで、マヤ文明への迫害が弱まったときスペイン語を覚えさせられた当時のマヤ人は口承の伝説をスペイン語表記で本に残しました。チラムバラムの書にはスペインの侵攻で、マヤの文明が滅ぼされたことや、過去に起こったことは必ず繰り返されるということが書かれています。第4の時代が滅び第5の時代も滅ぶというので、2012年滅亡説の噂を広めた人は今の時代で終わる暦をたくさんあるものの中から、引っ張り出して来て、それを誇張して現代に結び付けてしまったのですね。

 チラムバラムの書には、主に宇宙のことや太陽のこと我々の星のことが書かれています。宇宙が生まれてから164億年経っていることや、地球がこの宇宙のどこに位置するかも語っています。マヤの有名な神であるボロンヨクテの各時代の帰還が書いてあります。そして、善と悪の神の最終決戦について書いてあります。(この話はキリスト教の影響も少しあるのでしょうか?)天国からボロンヨクテが降臨する。マヤ人はこのボロンヨクテという神が自分たちの古代の祖先を訪れたとしています。その時期は90万年前からだそうです。

 さらに、今日のテーマであるマヤ文明とプレアデスの関係ですが、高度な文明を持った古代マヤの人々は、プレアデス星団の7つの星が宇宙の中心であると考えました。そして、人類全体の祖先がプレアデスから来たと考えました。マヤのピラミッド神殿の近くにプレアデスと同じ配置があるそうです。ご存じのように春分の日と秋分の日には、ピラミッド側面の斜面にへびの模様が出来ますね。この蛇は神とも取れますが、宇宙から来た宇宙船ととることもできます。蛇のようなロケット型宇宙船から、人が出てきて、マヤの人々に知恵を授けてくれたのです。

 マヤの神話に「ポポル・ブフ」の書があります。ここでは、生命は神によって地球につれてこられて発生したと言っています。神が宇宙から来たことがはっきり記されています。この地球は神が来るまでは、氷で覆われた状態で、何もない状態から神は人を創ったというのです。神は空から降りてきて、人間に知識をもたらしました。そして、その知識は、神がもどる瞬間まで、この知識を守るように指示されます。

 次回はエジプトやアメリカインディアンとオリオン座やプレアデスとの関係です。

 



 

不思議な話 その16 プレアデスおよびオリオン星座と古代文明 日本のルーツ

 これから、数回にわたって、プレアデスと(日本では「すばる」といいますね。おうし座の領域です。)それに近い位置にあるオリオン座の伝説やそれにまつわる古代文明について書きましょう。

 前にもブログでプレアデスについてふれました。なぜ、私がプレアデスに固執するかというと、自分も含め、多くの人たちの起源がそこにあるのではないかと思うからです。私のHPは10年近く変わり映えがしませんが、数百枚という多くの星座の写真から、星座の知識のない自分が無意識に選んだのが、プレアデス(М45)とばら星団の写真でした。それを見て、来て下さる方々の中にも、プレアデスと関係のある方が多いのではないかと思います。そして、今の人類の起源にもプレアデスとオリオン座は関係があるようなのです。

 世界各地の伝説にプレアデスに関するものがあります。フランスのラスコー洞窟の壁画、北アメリカ大陸ではホピ族やチェロキー族の伝説。エジプトのピラミッドの配置とプレアデスおよび、オリオン星座(これらは次回に取り上げますね。)

 歴史上今まで世界最古と言われていたのは、シュメール(Sumer)文明です。それより、古い遺跡はここでも、いくつか取り上げたインドカンペイ湾の海底遺跡(9500年くらい前)、ギョベクリテペの遺跡、日本の沖縄の海底遺跡、エジプトの前エジプト文明遺跡とぞくぞくと発見されています。けれども、世界史上は四大文明のメソポタミアのシュメール文明がもっとも古いものとなっています。シュメール文明は農耕も世界に先駆けて、7500年くらい前(紀元前5500年)から始まっています。今から4000年くらい前に理由も分からず、突然その栄えた場所から姿を消してしまいました。

 不思議なことにシュメール文明は古いほど、高度な文明で、新しいほど退化してしまった跡が見つかっています。世界中で退化した文明なんて、シュメールくらいです。歴史的観点からするとこれは変な話で、たとえると、PCを持っていた現代人が、電気の無い時代に逆戻りするのに等しいですね。

 シュメールの伝説では、惑星ニビルやアヌンナキの伝説や宇宙人が人間を改良したなどの伝説が有名ですが、さらに不思議な事には、どんなに古く見積っても、せいぜい9000年弱の文明なのに、歴代の王様の初代王朝8人の在位期間が平均一人、3万150年くらいという途方もなく長い数字なのです。在位合計は約25万年です。考古学上の原人の時代ではないでしょうか?その後の時代も数千年から数百年の在位期間なのです。いくら年を盛ったとしても、人間離れのする在位期間ですね。

 日本人ユダヤ起源説というものがありますが、江戸時代の元禄年間に、オランダ人の歴史学者ケンぺルという人が日本の古代神話の高天原(神が降り立ったところ)はバビロニアにあったとして「日本人は、はるか西方のその源郷から渡来した」というユダヤ説を上回る奇想天外な説を唱えました。その後、大正時代になって、バビロニア語を学んだ原田敬吾と言う人が、このケンペル説を踏まえて、「日本人シュメール起源説」を唱えます。「人類発生の原点とみられる西アルメニア高原から流れ出す、チグリス・ユーフラテス川下流のシュメールの地こそ、人類最初のエデンの園(シュメール語でエディンとは平野のこと。)であり、日本民族の祖先もここから移り住んできた。」という説です。彼は理由として、創世神話、イシュタル女神の冥界下りなど、シュメール神話の多くが日本神話に取り入れられていることと、古事記の国生みの神、いざなぎのみことの服装が、シュメール君主の服装に合うこと、日本語の地理的名称にシュメール系の言葉が多い、シュメールは海辺の民で、航海術に優れていたということです。

 この原田説を発展させたのは、三島敦雄で、『天孫人種六千年史の研究』で、古語に天皇をスメラミコト、スメラは天皇で古代バビロニア後のスメル(Sumer)スメル国はスメ(皇)と一致して「神の国」という意味らしいです。スメラギはスメルとアグ(ak)の複称で、尊はミグトで天から降ってきた開拓者という意味だそうです。天皇スメラミコトは、シュメール語で、「天から降りてきた神」を意味します。古代バビロニアの日像鏡、月像の首飾り、(勾玉にあたります。)武神の剣は日本の三種の神器に一致します。皇室の16枚の菊花紋章は、シュメールにもありました。
 
 けれども、三島氏は、日本に渡来したのは、シュメール人だけではないと言っています。神社の狛犬のもとになった、ユダヤの文化もやはり日本に入ってきたのかもしれません。これらの説は現代の歴史学者に無視されていました。

 ところが、1923年に当時「恐れの森」と呼ばれた下関市彦島の杉田丘陵で、意味不明な文様が刻まれた岩が発見されました。岩に彫った字や絵をペトログリフというそうですが、よく分からなかったので暫らくほっておかれたそうです。

 けれども、1987年に日本言語学会の吉田信啓さんが調べて、歴史言語学者の川崎真治さんに解読を依頼したところ、彦島のペトログリフはなんと、シュメール文字と古代バビロニア文字だったのです。紀元前2500年くらいに刻まれたものだったのです。その文字の現代語訳は、「最高の女神が、最高司祭となり日の神の子である日子王子(彦王)が神主となり、7枝樹にかけて祈る。」という意味になるそうです。この7という数字はシュメールに極めて重要な数字で、プレアデスの星も7つの輝く星ですね。太陽信仰というのも、日本にとっては、珍しいかもしれません。
 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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