不思議な話 その37 映画「夢」について とアメリカ大陸発見のエピソード(テンプル騎士団)

 1990年制作の黒沢明監督の映画「夢」という作品の6話め、「赤富士」は象徴的な架空の話です。富士山のふもとのようなところで、富士山は噴火しているように赤く見えています。何もない山麓を歩いている人の中に寺尾聡演じる男性の旅行者のような人物が歩いています。彼の目に留まったのは、小さな子供を二人連れたお母さんが逃げ惑っている姿です。主人公の男がどうしたのか尋ねると、お母さんは、原発事故があったのを知らないのかといいます。山が見える反対側は海です。そこへ、サラリーマン風の男が通りがかります。

 黒沢明監督は当時の知識で、事故を目で見えるように象徴するために、赤はプルトニウム239、黄色はストロンチウム90、紫はセシウム137、とその恐ろしさを色で表現して、それらの人体に与える影響をサラリーマン風の男に語らせます。そして、台詞を引用するとサラリーマンの男にこう語らせます。「人間はあほだ。放射能は目に見えないから、放射能を色分けする特殊技術を今頃開発してもどうにもならない。人は(その技術を)知らずに殺されるか、知ってて殺されるか、それだけだ。死神に名刺もらったからってどうしようもない。」実はそのサラリーマンは、原発の会社で働いていた人で、逃げてきたのです。サラリーマンはその後海に飛び込んでしまいます。

 母親は子供を連れて安全な場所を探しながら、主人公の男性にきっぱりといいます。映画のせりふを引用すると、「こどもたちはいくらも生きていないんだよ。」「原発は安全だと言うが、危険なのは人間の操作のミスで、原発そのものに危険はない、絶対にミスは犯さないから問題は何もないと言ったヤツは許せない。」主人公は、出来る限りその母子を色のついた空気から守ろうとしますが、空気の色はどんどん濃くなったというところで、エンディングになります。1990年に20年あまり後を予見しているような話です。

 7話目は「鬼哭」という話で、カルデラのような噴火口を歩いている主人公の男(寺尾聡)が、奇妙な風貌の男に会います。奇妙な男は、頭に1本の角があります。鬼のような角を持った男は、主人公に語り始めます。昔は人間だったと・・・昔はここら一面花畑だったといいます。水爆やミサイルでこんな砂漠になったというのです。死の灰のつもった地面から不思議な花が咲き、人の背丈ほどもある巨大化したたんぽぽとバラの花の形がおかしくなったものもあります。鬼は放射能がお花畑の花を変えたのだといいます。鬼は言います。「地球を猛毒物質のはきだめにして、今この地球に、まともな自然はどこにもない。動物は奇形になり、食べ物はなく、人間たちは共食いをしている。一本角の鬼は二本角に食われ、二本角は三本角の食い物になる。鬼の因果は死ねないことで、自分の罪にさいなまれて永劫に生きていかなければならない。人間だった時、酪農をしていたが、自分の都合で牛乳や野菜をたくさん捨てた。」と鬼は後悔します。角が大きくなるたびに痛みで鬼はなくのです。鬼はあんたもここにいたら同じようになるから逃げなさいと主人公にいってエンディングになります。残酷なお話のようですが、人間が自然に対していかに無神経な態度であったかという黒沢監督の考えが伺い知れます。

 8話目はこれらの二つの話に比べて、とても穏やかな話です。ある小さな田舎の村で、やはり旅人の男性(寺尾聡)が歩いています。川が流れていて、その川にたくさんの水車があります。男は103歳だという老人に会います。
 老人は言います。「この村には電気がない。人間は便利なものに弱い。本当にいいものを捨ててしまう。ろうそくもあるし、灯をともす油もある。夜になっても昼のように明るくては困る。トラクターはないが、(車の代わりの)牛もいるし、馬もいる。燃料にはたきぎを使うんだ。牛のふんもいい燃料になる。私たちは昔のように自然な暮らしをしたいと思っている。近頃の人間は、自分たちも自然の一部だということを忘れている。自然あっての人間なのに、その自然を乱暴にいじくりまわす。特に学者は頭はいいのかもしれないが、自然の深い心がさっぱり分からないものがいるのは困る。人間を不幸せにするものを一生懸命発明して、得意になっている。また、困ったことに大多数の人間たちはバカな発明を奇跡のように思ってその前に額づく。そのために自然が失われ、自分たちも滅んでいくのに気がつかない。人間に大切なのは、良い空気。自然や水、それを作り出す木や草だ。汚された空気や水は人の心まで汚してしまう。」

 これは黒沢監督の未来の人々への予見でありメッセージであるかもしれません。人類の未来にかかわる提言かもしれません。どちらの道を選ぶかという・・・

 8話の終りは葬式の場面です。旅人である主人公は、皆が楽しそうに賑やかに行進しているので、お祭りですか
と尋ねます。お爺さんは答えます。「本来葬式はめでたいものだ。よく生きてよく働いて、御苦労さんというのはめでたいことだ。死んだ人を村中のものが送っていく。子供や若者が先に死んでいくのはいかん。年の順に死んで行くのが良い。皆、生きるのは苦しいというけれど、生きるのはとても面白いことだ。」

 この高齢な老人の言葉に黒沢監督の人生観が現れています。命を授かったらその生を楽しめというのです。自然を大切にして、便利さばかりを追求して欲を際限なく出してはいけないと言っているのでしょう。6話から8話をトータルしてみると、最先端だと思われる原子力エネルギーより、昔の生活のように自然を害しないエネルギーを使っても生きていけますよ。と言っています。水車は水力発電や、太陽光発電や、風力発電などの再生可能な発電の方法の象徴かもしれません。

 長くなりました。次回の前座を少し書きます。
アメリカ大陸は1942年にコロンブスが発見したという歴史上の定説は、今は覆されています。1000年代に海洋王国であった北欧のバイキングが移住してきたらしいのです。バイキングは数を増やせませんでしたが、アメリカ大陸から帰って来たバイキングの乗組員たちによって、ヨーロッパの一部でその存在が知られていました。そして、十字軍の遠征の廃止がきっかけとなって、行き場がなくなったテンプル騎士団が、アメリカに移り住んだのではないかという証拠が最近見つかりました。次回は、事実か推論かわまだ分かりませんが、アメリカ大陸は誰がみつけたかという不思議をさぐっていきましょう。
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不思議な話 その36 農薬の話まとめ と黒沢明監督の映画の不思議な予見

 農薬のネオニコチノイド系薬品は、たばこのニコチンの成分から抽出したもので、水に溶けやすく、撒くのが楽で「夢の農薬」と言われました。けれども、前回書いたように「蜂群崩壊症候群」といって、因果関係ははっきりしないと言っても、少なからずの数の研究者たちが農薬の影響があると、蜂の大量死を世界中で問題にしています。
 

 日本のネオニコチノイド系農薬使用量は世界の中で比べると、単位面積あたり米国の7倍、フランスの2.5倍も使っています。日本にはこの農薬に対して何らの規制もないです。それどころか、クロロニコチル系殺虫剤(イミドクロプリド・アセタミプリド・ジノテフラン)として家庭でのガーデニングからプロの農業用、シロアリ駆除、ペットのシラミやノミ駆除、ゴキブリ駆除、スプレー殺虫剤、新築住宅の化学建材までにも、広く使われています。

 世界では100カ国以上でネオニコチノイド系農薬が使われています。この農薬に関する対応は、各国で違いますが、EUは今年から安全性が確認されるまで原則使用禁止にしました。

 フランスは独自で、1999年にいち早く種子の処理にイミドクロプリドの全面停止、2003年に農業省の委託機関の毒性調査委員会は、イミドクロプリドの種子処理によるミツバチへの危険性を警告しました。2004年に農業省はこの農薬の許可を取り消しました。2006年から最高裁の判決を受け、ネオニコチノイド系農薬を正式に使用禁止にしました。フランスは農業国なので、この問題には敏感なのでしょう。

 オランダはもっと早い2000年から使用の禁止の決定を下し、デンマークも同時期に販売も禁止しました。ドイツでは2008年からネオニコチノイド系農薬の許可を取り消し販売も禁止しました。イタリアも2008年から、禁止しました。ヨーロッパはつながっているので一斉にやらなければならなくなって、EUでの全面禁止になったのでしょう。アメリカでは農薬会社との癒着によるものかは分かりませんが、保健局が蜂との関連性を発表しているにもかかわらず、今のところ何の策もとられていないようです。

 日本では、愛媛大学の河野教授のグループが水田や河川の水質調査で、ネオニコチノイド系農薬を検出しました。日本全国農地のある河川では検出されるのではないかと思います。この農薬は蜂の脳や中枢神経を狂わせ、帰巣本能にも狂いを生じさせて、巣に帰れないようにさせて大量の死に至ります。

 人間も蜂のように脳内のアセチルコリンやグルタミン酸の神経伝達物質に狂いが生じるのではないかという説があります。特に子供の脳は発達途中なので、この農薬に被曝すると、学習障害やADHDといわれる多動性障害、精神的に問題が起こる場合があります。

 大人の場合でも、大量に被曝すると、あるいは、少しずつでも長期間被曝すると、頭痛、吐き気、手足のふるえ、皮膚の湿疹、短期の記憶障害が出るといいます。自律神経の調節の障害にも関係しているかもしれません。今、介護や支援認定の65歳以上のお年寄りの85%は、何らかの認知症の症状があると言われています。血管性障害や脳の委縮以外でも、化学物質が何らかの影響をしているのかもしれません。寿命が延びたからと言っても、現代の高齢者には、あまりにも認知症の割合が多いと思います。ネオニコチノイド系農薬や除草剤やその他の農薬は食品に残留しているので、食べて内部被ばくします。農薬によって障害が起こっても因果関係が立証しにくいのです。自然界のハチは命をもって警告を発してくれているのかもしれません。

 無農薬、有機農法や自然農法は運動が広がれば、自然や命を守る切り札になる可能性もあります。

 今日のもう一つのテーマは、「世界のクロサワ」と呼ばれた、黒沢明監督のたくさんの映画の中から、原発や放射能や自然観をとりあげた映画を紹介したいと思います。黒沢明監督は1910年~1998年の9月6日まで生きた方で、88歳で亡くなりました。今年の9月で没後15年です。

 黒沢明監督は、一貫して核兵器や原子力発電反対を唱えられていました。そのたくさんの作品は世界中で多くの映画賞をとりました。米国、ロシア、フランス、イタリア、英国、もちろん日本でも多くの映画賞をとりました。
1990年には米国アカデミー名誉賞をとりました。

 たくさんの映画の中で、古くて私は見たことがないのですが、「生き物の記録」という映画をとりあげたいと思います。それともう一つは、映画好きを自称する私としては見るのが遅すぎると思いますが、恥ずかしいことに最近初めて見た「夢」という映画を取り上げたいと思います。映画の中のメッーセージから、まるで彼の死後の十数年後の日本の未来を予見したような内容があるのです。

 まず、「生き物の記録」はあまり成功作とは言われてないかもしれませんが、35歳の三船敏郎さんが老人の役をやりました。1955年の作品です。(ムービーウォーカーからの引用です。)

 あらすじは、都内に鋳物工場を経営し、土地や工場などのかなりの財産を持つ中島喜一(三船敏郎)は、妻とよとの間に二男二女がいます。他に二人の妾とその子供たち、などの生活の面倒までみています。

 その喜一が原水爆実験や日本に落とされた放射能の被害妄想に陥って、地球上に安全な土地はもはや、南米しかないと思いこみ、近親者全員のブラジル移住を計画します。全財産を使ってそれを実行しようとします。

 しかし、長男を初め、子供たちは、父親本人を初め近親者全部の生活が破壊される恐れがあると、家庭裁判所に訴えて家族一同で喜一を準禁治産者(財産の管理能力のないもの)として訴えを起こします。家庭裁判所参与の原田は最初は喜一の話になるほどと思うのですが、家族の訴えを認めて、喜一を準禁治産者と認めてしまいます。

 極度の神経の疲れと緊張で喜一はこん睡状態となり、中島家では財産を誰が管理するかで、戦いとなります。
こん睡から目覚めた喜一は工場さえなければ、家族はブラジルに一緒に行ってくれると考え、工場に火をつけます。
 喜一の髪は一日で真っ白になり、心を壊した彼は病院に入院します。原田は彼を見舞って、喜一が壊れた心で、病院は安全なブラジルだと話します。原田はそれを知って愕然とします。
 喜一がおかしいのか、それとも原水爆の製造を続ける世界がくるっているのかというテーマを見ている人につきつけてエンディングになる映画のようです。喜劇にしてはあまりにも衝撃的な内容ですし、風刺映画とするにはあまりにも厳しい現実を描いています。

 もうひとつの映画は1990年に公開された「夢」と言う映画です。日本で予算がとれなかったので、監督はアメリカのワーナーブラザーズに企画を持ち込み、ステーィブン・スピルバーグとジョージ・ルカースが協力し、マーチン・スコセッシが出演しました。フランシス・コッポラの意見も取り入れたそうです。まさに夢のようにして出来上がった映画ですね。

 「こんな夢をみた」という題字で始まり、全体で8話のオムニバス方式で作られています。その一つ一つが印象的で色と映像がとても美しいです。1話から順に「日照り雨」(狐の嫁入り)、「桃畑」(桃の節句)、「雪あらし」(雪女)、「トンネル」(戦争の亡霊)、「鴉」(ゴッホ)、「赤富士」(原発事故)、「鬼哭」(放射能の影響)、「水車のある村」(監督の自然観やあるべき生き方)が最終話の8話目です。※( )内は私が勝手に題をつけました。

 次の回でとりあげるのは、後半のいくつかの話です。映画のあらすじとそれぞれの話について私の意見も述べたいと思います。

 

不思議な話 その35 有機農法と自然農法 虫の異変

 前回の続きです。後半は前にも書いたことのある農業とも関係のあるみつ蜂のお話です。

 有機農法(オーガニック)の定義は化学合成農薬と化学肥料を使わない農法です。このほかに最近では遺伝子組み換えを用いないというのも必要条件に加えられます。
 
 有機農産物の基準は各国で共通しているそうで、一部の無機農薬(石灰硫黄合剤とか硫酸銅と生石灰)の限定的な使用は許可されています。天然の無機肥料や一部の微量要素の補給なども許可されています。有機合成肥料は不可なのですが無機合成は可なのです。自然界に存在しなかった物質である有機合成農薬が分解されずに残留したり、環境の中で生物濃縮を起こし、人間や何らかの生物に悪影響を起こす危険を回避するためだそうです。無機農薬にはそのような危険がないものと区別しています。

 一方で、化学肥料は、有機合成農薬のような危険性はありませんが、土壌のバランスを崩して、土の中の微生物などにも悪影響があるそうです。作物も大きくなるが健康に育ちにくいということから、化学肥料は避けられるそうです。

 これらの有機農法基準はヨーロッパでは30年も前から作られていて、日本でも13年前の2000年に有機農法の基準が正式に作られました。有機農産物と表示するためには、そのような栽培方法を3年以上続けた畑で有機生産物であることを認証団体から許可してもらわなければなりません。

 有機農法は安全で質の良い食べ物を生産することに主な目的があり、環境を守ること、自然との共生、地域の自給と循環、地力の維持培養、生物多様性の保護、人権と公正な労働の保障、生産者と消費者の提携という目標まで掲げられ、自然の理にかなった永続的な方法であり、社会的にも適生な方法をめざしているそうです。有機農法と一言でいってもとても深い意味があったのですね。

 これに対して自然農法は、日本独自に使われている言葉で、欧米やその他の外国にはないそうです。

 自然農法は基本的には有機農法を踏まえて、有機肥料も限定的に使用するか、または不使用です。スローガンは、耕さない(不耕作)とか、除草しない(不除草)肥料を与えない(不施肥、)農薬を使用しない(無農薬)をかかげています。自然農法は規定がないので、実践するひとによって手法が異なります。耕すか、除草を許すかによって違いがあります。法律では自然農法や自然栽培は定義されていないので、市民権?はありません。

 自然農法の起源は、1930年代に世界救世教創始者の岡田茂吉という人が始めました。1936年から東京都世田谷区の自宅で実験的に作物を作り始めたそうです。1950年から自然農法と名付け、1953年には自然農法普及会を作りました。畑を耕すことは肯定し、肥料も肯定し、落ち葉や草を自家発酵させた自然堆肥のみにしたものです。病害虫の駆除はしません。人の力による除草は肯定します。肥料の作り方以外はほとんど有機農法ですね。

 これに近い時期1937年に高知県の農業試験場の研究者をやめて愛媛県で帰農した福岡正信という人は、栽培がもっとも自然に近い独創的な農法を作り上げました。多様な植物の種を百種類以上集めて、粘土とともに団子状にして、土におきます。無農薬、無堆肥、不耕作、無除草というのが4大原則で自然農法としてもっとも厳しいものです。究極に何もしない農業で、この農法は空中窒素を固定するマメ科のクローバーと、種もみにミネラルの補給になる粘土団子を利用することにより、米麦連続不耕作栽培として実践されましたが、全国に普及しませんでした。商業農業、農業で生計を立てたりお金を得る場合は効率が悪すぎるのではないかと思います。収穫量を気にしないで、自分たちで食べる分や失敗しても何の損失もない場合は、理想的な農業ですね。

 1939年に生まれた奈良県桜井市の川口由一という人は、農薬を用いた農業で体を壊し、1970年代より、無農薬、無堆肥、それに加えて耕さないという自然農を起こしました。耕起、施肥、病害虫防除を否定しています。人のちからによる除草は肯定しています。

 最近映画化された「奇跡のりんご」の青森県弘前市岩木町で1978年から無農薬栽培を始めた木村秋則さんは、10年間も収穫できない期間を経て、自然栽培(無農薬、無肥料栽培)を確立しました。素晴らしい忍耐力とりんごへの愛情が感じられますね。

 次の話題は前にも私のブログで触れた蜜蜂の大量死のことです。EUではこの問題に最近動きがありました。蜂の体内に、ネオニコチノイド系農薬の残留物があることを認め、欧州委員会は蜜蜂の減少している事態に対処するため原因の一つとされるネオニコチノイド系の殺虫剤3種類の使用を今年の12月からEU全域で暫定的(たしか3年位だったと思います。)に禁止することを決定しました。賢明な決定だと私は思います。また、欧州食品安全機関は、1月16日にネオニコチノイド系3物質、クロチアンジン、イミダプリド、チアメトロキサムが蜜蜂に与える影響に関する評価結果を公表し、それらもとに12月から使用制限を決定、ネオニコチノイド系農薬を蜜蜂の訪花作物や、穀物の種子処理、土壌処理及び茎葉の散布を制限します。

 ネオニコチノイドは便利で効率の良い農薬として、日本では非常にひんぱんに使われており、稲にも大量に散布しています。安易に使われていると言ってもいいです。日本でも蜜蜂は大量死しており、何の対策もとられていないのではと思います。

 蜜蜂の大量死は前にも書いたとおり、世界的な問題で、農薬を散布している所ならどこでも起こります。
蜂がいなくなったら、農業には壊滅的な打撃となります。食糧不足が起こりかねません。ネオニコチノイド系農薬は蜂だけではなく人間の機能にも影響を与えることが知られています。

 次回にもっと詳しく書きましょう。

不思議な話 その34 生命の起源再び と 農業のすすめ 有機農法 

 先日9月6日に、ナショナルジオグラフィックニュースで地球の生命の起源の物質は、いくつか地球にはないものだったという話を読んで、驚きました。

 地球の生命の起源は他の天体から飛来したという説を「パンスペルミア説」というそうです。当時(地球が出来たとされる46億年前から単細胞生物がでてきた約38億年前)の地球にはなかった生命の起源に必要なものが火星にはあったそうです。

 その一つ目は、フロリダ州のウェストハイマー科学研究所のスティーブン・ベナー氏の発表によるもので、ベナー氏は2013年の8月29日、地球化学者の集まる国際会議ゴルトシュミット・カンファレンスで、基礎講演を行って、書記の生命の形成を可能にした要素のうち、2つはほぼ間違いなく、初期の地球には存在しなかったが、初期の火星にはあった可能性が高いと発表しました。

 難しそうな話ですが、生命の誕生には水が必要不可欠で、しかし、遺伝子を複製するRNA(リボ核酸)は、水中ではうまく形成できないそうです。初期の地球でそのRNAが水中で分解されるのを防いで、保護する役割をしたのが、ホウ素で、初期の地球にはホウ素は一切なかったそうです。火星から飛んできた隕石の中にホウ素はいままで発見されています。

 ベナー氏によると、RNAの強固な結合には、ホウ素の他に強く酸化されたモリブデンという物質が必要だそうで、このモリブデンも初期の地球にはほとんど存在せず、火星の方がたくさんあった可能性があるそうです。

 もう一つは、ベナー氏の発表から間もなく、2013年の9月1日に、RNAやDNAやたんぱく質の「背骨」の役割を果たすリン化合物についても、水中にとけている状態では、地球にはなかったとする論文が発表されたことです。

 これを発表したのは、ネバダ大学ラスベガス校のクリストファー・アドコックという人です。生命が誕生した時の地球には固体のリン酸塩が地球上にはあったもののそれは水に溶けにくく、水に溶けやすい2種類のリン酸塩は、火星にあったということです。

 初期の地球には原始のスープにあたるようなものがあっても、それは命にはならずにただのタール状のもので、有機化合物は熱や光や水によっても、生命には至らなかったそうです。反体に、初期の火星は暖かく、水も存在したということです。

 ベナー氏もアドコック氏も、火星からのものによって地球に生命が直接もたらされたと断言しているわけではないですが、隕石にのって、生命の誕生を助ける物質が火星からもたらされた可能性があることを述べています。太陽系の星の間で、火星やその他の星から初期の地球に、少なくても1兆回は隕石が飛んできているそうです。

 他の学者で、地球上の生命の起源が太陽系に限らず、その外の惑星からの可能性もあると考える人もいます。

 彗星を初め、隕石が大きければ大きいほど、それについている生命のもとは生き延びて地球に到着するかもしれません。さらに飛躍しますが、何らかの意図で生命の元が他の惑星や宇宙船から送り込まれることも100パーセント否定することはできませんね。

 テーマは変わりますが、話は宇宙から地球の植物の話にうつります。最近見た民放のTVで、局は忘れてしまったのですが、完全な有機農法(農薬も化学肥料も使わない)で野菜を作って20年近く頑張られて、今では東京の有名料理店やレストラン140店に野菜を納めて成功している方の特集を見ました。

 40代終わりか50代初めの男性で、人海戦術で、アブラムシなどの害虫が出たら、虫の出たところだけ葉を切り取って、虫とのいたちごっこをしながら、農薬を一切使わないのです。想像すると物凄く大変な作業だと思います。トラックの運転手さんだったその男性が、子供さんのアトピーをなんとかしてあげたくて、貯金をなげうって借金もしたのでしょうか、土地を買って奥さんと農業を始めました。最初は契約レストランは1店舗しかなかったそうです。最初は月の売り上げも数千円の時期もあったそうです。今は会社にするくらい大きくなり、成功しています。

 私も子供のころ北海道やその他の親の勤務地で、親が家庭菜園をやっていて、トマトやキュウリやなすやエンドウマメなど無農薬のとりたての野菜を食べた記憶があります。それらはその後食べたどの野菜よりおいしかったと思います。なぜおいしいかというと無農薬や有機農法は野菜の生きる力を阻害しないからだと私は思います。人間も薬を飲みすぎると、薬は毒にもなるので、生きる力が少しおさえられてしまうかもしれません。それと同じように、農薬や化学肥料に頼りすぎると、野菜の本来の生きる力を弱めてしまうのではないかと思います。どちらがおいしくなるかは一目瞭然です。消費者も色や形が少々ねじれていても見た目は悪くても、虫食いがあっても安全だからだと選ぶ眼力を備えたいものです。

 番組で取材された方の成功の秘密は、レストランで使われるような洋野菜を採れたてのその日に自らの手でレストランまで届けてあげることで、野菜が新鮮でおいしさが生きていると思います。また、手をかけることにより、自分の育てている野菜に対する愛情が、深まりさらにおいしくなる秘訣になるかもしれません。彼は、今は休耕地がたくさんあり、土地を手に入れやすいので、農業の仕事をしたい人にはチャンスのときだと、番組内で話していました。

 天候不順、世界的な異常気象等があり、食料の安定供給がずっと続いて行くか心配な将来に対して、猫のひたいでも、ベランダのプランターでも、プチ農業が可能な人は実践することをお勧めします。

 次回も面白い話題をさがしましょう。

不思議な話 その33 植物の不思議(2)

 植物の話をする前に、前座として、最近今年の8月15日にアメリカ政府が今まで、エリア51の存在を認めて来なかったものを、情報公開法でエリア51は確かにあったというニュースの引用から書きますね。

 ナショナルジオグラフィックニュースからです。要約するとアメリカ政府はネバダ州の砂漠にエリア51という施設があったことを確かに認めました。1992年作成のアメリカ中央情報局(CIA)の文書の中に地図があってエリア51の施設の名前が明記されていました。

 (ここは前にわたしもブログで書いたように、また、UFO研究家がさんざん調べたのですが、実態がわからなかったところです。今までうわさでは、地球に不時着した宇宙人の研究がされたとか、宇宙人に協力してもらって飛行物体を作っているとか、古くから騒がれていた有名なところです。TV番組でもかつて取り上げられた「マジェスティック12」(MJ-12)12人の博士などの専門家の資料は極秘中の極秘でした。中で働いていた人が生きた宇宙人を見たと証言している番組もありました。今までは、アメリカ政府も軍もCIAもその存在を否定していました。)

 今回は、ジョージ・ワシントン大学にあるアメリカ国家安全保障アーカイブがこの文書のあるページについて情報公開の請求を行い、それを受けて公開されたそうです。

 400ページに及ぶ文書の中身はさきほど書いたエリア51の地図とエリア51という地域が存在すること、政府がこれまで存在を認めず固く守ってきた秘密が実在したことが証明されたのです。

 なぜ機密レベルを非常に高くしたのかは、いまだ謎です。

 アメリカ政府はUFOのことはやはり否定していて、エリア51で1955年に開始されたU-2偵察機プログラムで18000メートルの高度で飛んだので、見慣れていない人が未確認の飛行物体として通報したというのです。CIAが初めて開発した無人機が巨大なワシのような形をして、ほぼ垂直に飛び立ったのをUFOと見間違ったのではないかと弁明しています。

 しかし多くの目撃例と一致しないところもあり、内部の研究者の証言などとも矛盾するところがあり、またなぜ公開したのが「今なのか」ということも含めてまだ謎の多いテーマです。

 さて、今日の本題の植物についてです。地球の誕生が46億年前とすると、38億年前くらいに単細胞生物などの生命の誕生があったのでは、と言われています。27億年くらい前に地球に北極と南極の磁気圏ができて、前回書いた藍藻(らんそう)のシアノバクテリア(藍色細菌)を起源とする光合成生物が増殖して進化し始めました。24億年くらい前に一度目の地球が氷で覆われる全球凍結のイベントが起きます。

 20億年くらい前に酸素が地球上に増え、生命体が複雑になって行きます。19億年前に一つの超大陸ができて、その後ゆっくり大陸が分裂します。
 
 10億年くらい前に、多細胞生物が誕生します。7.5億年から6億年前に地球上の気温が、温暖になったり低下したりしします。寒い時期も氷の中や地中には生命体がいたと思われます。5.5億年前には古生代となりカンブリア紀の大爆発前は、生命の宝庫となります。

 5億年ほど前に植物が陸へ上がりそれに続いて、節足動物も陸へ上がります。4億年前にゴンドワナ大陸が分裂を始め、生物の大量絶滅が起こります。その後大木の森林が形成され、生き物がまた、多様になります。4億年~3億年のあいだに氷河期が始まり、3億年前に爬虫類が多様化し、氷河期も終わりを告げます。分裂していた大陸が集まり、パンゲア大陸が形成されます。その後海水の酸素が不足し二酸化炭素が増えます。二酸化炭素が今の比ではない量となり、それは恐竜に有利に働きます。

 そして、2.5億年前には、恐竜の栄える時代となります。これが中生代ジュラ紀で、小型の哺乳類が出て来ます。恐竜の栄えた時期は大型の植物も栄えたと思います。2億年前にパンゲア大陸が南北に分かれ、その後、小分裂して現在の形に近くなります。1億年前に地球が温暖化傾向になり、恐竜がさらに全盛期を迎え、一説によると巨大隕石が地球に激突して恐竜が絶滅し、多くの生物が絶滅したといいます。生き延びた哺乳類の中から小さな原始霊長類(ねずみのような、猿のようなもの)が出現しました。

 新生代の6500万年前に哺乳類が繁栄して、類人猿の祖先と思われる狭鼻猿が出現して、500万年前に類人猿から猿人が分化したと今の進化論では信じられています。

 わずか30万年前にネアンデルタール人などの旧人が誕生して、やっと3万年前に現在の人類ホモ・サピエンスが誕生したと今の科学では信じられています。

 こうやって簡単に見ていくと、27億年前に誕生した植物は、30万年前に誕生した旧人その後の新生人類の大先輩になりますね。植物が長い時間をかけて多様性を持ち、効率よくエネルギーを吸収し、地球上に多様な種を繁栄させているのです。植物は素晴らしい順応力をもっているのです。その仕組みは種によっては、繁殖の仕組みや増え方が超能力と呼べるような不思議に満ちています。

 80歳代のカメラマン埴沙萠さんの番組をたまたまNHKで見ましたが、植物を愛されている優しさが伝わってきました。小さな、小さな植物の不思議を見つけて写真や動画に撮っています。HPもあるので探して見てください。

 手塚治虫氏の「火の鳥」でも主人公が植物になってしまうという話がありました。人間の時よりも長く、ある惑星の過酷な環境で生きられるのです。映画「アバター」をはじめいろいろな作品で、人間が植物になる話があります。植物は動物のように移動して動物の仲間を捕食の為に殺したりしません。戦争もしませんね。本当に人間よりも植物の方が進化しているのかもしれません。

 次回は植物つながりで、無農薬野菜についてと、また新しい話題をさがしましょう。 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

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