不思議な話 その79 イギリスのレイライン上の古代遺跡

 前回に続いて、イギリスでの透視の話です。今日はエィブベリーのストーンサークル、ストーンヘンジなどです。

 イギリスのレイライン(強いエネルギーの流れている直線)は、1921年にイギリスの写真技師のアルフレッド・ワトキンスが、ヘイフォードという地形を見ていた時に、このレイラインをひらめいたということです。古代の人々は、地上のエネルギーを今の人よりも強く感じることができて、その線上に古代遺跡を作ったのではないかという仮説があります。これは宇宙からのエネルギーも影響しているかもしれませんし、古代に空からきていた神に相当する超古代文明の人々か、宇宙人に関係した場所かもしれないのです。このレイラインを伸ばしていくと、地球全体の古代遺跡も関連した線上にあるという考え方があります。それにはエジプトのピラミッドの位置も含まれます。

 風水でいう竜脈にも通じるところがあるでしょうか?日本にももちろんレイラインはあります。

 イギリスの地名で、ウーブレイやアーデイスレイなどのレイという音(おん)がつくものも少なくないそうです。先ほどのワトキンスさんは、1925年に『オールド・ストレイト・トラック』(古代の直線路)という本でその考えを書きました。彼はそこをエネルギースポットとは考えずに、古代の通商路(シルクロードのような通商路でしょうか?)と考えました。1930年代に書かれた他の作者の本ではそうしたラインは「パワーセンター」のエネルギーラインだと考える人も出てきました。「セント・マイケルズ・ライン」は、イギリスの南西部を5月1日の方向(古代ケルト民族の祝日の一つ)の日の出の方向に走るラインで、南西の一番端はコーンウォールです。その線上に、マイケルの名の通り、大天使ミカエルの関係する場所が多いと言われています。

 まず、エィブベリーのストーンサークルですが、ストーンヘンジよりも石の大きさは小さいですが、2重の円の一部をなしていて、私の透視では、二つの円の中心に何かの装置があったような気がします。空からおりてくるものの何らかの目印だったのではと考えられます。同時に、天体の運行と太陽の位置とも関係があり、磁場や地磁気を変える超古代の装置の跡があったと思われます。アトランティス等で使われた、重力を変えて飛行する乗り物と関係がある場所ではないかと思われます。それで、エネルギーの強い場所になったと思われます。この遺跡と、ストーンヘンジは、何らかの関係があると思います。両方とも長くいると気分がわるくなるような強いエネルギーが感じられます。ストーンヘンジは、近づくのには許可がいるようになってしまい、遠くからしかみられませんでしたが、それでも、つよくエネルギーを感じました。この遺跡群も空からの訪問者と関係がありそうで、通常の人力で石を積み上げていったのではないと思います。

 古いTVの番組で、1994年の「矢追純一のUFOスペシャル第7弾」の再放送を最近目にする機会がありましたが、その中に畑の中にできるミステリーサークルとUFOの関連を指摘している話がありました。近くのノーウィックという場所の地元の住人がUFOが畑の上を飛んで、UFOに住人がさらわれた経験がある人のインタビューがありました。荒唐無稽で遺跡とかけ離れているように見えますが、番組ではこの事件やUFOとエィブベリーのストーンサークル、ストーンヘンジの遺跡は関係があるのではと言っていました。

 その番組内でおもしろいエピソードがあったのですが、考古学者ローバート・アレックスという人のインタビューをのせていて、シルバリーヒルとエィブベリーを初めとする私が訪れた数々の謎の遺跡群は、火星の人面像付近のシドニア地域と呼ばれている地形とぴったり一致するという説があるのです。エィブベリーの遺跡は火星のあるクレイターの形に似ていて火星の小高い山と、シルバリーヒルの小高い山の位置が一致するというのです。ストーンヘンジは古代の天文台ではないかとか儀式で使われたのではないかという一般的な説がありますが、それは、後の人々がそれらに用いたとしても、当時の人々の祖先や空から来たものが人智を超えておいた巨石は、むしろ火星から飛行してきたものと関係があったのかもしれません。これらが造られたのは紀元3000年以上前で、今から4500年から5000年以上前だそうです。

 次回はグラストンベリーの遺跡とアーサー王伝説その他の話を書きましょう。 
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不思議な話 その78 サンジェルマン伯爵まとめとイギリスの古代遺跡

 サンジェルマン伯爵のまとめとして、真偽のほどは確かめられませんが、彼の逸話や不思議なエピソードを集めてみました。彼は左右の手を同じように使え、両手で文字を同時に書いて、その筆跡を重ねると左右の文字ともぴったり重なったということです。

 大変なダイヤモンドの蒐集家で指輪をたくさん持ち、懐中時計や靴の留め金にもダイヤモンドをつけていて、貴族や王に自分で作った?と言っていたそうです。

 尋ねられる前から質問する人の考えを詳しく見抜く力があり、テレパシー(今の時代では遠隔透視?)で遠い国家で何が起こっているのかや、自分が必要とされているかどうかがわかったそうです。これは物理的に可能か?という感じですが、扉を使わないで、自分の部屋や友人の部屋に姿をあらわしたり、出て行ったりする。(これらは幽体離脱した生き霊のようなものにあたるのでしょうか?)

 フランス語はもちろん、ラテン語がわかり、英語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、ヘブライ語、ペルシャ語、アラビア語、中国語を話せ、サンスクリット語を読むことが出来ました。

 サンスクリット語がわかるので、東洋のヒンズー教や仏教など秘教の知識に精通していて、瞑想が出来、ヒンズー教徒のように座禅が組めた。そして、ヒマラヤ山脈に隠遁するところがあり、ときどき滞在し、インドには修行のため、85年間とどまったという噂がありました。

 小柄で整った容姿、穏やかで上品な物腰、いつも40代くらいにしか見えなかったが、しわはなく、何時会っても肉体の衰えを感じさせなかった。人を恐れさせるより、かしずかせるタイプで、礼儀正しく、貴族らしく洗練されていたそうです。

 天賦の才能があり、音楽の楽器演奏の才能や絵の才能、とくに絵では、宝石の持つ輝きをキャンパスに写し取り、驚くほど明るい色を出したといいます。

 紀元前の300年代のアレクサンダー大王がバビロンに入場時、自分がその場にいて、その時の状況を詳しく話したといいます。これは彼の過去世の記憶から来たものなのか?、タイムトラベラーのように見てきたのか?過去の出来事を遠隔透視した?のか、作り話なのか、定かではありません。

 過去のことだけでなく、前回書いたように、未来のルイ16世とマリー・アントワネットのフランス革命の時の危険な未来を予言し、二人に警告したそうです。実際は予言の通りに、二人は断頭台で処刑されてしまいます。

 歴史の上では1784年にドイツで亡くなったことになっていますが、逸話はこんなものが残っています。

 彼はルイ16世とマリー・アントワネットの運命を予言したあと、フランス革命が起こることも予知して、1784年にドイツに逃れます。ドイツのカッセル伯爵の屋敷の一角で錬金術の研究をしていました。そしてこの屋敷で急死したという記録があるそうです。死因は、慢性のリュウマチで鬱でもあったというのですが、この後、サンジェルマンの目撃情報があちこちでありました。1789年、彼の公式な死後から5年後に、マリー・アントワネットはサンジェルマン伯爵からと思われるような、匿名の手紙を受け取りました。革命中のパリでも数か所で目撃され、断頭台のあったクレープ広場では、しばしば目撃されていたそうです。ドイツでの死は偽装されたものだったのか、過去の彼がタイムトラベルをしてきたのか?フランスで道化師が彼の嘘の噂をばらまいたように単なる作られた虚像なのか、薔薇十字団のローゼンクロイツとともに謎のままです。

 6月末から7月初めに、御依頼でイギリスに透視の旅に行きました。最初に訪れたのは、アフィントンの白馬(Uffington White Horse)でイングランドの南部ウォンテジの西、約8kmにある紀元前1000年(今から3000年くらい前)に作られたのではないかと言われていますが、はっきりしません。丘陵地の見晴らしの良いところにあり、土壌が石灰質なので、古代に地面に彫った跡が、後の人々の維持の努力にもよって、白い馬の形(一説にはドラゴンの姿)として、今でも残っています。

 透視をしたところ、過去世でよく見るケルト民族の人々の姿が見えました。当時ヨーロッパ大陸に多くいた民族で、イギリスにも当時から移住したものと思われます。種族の長(今の王様のような人物)が指示して多くの人々に作らせました。透視によると、近くのすこし下がった所にある山に彼らの信仰した神の祭壇があり、ホワイトホースの絵があるそれよりも高い山に神が降り立ち祭壇のほうに行くイメージがありました。

 私が思うに、古代の人々は空から来る神の為に、この絵を描いたのです。祭壇のいけにえは人ではなく、食糧にしていた動物や植物などの食べ物でした。この時代その民族は馬を乗りこなしていて、人間が乗って移動したり畑を耕すのに使っていたと思われます。青銅器時代ですが、農機具も初歩的なものはありました。狩猟や安定した作物の収穫を祈って作ったものと思います。この彼らの神にあたるものが、後の時代のケルトの神か、空から乗り物に乗って降りてきた、アトランティス文明からの生き残りの人々の祖先かはわかりません。この遺跡は言われている紀元前1000年よりももっと古いようにも感じられます。当時の人々は、現代よりもやや長身であったようです。

 次回は、石の古代遺跡、コーンウォール半島から真っ直ぐに伸びる聖地のエネルギーの道の途中にある、エイブリーとグラストンベリーと世界遺産のストーンヘンジなどにふれてみましょう。

不思議な話 その77 不老不死といわれたサンジェルマン伯爵と薔薇十字団まとめ

 サンジェルマン伯爵の話の前に、薔薇十字団創始者といわれるクリスチャン・ローゼンクロイツのことについて書きましょう。クリスチャン・ローゼンクロイツも真偽のほどはわかりませんが、自分が106歳で亡くなる前に、死後120年経ったら蘇る(キリストのように復活するという意味か、生まれ変わってくるという意味か不明)と言い残しました。
 
 ローゼンクロイツの生涯は、前にあげた『化学の結婚』や『薔薇十字団の名声』、『薔薇十字団の告白』に記されています。ローゼンクロイツはドイツのブロッケン山周辺の貧乏な没落貴族の家系に生まれ、修道院で育ち、薔薇十字団を結成した3人の友人と知り合ったとあります。16歳になるとエルサレムへの巡礼に向かいます。その道中アラビアの賢者について耳にし、現在のイエメンにあるダルカムという所で賢者たちと会い、賢者たちはローゼンクロイツを長いこと待ち望んでいた人物として厚遇します。(このエピソードはキリストが誕生する時の東方の四博士の話と似ていますね。)

 ダルカムという場所でアラビア語と数学と自然学を学び、『Mの書』という神秘的な本をラテン語に翻訳して、モロッコで四大精霊人と呼ばれる者たちと出会いドイツに帰国して3人の友人と4人の仲間を加えて、薔薇十字団を結成します。

 ローゼンクロイツで不思議なところは、その死に関して謎に包まれたところがあることです。薔薇十字団の活動が軌道に乗り、その形が安定すると、彼は自分が死んで、いなくなっても大丈夫と考えたといいます。ローゼンクロイツは「自分は120年後にもう一度よみがえるだろう」という言葉を遺して1484年に106歳で亡くなります。

 6人の弟子は、ローゼンクロイツの指示通りに秘密の墓を作り、彼の遺体を安置したといいます。それから100年以上たって6人の弟子の教え子たちが薔薇十字団の教義を受け継ぎ、120年後に弟子たちがその地下室の墓に行ってみると、ローゼンクロイツの遺体は腐りもせず白骨化もせずに、そのままの形で生きているように横たわっていたというのです。埋葬室には、その時代にしては不思議な物であふれていたといいます。天井の近くで輝く人工の光(今の時代でいう電灯でしょうか?)窓もないのに室内は明るい光がさし、蓄音機やテープレコーダー(現代だとMDレコーダーでしょうか)などのように、音声を機械的に発生させる装置もあったといいます。その他聖なる秘密の知識を書いた書物や、製法が分からない秘薬、使用方法の分からない機械などがあったそうです。これは『薔薇十字団の伝説』という本に書かれていたということなので、フィクションなのかもしれませんが・・・

 けれども、この本が刊行された1614年の時代のその思想を擁護した知識人で、たとえば哲学者のデカルトやフランシス・ベーコン、のような有名な人もいたようです。薔薇十字団に関しては反対する人たちと擁護する人たちと、入団したいと切望する人たちがいたようです。でも謎の結社なので、書物にでてくる「聖霊の家」の場所も誰にもわかりませんでした。

 ジョン・ヘイドンという人は彼の著書『暴かれた薔薇十字』の中で、「薔薇十字団は天の周辺に住む神的な一団で、彼らは分身の術を使って意のままに姿を変えることができる。彼らは自分の望む場所に移動することが出来る。彼らは占星術によって地震を予知したり、疫病の流行を遅らせたり、空中を歩いたり、どんな病気でも治すことができた。」さらに「死んだ人を蘇らせることも出来るし、自分自身も全く年をとらないで、若さを保ったまま400年以上も生きることが出来、ある予定の期間活動すると、不思議なガラスの容器に引きこもって、何十年も休息をとり、必要な時期にそこから出てくる。」などの話があります。まるでSFの小説のような話ですね。薔薇十字団を信じている人の中には、この話も信じている人もいたといいます。

 ローゼンクロイツの話の蘇りや不老不死つながりですが、サンジェルマン伯爵(1691年~または1707年~)という不思議な人の話を見つけたので、書きますね。彼は18世紀ヨーロッパの実在の人物です。彼にまつわる様々な伝説にも近い不思議な話があります。彼はスペイン王妃マリー・アンヌ・ド・ヌブールと貴族メルガル伯爵の私生児といわれていますが、身分の高い人ですね。経済的にも身分的にも高く、最高の教育を受けられました。化学だけでなく、音楽にも優れていて、絵の才能もあり、博識でした。

 サンジェルマン伯爵は1746年までロンドンで過ごし、その後12年間錬金術の研究にドイツにいたとか、インドやチベットにいたという説があるそうですが、不明です。1758年に普通に考えると67歳くらいですが、40歳前にしか見えなかったそうです。1758年にパリに住み、ルイ15世の営繕官だったマリニー侯爵に王室所有の施設を研究の為に使わして欲しいと手紙を送っています。王は許可して、サンジェルマン伯爵はそのシャンポール城と付属施設を研究の為に使うことが出来ました。ポンパドール公爵夫人の紹介でルイ15世と面会することもできました。サンジェルマン伯爵はそれ以降、その才能などで王に可愛がられますが、ルイ15世の重臣ショワズール公爵にねたまれ、ショワズールは道化師のゴヴという男を雇いサンジェルマンのマネをさせました。ゴヴはサンジェルマンが昔に生きていた、アレクサンダー大王と酒を飲んだとか、キリストにあって予言を受けたとかホラ話を言いふらします。ジョワズール公爵は目ざわりだったサンジェルマン伯爵をスパイ容疑で1760年にフランスから追い出します。サンジェルマンはその後、オランダからイギリス、イタリア、ロシア、ザクセンやプロイセンでいたことが確認され、顔料と色彩の研究をしていました。

 1766年にプロイセン(今のドイツ)の王フリードリヒ2世の庇護を受けますが、その次の年にはヘッセンの領主のもとに行き、1784年の2月27日にそこで亡くなったことになっています。ヘッセンの領主によれば93歳だったとされていますが、その話を覆すようなさまざまな伝説が残っています。

 その中の面白いものとしては、彼が前世の記憶とそれに関連する知識があるという話です。その結果2000年とか4000年間の記憶を持っていたといいます。(これは前世の知識が断片的でなく続けてみることができれば可能です。)哲学者のヴォルテールという人は1760年のフリードリッヒ2世にあてた手紙で、「サンジェルマンは決して死ぬことがなく、すべてを知っている人物」であると言っています。フリードリッヒ2世も「死ぬことができない人間」といっています。これはジョークなのか真剣に述べたことなのかは謎ですが・・・

 フランスでの逸話では、サンジェルマンがルイ15世に会って、ポケットからダイヤを取り出し贈り物ですと言った時、王がどこで買ったかと尋ねると、買ったのではなく、自分で作ったのです、とサンジェルマン伯爵は言ったそうです。サンジェルマンが1100年代後半のイギリスの王リチャードのことを話して自分もそこにつきそったというと、サンジェルマンは自分の使用人にそのときのことを話すように言うと、「私はサンジェルマン伯爵にお仕えして300年しかたっていません。」と答えたといいます?

 サンジェルマン伯爵時がフランスを再び訪れた時、ルイ16世とマリーアントワネットは二人の今後の運命をサンジェルマン伯爵から予言されたと言われています。そして、当時はまだ存在しなかった、汽車(蒸気機関)や飛行機のことを話したと言われています。

 長くなったので、次回にまとめを書いて、イギリスで現地調査をした古代遺跡について少し書きましょう。 

不思議な話 その76 薔薇十字団

 イギリスから帰ってきて、しばらく時差ボケしていましたが、治りました。予定通りオークニー諸島の石器時代にできたといわれている古代遺跡を周り、透視をして、ストーンヘンジとアヴェンリーのストーンサークルと地面に白い馬の形をした古代遺跡とグラストンベリーの遺跡を見ました。あと、大英博物館の死者の書などのエジプト出土品、テンプル騎士団教会の謎の石の棺を透視しました。また、フリーメーソンのロンドンにあるグランドロッジ博物館も見学しました。のちほどあとのブログで少しずつ書きますね。

 今回は、薔薇十字団の話の続きです。

 30年戦争時の1623年、パリの町でも不思議な事件が起きました。「薔薇十字団長老会議長」という署名の入ったポスターがパリの町のいろいろなところに貼ってありました。その内容はわかりにくい文章ですが引用してみます。「われら薔薇十字団の筆頭教会の代表は、賢者が帰依するいと高き者の恩寵により、目に見える姿と目に見えない姿で、当市内に滞在している。われらは本も記号も用いることなく滞在しようとする国々の言葉を自在に操る方法を教え導き、我々の同胞である人類を死の過ちから救い出そうとするものである。---薔薇十字団長老会議長」

 この1623年より9年前の1614年、ドイツのカッセルで1冊の本が出版されたことから、薔薇十字団の噂が始まります。
それは『世界の普遍的改革』という題で、出版責任者も作者も不明でした。その付録として『薔薇十字団の伝説』が出されて有名になりました。荒唐無稽なはなしですが、人類を死や病の苦しみから永遠に解放する(不老不死の実現)のために、ここ120年の間、世界各地で活動を続けてきた秘密組織「薔薇十字団」という秘密結社の存在やその創始者、クリスチャン・ローゼン・クロイツと呼ばれた人物の生涯がえがかれている奇妙な本でした。

 1615年にも『薔薇十字団の信条』が出版されます。この本はドイツ語でなくラテン語で書かれていました。ラテン語といえばそのころでも教養のある人しか理解できず、日本の現代語にたいしての古語の言葉より難しいかもしれません。内容は、『薔薇十字団の伝説』の本の中で宣言されたローマカソリックの教皇制を打ち破ることと、世界の改革を強調するものでした。その後の第3冊めの本は『化学の結婚』という本です。3冊目には錬金術思想が書かれていました。

 そのころのヨーロッパは、暗黒の中世ローマカソリックの支配から、新興宗教のキリスト教が起こり、ルネッサンスの芸術改革も起こり、絶対的封建体制に対し、民衆運動の先駆のような動きがヨーロッパ各地にありました。1500年代に活動を開始したのでは、と思われる薔薇十字団の起源は、いくつかの秘密結社がその元ではないかと言われています。

 そのひとつが、キリスト教の教会に対して異端の罪に問われてたびたび投獄されていた錬金術師(今の科学者)のハインリクス・コルネリウス・アグリッパという人の組織した「黄金十字団」です。

 また、錬金術師ストゥディオンによってニュールンベルクで結成された「福音十字団」が「薔薇十字団」のルーツであるという人もいたようです。1500年代後半はルターによる新興宗教プロテスタント運動が起こり、ペストや梅毒などの伝染病が流行し世の中は混乱していました。「薔薇十字団」の本が出版された時代は、キリスト教のカソリックとプロテスタントが戦った宗教戦争である30年戦争の最中だったので、プロテスタント側のカソリックに対する宣伝、アジテーションの役割のためだったかもしれません。あるいは、プロテスタントやカソリックなどの既存のキリスト教の考えを打ち破る新しい価値観を「薔薇十字団」に所属する人々は求めたのかもしれません。

 けれども、1600年の半ばになると薔薇十字団は忽然と表舞台から消えて、そのあとにいろんな噂が飛び交いました。現代でも薔薇十字団が世界の各地にその支部があって、活動していると信じている人もいるそうで、いろいろな噂がその後も広がったということですね。薔薇十字団の考え方は、その後のヨーロッパの神秘主義の考え方の基礎となりました。

 薔薇十字の研究家の中では、この十字はキリスト教の成立以前の古代エジプトのシンボルからとったのではという説があります。キリストが十字架の上で亡くなったから十字架がキリスト教のシンボルになったのではなく、十字架が極めて重要なシンボルだったから、キリストが十字架の上で処刑されたと、フランスの神秘主義者ルネ・ゲノンは考えました。初期キリスト教のメンバーが古代エジプトで使われていた、十字のシンボルを採用したというのです。

 私が前にブログに書いたように、これは私の独自の考えですが、古代キリスト教は、エジプトの死後思想を取り入れました。それは私のブログの死者の書の所に書いてあります。もともとは「天国と地獄」の思想は、古代エジプトの宗教にあったものなのです。もちろん、天国に行くか地獄に行くかの審判は、エジプトの冥界の神が、ルールにのっとって行っていたものと、キリスト教が誕生する前、紀元前何千年もまえから、一般的に信じられていたものでした。ユダヤ教よりも、もちろん古かったのです。アジアにきたら、閻魔大王のような存在で死後思想がつたわりました。

 実際には、天国も地獄も無く、死後の審判もありません。自分の生きていた行いを振り返るのは、自分自身なのです。それが苦痛に思える人もいるかもしれません。人に審判を下された方が楽かもしれないから・・・

 話を元に戻すと、この薔薇十字の薔薇はインドやペルシャを原産地(今では中国にもあったと分かっています)としているので、アレクダンドリア文化や東方の秘伝的知識(東洋哲学ということでしょうか?)を象徴し、十字架を西方のキリスト教世界に象徴し、東西の文化の交差点(十字架の交点)に薔薇の花を配したという面白い説もあります。

 私が前にブログで取り上げた人物、人智学の創始者で天才的な思想家ルドルフ・シュタイナーによれば、十字架は肉体を、薔薇は魂を意味しているといいます。薔薇十字団から伝えられる叡智が十字架(肉体)から薔薇(魂)を解き放って、自由にするためのものだと言っています。彼によれば、自由になった薔薇(魂)は高次の世界へと上昇できるといいます。
薔薇十字団の考え方は、後の世の文学、芸術、音楽、科学、哲学、神秘思想に影響を与えました。

 次回は、薔薇十字団の考えを信じていたとされるその人生が謎に満ちていて、誰もその実態がわからない「サン・ジェルマン伯爵」について書きます。彼は不老不死だったともすべての前世(過去世)を記憶していたとも噂されていました。その次に、前後しますが、薔薇十字団の創始者?とされるクリスチャン・ローゼン・クロイツを調べてみましょう。架空の人物かもしれませんが・・・

 


プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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