不思議な話 その118 世界の太陽の神への信仰(2)

 日本の『古事記』の中の神話では、太陽神は女神の天照大神で、月の神は男性の月読命(ツクヨミノミコト)と、されています。「人間に命をもたらしている太陽が消えるというテーマは、先に書いたエジプトの神話では、夜になると太陽が姿を消すという話から、日食(太陽にまつわる自然現象の神話)などにあります。

 北欧神話では、魔物の狼フェンリルの一族である狼スコルが太陽に追いつき、狼ハティが月に追いつき、食らいつくことで、日食、月食となります。(狼の被害が多く、狼を恐れ、そして、太陽が姿を見せない冬が長い北欧ならではの発想ですね。)

 中国にも北欧と似たような話があって、最初は10個の太陽が天にあって、世界が大変熱かったので、大地には何も生えなかった。そこで、こうげいという弓の達人が、9つの太陽を射おとして、今は1つであるという伝承があります。そして、北欧と同じ話は、日食は天の狼が太陽を食べることで引き起こされるというのです。日食のとき、暗くなって人々は不安なので、鍋や釜をたたいて、この狼を追い払い、日食をやめさせようとする風習があったそうです。

 日本の北部、アイヌ民族の神話では、素敵な国作りの神話と太陽神の話があります。学者さんが集めたアイヌの民話「ユーカラ」によると、北海道南部の伝承だそうですが、昔、この世に国も土地も何もない時、青海原の中の浮き油のようなものが出来、これがやがて火が燃え上がるように、立ち昇って空となりました。その後に残った濁ったものが次第に固まって、島(北海道)になりました。島は長い間にかたまって島となったのですが、そのうち、もやもやとした気があつまって、人柱の神(カムイ)が生まれました。炎のように、高く昇った清く明るい空の気からも一柱の神が生まれ、その神が五色の雲に乗って地上に降り立ったと言い伝えられています。

 この二柱の神が五色の雲の中の青い雲を水のなかった海の方に投げ入れて、「水になれ」というと、海が出来ました。そして、黄色の雲を投げて、「地上の島を土で覆い尽くせ」と言いました。すると地面になりました。赤い雲をまいて、「金銀珠玉の宝物になれ」というと金銀や宝物になりました。白い雲で、「草木、鳥、獣、魚、虫になれ」というと、植物、動物、魚、虫になりました。その後、天の神と地の神の二柱の神は、「この国を統治する神がいなくては困るがどうしよう。」と考えているところへ、1羽のフクロウが飛んできました。神はなんだろうと見ていると、そのフクロウが目をパチパチしていると、神々は面白がられ、たくさんの神々を協力して産みました。たくさんの神々の中で、日の神(太陽神)はペケレチュプ、月の神はクンネチュプ(黒い太陽)でした。これらの光り輝く美しい神々は、この国の霧が深く暗い所を照らそうと、ペケレチュプはマツネシリ(雌岳)から、クンネチュプはピンネシリ(雄岳)からクンネニシ(黒雲)に乗って天に昇って行きました。この濁ってできて固まったモシリ(島)の始まりが、今のシリベシ(羊蹄山)です。

 こうして、アイヌモシリ(アイヌの島)が出来て、次に動物や植物を含むあらゆる生き物が作られます。さらに、神に似せた人間=アイヌが創造されます。神々の国と人間界を仲介する、人祖神アイヌラックルが生まれます。

 中南米は主に太陽信仰です。南米ペルーの古代からあるインカ文明では、ペルーは細長い国なので、地域によって神話がすこし異なるようです。ペルー南部高地では、伝統的な創造神ピラコチャが信仰されています。ペルーの海岸地域では、太陽と兄弟である創造神パチャカマックが活躍します。中部高地では、4柱の神々が活躍します。

 インカ帝国の伝説上の太陽神は太陽と虹の神インティといわれています。インカ帝国を作ったといわれるケチュア族の人々は太陽の神を、天の序列の第1位に置き、インティと呼びました。インティはより複雑な神となり、創造神と習合して、イラ・コチャ神になりました。この神はインカの天地創造の基礎、水と土と火の3元素を統治します。

 インカ文明では巨大な力を持つ太陽神は人間の王国内にはとどまらず、天の階級を持つ月であるママ・キジャを妻としました。その2柱の神はインカ帝国を作った者たちの両親であったとされています。その子孫は、インカ帝国の支配者の皇帝たち(生き神)たちであるとされました。インティは「昼の指導者」とも呼ばれ、この太陽神は、黄金の円盤に人面を描いたもので表わされました。月は銀の円盤で表わされました。この黄金や銀の円盤は、スペイン人侵略者によって略奪されました。

 インティ創造神として崇拝の対象でしたが、助けを祈る者にとっては、救いの神であり、農作物を育て、病気を治し、人々の望みを叶える存在でした。(この役割はまるでギリシャ神話のアポロンにそっくりですね。)月の神ママ・キジャは女性の為の神で、女性の望みをかなえ、心配を聞き、守ってやる神でした。太陽の神を祭るインティ・ライミ祭りは今もクスコで行われているそうです。

 ユカタン半島中部のアステカ文明の伝説によると、アステカ人の先祖は、テスココ湖をとりまくアナワク谷の北側からやってきたそうです。彼らはハチドリの予言に導かれて来たそうです。彼らがテスココ湖の島に上陸した時、彼らはたくさんの実をつけたサボテンに1羽のワシがとまっているのを見て、そこに家を作りなさいという予言と受け止めました。アステカ人はそこに人工の島を作り、テノチティトランという都市を築きました。(後のメキシコシティ)アステカ人は民族によっていくつかの異なる創世神話を持っているそうですが、現在の世界の前には4つの時代があり、それぞれ大災害によって滅びたというのです。現代は第5の時代で、最も小さい神ナナワトルの犠牲によって難を逃れ、その小さい神は、その後太陽になったといいます。アステカ人がその都の遺跡テオティワカンに到着した時は、その都はすでに破壊され遺跡になっていたそうです。

 ユカタン半島の最東部ではマヤ文明が花開きました。マヤの最高神ククルカンは太陽神です。太陽の位置に合わせて、精巧に作られたククルカンのピラミッド太陽神殿は計算されて作られました。カスティーヨと呼ばれた神殿内部には、初期のトルテカ・マヤ方式のピラミッドが内蔵されていて、作られたのには謎が多くあります。この神殿にはジャガーをかたどった玉座やいけにえの心臓を太陽の神に捧げたチャクモール像があります。サッカーのような球技をして、負けたものか勝った者がいけにえになったといいます。時代によっては、いけにえになることが名誉だったのかもしれません。雨が降らないときや作物の豊作を祈る為、聖なる泉に財宝やいけにえを投げ込んだそうです。これらのいけにえはすべて太陽神に捧げられたのでしょう。

 長くなったので、次回は古代ケルトやメソポタミア等のさらに古い時代の太陽信仰を見て行きましょう。
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不思議な話 その117 太陽の神の信仰

 外国の話かもしれませんが、心の病で入院している患者さんが、庭へ出て太陽に向かって何回もおじぎをしていたそうです。担当のお医者さんは不思議に思って、どうして太陽にお時儀をしているのか聞いたところ、「太陽におじぎをすると、太陽がそれに答えてくれて、自分に風を送ってくれる。」というのです。その医者は、伝説や神話の研究者でもあり、どこかの国の民話に太陽の神を拝むと太陽が風を送ってくれるという話があるのを思い出しました。そして、こんな話は人間が昔から共通で持っている物語ではないかと語っていたそうです。

 太陽を神とする信仰は、日本を初め、世界中にあります。太陽は人が生きるのに欠かせないものです。太陽がなければ、人は生きられません。命そのものと言っていいかもしれません。日本では正月元旦に初日の出を見て、拝む風習もありますね。太陽信仰はいろいろな神話を、世界で生み出しています。日本の国旗は太陽を象徴していますし、古代では「日いづる国」(世の中で最初に太陽が昇る国)と自ら名乗っていました。

 世界の中では、太陽神はほとんど男の神ですが、日本と北米のアメリカインディアンのマオリ族やいくつかの民族は、女の神とされています。前回のブログで書いたラーは、太陽神で中心の神と言ってよい存在でした。エジプトの王もその名を名乗りました。

 ギリシャ神話では、太陽の神はアポロンが有名ですが、男の神です。ギリシャ神話では、アポロ神はゼウスの息子で、その他ヘリオス神という太陽の神もいますが、光明の神アポロが太陽の象徴になりました。アポロはオリュンポス12神の1人ですが、もともと、芸能や芸術と光明の神(光明とは、人気もあらわしているのでしょうか?)

 「イーリアス」という抒情詩の物語では、敵のギリシャ兵を倒した「遠矢の神」であり、疫病の矢を放つこともあれば、医療の神として人を助けることもあります。神託をうける預言の神でもあるので、古代の神のお告げを聞く預言所デルフォイは、ギリシャでは最大の聖地で、アポロを祀っています。神託はピューティアーというみこ(シャーマン)が詩の形でお告げを伝えました。古代ギリシャ人は、異国の植民市建設の為に、デルフォイの神託の預言を聞いたそうです。デルフォイはたくさんの捧げもので豊かになりました。

 アポロは「イーリアス」によれば、神々を二分したといわれるトロイア戦争で、つねにトロイア側につきギリシャ兵をやっつけました。アポロの母親は女神レトーで、大地の女神です。アポロは息子なので、これにつき従う植物の神でもあります。アポロは農業、牧畜の神でもあり、白鳥、カラス、鷹、禿鷹、蝉などが、アポロの使いと言われています。アポロの樹は月桂樹とオリーブで、アポロはイルカに姿を変えたという神話もあります。

 アポロと月桂樹については有名な悲しい神話があります。大蛇ピュートンを矢で射殺したアポロ神は、帰る道で、恋の神エロス(キューピッド)に会います。子供の姿をしているエロスとその弓矢をアポロが馬鹿にしたことから、エロスはアポロへの仕返しに、恋の黄金の矢でアポロンを撃ち、愛情を拒絶させる鉛の矢でダフネーを撃ちました。その為、アポロはダフネーを好きになり彼女を追いかけますが、彼女は嫌がって逃げます。

 エロスのいたずらで、追いかける方と追いかけられる方になりますが、ダフネーは逃げるのも体力の限界となり、湖畔に追いつめられるとダフネーは父親のペーネイオスに頼んで、自分の姿を月桂樹に変えてもらいました。樹になったダフネーを見たアポロは、がっかりして、せめて自分の聖なる樹になってほしいと彼女に頼み、ダフネーは枝を揺らして、承知してアポロの頭に、月桂樹の葉を落としました。このことからアポロのお祭り、デルフォイのピューティアー大祭の競技会優勝者には、月桂樹の葉の冠が与えられるようになりました。

 アポロは好色で、女性をすぐ好きになるキャラクターとして描かれています。トロイアの王プリアモスの娘のカサンドラをアポロは好きになり、求愛します。アポロはカサンドラに、自分の愛をうけいれてくれれば、「百発百中の予言能力」を授けると彼女を誘惑しますが、カサンドラはその条件を飲んで、「予言能力」を手に入れます。ところが、皮肉な物で、予言能力を手に入れたカサンドラは二人の恋愛の顛末が予言できるようになります。「アポロにもてあそばれて、捨てられる未来を見たカサンドラは、すぐにアポロから逃げてしまいます。彼女は未来を変えたのです。これに怒ったアポロはその能力に「カサンドラの予言はだれも信じなくなるという呪いをかけます。トロイア戦争が起こった時、カサンドラはトロイアが負けて悲劇が起こることを予言して王に警告しますが、父王は聞き入れることなく戦争に突入し、トロイアはギリシャ人との戦いに負けてカサンドラ王女の言った通り滅亡しました。

 次回は他の国の太陽の神とそれにまつわる神話を書きましょう。

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不思議な話 その116 運命の赤い糸まとめと古代の神々 エジプトの神(2)

 西洋の伝説でも、「双子の炎」といって運命で決められた二人のそれぞれの中で燃えている炎という話や、「魂の伴侶」とかソウルメイトという考え方があります。結婚してから子孫ができる血縁の結びつきを、赤い糸にたとえることもあります。もともと他人であった男女が、赤い糸に結ばれると、血族になる血の絆の赤い糸で結ばれていたということなのでしょうか?

 西洋には、占いなのか、いろいろな糸の結びつきの話があります。白い糸の結びつきは「男女を超えた清潔な関係の間に結ばれるもの」、薔薇色の糸は「遊び相手の男女に結ばれるもの、紫の糸は「同じ性のもの同士の恋愛」、金の糸や銀の糸は「お金だけで結ばれた者同士の結びつき」、黒い糸は「嫌ったり憎んだりしている者同士」、赤い糸が「愛する者同士を結ぶ物」(一説には、何本か繋がっていて、絆の強い人との糸が一番太いそうです。)

 過去世を出していると、現世では結ばれなくても来世で深いつながりの関係になったり、夫婦になる男女がいますが、これも、赤い糸で結ばれているのかもしれませんね。ですから、赤い糸は、過去世や前世や来世で結ばれていたり、これから結ばれる運命にあるということもあるので、現世で好きな人と結ばれずに苦しんでいる人々も、長い目でみると、赤い糸で、他の人生で結ばれているのかもしれません。だから、悲観しないでくださいね。

 エジプトの創世神話をわかりやすくまとめると、原初の水でできた海がありましたが、世界は海しかありませんでした。太陽も水の中で、水から出ないと世界を照らせないので、太陽は自分が上陸できる原初の丘を水の中から出現させます。自ら作った丘で、太陽は体を乾かしました。

 この太陽神ラーは鳥のハヤブサの頭を持つ姿で描かれることが多いですが、日本の神道と仏教のように、習合し、前に描いた9柱を生みだした宇宙神アトゥムと習合しました。つまり、太陽神ラーは、アトゥムとイコールなので、最初の神シューとテフヌトの親ということになります。

 ラーと最初の息子シューとテフヌトが旅に出て帰ってこないので、ラーが心配すると、やっと二人が帰って来たので、ラーが涙を流して喜ぶと、その涙から最初の人間ができたと言われています。

 かなり後に、ラーの権威が衰え、自分を敬わない人間を滅ぼす為にセトを送り込みますが、オシリスの意見によって取りやめました。

 ラーは太陽神なので、古代エジプトの人々は、太陽の昇り沈みとともに、ラー自体も変形すると考えました。日の出の時は虫のタマオトシコガネの姿のケプリとして現れ、日中はハヤブサの姿をして天を舞い、夜は雄羊の姿で夜の船に乗り、死の世界を(夜の世界)を旅すると言い伝えられました。これは太陽の動きを神格化しているそうです。ラーはアメン神と習合して、「アメン・ラー」となり、この名前は王様の名前にもつけられました。古代エジプト第18代王朝アメンホテプ4世(アクエンアテン)は伝統的な太陽神アメンを中心とした多神教の崇拝をやめさせ、その時より昔からある、アテン神の一神教にしました。これは、ユダヤ教やキリスト教よりかなり前なので、もしかして、ユダヤ教やキリスト教それよりずっと後に出来たイスラム教の唯一神の一神教は、この影響で出来たのかもしれません。そうすると、後の3宗教のネタはすべてエジプトの神話から採られたのかもしれません。

 それでは次に、世界の神話の中で、太陽を神格化したものがとても多いので、見て行きましょう。まず日本ではアマテラスオオミカミ(天照大御神)は太陽の象徴の女神で、アマテラスオオミカミ(太陽)が隠れた原因は天の岩戸が原因ですが、それを象徴するのは月食か、鬼界島カルデラ大噴火の灰で太陽が隠れたことをさしたのではとも言われています。おかめのアメノウズメが滑稽なダンスを踊って皆が酒を飲み浮かれて楽しそうなふりをしたので、アマテラスオオミカミが何だろうと岩戸を開けたところで、タジカラオのミコト(力持ちの男神)が岩戸を開けてアマテラスオオミカミを出して、太陽が輝いたとされています。

 北欧神話でも太陽神は女神です。北欧では月は男神です。日本でも太陽は女神で、月の神、ツクヨミの神は男神と言われています。ところが、ギリシャやエジプトでは、太陽神は男神で、月の神は女神です。

 それでは、次回は、世界の太陽の神を調べて、創世神話も少し比べてみましょう。

 

不思議な話 その115 運命の赤い糸の由来 

 今日もエジプトの神様の話を書く予定でしたが、その前に男女をつなぐという運命の赤い糸の話が世界各地にあるので、どこが話の最初なのか探ってみましょう。

 運命の赤い糸の話は、欧米にもあり、英語で「red string of fate」や「red thread of destiny」や「chemistry」(化学反応)というそうです。

 ローマ神話のキューピッドは2月のバレンタインの時によく見かける絵柄で、男女に愛の矢を射る小さい男の子で確か、美の女神の息子です。彼の矢には赤い糸が繋がっていて、男女一組に矢を射ることによって、赤い糸で繋がることになるということです。

 東アジアではこの話は広がっていて、古いものは中国の紀元後600年~900年くらいの唐の時代の話で、韋固(いこ)という名の男性が主人公です。前漢以前の奇談を集めた『太平広記』の中の「定婚店」と言う話です。

 主人公は旅の途中で、宋城と言う場所の南にある宿場町で奇妙な老人に会います。老人は寺の門の前で月の光で本を読んでいました。老人は大きな袋を置いて冥界の書物を読んでいました。(後の世ではこの老人を「月下老人」というそうです。)
 主人公が不審に思って老人に尋ねると、この老人は主人公にこう言いました。老人は現世の人々の婚姻を担当していて、冥界で婚姻が決まると、男女の足首に決して切れない赤い縄を結んでいるのです。この縄が老人によって結ばれると、必ず二人は結ばれる運命にあると彼は言いました。

 老人に会う時まで、縁談に失敗して結婚出来なかった主人公は、今の結婚の話が上手くいくか尋ねますが、老人はもうすでに別の女性と赤い縄で結んでしまっているので、その縁談は破談するだろうと言います。そして、その赤い縄で彼と結ばれている相手は、この宿場町で野菜を売っている老婆がめんどうを見ている3歳の、その時は醜く見えた幼い女の子でした。

 これを聞いて怒った主人公は、召使いにその運命の相手の幼い女の子を殺すように命令するのですが、気の弱い召使いは、女の子の額を切って逃げ出します。殺せずに逃げてしまったのです。

 その後もどういうわけか、結婚話がまとまらない主人公は、14年を無為に過ごしてしまい、役人だった主人公は上司に気に入られます。上司の17歳になる美しい娘を紹介され、主人公は喜んで結婚します。この娘の額には傷があり、幼いころ、野菜を売る子守の老婆に市場で背負われているときに、暴漢に襲われて傷つけられたというのです。主人公の男は傷をつけたのが自分の召使いだったことを誤り、老人とのエピソードを話して、心から謝りました。二人は幸せに結婚をして、この話を聞いた宋城県の知事は、宿場町の名前を「定婚店」と改名したそうです。

 子供の頃自分を刺させようとした男とよく結婚するな、というようにも思いますが、話が進まないので結婚してめでたしめでたしと言ったところなのでしょう。この話そのものではないですが、その後の日本の書籍『古事記』に赤い糸の話があります。

 『古事記』の中の赤い糸の話は、「三輪山伝説」と話の中にあります。紀元前97年~30年頃の祟神天皇(すじんてんのう)の時代に活玉依毘売(いくたまよりひめ)という美しい姫がいました。その女性に毎晩通ってくる男性がいたそうです。(当時の夜這い婚ですね。)その男性は体格が良くて立派に見えましたが、夜になってから姫の所に来て、夜が明けたら帰ってしまうので、姿がはっきりは見えません。彼女はその男性と夫婦の契りを結び、妊娠しました。両親は驚いて、相手が誰なのか聞きました。
 娘は名前は知らないけれど、姿の大変立派な男の人が毎晩来て、夫婦の契りを結んでしまったというのです。両親は娘に知恵を授けます。「その人が来たら、寝床の前に赤土をまきなさい。そして、麻糸を通した針を服に刺しておきなさい。その糸をたどれば、住んでいる場所がわかるだろう。」と言いました。

 男性が帰ったあとにその糸をたどると、三輪山の神社についたので、その男性が三輪山の神様である大物主神(おおものぬしのかみ)であることを知って驚きました。赤土には邪を防ぎ、相手を特定してくれる魔力があると信じられていました。その赤土と服に刺した針に通した麻糸が運命の赤い糸になったのではないかということです。

 この神との異婚譚の三輪山伝説によって赤い糸の伝説が広まって、結婚の時に契りを意味する赤い糸をお互いの小指に赤い糸を結ぶのが流行しました。運命の出会いを赤い糸で表わしています。

 赤い糸に力があるという考えは、世界の各地に見られるそうで、ユダヤ教の人々の間では、邪神のもたらす災いから身を守るために赤い糸を左手首に巻くという「セグラ」という習慣があります。アメリカではそれが幸運のおまもりになっています。一般的には赤い糸はユダヤ教の秘密の書カバラに基づいた伝説とされ、ベツレヘムのラケルの墓には参拝者が墓に巻いた赤い糸が見られるそうです。不思議な事に、東南アジアの仏教では仏像と自分を赤い糸で結ぶユダヤ教徒同じような参拝の仕方があります。

 長くなったので、次回は、過去世、前世、現世、未来世の結びつきの象徴としての赤い糸のまとめを書いて、エジプトの神の話の続きをします。

不思議な話 その114 古代の神々の姿 エジプトの神 (1)

 エジプトの神話はユダヤ教とキリスト教とイスラム教が創られて、広がるずっと前に存在していました。エジプトの神々は、九柱の神々から始まります。九柱の神々はヘリオポリス創世神話から描かれています。

 ヘリオポリスという都は、ギリシャ人がナイルの下流と呼んだエジプトの北(今のカイロの近くのオンという地名)にあります。エジプトの神話では、大昔に世界は海しかなかったそうです。大地も無く海の下に沈んでいました。太陽でさえ水の中に沈んでいたのです。太陽は、自分が上陸できる「原初の丘」を水の中から出現させ、この丘で体を乾かすことにしました。この原初の丘がタテネン神でした。この原初の丘におりたって、太陽を温めたのが不死の霊鳥ベヌウでした。

 宇宙の神アトゥムは両性具有の神で、1人で子供を創りました。アトゥムが生み出した性別を持った神々が大気の神シューと湿気の女神テフネトでした。この神々は兄弟で結婚します。(後のエジプト王室が自分たちを神だと言って、男女の兄弟で結婚するのもここからきているのでしょうか?)

  最初の神アトゥムはときどきウナギなどに変身するので、エジプトではウナギは神の化身ともされ、大事にされました。大気の神シューは男神で妹であるテフヌトと結婚して、大地の神ゲブと天空の女神ヌトをもうけます。

 女神テフヌトは湿気の神で、ライオンの頭をもった女神です。

 シューとテフヌトの息子ゲブは天空の女神ヌトとの間に、オシリス、イシス、セト、ネフティスという4人の子供をもうけます。天空のヌトと大地のゲブの夫婦は大変仲が良く、大地と天空がくっついてばかりいたので、大気が通れず、父親のシューという神が、二人を天と地に分けます。横たわったゲブの上にシューが立ち、ヌトを支える構図は良く見られます。天と地の夫婦神は指先と足先だけが繋がっていて、弓なりになった天の女神の腹部に星星が輝き、天の川になっています。シューがこれを支えていて、ラーの聖船がこの天の川を往来することがあります。ヌトは死と再生をつかさどるイメージから葬送の女神とされることもあるそうです。

 ゲブとヌトの子供4人の男女の兄弟はそれぞれ結婚し、ゲブとヌトの長男オシリスはイシスと結婚し、次男セトは姉である女神ネフティスと結婚します。長男オシリスは、生産の神として、エジプトの王として王国に君臨し、トトの手助けを受けながら、エジプトの民に小麦の栽培法やパン作りを教え、ワインの作り方も教えます。法律を作って広めることで、民を平等に統治して、人々の絶大な支持を得ます。これを妬んだ次男のセトに策略で殺されて、遺体がナイル川にばらばらにされます。(残酷なお話ではありますが・・・)オシリスの妻イシスは一部を除いた夫の遺体を拾い集め、ミイラとして復活させ、オシリスは復活して、冥界の王として死者を裁くことになります。(旧約聖書のカインとアベルの物語も、このエジプトの神話がモデルではないかと思います。また、前に書いたように天国と地獄の考え方もエジプトの神話がモデルではないかと思うのです。)

 オシリスとイシスの息子ホルスは後見人として叔父のセトが握っていた王位を奪還します。現世は息子のホルスが、冥界は父のオシリスがそれぞれ統治します。オシリスは生前さらなる偉業もしていました。エジプトと近隣国家を、平和的に統治しました。それは、古代の名君のシリア王をモデルにしたのではとも言われます。神の死と復活のモチーフはキリスト教にも取り入れられますが、よくある神話だったようで、冬の植物の枯死と春の新たな芽生えも象徴しています。オシリスにも植物の神としての一面もあります。

 オシリスの妻イシスは人気がある女神で、彼女だけを拝むイシス信仰があるくらいです。紀元前1000年くらいにイシス信仰は地中海に広がります。オシリスの死後イシスは処女のままでホルスを身ごもったとされています。(この話も、イシス神信仰がそのままキリスト教のマリア信仰に大きな影響を与えた、と思われます。)

 サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲げる者は語るべからざるものを見るべし」という言葉は真理を表わすものとしてヨーロッパでもときどき引用され、現在では、ノーベル賞のメダルにもこの銘文を表わす絵柄が用いられています。

 イシスは良妻賢母のイメージですが、オシリス神話には、強力な魔術を用いることが出来たと言います。中世のヨーロッパではイシスは魔女の元祖とされています。

 セトはちょうど北欧神話のロキに似ていてタブーを犯してしまいます。彼はキャラバンの守り神である半面砂嵐も起こしていると言われます。荒々しさ、敵対、悪、戦争、嵐、外国の土地もセトの象徴です。セトは姿はジャッカルの頭をした神だと思われているそうですが、本当は彼の頭はツチブタとして壁画に描かれているそうです。しかし、壁画によっては、全身が獣であったり、犬のようだったり、ツチブタ、ジャッカルのほか、シマウマ、ろば、ワニ、ブタやカバなどにセトをむすびつけるようです。セトは王位を獲得するため、ヌトの産道を通らずにヌトの脇腹から生まれましたが、長男のオシリスより先に生まれることができませんでした。

 次男の神セトは、植物の神長男のオシリスと反対に、植物を生みださない砂漠の王になりました。生命を生みだす穏やかなナイル川に対比され、荒れ狂う海のイメージになっています。空の神オシリスの息子ホルスとも対比され、金属の鉱石は「セトの骨」と呼ばれました。よきにつけ悪しきにつけ強力なエネルギーを持っていたセトは最初に人気のあったホルスにとってかわり、紀元前3000年代には、エジプトのファラオたちの守り神として崇拝されました。しかし、その後、ふたたび悪者とされ、時代が新しくなると、オシリスが再び重要な神となり、セトはオシリスと正反対なので、悪役となり、セトが兄オシリスを殺すというエピソードが広まり、ホルスがセトに対して、かたき討ちをしますが、セトはホルスの左目を奪います。この戦いは最終的には、ホルスが勝って、敗れたセトは地上の世界を去り、地下世界に隠遁します。

 セトはその優れた武力で、ラーの乗る太陽の船の強力な守護神となります。セトは軍神としても信仰されました。歴代の王たちは、自分がオシリスとセトの最強の兄弟神の子孫であり、相続人と考えました。ホルス神とセト神の上下のエジプトの地位の合体した存在と考えました。第19王朝以降には、セトの名前をつけた王が現れました。

 続きは次回に書きますね。
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観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
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