不思議な話 その122 ユングと曼陀羅(まんだら)

 今日はユングの話ですが、その前に、昨年2014年12月公開の実話をもとにして作られたという映画について書きます。
 原作は『天国はほんとうにあるー天国へ旅して帰ってきた小さな男の子』という話です。その少年のお父さんである牧師が書いた本を、基にした映画です。この本はベストセラーになって900万部を売り上げたそうです。臨死体験を経験した4歳の男の子の父親トッド・バーボは、キリスト教のどの宗派の牧師だかわかりません。けれども、牧師の家に住んではいますが、給料が安いのか、本職の牧師の他に町の消防士と修理のアルバイトなどをしながら、家族を養っています。いつも、経済的には、ぎりぎりで生活しているようで、ときどきお金のことで奥さんともめます。

 家族で昆虫植物園に行った帰りに、2人の子供たちがインフルエンザになり、高熱を出します。その後、4歳の長男は穿孔虫垂炎(せんこうちゅうすいえん、盲腸の重い症状でしょうか?)にかかり、生死をさまよって手術を受けます。両親とお姉さんである長女、牧師の教会の信者たちの祈りの中、手術は長くかかりました。その時に4歳の男の子は、臨死体験をします。「ボクは死んではいなかったよ。」というのですが、彼は体を抜けて、空中から手術を受けている
自分の体を見ます。そして、母親が友人に電話をかけているのを上から見て、父親が祈りながらかんしゃくを起こしているのを見ます。

 男の子コルトンは命が助かるのですが、回復後肉体から離れたことと、「僕は天国へ行ったよ」と奇妙なことを言います。この話を聞かされた、父親で牧師のトッドは、いつも天国や神の話をしているのに、自分が天国を信じていないことに、気がつきます。トッドは牧師なので、死が近い人の枕元に呼ばれて、「みくにが来ますように」と形式的に死者に祈りを捧げていました。新聞記者が噂を聞いて記事を書きますが、話が町に広がると、牧師のトッドも天国ネタで他人にからかわれたり、娘が男の子に弟のことでいじめられて、いじめた男の子たちを殴ったりします。

 4歳の息子はさらに天国で、生前会ったこともないお父さんの死んだおじいちゃんに会ったり、姉と自分の前にお腹にいたお姉さんになるはずだった女の子に会います。胎児だった女の子は天国では成長していました。また、メガネをかけて、年をとって亡くなったおじいちゃんにも会ったのですが、彼は若返っていました。牧師が若いころのおじいちゃんを息子に見せると、会ったのはこの人だよと言いました。牧師は息子のことばをだんだん信じて確証を持ち始めます。

 牧師のトッドは超心理学の教授に科学的な説明を求めに行きますが、答えは見つかりません。トッドは信仰を見つめなおさざるを得ません。「天国はあるのか、死後の世界はあるのか?」という問いに対して、死んだら分かるけれど、死んだら生きている人に教えられないという矛盾があります。

 町の信者たちの一部や教会の役員たちは、この天国の話に皆の常識からかけ離れている為、トッドをその教会の牧師から解任しようとします。コルトンはさらに天国で、キリストに会ったといってその風貌を語ります。彼らの住んでいるアメリカの裏側の国にいる少女も臨死体験をして(これも実話らしいです)、その間に天国を見て来て、その絵を描き続けます。牧師は、ネットでその絵を見つけて息子に見せると、息子コルトンの会ったキリストの姿と一致したのです。

 町の人々は牧師の説教に感動して、TVからも取材が来て、トッドは牧師の職が続けられることになり、そのあと本を書いてベストセラーになるのです。息子のコルトンは、「その人の心にイエスがいないとだめ、もし、心にイエスがいなかったら、天国に行けないし会えないんだよ」と言いました。

 この映画を見た私の感想は、実話をもとにしているので、その現実性を持たせるため、凡庸な作りになり、盛り上がりに欠けた宗教映画のようではありますが、その中の事実の一部は光っているなと思いました。この4歳の男の子の見たものは、私がいつも言っている中間生の入り口に行って見たものです。

 私がいつも言っているように中間生(あの世と言われているところ)には物質はないですし、人間の考える天国や地獄や、どちらかに振り分ける審判はありません。けれども、その人が生きて信じて、想像した死後の世界が広がっています。キリスト教徒の天国だけがあるわけではないのです。生前にイスラム教であったら、イスラム教の天国に行き、その神に会うことがあるかもしれません。ユダヤ教徒だったら、ユダヤの神に会うかもしれません。ヒンズー教徒なら、ヒンズーの神、仏教徒ならお釈迦様にあうかもしれません。

 何の信仰も無い人は、宇宙人のような人に会ったり、ガイドのそのままの姿に会います。生きている時に悪いことをしたと自覚して、地獄に行くことを切望した人は、罪悪感の為に、地獄の世界を作り上げるかもしれませんが、実際には地獄はありません。行くところが皆違うようにみえますが、どんな国でも、どんな民族でも、どんな宗教でも、善人でも悪人でも、どんな貧しい人でも金持ちでも、名もない人でも身分の高い人でも、生まれ変わりのシステムに組み込まれていることはみんな、平等で一緒です。

 さて、後半はユングの話です。心理学者のユングは、悩みが深くなった中年期に、自分の生き方、研究の方向性についてうつうつとしていたそうです。そんな時に、ユングはよく、円形の絵を描いていました。なぜ円形の絵を描いてしまうのか最初はその意味を理解できなかったそうです。精神的に安定している時にはきれいな円になりますが、心が不安定な時はその描く円がいびつになることに気付きました。

 そして、ユングは自分の描いた円と東洋で瞑想の時に使われる曼陀羅「マンダラ」との共通点に気がつきました。「マンダラ」とは仏教の時代のサンスクリット語で「円」を意味する言葉です。このマンダラ、「円」は理想的な精神状態を表わす言葉として使われます。人間は「したいけれども、できない」とか、「好きだけれども、嫌いだ」とか自分の中で相対立するさまざまな感情を持ちます。マンダラにはそれを統合するという意味もあります。

 ユングがマンダラを知ったきっかけは友人のリヒャルト・ヴィルヘルムという人から贈られた東洋哲学の訳本からだったそうです。ユングはその後、東洋哲学に興味を持ち、熱心に研究するようになったということです。

 次回にこの続きを書きますね。
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不思議な話 その121 太陽神への信仰まとめ ユングと曼荼羅(まんだら)

 モンゴルの神話では、太陽の神マンザン・グルメは日本と同じ女神です。月の神マヤス・ハラも女神で、太陽と月は姉妹になっています。月の女神は太陽の女神に比べて、邪悪なのだそうです。太陽のマンザン・グルメから生まれたものは、善良な「西天の神」で、月のマヤス・ハラから生まれたものは邪悪な「東天の神」となったのだそうです。

 西天の最高神は東天の最高神と一騎打ちするとき、太陽の女神に助言を求めに来たそうです。太陽神の孫に、ゲゼルという英雄の神がいて、ゲゼルがお祖母さんのマンザン・グルメのところに7つの杯を持って訪れた時、太陽の神は酔い潰れて、孫のゲゼルはグルメの秘蔵の宝を盗んでしまい怒った祖母は杯を天に投げ上げ、自分の母乳を天にぶちまけると、天で北斗七星と天の川になりました。

 古代フェニキュア人は敬虔な人が多かったようで、複数の神を信仰していました。エルと言う神やバールと言う神が信仰され、フェニキュア系の人に多くみられる名前は「ハンニバル」「ハスドルバル」「ハミルカル」はそれぞれ、「バールのめぐみ」など信仰心のあつさを表わす名前だったようです。

 ビブロスという地方では、主な神は、エルとバーラットとアドニスでした。エルはギリシャ神話のクロノスと同じだそうで、バーラットのほうが一般的によく信じられていました。バーラットは豊饒(ほうじょう)をシンボルとした大地の神で、バビロニアとアッシリアのイシュタール、エジプトのイシスに通じる神のようです。ビブロスでの第3の人気の神はアドニスで、アドニスは「私の支配者」という意味だそうで、この神がギリシャでは、若い狩人の神で、美の女神アフロディーテに愛されます。けれども危険なスポーツが好きで、女神の心配の通りにアドニスはイノシシに殺されてしまいます。アドニスは黄泉の国におちて、黄泉の国の女神ペルセポネにも愛されます。アドニスはペルセポネとアフロディーテと三角関係になってしまい、2人の女神の間で彼をめぐる争奪戦の競争が行われ、アフロディーテが勝って、アドニスは地上に戻ることが出来ました。そして、毎年地上に植物として再生する復活の神となりました。

 古代カルタゴの宗教では、最も信仰されたのが、「バール・ハンモン」という男神と「タニト」という女神でした。その他、アシュタルテ、メルカルト、エシュムーンという神々が信仰され、人身御供が多く神々に捧げられたそうです。

 ロシアのスラブ地方では、広大な地域なので、東西南北で少し神々の伝承が違うようです。

 東スラブでは、太陽神は「ダジボーグ」と「ホルス」で、雷の神「ペルーン」、豊穣神「ヴォーロス」、風の神「ストリボーグ」、女性労働の守護神は「モコシ」、7つの頭の神「セマルグル」、火の神スヴァローグ、出産と運命の神は「ロード」です。

 西スラブでは、『スラブ年代記』などの書に、十柱の神が書かれています。この地域では、戦争が多かった為か、軍神が主に信仰されました。軍神「スヴェントヴィト」や「トリグラフ」、戦と豊饒の神「ヤロヴィト」が主に信仰されました。

  南スラブの神は、幸福の神「ベロボーグ」と不幸の神「チェルノボグ」が信仰されました。日本の神道のように英雄が神として神格化したものも少なくありません。

 10世紀以降、本格的に一神教のキリスト教が強い勢いで広まり、改宗させられ、古代の神々への信仰が失われました。けれども、ディィ・ミノーレス(小神格)としての神がこっそりと精霊という形でスラブ人の生活の中に残りました。家の精「ドモヴォーイ」、水の精「ヴォジャノーイ」、森の精レーシー、水の精ルサールカ、オーロラの精「ゾリャー」などで、スラブ民族の自然への敬意の表れとして、これらの信仰はすたれなかったようです。スラブ民族の民間信仰で、吸血鬼と人狼の伝説も残ったそうです。

 まだまだ、世界各地に4大宗教以外の様々な神々に対する信仰が、民族の数だけあります。なぜ太陽神を初め、こんなにも多くの神々が信仰されるかと言うと、人間は古代から自然の脅威や猛獣からの危険、お互いの勢力争いの戦争、人生の中の過酷な運命などになすすべがない時に、絶対的な力を持つ何かに守ってもらおうとすることが、すべての人間のDNAの中に刻まれているのかもしれません。そして、世界各地の様々な地域で似たような信仰が起こり、神の伝承が各地に伝わって行って名前は違いますが、似たような信仰が生まれたのではないかと私は思うのです。

 神や宗教への信仰は人間が生み出した生きる為の知恵かもしれませんし、信仰するのは生きる支えになるから尊いことですが、信じる人が信じない人にその信仰を決して押しつけたり、一部の信仰に有利な社会になってはいけないと思います。歴史上、長く続く宗教は、他の宗教にそして、他の宗教を信仰する人々に、より寛容でなければならないと思います。未来に人がもっと精神的に強くなったら、絶対的な存在に頼らなくても良い日が来るかもしれません。

 私の数週間前からのテーマである「世界太陽の神への信仰」の最初で書いた、聞いたお話の引用の精神科医はユングでした。患者が太陽に向かってお辞儀をしているので、不思議に思って尋ねると、太陽が患者に風を送ってくれるという話です。患者は太陽と言う神格化したものとコミュニケーションをしているわけで、人間のDNAに組み込まれた、信仰神という共通の考え方かもしれません。

 精神科医のユング自身が、彼の心の奥底で深い悩みがあったときに、仏教の曼荼羅(まんだら)のことを知りある解決策に至りました。次回はユングと曼荼羅のことについて書きましょう。

 

不思議な話 その120 世界の太陽の神への信仰(4)

 
 今日の太陽神信仰神話は、古代ペルシャ神話やゾロアスター教、マニ教などの太陽神についてです。

 太陽神ミスラはペルシャ神話(古代イラン神話)の中に出てきて、太陽神、英雄神として西アジアからギリシャ、ローマまでもの広い地域で崇められた神です。インド神話のミスラとも共通していて、インド神話では、アディテイの産んだ十二柱の神々のうちの太陽神の一柱で、インドでは、ミスラは毎年6月の一カ月間、太陽戦車に乗って、天空を駆けます。

 太陽神ミトラは(ミスラ)はインドのアーリア民族では古くから人気の高かった神で、古い時代では、契約、約束の神でもありました。中世以降は、友愛の神、太陽神の性格を強めたそうです。ミトラを主な神とするミトラ神教も生まれました。このミトラ信仰は、マギという神官によって小アジア、シリア、前に書いたメソポタミアの信仰にも影響を与えました。その後ギリシャやローマにも伝えられ、ギリシャ語やラテン語のミトラースという神は太陽の神、英雄の神とされました。そして、ミトラース教として、100年から300年後半まで、ローマ帝国とローマの属州で信仰されました。善悪2元論と終末思想が説かれていて、ミトラス教最大のイベントは冬至の後で、太陽の復活を祈る12月25日のお祭りで、キリスト教のクリスマスの原型といわれています。キリスト教はエジプトの宗教の影響や、ミトラス教の影響もあり、宗教のいいとこどりをしているようで、面白いですね。仏教の弥勒菩薩(マイトレーヤ)の名前の語源が同じということで、ミトラ(ミスラ)が起源ではと言われています。ユダヤ教の天使メタトロンの起源もミトラ(ミスラ)であるとする説もあります。メタトロンはミトラの持つ「契約の神」「無限の目の持ち主」「非常な長身」「太陽のような顔」の特徴を持っています。

 ペルシャの信仰に戻りますと、ミトラ(ミスラ)は司法の神であり、光明の神であり、闇を打ち払う戦士でもあり、軍神でもあります。ゾロアスター教が完成される前は、アフラーマズダーと表裏一体の天の神でしたが、後にゾロアスター教では、アフラ・マズダーが絶対神となったので、ミトラ(ミスラ)は、絶対神の下の筆頭の神になりました。中世においては、ミトラは千の耳と万の目を持ち世界を監視する神となり、死後の裁判をつかさどる神にもなりました。

 余談ですが、日本の東芝の明治時代の電球の最初の名前は、ゼネラルエレクトリック社の特許のもので、ゾロアスター教の絶対神、光明神の名前からとって、アフラ・マズダといいます。車の会社マツダは松田さんという名字からとったものですが、「Mazda」という表記はゾロアスター教の絶対神の名前にかけている言葉かもしれません。

 それでは、ゾロアスター教とは何なのか、簡単に調べてみました。この宗教の開祖は、世界で最古の預言者と言われるザラスシュトラ(ドイツ語読みではツァラトストラで、哲学者ニーチェの本の題名「ツァラトストラかく語りき」はこの預言者がこう言ったよという意味です。)の作った宗教です。

 ザスシュトラは時代がはっきりしないのですが、釈迦や老子、孔子より古く、紀元前1600年頃から紀元前1000年頃の人と言われています。ゾロアスターという名も彼の名前に由来します。ゾロアスター教の発祥の地は、古代の都市バルフで現在のアフガニスタン北部だそうです。ゾロアスター教の信徒にとっては、預言者ザラスシュトラが埋葬された土地として、聖地になっています。

 その後、紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシャが成立した時には、王家の中心の宗教になっていて、ペルシャ人のほとんどが信じていました。紀元前3世紀のアルサケス朝でも、紀元後3世紀でも、ササーン朝ペルシャでもゾロアスター教は国教で、王権支配を正当化する手段としての宗教でもありました。ゾロアスター教は、シルクロードを行きかうペルシャ商人の交易活動によって、中央アジアや中国、あるいは日本にも伝えられたかもしれません。

 600年半ばに出てきたイスラム教によって、7世紀後半以降は、ペルシャからゾロアスター教は追い出されて、信者はインドに移住しました。現在もゾロアスター教の信者はインドに多いです。

 ゾロアスター教の教義は、善と悪の2元論で、善の勝利と優位が約束されています。預言者ザラスシュトラは古代イランのそれ以前の宗教的伝統をまもりながら、教義の合理化と体系化をして、信仰しやすくしました。中心の思想は、光の象徴としての純粋な「火」(アータル)を最高のものとするので、拝火教とも言われます。教祖の預言者ザラスシュトラが点火したといわれる火がたえることなく、もえ続けています。(まるでオリンピックの聖火のようですね。)ゾロアスター寺院には偶像はなく、信者は火に向かって礼拝します。

 中国では、ゾロアスター教は「祆教」(けんきょう)と呼ばれ、少数民族の地域では今でも信仰があります。アフラ・マズダ神を祀るので、マズダー教とも言われます。現在の世界のゾロアスター教の信者は十万人と言われ、インド、イラン、欧米、中国の一部の地域にもいます。

 礼拝は「火の寺院」という礼拝所でされ、信者以外は入れません。礼拝堂に入る前に、手と顔を清め、クスティという祈りの儀式をします。クスティの後、履物をぬいで、建物に入り、聖火の前に進んで、その灰を自分の顔にぬって、聖なる火を拝みます。

 ゾロアスター教の埋葬は、鳥葬か風葬です。遺体を野原などに放置して、風化か、鳥がついばむ、自然に任せるそうです。人間はそれぞれの肉体が、アフラ・マズダーをはじめとする善の神の守護のもとにあるから、比喩では人間の肉体も清浄な建造物になるそうです。

 次回もその他の地域の太陽神の信仰を調べ、終わったらまとめをしましょう、

 

不思議な話 その119 世界の太陽の神への信仰(3)

 ヨーロッパから見た東のオリエント文明は、紀元前3000年ころから、チグリス・ユーフラテス川流域に、メソポタミア文明が栄えました。この文明では、太陽の神はシャマシュと呼ばれています。太陽神は、月の神ナンナと葦の神ニンガルの子供です。太陽の神の妻は、シェリダといいます。

 メソポタミアの太陽神信仰では、マシュ山のほうの東の門から現れて、すべての物を照らし、旅人とともに天空を横切り、西の門から天の奥に帰り休憩をして、翌朝再び東の門から現れるそうです。太陽神は肩から太陽光線を放ち、ノコギリ状の剣を持ちひげをたくわえた男性の姿をしています。

 メソポタミアのラルサ市やアッシュール市には、シャマシュを祀る為の神殿が建設され、正義の神、季節をつかさどる神として崇拝されました。また、戦争の勝利の神としても崇められました。バビロニアでは、世界で最古の法律書、ハンムラビ法典が、太陽神シャマシュよりハンムラビ王にあたえられたという伝説があります。シャマシュ神は正義と裁判をつかさどります。アッシリアでは、翼のある円盤がシンボルとして描かれます。それは戦争を描いた象徴で、空から戦場を見下ろしているそうです。

 古代メソポタミアの王の名前には、古代エジプトと同じように、神の名前を入れることが多かったらしく、アッシリア王には、シャムシ・アダドという名前は頻繁に出てきたそうです。シャムスはエジプトの「ラー」と同じく、太陽を意味するアラビア語でペルシャ(今のイラン)で普通に使われる名前の一つになりました。ヘブライ語でいう「太陽」シェメシュはシャマシュと同じ太陽の意味と同義語だそうです。

 ヘブライ語のシムショーン(サムソン)シムシャー(窓ガラスの意味)なども派生語で、伝説の英雄サムソンは太陽を意味する名前なのですね。シャンマーシュは、ユダヤ教のシナゴークの管理人という意味で、ハヌッキーヤーの中央にある灯台の名でもあるそうです。

 私も数回、過去世で経験のある、古代ケルトの世界では、太陽神の名前はルー(古代アイルランド語ではルグです。ケルトの神話上の光の神である太陽神はアイルランド伝承文学では、ダーナ神族の1人で、「長腕のルー」のあだなで知られています。工芸、武術、詩、古代史、医術、魔術などに全能な神で、「サウィルダーナハ」や「イルダーナハ」後には「ドルドナ」と呼ばれています。ギリシャでの神話と似ていますね。

系図でいうと、太陽神ルーは、医術の神デイアン・ケヒトの孫で、母方はフォモール族の「邪眼のパロール」の孫でもあってルーの父親はキアンで、母親はエスリンです。太陽神ルーは英雄クー・フーリンの父でもあるそうです。

 太陽神ルーは、「マグ・トゥレドの戦い」で、ダナーン神族の味方をして戦い、投石器の石を使って、祖父の「邪眼のパロール」を討ち取ったそうです。ルーの父親のキアンは、トゥレンの子孫に殺され、ルーはその賠償として、魔法の槍や魔法の犬など、魔法の道具や数々の財宝をもらいます。賠償品の槍や病気を治療する豚のなめし皮は、マグ・トゥレドの戦いでルーが使いました。

 さらにマグ・トゥレドの戦いでは、太陽神ルーは諸芸の達人サウィルダーナハと呼ばれ、大工であり、鍛冶やであり、戦士の英雄であり、竪琴をひいて、詩人で、歴史の語り部であり、魔術師であり、金の細工士であり、さかづきを酌み交わすときの乾杯の音頭をとるものであり、あらゆるものになる全能の神であるといって、門番に中に入れてもらうという説話があるそうです。

 太陽神ルーの出自は、邪眼のバロールのもとから、メス牛を奪い返しに行った父キアンと、バロールの娘が愛し合い、太陽神のルーが生まれます。その宝と牛と娘をバロールから奪って逃げ、見つからないように子供のルーは海の神マナナーン・マクリルに育てられます。この子供が浜辺にいると艦隊で通り過ぎる祖父のバロールにむかって、祖父とは知らないで、ポケットから取り出したダーツ(投げ矢)を投げつけ、これが命中して、祖父バロールは死にます。この伝承では、ルーは祖父を矢で殺していますが、別の伝承では、戦いの最中に投石器で祖父を殺しています。いろいろな伝説があるようです。

 太陽神ルーの槍はトゥアハ・デ・ダナーンの四種の神器のひとつとされています。ルーが戦いに勝利し、負けた者に賠償として求めた槍はアッサルの槍といって、呪文を唱えると的中させたり、槍をもどす召還ができます。別の伝説では、この槍はペルシャ王ピサルの槍で、自ら発火して水につけておかないと、火事になってしまう魔法の槍になっています。

 また、この槍は北欧神話のように、神々の王からルーが授けられた、投げると稲妻になって敵である相手を滅ぼす灼熱に燃えた槍だという伝説もあります。

 太陽神ルーはこの魔法の槍のほか、投石器のスリング石という魔法の石を持っていました。これで祖父の眼に投げつけたとも言われています。ルーはまた、フラガラッハという魔法の剣をマナナーンから借りています。

 ルーの不思議な乗り物は、海と陸を自在に駆けることが出来る魔法の馬と、育ての親マナナーンから借りた、魔法の船があります。この船は広くはありませんが、生き先を言葉で命じれば、そこまで、自動的に連れて行ってくれます。(まるでドラエモンのどこでもドアのようですね。)

 ルーには賠償でもらった、お伴の犬もいたようです。このようにケルトの古代民話はとても創造力にすぐれ、のちに異民族に征服されてしまいますが、すぐれた文明をもっていたようです。過去世のケルトの人生を思い出すと懐かしくなります。
今回はこのくらいにしておきましょう。

 
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
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