不思議な話 その199 コミュニケーション障害について(1)

コミュニケーション障害といっても、病気による、程度の重いものから、空気が読めないなどと言われて、話が食い違う人、その中でも、相手の言うことが自分が理解しにくい場合と、相手が自分のことを理解しづらい場合などのコミュニケーションがやや困難という比較的軽いものまで色々あります。夫婦のどちらかが、コミュニュケーションの障害があり、順調な時はいいのですが、トラブルの多くなる時期、子供の問題とか、経済問題、失業、どちらかの病気、親の介護、などのときにコミュニケーションの障害が目立ってくることもあります。

人と人とがいると、必ず関わり、コミュニケーションが必要になってきますが、一般的なコミュニケーション障害は、調べてみると、「会話が困難」という状況が多いです。1.他人の言いたいことを理解するのが難しい。 2.人が口に出して言葉で言わなければ、言いたいことが何かが分からない。3.ほとんどの人と目をあわせて話すことが難しくなる。 4.よく知らない人と目があうと、慌ててしまう。 5.逆にじっと人の目を見つめ続けてしまう、 6.会話しようとしても、口からうまく言葉がでてこない。 7.相手の話している言葉の意味がわからない。 8.相手の話の文脈を読み取り理解することが難しい。 9.ある話題を話しているのに、話題がそれてしまい、全く別のことを話し始めてしまう。(話題を維持することが困難。) 10.自分の関心のある分野について、一人で長々と話し続けることがある。などがあります。

コミュニケーション障害の状態があると、社会的な関わりを持つことに困難を感じます。この困難は外見からはわからないので、まわりの人から理解されづらいです。言葉による伝達が他の人々に比べスムーズでないので、学校や会社や属する組織などでの、対人関係の障害となります。家族とのコミュニケーションも取りづらくなり、対人関係全般の障害となります。

対人関係の障害が繰り返されると、地域や社会との関わり、さらに、家族との関わりまで拒絶するようになり、それがひどくなると、引きこもりなどの事態を招いてしまいます。まわりのサポートが必要です。引きこもりやすい状況を作ってしまうと、そこから脱出するのが、難しくなります。  人は本来面倒な状況から逃れようとする傾向があるので、引きこもりやすい状況からの早めの対処が必要となります。

コミュニケーション障害は放置すると症状は次第に悪くなる傾向にあります。症状が悪化すると、他人との個人間のコミュニケーションが円滑にするのが、難しくなります。すると他人との関わりを避ける傾向になります。他人と目を合わせるのが辛くなり、社会にでて人と話すのが嫌になります。すると、さらに外に出るのがおっくうになり、家から出なくなるという悪循環があります。引きこもりやすい環境を作らないことが解決法の一つにあります。大人や子供にかかわらず、学校に行きたくないとか、会社に行きたくないとか、属している組織に関わりたくないとか適応が困難になります。コミュニケーション障害は、原因がわからない生まれつきの性格から来ている病気とは関係ないと思われるものから、神経症などのやや重い症状のもの、そして、精神疾患から来る重いものというふうに、症状も原因も様々です。

昔は適応障害や、コミュニケーション障害と見られる人々に寛容な社会でした。「あの人は変わった人だから・・・」とか「あの人は口下手だけど、心根の優しい人だ・・・」とかあの人は、「無口だけど仕事の腕はいいと・・・」人付き合いの苦手な人でも受け入れる素地がありました。

そして、昔は、何もしない子供に対して、良くないからと、お寺にあずけて修行をさせるとか、商家に丁稚奉公に行かせるとか、農作業を手伝わせるとか、人生のコースも様々で、働いているうちに体で覚えることが多かったのですが、現代は不寛容な社会となり、コースも単一的に見えます。そのコースから抜けてしまうと、再び復帰するのが難しい社会です。単一社会では、人と違うことを嫌います。小、中、高、専門学校、あるいは、大学と行って、筋を通すことを社会は喜びます。

欧米の教育が必ずしも良いとは言えませんが、親が先生になり通信教育で学校へ行かない、行かせない選択もなんら恥ずかしくない社会です。社会にいったん出てから、大学に入り直すことも珍しくありません。賛否両論ありますが、米軍に一定期間所属すると、大学の学費が全額無料になる給付型奨学金もあります。けれどもすごく優秀で奨学金を給付される人を除き、多くのアメリカの学生は授業料が異常に高いので、学費ローンという借金をしています。最近は日本でも経済状態が悪くなり、奨学金という名前だけの利子の安いか無利子の学費ローンで苦しんでいる学生が少なくありません。返済は卒業してすぐからですが、いい仕事がみつからず、非正規雇用やアルバイトだけでは月々の学費の借金が返せない人や、正社員になっても給料が安くて、多額の奨学金の返済が出来なくて自己破産してしまう人が少なくありません。話がそれましたが、コースが単一化してしまうと、人と同じようにしないと、社会から締め出されかねない状況が生まれてしまいます。

欧米では大学を出てから、世界1周旅行をして何年か過ごしたり、ボランティアをしてアフリカに数年いても、実力があれば、会社は採用してくれますが、日本の会社では、難色を示すかもしれません。大学の新卒を取るほうが無難だと考えるかもしれないのです。
このような単一化の進んだ社会では、コミュニケーション障害の人は、困難を生じることが多くなります。アインシュタイン並の天才をもしかしたら、潰しているのかもしれません。IQが大きく違う人同士も話が理解できなくてコミュニケーション障害を起こすこともありえます。ドラマのヒット作『ビックバンセオリー』では天才型の物理学者達の仲間が出てきますが主人公の天才教授シェルドンはコミュニケーションに障害がありそうですが、愛すべき人物でその言動がコメディの笑いの種になっています。主人公の同居人のレナードとその恋人のペニーはIQがかなり違うと思うのですが、思いやりと愛情がコミュニケーションの隔たりを補っています。

話をコミュニケーション障害の症状にもどしましょう。病気を伴わないコミュニュション障害はカウセリングなどで、治る可能性があります。私もお手伝いできることがあるかもしれません。その他、境界線上にありそうなものを上げてみましょう。

「雑談恐怖」は仕事や勉強はスムーズですが、休み時間の人との雑談ができにくいです。これも、興味の対象が一般の人たちと違うとかIQの違いによるものかもしれません。自分の話が人にどう思われるか怖がっている人もいるかもしれません。

「吃音症」は他人との会話の最初で緊張して言葉が出にくくなるもので、映画『英国王のスピーチ』の主人公ジョージ6世も吃音症で自らの努力と先生によって治す事ができました。これは、話す場面を嫌うので、コミュニケーションに支障がでます。

「正視恐怖」は会話をしている間に相手の目を見られずに目のやり場に困ったり、逆に見られるのを嫌がります。

「対人不安」は人と会う前に、変に思われたらどうしようとか、どんな態度を取ればいいだろうかとか、何を話せばいいだろうと思い悩んで、人と会うのが嫌になります。ある特定の人だけに不安になる場合もあります。

「対人緊張」は対人不安と似ていますが、大勢の前で話すとか、偉い人と話すとか、好きな人、特別な人と話すときにも起こります。常時この症状が出ないのであれば、コミュニケーション障害のない一般の人にも起こります。

長くなったので、続きは次回にしますね。
スポンサーサイト

不思議な話 その198 古代の発明(2)

古代の発明についての続きです。アレクサンドリアのヘロンは、紀元10年~70年頃の人と言われています。

古代都市アレクサンドリアは、アレクサンドロス大王(BC356年~323年)の名前にちなんでつけられた都市です。アレクサンドロス大王(アレクサンダー大王)歴史上で最も若く、地中海沿岸からインドまで征服した英雄と言われています。マケドニア王国の大王が東方遠征した時に、なぜアレクサンドリアに都市を作ったかというと、伝説としては、二つのお話があります。一つは夢のお告げで、ホメロス神が王の夢枕に立ち、叙事詩『オデュッセイア』の中のメラネオスがファロス島に亡命する一節を語ったといいます。」そして、プルタルコスの『英雄伝』によれば、「アレクサンドロス大王はベッドから飛び起きると、自分の構想にあった都市を建設するように命じた」そうです。もう一つの伝説は、建設の決まったアレクサンドリアで、測量技師たちが都市の城壁の位置取りの為にチョークで線を引いていると、チョークが切れてしまったので、小麦粉を白線の代わりにしたのですが、小鳥が来てその小麦粉を食べてしまいました。不吉な予兆ではと心配した王が預言者に占わせると、「あらゆるところから人々がここを目指し、集まり町が繁栄するという印」だと預言者たちは言いました。

これらの、伝説以外に、アレクサンドロス大王がアレクサンドリアに都市を作った理由は、当時エジプトに北部地中海岸にあった港は、浅瀬が多く、毎年繰り返されるナイル川の氾濫で運ばれてくる堆積土のために水深が一定しませんでした。エジプトに入る前に船が停泊することが出来る唯一の港は、ファロス島の港だけでした。そのために、アレクサンドロス大王以前の人々も、船乗りや商人などアフリカ大陸の側に、長く仕える港を求めました。ファロス島とエジプト側の距離は1マイルで、1時間足らずで横断できました。大陸側は地中海とマリュート湖にはさまれた細長い土地で、そこにいくつかの漁村があり、ファロス島とこの村のあたりを堤防でつなぐと、東側の港が海流から守られ、ファロス島も北西の季節風から守られます。

このような有利な地形からアレクサンドロス大王はこの場所に新しい都市の建設を決定しました。アレクサンドロス大王の率いるマケドニアの大きな軍の新しい入植地としても、このアレクサンドリアは最適だったのでしょう。アレクサンドロス大王はエジプトの王も兼任しました。その後アレクサンドリアは国際的な都市になり、現代でも栄えています。

前に私がブログで書いた古代世界七不思議に入っても良いものとして、アレクサンドリアの大灯台があります。今は壊れてしまいましたが、古代でも優れた技術で作られていたそうです。こうして、アレクサンドリアは紀元前300年以降、国際都市として栄え、アレクサンドリア図書館も出来て、文化の中心になりました。

話をアレクサンドリアのヘロンの話にもどします。こんな背景があって、当時紀元後50年前後古代ローマの属州エジプトのアレクサンドリアで、活躍したのがギリシャ人工学者、数学者のヘロンです。彼は、「アイオロスの球」(ヘロンの蒸気機関)蒸気の圧力を利用した発明をしました。これは、現代のロケットエンジンの原型と言われています。記録に残る最古の蒸気機関です。蒸気機関は、実は産業革命より2000年近く前に発明されていたのです。この他にも密閉された容器を祭壇の炎によって熱し、そこから噴出する空気を用いて、別の容器から水を移動させ、その重みでロープを引っ張って、神殿の扉を開けるという自動ドアをヘロンは発明しました。

世界初の自動販売機も、ヘロンは発明しました。機械の上部にある投入口から当時のローマコインを入れると、決まった量の聖水が出てくるというものです。

ヘロンの風力のオルガンも世界初の風力機械と言われています。彼はギリシャの劇場の様々な舞台の仕掛けも発明しました。円筒形のギアを回転させるものや、ロープの結び目を使った2進法のしくみや、機械仕掛で10分も動く発明もありました。機械的に一定の間隔で落下する金属球を用いて、隠れたドラムを鳴らし、雷のような音を作る仕組みもありました。

『気体装置』は彼の著書と言われていますが、確定ではないようです。けれども、コインの自動販売機の説明と絵が描かれていて、この本のラテン語の写本は(1583年の)、今なお、ローマの国立図書館にあります。おそらくアレクサンドリア図書館にあった、書籍の写しなのでしょう。

次回も興味深い話を探しましょう。

不思議な話 その197 バミューダトライアングルの謎(新説)と 古代の発明 

先月の10月半ばにサイエンスチャンネル「What on Earth」で、バミューダトライアングルに関する新説が出ました。バミューダ三角地帯については、前に私のブログでも書きました。これまで、わかっているだけで、197万3000平方マイルの海域では、少なくとも1000人が死亡し、75機の飛行機が墜落し、数百そうの船が転覆したと言われています。なぜこの海域だけに異常に事故が多いのか不思議です。一番大きな事件は、1918年3月にアメリカ海軍の給炭艦サイクロプス号の失踪です。サイクロプス号の残骸や、乗船していた300人以上の乗組員はいまだに発見されていません。この失踪は、戦争以外での船でのアメリカ史上最大の人命損失事件だそうです。

アメリカ、コロラド州立大学の衛星気象学者、スティーブ・ミラー博士をはじめとする研究グループが、このサイエンスチャンネルの番組で、魔の三角海域で起きている現象を、解き明かすのに、最新の衛星技術を使っています。高度解析技術でバミューダトライアングルを徹底的に分析したところ、この海域で奇妙な形の雲が多数出現したのに気づいたそうです。それは、まだら状の六角形の穴の形をしています。ミラー博士は、「雲の形がこれほど直線状になることはありません。」と言っています。

六角形の雲の切れ間では、猛烈な暴風が吹き荒れていました。研究チームがこの暴風を「空気爆弾」と例えています。風速は時速約270km、秒速は75mにもなるそうです。最強ランクの台風秒速、54mを上回る強さです。

さらに悪い事に、その「空気爆弾」は猛烈な下降気流なのです。一般の気象現象、台風、ハリケーン、サイクロンなどは強烈な上昇気流です。この下降気流に飛行機が直撃すると、吸い込まれるように墜落してしまうそうです。海面ではこの下降気流を受けて、巨大な波が生じます。ミラー博士の研究チームはこの「空気爆弾」で生じる波の高さを13mと試算しています。ほとんどの船がこの巨大な波に遭遇すると沈んでしまいます。多くの船や航空機を一瞬に消し去った原因はこの「空気爆弾」の可能性が高いわけです。ミラー博士は、「多くの場合この六角形の穴を持つ雲はランダムで発生している。」と言っています。

この「空気爆弾」は「ダウンバースト」(マイクロバーストは上昇気流で積乱雲や積雲の原因、ダウンバーストは、マイクロバーストが減衰期に入ると降水粒子が摩擦で下降気流が発生し、下降気流の中でも、地上に災害をもたらすほど、極端に風力の強いものが、ダウンバーストだそうです。)と呼ばれる気象現象に近いということですが、この「空気爆弾」の発生する原因とメカニズムは、まだ分からないそうです。

超古代文明のアトランティスで、六角形の水晶の結晶体の巨大なものをエネルギーを作るのに使っていましたが、六角形の雲は、そのエネルギー発生装置と関係があるのでしょうか?それとも、ただの気象現象なのでしょうか?いままで、世界中で六角形の雲の報告がされていないのに、バミューダ海域だけに観察されるのは、不思議な気がしますが・・・

次に、古代エジプトやギリシャやローマの発明について見ていきましょう。古代ギリシャのヴィザンチンのフィロンは、紀元前280年~220年くらいと言われていますが、正確な年代は分かりません。紀元前250年くらいに活躍したと言われています。彼の唯一の現存する著書は、『機械学体系』という本です。てこ、と戦争での武器の投石器を発明し、本にも書きました。フィロンは、建築の築城学についても書きました。彼の書いた9巻のうち、今残っているのは、「投石器」と「気体学」と「築城術」の3巻だけだそうです。土木建設の「港湾の建造」や、「機械劇場」や「攻防術と防衛術」、「戦略」などその他の巻は、古代アレクサンドリア図書館がシーザーの攻撃で焼き討ちにあったときに燃えてしまったということです。

フィロンは、気体空気の圧力や水圧などを利用した機械を発明しました。現代のロボットの先駆けのような、ワインを注ぐ女性をかたどったメイドをつくり、ワインとそれを割る水を一定量盃にそそぐ自動装置を作りました。彼の発明八面体のインク壺は、どの面からもインクをつけることが出来、しかもこぼれない装置でした。彼のアイディアは20世紀になって、飛行機の気体の位置を示す、ジャイロスコープに応用されました。彼はその他に自転車のチェーンとスプロケットの原型や、積荷用のチェーンドライブの原型を発明しました。気圧を利用した温度検知器も発明したそうです。

次回さらに、古代の発明を調べてみましょう。

不思議な話 その196 エジプトでの過去の人生を語った考古学者

前回の続き、イギリス人考古学者ドロシー・イーディの物語です。

結婚後、エジプトで、彼女の夫は夜中の彼女の変わった行動にしばしば、起こされます。彼女は真夜中にトランス状態となり、月明かりの中でひたすら紙にヒエログリフ(エジプトの象形文字)を書き続けました。彼女の奇妙な行動は、その後1年以上続き、書いた文章も70ページ以上にもなったそうです。彼女自身が、その時の様子を後に語った所によると、「不思議な魔力にとらえられたかのように、無意識のままの状態で古代エジプトのヒエログリフ語が語りかけられた。」のだそうです。私の前のブログで、過去世の言葉を急に話し出す、真性異言(ゼノグロッシア)や過去世の文章や霊の言葉を書き出す、オートマティスムという現象が彼女にも起こったのでしょうか?

余談ですが、霊や宇宙人などからのチャネリングをして言葉を聞いて無意識のうちに文章に書くという自動書記(オートマティスム)は、第1時大戦後、フランスの詩人アンドレ・ブルトンが起こした精神分析を取り入れた芸術運動で、1924年の「シュルレアリズム宣言」の起草によって超現実主義(シュルレアリズム)を創始しました。彼は、詩を作るのに実験的自動書記という天からイメージが降ってくるような作り方をしました。眠りながら言葉を綴ったり、高速で文章を書くとか、半ば眠った朦朧とした状態(トランス状態)で原稿用紙に単語を埋めます。美意識や倫理といった意識が邪魔をしない意外な文章創作を目指すのだそうです。無意識や意識下の世界を反映していると思われる文章や詩から、自分たちの過ごす現実の裏側や、内側にあるという現実である超現実が表現できるというものです。自己催眠や、病的状態の一種と考える解釈もあるそうです。その他のオートマティスムは前にブログに書いたダウジングや霊と交信?するというウィジャーボードです。


話をドロシー・イーディーに戻します。その自動書記のヒエログリフの文章ですが、その言葉は彼女によると、ホル・ラーと呼ばれる霊によって語られたドロシーの過去世について述べたものでした。ドロシーはこの話を夫に語らなかったため、夫は彼女を理解できずに苦しんだといいます。彼女のまわりには奇妙な事が起こって、ある日泊まりに来ていたエジプト人の夫の父親は、彼女のベッドにファラオが座っているのを見たと言って家を飛び出して逃げていったそうです。結婚から3年後に夫がイラクで教職に着いたことで彼女は彼についていかず、単身赴任となりました。彼女は息子とギザの大ピラミッドの近くに移り住み、テントで暮らしました。エジプト考古局で製図作成の仕事について、エジプト考古局の女性職員になりました。

その後20年にわたり、彼女はピラミッドや王墓の遺跡の発掘と記録の仕事をやり続けました。遺跡の製図の腕が良く、編集助手としての有能だった彼女は、エジプト学の発展に寄与しました。ドロシー・イーディは古代エジプト語を知っていて、古代エジプト美術の造形も深いと言われています。

1952年に48歳になったドロシーは、幼いころ教えられもしないのに夢に見た故郷のアビュドスに住んでいました。そこで、神殿の遺跡に向かうと、香を焚いて祈る日々を送っていました。彼女がエジプトにいながら過去世での故郷の土地に行かなかったのは、何かが自分を妨げていたのだと彼女は言っています。電気も通っておらず、水道もなかった、イスラム教の国で英語も話せる人のいない当時のアビュドスでの彼女の仕事を考古学局は、何回も彼女が希望するので、やむなく許可を与えました。その後は彼女は残りの人生を、その過去世の故郷で過ごしました。(このように、影響のあった過去世の場所に現世で行ったり住んだりすることはよくあります。大事な使命を持っている時は、特に過去世や前世の場所と同じところへ行きます。)

神殿で礼拝する日々を送っている彼女に現地の人々は、彼女を受け入れて暖かく接しました。彼女は動物にも不思議な共感能力を持ち(これは、古代エジプトで彼女が過去世に持っていた能力なのでしょう。たまに、過去世や前世の能力が、現世に出ることが有ります。)

アビュドスで、神殿の壁画のレリーフを記録する仕事について、彼女はセティ1世の神殿の庭の位置を言い当てました。その庭は彼女がまだエジプトについて知らなかった少女の時から、夢に出てきた庭でした。発掘作業員が彼女の指示に従って神殿付近を発掘すると、古代のたくさんの木の切り株が見つかりました。その後、彼女は北側で、地中に走るトンネルがあると言って掘らせると、実際にトンネルが出てきました。エジプト学の当時の学者エル・ゼイニ博士は、彼女の過去世のことについて当初は疑いを持っていましたが、、この発見以来、彼女の話を信じたようでした。彼女によるとこの神殿の地下には、まだ発見されていない秘密の文書の書庫があるのだそうです。それが発見されたら、古代の王家の秘密が更に解明されますね。

先程のエル・ゼイニ博士は彼女と親しかったのですが、ドロシー・イーディは誰にも打ち明けなかった彼女の過去世の秘密をゼイニ博士に打ち明けました。彼女が夜中に交信していたホル・ラーという霊から知らされた情報によると、彼女は過去世に「ベントレシュト」という古代エジプトの女神官だったというのです。過去世の女神官だった彼女は、ファラオのセティ1世と恋に落ちました。彼女は図らずも妊娠し、それは結婚もできないし女神官は純潔を保たなければならない、当時のその国のルールにも反しました。もし自分が妊娠しその父親がセティ1世であることがわかれば、裁判にかけられて、王の立場も悪くなると考え、彼女は自害しました。亡くなった愛するベントレシュトの亡骸を見て、王は彼女のことは忘れないと誓いました。

そして、1900年代の彼女が14歳位から、彼女の夢の中に、セティ1世が毎晩、彼女の夢枕に立ちました。セティ1世の魂は何千年もの間、生まれ変わらず霊となって、彼女のもとに来たのかもしれません。そして、博物館でミイラとなったセティ1世を見たときから、彼女のもとにその魂が寄り添っていたのかもしれません。ドロシーは彼に会えて嬉しかったのかもしれません。そして、結婚してエジプトに行くと、夫の父親に見られるほどはっきりとした姿になって、ファラオは50歳前後のハンサムな王の姿で現れました。彼女によると、セティが死後の世界から舞い戻ったのは、エジプトの冥界の神「アメンティ」の許可を得たからであり、二人はそのルールに従わなければならなかったそうです。そのルールが「期間」で、彼女が過去世の故郷に戻れる時期は決められていたのだそうです。(影響のある過去世では、その決められた期間、過去世の相手と現世でもかかわるということが、よくあります。過去世や前世と一緒にいた期間だけいるという場合もあり、逆に過去世で短かったので、現世で死ぬまで一緒ということもあります。)ドロシーがアビュドスの地に戻って、神官としての義務を現世で全うすれば、自分が死んだときの罪が許されて、セティ1世と結ばれることが出来るというのです。

彼女は1981年に77歳で亡くなりました。セティ1世が迎えに来て永遠に結ばれたのでしょうか?それとも、他の転生を繰り返し、また、魂の旅をするのでしょうか?次回も面白いテーマを探します。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

鑑定とカウンセリングご希望
の方は当研究所 
住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
まで。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード