不思議な話 その217 「プロジェクト・ペガサス」火星の奇妙な話

火星に関わる奇想天外な話に、「プロジェクト・ペガサス」の話があります。

この話を内部告発したのは、複数の大学で、学位を取り、環境生態学の論文も書いた弁護士のアンドルー・バシアゴというアメリカ人の50代の男性です。彼は、「アメリカ政府が、軍と情報機関、軍需産業、軍事科学者の軍・産・学の複合体が宇宙と人類の歴史に関する真実の情報を徹底的に隠蔽し、自国民はもちろん、世界の人々をだましている。」と驚くようなことを告発しています。真偽のほどはわかりませんが、彼は「アメリカは1960年代~70年代へのタイムトラベル実験に成功した」「同じ技術を使って、月や火星に瞬間移動できるテレポテーション実験も成功済み。」だと言っています。

バシアゴ氏はさらに、「アメリカはこのタイムトラベルとテレポテーションの技術を使って、すでに火星に秘密基地を建設しているし、火星には生命が存在し、高等な生物もいて、地下都市に居住している。」とも話しています。バシアゴ氏だけでなく、複数の内部告発者の人たちがいます。まるで、SF小説の作り話のようですが、彼らは、アポロ宇宙船や国際宇宙ステーションなどは、世の中を欺く宇宙開発だと言っています。

バシアゴ氏はさらに、証拠として、11歳の自分が、1863年のアメリカにタイムトラベルして、11月19日のリンカーンのゲティスバーグ演説の現場に言ってそれを見届ける任務を与えられて、直前の時間帯をターゲットに1972年のアメリカから時空トラベル装置で送り込まれた、と彼は言っています。彼によると、2003年に偶然に、ゲティスバーグの演説の写真を見たら、自分が写真に写っているのを、見つけたそうです。彼は、リンカーンを待ち構えていた自分が、まさか、新聞記者の写真に取られていたとは思ってもみなかったようです。

バシアゴ氏の証言によると、1972年のゲティスバーグへのタイムトラベルの出発点は、アメリカ、ニュージャージー州イーストハノーバーのある軍事科学研究施設の時空実験室(後にジャンプルームと呼ばれた所)だということです。彼が「量子置換法」と呼ぶ、タイムトラベル方式の時空移動の体験は、激しいものだったようで、「私は、量子密閉高圧空間のコハク色の深い部分で、枝分かれする一連のワームホールの中を、猛烈な勢いで落ち続けた。途中で私の屈はもぎとられ、私は方向感覚を失って、異常な興奮状態のまま、ゲティスバーグ北西の道路の際にポンと飛び出した。あの写真の所に写っている場所で立っていた数分後、過去に送り込んだプラズマ密閉室の量子場効果が切れて、気がついたら、ジャンプルームに戻っていた。」と話しています。

バシアゴ氏は、2008年にインターネットで、内部情報を出し、プロジェクト・ペガサス計画は1968年までに、数通りのタイムトラベル方法が実験されていたそうです。その技術の原点は、天才ニコラ・テスラにあるそうですが、宇宙人の技術の協力もあったかもしれません。ニコラ・テスラはあの有名な「フィラデルフィア実験」に協力し、1943年に孤独死すると、国防総省とFBIが全ての研究資料を持ち去ったそうです。

バシアゴ氏は、「量子置換法」やテスラの技術をまとめて、「ジャンプルーム・テクノロジー」と呼んでいます。1960年代後半に、ペガサス計画は子どもたちを過去へ送り込んで情報収集にあたらせる技術を開発して実験していました。バシアゴ氏は1967年、わずか6歳のときに、政府契約企業で、」土木建設業界のラルフ・M・パーソンズ社の上級エンジニアだった父親のレイモンド・F・バシアゴに実験場所に連れてこられたそうです。父親は、テスラ応用技術の会社とCIAの主任技術連絡員だったということです。

最初に、彼は父親にニュージャージー州のウッドリッジのカーティスライト飛行機エンジン社の施設に連れて行かれ、バシアゴ親子は、奇妙な形の装置に入りました。高さ約2.5メートルの丸い筒型で、外側に湾曲した金属が2本3メートルの間隔で向かい合って、それが時空トラベルの入り口だったのです。彼と父親がその奇妙な装置の前に立って、スイッチをいれると、2本の柱の間に放電のカーテンが現れ、光の布のように揺らめき、父親は彼の手を引いて、光のカーテンめがけて飛び込みました。目の前に光のトンネルがあって、出口まで数秒かかって通り抜ける間に、周囲で他の人々や出来事がものすごい勢いで、現れたり消えたりしたそうです。トンネルを抜けると出口は背後で閉じて、2人は見知らぬ丘の中腹にいました。あとで、彼はそこが、ニューメキシコのサンタフェの州議会議事堂の近くだと知りました。

1970年の9歳前後では、選ばれた、同じ年頃の子どもたちとチームを組んで、実験と訓練をしました。実験では事故や失踪があったと彼は言っています。(事実なら、子供を使うとはひどい実験だと思います。)子供を使ったのには理由があったとバシアゴ氏は言っています。時空トラベル体験が子供に及ぼす影響を見たかったのと、ある機械、時間探査ホログラムの中では、背の高い成人が立つと、ホログラムが崩れるという理由、そして、子供のほうが言われたことを素直にするし、大人が見落とすものも覚えていられる、大人の方が精神的に異常をきたす率が高く、子供は訓練でなれさせることが出来ると考えたのではといっています。バシアゴ氏によると、ダイアルの調整しだいで、過去、未来に行って帰ってくることが出来たそうです。

2045年までの定地点を行ったり帰ったりする乗り物もあったそうです。「スターゲイト」と名づけられた機械はいかにもタイムマシンと言うかたちで、バシアゴ少年やその他の子どもたちは、未来の70年先の情報を持って帰りました。1972年に行った2045年の未来は、壊滅的大災害のない、平和で静かな、高度に進んだ文明のある未来だったそうです。

そういえば、同じ時期に1966年制作された「タイムトンネル」というアメリカドラマも、トンネルの中を抜けて過去に行く話でした。映画スターゲイトも光の輪をくぐって、別の惑星に行く話で、このペガサス計画がヒントになっているのかもしれません。

これから、4月スタートのAXNで新しいタイムトラベルドラマも放送されます。「タイムライン」といいますが、新しいタイムトラベルの真実が発見されるでしょうか?それともやはり、彼の想像上の話なのでしょうか?

次回は、まとめと、新しいテーマを書きましょう。
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不思議な話 その216 惑星セルポの話まとめ、火星移住計画の話

プロジェクト・セルポの話ですが、それが、事実かよく出来た創作なのかは、分かりませんが、平和的で理想の社会のようにみえますね。

その宇宙人は友好的で、善意の存在で、まるで映画『未知との遭遇』の宇宙人のようです。その映画の監督、スティーブン・スピルバーグは、プロジェクト・セルポの話を知っていたのではないか、という噂があります。『未知との遭遇』では、アメリカの各地の人が何らかのメッセージを受けて、その場所のイメージからある場所にひきつけられます。そこでは、政府か地球外生命体と接触する機関の秘密の施設があります。映画の最後の方では、巨大な宇宙船と、あるメロディで交信し、男性10名と女性2名(セルポ・プロジェクトと同じ男女構成人数ですね。)が交信をした宇宙人の巨大宇宙船に乗り込みます。スピルバーグ監督は、うわさでは、この映画をSF映画ではなく、科学的事実(サイエンスファクト)とよんでいたそうです。事実としたのは、スピルバーグ監督が、プロジェクト・セルポの情報を、何らかの形で知っていて、映画を制作したのかもしれません。

プロジェクト・セルポの最終報告書は、カール・セーガン博士によって、1980年に書かれたそうです。カール・セーガン博士は、このプロジェクトに関わったことで、1985年のベストセラーの小説『コンタクト』を書いたと言われています。この著作は、1997年女優ジョディ・フォスター主演で、映画化されています。この映画もNASAから何らかの宇宙人の情報を得て、制作されたのではないかと言われています。原作者であるカール・セーガン博士は、プロジェクト・セルポにかかわっていたというのですが、これの真偽もはっきりはしていません。

地球に帰還しなかった惑星セルポへ残った二名の軍人は、まだ生きているといいですね。地球よりも平和な世界で生きているのかもしれません。

前にもブログで書きましたが、火星移住計画の最新の話題です。2030年代半ばに、火星に人類を送り込む計画は、遅れは出ていますが、着々と進んでいるようです。資金不足は重要な課題のようで、アメリカのトランプ政権は、国際宇宙ステーションの運用に、今まで年間10億ドルの支援をしていたそうですが、2024年頃には、NASAや政府としては、運用の拠出から撤退して、民間に任せたいようです。民間の宇宙開発事業も活発になるかもしれません。さらに、地球の環境観測活動からも撤退して、その資金を火星探査と、移住計画の推進に費用を使いたいという噂です。

地球と月は38万5000キロメートル、地球と火星は6000万キロメートル離れていて、地球からみて、火星は月より、約156倍離れています。現在の人類の宇宙船の飛行速度では、火星まで片道8ヶ月もかかるそうです。その8ヶ月間ずっと、宇宙放射線にさらされることになります。地球から近い所を飛んでいる宇宙ステーションは磁場の影響を受けて、放射線は宇宙空間よりは少ないそうです。

無人の火星探査機は今まで、50回もトライしていて、失敗が多く、大気が地球の100分の一しかないので、空気抵抗が少なく、秒速1.6キロ、温度は1900度にもなるようです。火星探査機は10トンくらいなので、人が乗り、荷物も増えると、20トン以上になり、着陸はさらに困難になります。そこで、大気突入後に、速度が出すぎないように、着陸用の超高速逆噴射ロケットなどを開発しています。コロラド州のロッキード・マーティン社は、そんな機能を持った、オリオン宇宙船を開発しています。オリオンのプロジェクトも、2028年までに、月でベースキャンプを組み立て、オリオン宇宙船と居住部分のエリア、ハブを組み立てて、宇宙飛行士を乗せ、火星へ行き、火星軌道に乗り、火星の衛星オボスを探査する計画なのだそうです。そこをベースにして、無人機を使って、火星上の居住に合う所を探すのでしょう。そして、10ヶ月の火星軌道上の滞在の後、地球に帰還する予定だそうです。(いきなり火星に着陸するより安全ですね。)

火星がなぜ、生物がいるかいないかは分かりませんが、なぜ生物が住みにくい不毛の星になったかというと、地球のようにいろんな害から我々を守ってくれる磁場がないからです。磁場は有害な宇宙放射線から、私達や、あらゆる生物を守ってくれます。(有り難いですね)あと、重力と、適度な気圧があると、水は蒸発しにくいのですが、火星は、気圧が低いために、水がすぐ蒸発してしまいます。現在は火星はマイナス40度くらいなので、幸いにも、地下や内部に氷として大量の水があるらしいということは、分かってきました。

大気が薄いので、放射線が直接降り注ぎ、表面を酸化させて、赤くなっているということです。残された大気は、巨大な竜巻や嵐になって、数年から10年に一度くらい吹き荒れるそうです。恐ろしいですね。

火星探査機キュリオシティはけなげに活動を続けていて、生命の存在の可能性の、メタンガスの存在も検知したのだそうです。生命の痕跡がどうかはわからないので、ヨーロッパの機関でも、火星のガス調査をするそうです。

ボストンのノースイースタン大学では、人間より先に火星に人工知能の自律型ロボットを送り込んで、電気を作る施設や居住棟を建設させようという研究がされています。危険を察知したり、嵐や気温などの環境の変化を察知させる、人工頭脳を開発するのでしょう。これから10年位で可能かもしれないといわれています。

SF漫画か小説のような話ですが、NASAのエイムズ研究所のクリス・マッケイ博士は、奇想天外な火星のテラフォーミング(地球化計画)を研究しています。博士は30年近く、人類の生存可能な火星の改造を提唱しています。火星にフロンのような、温室効果ガスを人工的に排出し、気圧と気温を上げようとする試みです。火星の温度を20度近く上昇させると、氷がとけるところが出てきて、表面のドライアイス状のものが溶け、二酸化炭素が放出されます。温室効果で、さらに気温が上がります。火星の全球に、超電導効果で、人工的な磁気を張り巡らし、これによって、大気を太陽風から守ります。地下の氷が液体の水となって、流れ出ます。地球から微生物をもってきて、投入し育てます。大気中の二酸化炭素で光合成を行わせ、植物を植え、育て、酸素を出させます。・・・という流れをよく考えてみると、もしかして、遠い過去に宇宙人が生物が住めるように、地球の環境を促してきたという考え方も否定できなくなりますね。

話は飛びますが、私の所に来た方のご希望で、その方の来世、来来世とどんどん、未来を探っていくと、月の基地や、火星の基地や、もっと遠い星に住んでいたり、移動したりしている、未来世が出てくることがあります。

次回は、火星にまつわる奇妙な話の続きです。

不思議な話 その215 プロジェクト・セルポ(2)

プロジェクト・セルポはあの有名なUFO墜落事件の「ロズウェル事件」と関係しているというのです。2005年の11月にアメリカのUFO研究家に、「リクエスト・アノニマス」(匿名希望)と名乗る人からEメールが届きました。この「リクエスト・アノニマス」は元アメリカ政府職員であると言っています。その数十通のメールは、かつて自分が関係していた極秘計画「プロジェクト・セルポ」に関する情報でした。

ロズウェル事件は1947年7月、アメリカのニューメキシコ州で起きたと言われている2機のUFO墜落事件です。最近CIA極秘文書の公開でも、それを裏付ける資料が出てきました。しかし墜落当時は、米軍がUFO墜落と思われたものは、観測用の気球だったと発表を言い換えました。ロズウェル事件では、数体の宇宙人が回収されました。亡くなった宇宙人と、生きた宇宙人が回収されたのだそうです。その生き残った宇宙人はイーブ1号、またはイーバと呼ばれたのだそうです。イーブと亡くなった宇宙人の遺体は、ニューメキシコのロスアラモス研究所へと移送されました。その後、努力の結果、人間とイーブとの意思疎通が出来るようになりました。イーブは人間に好意的な宇宙人だったようで、故郷の星の位置や情報、墜落したUFOで見つかったいろいろな機器の使い方まで教えてくれたそうです。

さて、プロジェクト・セルポですが、生き残ったイーブは発見された5年後の1952年に亡くなりました。政府のUFO研究機関の職員達は、イーブが残した通信機器を使って、宇宙人の故郷の星に通信をしてみました。そして、アメリカ政府の秘密機関MJ12(マジェスティック・トゥエルブが中心になり、1965年に、「プロジェクト・セルポ」が実行されることになりました。これは、人間12人(男10人、女2人)がイーブの故郷の星である「ゼータ・レティキュライ」座連星系の惑星セルポに宇宙人との交換でいくというものです。このプロジェクトは、関係者の間では、米国軍人と宇宙人の交換留学と呼ばれていました。

「リクエスト・アノニマス」と名乗る元職員さんは、すでに退職している人だそうですが、プロジェクト・セルポに関する3000ページにも及ぶ文章とそれを補足する多量の資料を持っているそうです。この元職員さんは、ロズウェル事件で生き残ったイーブと直接接触したと言っているそうです。

プロジェクト・セルポでは、厳選された米国の軍人が12名惑星セルポに旅立ちました。1964年4月にニューメキシコ州アラモゴードに惑星セルポから宇宙船に乗ったセルポの宇宙人が来たそうです。1965年に政府とセルポからの宇宙人がお互いの交流計画を立てたそうです。これが、「プロジェクト・セルポ」で、様々なエキスパートの米国軍人が集められ、その構成は、男性10名、女性2名でした。優秀な人材で、配偶者や子供のいない人を選んだようです。12名の軍人は、軍歴を抹消され、セルポ人と惑星セルポへと向かい、1名のセルポ人が地球に残ったそうです。旅立った12名の地球人はセルポに10年間滞在して、地球に帰還する予定でした。

当初の予定より3年滞在が延長になり、長らく滞在していたメンバーが持っていった時計も、動かなくなり、地球時間の経過時間がわからなくなったとのことです。セルポの1日は地球時間の43時間(約2日弱)だそうです。結果として、地球に帰還したのは、7名の男性と1名の女性だけだったそうです。残りの2名は元気で(おそらく男女ではないかと思うのですが・・・)、セルポに残り、2名は一人は行く途中で感染症で亡くなり、一人は惑星で着いてからの事故で亡くなりました。

だいぶ前のプロジェクトですし、心身への負担が大きかったのか、現在すべての帰還者が亡くなっていて、最後の生存者は、15年前の2002年に亡くなったということです。滞在中の放射線量も原因ではと言われています。情報がリークされた2005年時点では、通信から、惑星セルポに残った2名はまだ生存しているという、情報もあったようです。

惑星セルポまでの距離は地球からおよそ37光年で、セルポ人の宇宙船では地球の時間で、9ヶ月かかったようです。そこでの生活は、着いてから、そこの大気に順応するまで、数ヶ月を要したようです。セルポでは、地球の5倍ほどの大きさの太陽が2つもありました。強い日差しと日焼けにも苦労したようです。夜は薄暗い程度で、惑星の大きさは、地球より僅かに小さく、大気は地球に似ていて、酸素、水素、二酸化炭素、窒素を含んでいます。雨もふりますがそんな量ではなく、気温は摂氏34~46度ほどで、北半球の気温は12~26度だそうです。セルポには山脈もあり、樹木も生え、地下には川があり、渓谷もありました。海は滞在したところには、見あたらなかったそうです。メンバーは涼しい北半球に(まるで、理想社会のようですね。精神的にも人間より進化しているようですね。)

乗り物は、タイヤのない車のようなものか、ヘリコプターのような輸送機関です。セルポ人は人工が、約65万人で、もともといた惑星が住めなくなったので、この星に移住したのだそうです。産む子供は2名までで、計画的に人口を制限しているようです。リーダーはいても、政府のようなものはなく、中での戦争はありませんが、軍隊はあり、惑星内では、武器はもたないそうです。

犯罪もほとんどなく、軍隊は、他の星からの侵略にだけ備えているのかもしれません。セルポの人々は、貨幣を使わず、必要に応じて物資の配給を受けていたそうです。仕事はそれぞれの能力の範囲で分担され、音楽やスポーツなどの娯楽もあるようです。彼らはTVやラジオを持たず、ベルトに小さいPCのようなものがついているということです。子どもたちは親から離れて保育され、大切にされています。動物は大きな牛のような生き物や、アメリカライオンのような生き物など、様々な動物が見られるそうです。蛇のような生き物もいて、やはり危険ないきもののようですが、彼らは決して生き物を殺さないようです。

帰還者達は、セルポの土と、植物、水、何百ものサンプルを地球に持ち帰りました。1985年以降、セルポ人たちは、地球にやってきていないそうです。セルポ人達は、2000年前から宇宙探索をしていて、地球に初めてやって来たのも、2000年前くらいからとのことです。最初に地球人と接触したのは、紀元前後のことだったのでしょうか?

次回まとめをして、新しいテーマを見つけましょう。

不思議な話 その214 ハビタブルゾーンの惑星の話とプロジェクト・セルポの話

「宇宙には他の星に生命がいるのか?生命が生まれる星があるのか?」という問いに、多くの研究者が挑んでいます。宇宙の奇跡的な写真をたくさん地球に送っているケプラー望遠鏡のチームも、これをテーマに探査をして、地球のような惑星を探しています。ケプラー望遠鏡が見つけた惑星は、この4年間で4000個以上にものぼるそうです。恒星の明るさの変化から、惑星を観測しています。4000個あまりの惑星のうち、大半は地球より大きい「スーパーアース」と呼ばれるものだそうです。スーパーアースは地球のような岩石惑星と巨大な氷の惑星の間の大きさの中間の大きさの惑星を呼ぶのだそうです。小さいものは岩石で出来ていて、大きい惑星は、氷で出来ています。

ケプラー望遠鏡は2013年に故障したそうで、解決するために調査の向きを変えました。そして、普段探査しない方向で、赤色矮星の太陽系をいくつも発見したそうです。赤色矮性は太陽よりも温度の低い赤い恒星で、恒星の全体数の4分の3もあるそうです。

チリにあるヨーロッパの南天天文台ラシーヤ観測所のトラピスト望遠鏡を使って、ベルギーのリエージュ大学の研究者達が、みずがめ座の方向約39~40光年の距離にある19等星トラピスト1を発見しました。そして、その恒星の前を3個の地球サイズの惑星が通過していたのです。トラピスト1は、重さが太陽系の太陽の8%で、直径は、木星より少し大きいくらいのようです。表面の温度は、約2600℃と低温で、赤い色をしている、赤色矮星です。3つの惑星のうち、内側の2つの公転周期は、それぞれ1.5日と2.4日で、惑星と中心のトラピスト1との距離は、太陽と地球間の20分の1~100分の1です。近い距離にあっても、エネルギーの量は太陽が地球に与えるエネルギーの4倍から2倍位です。恒星に近い2個の惑星は、3つ目の惑星の軌道は分かっていないようですが、受けるエネルギーは地球より少ないようなので、ハビタブルゾーンに存在する可能性があるそうです。ハビタブルゾーンとは、生命が生息する水が液体で存在できる領域を指します。太陽系のハビタブルゾーンは、地球と火星が入っています。ハビタブルゾーンで、生命の生息可能な条件は、表面の温度、惑星の大きさ、重力の強さ(大気を留められるか)、大気が薄いと水が蒸発しやすくなり、水を地上にとどめにくいというのです。
NASAのゴダート宇宙センターのラビィ・コパウブ博士は、ハビタブルゾーンの計算モデルを思いつきました。ドリアン・アボット博士は、トラピスト1のように、惑星が赤色矮星の恒星に近いとずーっと昼だけの明るい地域と、夜だけの暗い地域に分かれるだろうといっています。昼だけの地域は温暖で水が流れています。夜の地域は光があたらないので、冷えて水が凍っています。その形が人間の目玉に似ているので、「アイボールアース」と呼ばれています。

その惑星では、昼の部分は、常に15度から35度の温暖な環境になり、絶えず、雲ができて、海水と大気が熱を循環するシステムがあるのではないかということです。大量の海水とぶあつい大気があれば、生命を育むのにさしつかえありません。赤色矮星は紫外線が多いそうですが、紫外線は生命誕生にむしろ必要だという人もいます。

ハップル宇宙望遠鏡とは別に、生命の探査をするために、新たに、日本ではマスカットという観測装置があります。この望遠鏡では光の波長の色で、水のあるなしや、雲の状態が分かるそうです。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、常に地球の裏側に位置させ、光の干渉を受けないようにしているようで、二酸化炭素やオゾンの状態や生命に必要な大気の量を観測できるそうです。

ここからは、真実かどうかは定かではないですが、1960年代にアメリカ合衆国政府が密かに行ったとされる極秘計画で名付けて「プロジェクト・セルポ」について調べてみましょう。この情報は、アメリカ国防情報局の元職員という匿名の人が2005年11月から、UFO研究家に公開したEメールにより一般の人が知ることになったというのです。夢のような話ですが、レティクル座ゼータ連星系の惑星セルポへ、アメリカ軍人12名が交換で滞在したというプロジェクトの話です。

次回に詳細を書きましょう。

不思議な話 その213 生まれ変わりの話(3)

生まれ変わりの話の続きです。

インドのアルナ・ミアナという所に住む6歳のタラニジ・シング君は、2歳の頃から、アルナ・ミアナから60キロも離れたチャクチェラ村に住む「サトゥナム・シング」という人を自分だと言いはりました。タラニジ君ははっきりとした記憶を持っていて、前世の父親は、「ジート・シング」という名前で、当時、自分は16歳で、スクーターにはねられて、1992年9月10日に亡くなったことを覚えていました。また、その日の彼のサイフの中には30ルピーしか入っていなかったことを彼は覚えていました。タラニジ君の話を聞いて、父親が調査をしたところ、
「サトゥナム・シング」という男子学生が、実際にいて、同じ年の同じ日に、交通事故にあったことが分かりました。彼の教師が話した所によると、事故原因はスクーターにはねられたことで、財布の中身も同じ金額だったということです。前世の父親と現世の父親や家族などが対面した時、タラニジ君は、事故にあって亡くなった生前の16歳のサトゥナム君の写真にすぐに反応したといいます。その後、法医学者のヴィクラム・ラージュ・チャウハン氏が成長したタラニジ君の筆跡鑑定をしたところ、サトゥナム君の残した筆跡と完全に一致したそうです。

習ったことのない外国語を話す現象を私のブログでも以前とりあげましたが、「ゼノグラシー」(ゼノグロッシア)といい、日本語では真性異言と訳しています。

イアン・ステーィブンソン氏はこの「ゼノグラシー」を研究しています。それは、生まれたときから全く使ったことのない言語をまるで、日常的に使う言語と同じく流暢に話すことです。ステーィブンソン氏は37歳のアメリカ人女性にこれが起きていることを発表しました。その女性はペンシルベニア州のフィラデルフィア出身で、母語の英語はもちろん、ポーランド語、イデッシュ語、ロシア語を話す両親のもとで生まれ育ちました。彼女は学校ではフランス語を学んでいたといいます。彼女が唯一スウェーデン語を聞いたことがあるのは、「スウェーデンでのアメリカ人の暮らし」というTV番組だけだったそうですが、スウェーデンの人とも話した経験はないそうでした。彼女は、8回の催眠療法の中で、自分は「ジェイソン・ジェイコビー」という名前のスウェーデンの男性の農民であると言いました。催眠療法中、彼女は、農民のジェイソンのことを語る時は、スウェーデン語で会話ができました。ステーィブンソン氏は彼女にいくつかの言語テストをするとスウェーデン人であるという結果になったそうです。彼女の両親も夫も彼女が、スウェーデンとは全くつながりがないと言っています。他の研究者の意見では彼女のスウェーデン語はノルウェー語のなまりがあるのではということでした。

精神科医のエイドリアン・フィンケルシュタイン氏は彼の書いた本の『あなたの過去の暮らしと回復への道』中で、で、ロビン・ハルという男の子の患者のことを書いています。ロビン君が彼の母親も理解できないような言語を喋るため、母親が心配して言語学者にみてもらったところ、ロビン君が話していたのは、チベット北部の言葉でした。ロビン君は前世の記憶の中で、自分が修道院の学校に通っている記憶を詳しく話しました。その言語学者は、ロビン君の話にでてくる修道院をさらに調査すると、その修道院はチベットの崑侖山脈にたてられた修道院であることをつきとめ、ロビン君をそこへ連れて行ったということが書かれてあったそうです。

「ゼノグラシー」の研究者、イアン・ステーィブンソン氏が発表した、別の話として、ミャンマーで1962年に生まれた「マー・ウィン・ター」という名前の女の子の話があります。彼女は3歳のとき、突然日本兵の前世の記憶について語り始めました。ターさんは、彼女の前世が日本兵で、ミャンマーのジャングルに潜伏していたところを、敵に発見され、生きたまま木につながれ、焼死したのだと、語りました。ステーィブンソン氏は、戦時中の資料を調べ、その出来事が実際にあったことを突き止めました。1945年の第2次世界大戦中には、ミャンマーで、捕まえた日本兵を、生きたまま焼いて処刑したということがあったそうです。ターさんは、同年代の女の子と違っていて、短髪を好んだり、男の子のような服装を好みました。辛いミャンマー料理を嫌い、甘い料理や豚肉の料理を好んだようです。当時のミャンマーにいた日本兵は人の頬を叩く行為をしていましたが、彼女も友人の頬をよく叩いていました。彼女は、両親が信仰している仏教を嫌い、自分を部外者、とか外国人だと言っていました。そして、ミャンマーの日本人戦没者の墓の前に立ち、「自分の仲間」と言っていました。

ミャンマーの女性は、さらに、不思議なことに、彼女の両手に縄でしばられたような、痣がありました。右手の痣は、生まれてから成長する過程で消えたのですが、左手の痣は、3つの縄のあとのようなものが付いていました。この痣は人が縄を手に巻かれて、焼死したときにできるあとの形によく似ていたそうです。

私が出す過去世や前世の中でも、過去の人生と関係があるのではないかと考えられるあざやあとを見ることがあります。それに関連した過去世や前世が出てくることもよくあります。また、必ず過去世の病気が現れることがあるわけではないのですが、影響の強い過去世の場合たまに、前に病気だった身体の場所が、その人の弱点になることがあります。

パトリックという男の子は、前世の記憶が彼の血を分けた同母の兄(異父兄弟)の記憶でした。彼の母親はパトリック君を産むまえに1979年に亡くなった彼の兄との共通点を感じていました。ケビン君は生後18ヶ月で、片足に転移性の悪性腫瘍があることが分かり、右の首筋から治療薬が投薬されていました。腫瘍は左目に転移し、右耳にも腫瘍ができました。そして1979年に亡くなったのです。母親は、その後、離婚して再婚し、ケビン君の死から12年後にパトリック君を産みました。パトリック君の首筋には、ケビン君が薬をいれていたのとちょうど同じ位置にあざがありました。パトリック君の頭の形はケビン君のと似ていました。パトリック君の左目には角膜に白斑がありました。パトリック君が歩きだす年齢になると、彼は片足を引きずりながら歩きました。医者は彼を検査しても異常がないと言いました。パトリック君は手術の経験がないのに、身体を手術される夢をよくみました。母親が彼にどこを手術してもらったのか聞くと、彼は右耳を指しました。右耳は、亡くなった兄のケビン君が手術で腫瘍を取り除いてもらった部位です。パトリックが4歳になると、母親に前の家の事をよく尋ねましたが、彼が生まれてから引っ越しはしたことがなく、同じ家に住んでいました。前の家はオレンジ色だったとパトリックは言いました。実際ケビン君が住んでいたのはオレンジ色の家だったそうで、彼の母親は、前の家のことを話したり、写真を見せたりしたことはなかったということです。

私が出した過去世の中でも、その人が、子孫に生まれ変わったり、祖父が孫に生まれ変わったりする例が非常に少ないですが、いくつかありました。

最近のニュースでNASAの国際チームとベルギーのリエージュ大学の共同プロジェクトの成果を2017年2月22日の「ネイチャー」に発表しました。39光年先に「生命が存在する可能性のある7つの惑星」を発見したというのです。次回はそのことについてと、関連する不思議な話を書きましょう。
プロフィール

観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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住所: 東京都文京区千石4-37-10 
TEL: 03-3942-1341
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