不思議な話 その36 農薬の話まとめ と黒沢明監督の映画の不思議な予見

 農薬のネオニコチノイド系薬品は、たばこのニコチンの成分から抽出したもので、水に溶けやすく、撒くのが楽で「夢の農薬」と言われました。けれども、前回書いたように「蜂群崩壊症候群」といって、因果関係ははっきりしないと言っても、少なからずの数の研究者たちが農薬の影響があると、蜂の大量死を世界中で問題にしています。
 

 日本のネオニコチノイド系農薬使用量は世界の中で比べると、単位面積あたり米国の7倍、フランスの2.5倍も使っています。日本にはこの農薬に対して何らの規制もないです。それどころか、クロロニコチル系殺虫剤(イミドクロプリド・アセタミプリド・ジノテフラン)として家庭でのガーデニングからプロの農業用、シロアリ駆除、ペットのシラミやノミ駆除、ゴキブリ駆除、スプレー殺虫剤、新築住宅の化学建材までにも、広く使われています。

 世界では100カ国以上でネオニコチノイド系農薬が使われています。この農薬に関する対応は、各国で違いますが、EUは今年から安全性が確認されるまで原則使用禁止にしました。

 フランスは独自で、1999年にいち早く種子の処理にイミドクロプリドの全面停止、2003年に農業省の委託機関の毒性調査委員会は、イミドクロプリドの種子処理によるミツバチへの危険性を警告しました。2004年に農業省はこの農薬の許可を取り消しました。2006年から最高裁の判決を受け、ネオニコチノイド系農薬を正式に使用禁止にしました。フランスは農業国なので、この問題には敏感なのでしょう。

 オランダはもっと早い2000年から使用の禁止の決定を下し、デンマークも同時期に販売も禁止しました。ドイツでは2008年からネオニコチノイド系農薬の許可を取り消し販売も禁止しました。イタリアも2008年から、禁止しました。ヨーロッパはつながっているので一斉にやらなければならなくなって、EUでの全面禁止になったのでしょう。アメリカでは農薬会社との癒着によるものかは分かりませんが、保健局が蜂との関連性を発表しているにもかかわらず、今のところ何の策もとられていないようです。

 日本では、愛媛大学の河野教授のグループが水田や河川の水質調査で、ネオニコチノイド系農薬を検出しました。日本全国農地のある河川では検出されるのではないかと思います。この農薬は蜂の脳や中枢神経を狂わせ、帰巣本能にも狂いを生じさせて、巣に帰れないようにさせて大量の死に至ります。

 人間も蜂のように脳内のアセチルコリンやグルタミン酸の神経伝達物質に狂いが生じるのではないかという説があります。特に子供の脳は発達途中なので、この農薬に被曝すると、学習障害やADHDといわれる多動性障害、精神的に問題が起こる場合があります。

 大人の場合でも、大量に被曝すると、あるいは、少しずつでも長期間被曝すると、頭痛、吐き気、手足のふるえ、皮膚の湿疹、短期の記憶障害が出るといいます。自律神経の調節の障害にも関係しているかもしれません。今、介護や支援認定の65歳以上のお年寄りの85%は、何らかの認知症の症状があると言われています。血管性障害や脳の委縮以外でも、化学物質が何らかの影響をしているのかもしれません。寿命が延びたからと言っても、現代の高齢者には、あまりにも認知症の割合が多いと思います。ネオニコチノイド系農薬や除草剤やその他の農薬は食品に残留しているので、食べて内部被ばくします。農薬によって障害が起こっても因果関係が立証しにくいのです。自然界のハチは命をもって警告を発してくれているのかもしれません。

 無農薬、有機農法や自然農法は運動が広がれば、自然や命を守る切り札になる可能性もあります。

 今日のもう一つのテーマは、「世界のクロサワ」と呼ばれた、黒沢明監督のたくさんの映画の中から、原発や放射能や自然観をとりあげた映画を紹介したいと思います。黒沢明監督は1910年~1998年の9月6日まで生きた方で、88歳で亡くなりました。今年の9月で没後15年です。

 黒沢明監督は、一貫して核兵器や原子力発電反対を唱えられていました。そのたくさんの作品は世界中で多くの映画賞をとりました。米国、ロシア、フランス、イタリア、英国、もちろん日本でも多くの映画賞をとりました。
1990年には米国アカデミー名誉賞をとりました。

 たくさんの映画の中で、古くて私は見たことがないのですが、「生き物の記録」という映画をとりあげたいと思います。それともう一つは、映画好きを自称する私としては見るのが遅すぎると思いますが、恥ずかしいことに最近初めて見た「夢」という映画を取り上げたいと思います。映画の中のメッーセージから、まるで彼の死後の十数年後の日本の未来を予見したような内容があるのです。

 まず、「生き物の記録」はあまり成功作とは言われてないかもしれませんが、35歳の三船敏郎さんが老人の役をやりました。1955年の作品です。(ムービーウォーカーからの引用です。)

 あらすじは、都内に鋳物工場を経営し、土地や工場などのかなりの財産を持つ中島喜一(三船敏郎)は、妻とよとの間に二男二女がいます。他に二人の妾とその子供たち、などの生活の面倒までみています。

 その喜一が原水爆実験や日本に落とされた放射能の被害妄想に陥って、地球上に安全な土地はもはや、南米しかないと思いこみ、近親者全員のブラジル移住を計画します。全財産を使ってそれを実行しようとします。

 しかし、長男を初め、子供たちは、父親本人を初め近親者全部の生活が破壊される恐れがあると、家庭裁判所に訴えて家族一同で喜一を準禁治産者(財産の管理能力のないもの)として訴えを起こします。家庭裁判所参与の原田は最初は喜一の話になるほどと思うのですが、家族の訴えを認めて、喜一を準禁治産者と認めてしまいます。

 極度の神経の疲れと緊張で喜一はこん睡状態となり、中島家では財産を誰が管理するかで、戦いとなります。
こん睡から目覚めた喜一は工場さえなければ、家族はブラジルに一緒に行ってくれると考え、工場に火をつけます。
 喜一の髪は一日で真っ白になり、心を壊した彼は病院に入院します。原田は彼を見舞って、喜一が壊れた心で、病院は安全なブラジルだと話します。原田はそれを知って愕然とします。
 喜一がおかしいのか、それとも原水爆の製造を続ける世界がくるっているのかというテーマを見ている人につきつけてエンディングになる映画のようです。喜劇にしてはあまりにも衝撃的な内容ですし、風刺映画とするにはあまりにも厳しい現実を描いています。

 もうひとつの映画は1990年に公開された「夢」と言う映画です。日本で予算がとれなかったので、監督はアメリカのワーナーブラザーズに企画を持ち込み、ステーィブン・スピルバーグとジョージ・ルカースが協力し、マーチン・スコセッシが出演しました。フランシス・コッポラの意見も取り入れたそうです。まさに夢のようにして出来上がった映画ですね。

 「こんな夢をみた」という題字で始まり、全体で8話のオムニバス方式で作られています。その一つ一つが印象的で色と映像がとても美しいです。1話から順に「日照り雨」(狐の嫁入り)、「桃畑」(桃の節句)、「雪あらし」(雪女)、「トンネル」(戦争の亡霊)、「鴉」(ゴッホ)、「赤富士」(原発事故)、「鬼哭」(放射能の影響)、「水車のある村」(監督の自然観やあるべき生き方)が最終話の8話目です。※( )内は私が勝手に題をつけました。

 次の回でとりあげるのは、後半のいくつかの話です。映画のあらすじとそれぞれの話について私の意見も述べたいと思います。

 
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