不思議な話 その72 古代ローマ帝国の技術と滅亡の原因(4)

 今日はこのテーマの4回目でまとめです。前回書いたハドリアヌス帝は、長城を造っただけでなく、ローマに足跡を残すために皇帝アウグストゥス時代に焼失した神殿パンティオンを、AD126年に再建しようとしました。資源とお金をおしみなく使って、46mの円形のコンクリート製のドーム型神殿を造りました。

 当時の優れた建築技術を示すものとして、ドーム天井の円形部分の重さをどうやって支え、分散させるかということでした。
ドームの基礎部分は垂直な壁で、ドームの天井に近づくほど、設計者はセメントに軽い素材を混ぜることを思い付き、基礎にはコンクリートに砕いた石を入れていたのを、上にいくほど素焼きの壺や水差しのかけらを混ぜました。パンティオン中央部にオルクスという穴をあけバランスをとりました。ハドリアヌス皇帝はダマスカスのアポロトロスという有名な設計者に依頼したのですが、ダマスカスは、ドーム型の天井には反対で、設計者の任を皇帝から解かれ、自殺か暗殺か分かりませんが、亡くなります。パンテイオンは、ハドリアヌス皇帝自身が設計したのではという説があります。

 そのちょうど、100年後くらいの皇帝カラカラは、恐怖政治で有名ですが、巨大な大衆浴場を造りました。彼は自分の能力を示す為に前の代の皇帝たちのように公共の浴場を建設させたのですが、男女別で時間によって交替制で、入場は無料で、どの階層の人も利用できたそうです。運動する所とマッサージ、爪のお手入れや散髪するところまであったそうです。現代のスパですね。さらに、水泳プールやお湯の温度が違う浴室、保湿ぶろやサウナのようなところまであったようです。

 その他大勢の人がくつろげる広間、食堂、商店、図書館、娼館まであったといいます。この大型の浴場施設は、古代ローマ人の技術の粋を集めました。建設作業員は、休みなく働いて、5000人から1万人の人々が携わったそうです。18900立方メートルの水を低温風呂や微温風呂、高温風呂と分けて燃料の薪を燃やし続けたそうです。大浴場を支えたのは、奴隷や下層の労働者でした。

 AD216年にオープンしたカラカラ浴場は、大理石を外国から輸入し、排水や下水道の整備も行われました。皇帝は豪華なドームや丸天井を造りました。この時代から経済状態はひっ迫してきたので、皇帝は大浴場のためといっていいいほど、外国に遠征に出て、さらなる金銀や宝石を奪って植民地を拡張しました。

 古代ローマ帝国は、その後300年代末まで、皇帝が続き、395年テオドシウス皇帝の後、東西に分裂します。395年に皇帝テオドシウスは自分の死に際して、帝国を東西に分けて息子達に分割統治させました。長男アルカデウスに東を、次男ホノリウスに西を与えました。

 私が古代帝国の滅亡と言ったのは、西ローマ帝国のことで、東ローマはコンスタンティノープルを中心にその後1000年近く栄えます。父のテオドシウス帝は、分割統治を軽い気持ちで思いついたのかもしれませんが、これ以降、東西のローマは再統一されることはありませんでした。

 古代ローマ帝国の滅亡を単純に考えると、東西に分割されたのが原因と考えられますが、3世紀以降軍人皇帝時代になって、戦国時代のように、属州の軍隊がそれぞれの皇帝を擁立して戦っていました。軍事面で一枚岩ではなかったのに加え、その弱みにつけ込んだのか、ゲルマン民族が西ローマ帝国に侵入して軍隊が弱体化してきました。

 また、奴隷制度が内から壊れて行きました。奴隷から解放されて平民になる人々が増え、解放奴隷や自由農民として、新たに「コロヌス」と呼ばれる小作人の制度ができました。これはヨーロッパの農奴制の基本になったものです。皇帝や軍隊は市民に重税を課し、経済的に行き詰った市民は、歩兵として軍隊に家族を送り出すことが困難になり、お金で雇われた傭兵を雇うようになり、忠誠心が失われ、軍隊は弱体化します。それと同時に水道橋や、長城や、道を造った高度な軍人たちの建築技術も弱体化します。

 宗教の分野では、コンスタンティヌス1世がキリスト教を国教にし、自らもキリスト教の洗礼を受けます。キリスト教は国教になったのに、その後、アタナシウス派(神とキリストと精霊が一体とする三位一体派)とアリウス派(キリストの人性を主張する派)に分かれました。アリウス派はビザンティウムへ遷都するときについて行き、東ローマ帝国のキリスト教(のちのギリシャ正教やロシア正教)になります。

 滅亡の原因はたくさんあり、たまごが先か、ニワトリが先かの議論のようですが、まず東西ローマ帝国の分裂があり、ローマの強さの原動力の軍隊が弱体化し、外国の異民族の侵入に会い、経済的には贅沢をしすぎて、皇帝は悪貨(質の悪い貨幣)を多量に作り、貨幣の力が無くなり、労働力の低下と市民の経済的疲弊、国庫の金の無駄遣いと、森林資源などの無駄遣いと贅沢などが総合的に影響し、滅亡の原因になったと考えられます。総じていうと植民地や属州などの領土が巨大化して支えきれなくなったのも問題でしょう。

 ローマ帝国と同じ轍を踏まないためには、グローバル化した現代と比べるのは難しいでしょうが、国庫のお金の無駄遣いを抑えることや、労働力の質の低下を防ぐとか、悪貨の製造ではないですが、自国の通貨の価値を下げ過ぎないとか、(円が安くなると市民、国民には不利益です。)森林資源は今の環境問題なので、水源や畑や森を守るといったことでしょうか?水と緑が失われた文明は滅びています。

 歴史は繰り返すとも言いますが、悪い流れの歴史は繰り返さない知恵が問われているのかもしれません。次回はまた別のテーマを探しましょう。

 
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