不思議な話 その173 DNA鑑定の不思議

 100年前の人は誰が、人間一人一人の細胞の中に、その人を特定する名前のようなものがあることを想像できたでしょうか?人間だけでなく、すべての動物にはその個体を特定する、遺伝子の本体としてのすべての細胞内に遺伝子の設計図のようなものがあります。その遺伝子の本体の細胞の核内に存在する物質がDNA(デオキシリボ核酸)でDNAを主成分としたこの物質は1869年に「ヌクレイン」と名付けられました。けれども、遺伝子の本体は長い間、タンパク質だと考えられていて、DNAの役割や構造は、研究が進まなかったそうです。ちょうど、歴史の中で、地球を中心に太陽が回っていると考えられていた時は、長い間、それが常識だと信じられていました。近代になって、太陽を中心に地球が回っていることが、証明されると、地球の公転が常識となって、知らない人はいなくなります。これと、同じように、現代では、DNA鑑定は当たり前になって、みんながこれを知っていたり、利用していますが、遺伝子の本体がDNAであると分かったのは、1944年のことで、さらにDNA鑑定が犯罪捜査などで行われるようになったのは、つい最近、1985年からです。

私達が写真やニュース画像でよく見るようになった二重らせんの立体構造は、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックという二人が、1953年に、二重らせん構造を発表しました。この発見は分子生物学史上、最大の発見の一つと言われ、この後、2人は1962年にノーベル生理学、医学賞を受賞しています。1944年、先ほどのアメリカのワトソン博士とイギリスのクリック博士は、DNAを切断したり、結合させたりその組み換えの研究が、そこから、スタートしたそうです。しかし、その二人以降、研究はあまり進展しなかったそうです。

 犯罪史上で、DNA鑑定のヒト個体識別が行われた、最初の事件は、イギリスのレスター州ナーボロウの事件だったそうです。レスター大学教授のアレックス・ジェフリーズ博士はDNAを切断したり結合して、それを写真にさつえいすることに成功しました。それは、今私達が目にするバーコードのようなものだったそうです。アレックス博士はナーボローに事件の少し前に彼の理論に基づき、ガーナ移民の母子の親子鑑定をして、その親子関係を証明し、初めて裁判所の証拠として採用されました。少年はイギリスからガーナへ、強制送還されることなく、イギリスに住む許可を与えられる判決が出ました。そのニュースがイギリスの新聞に載りました。

  1985年、イギリスのレスター州の警察に所属する、ベイカー刑事は、2人の少女のレイプ殺人事件で、容疑者の少年を逮捕したものの、その供述に違和感を持ち、捜査が行き詰まっていました。15歳の少年の自白した供述が、実際の事件と矛盾していたのです。そこで、レスター捜査官は、アレックス博士のDNA鑑定のその記事を見て、少年のDNAと被害者から出た犯人の痕跡のDNAを比べることを思いつきました。

そして、親子鑑定をした、ヒトのDNA研究の先駆者でもあるアレックス博士にその事件の捜査の協力を依頼しました。容疑者だった15歳の少年の血液を注射で採取して、少年の血液からDNAを調べたところ、犯人のDNA指紋は一致しませんでした。捜査は振り出しに戻りました。ベイカー捜査官は、さらにアレックス博士に依頼して、イギリスの中で決定権のある国の偉い政治家や、王室に許可をとり、(王室は大事なことを決めるのに上からの素早い影響を与えられるのだそうです。)事件現場から8キロ圏内のナーバローの地域で、居住したり働いている15歳から35歳の男性の任意血液採取の協力を求めました。少女達に残された、体液の量から、35歳までの男性と警察は推測したのです。レスター捜査官は、年齢も地域も対象を広げてでも徹底的に調べる気でいました。アレックス博士の協力のもと、国の研究検査機関も巻き込んで、ナーボローの3つの地域で世界初の血液のDNA分析鑑定捜査が始まりました。地元で説明会が行われ、約5000名近い男性の協力で、血液が集められました。(現在のように唾液での採取は技術的にできなかったか、その発想はまだなかったようです。)ベイカー捜査官は、5000人で足りなかったら州の該当年齢すべての男性27000人の血液を集めるつもりでした。しかし、結果がすぐに出なくて、その検査に批判が集まりはじめました。犯人がのこのこ血液検査を受けに来るかという問題があったのです。レスター捜査官は、犯人が血液検査を受けなかったり引っ越して逃げた場合は、引越し先に追いかけて行って血液を採取させてもらえるように、部下に指示しました。怪しい人は警察にしょっぴけるようにもしました。

  DNA鑑定捜査のない時代に、この捜査方法が批判された理由の一つにDNA解析が当時は、数ヶ月もかかり、なかなか犯人のDNAと一致するものが出てこない苛立ちが関係者の上層部にあったようです。しかし奇跡的に、あるパン工場の工員から血液鑑定を身代わりになった男から話を聞いた工員からのタレこみがあり、その工場の身代わりになった男性から事情聴取すると、男性の上司が自分の身代わりに血を提供してほしいと圧力をかけられたのでそれに応じたという事実が分かり、警察は、上司で、他の地域に引っ越そうとしていたコリン・ピックフォークという30代前半の男を逮捕して、DNA鑑定をしました。なんと、DNA型指紋は被害者の少女二人の体の中にあった体液のDNA型とピッタリ一致しました。

アレックス博士のDNA鑑定法の研究は、後の日本を含め、世界中の犯罪捜査方法を変えることになるました。これは、指の指紋の捜査方法の発見以来となる世界の犯罪捜査史上においての重大な貢献になりました。博士は1994年にイングランド女王からサー(岸の位の爵位)を受け、2012年に大学を退職しました

 詳しい話は、私も見ましたが、イギリスドラマ「コード・オブ・キラー」ーDNA型鑑定で犯人を追えーで見てください。次回にDNAの不思議についてまとめをしたいと思います。


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コード・オブ・キラー DNA型鑑定で犯人を追え!

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