不思議な話 その189 人間の限界寿命(2)

前回の続き、人間の限界寿命についてです。前回書いたケンブリッジ大学の遺伝学者オーブリー・デ・グレイ博士によれば、これから先人間の寿命は1000歳までも可能であるという説(あくまで理論上ですが)を出しています。彼は「老化は、身体的現象の一つにすぎないので、今日解明された多くの疾患のように、その原因を突き止めることで老化を阻止することが出来るんです。我々が現在取り組んでいるSENS( Strategies for Engineered Negligible Senescence )計画は、この老化防止実現に、かなり近いところまできています。これは単なるアイディアではありません。人間の身体にある全ての細胞と分子のダメージを修復するべく、非常に綿密に計画されたものです。また、ここで使われる技術は、我々ですでに用いられている技術、あるいは臨床試験中の技術を単に組み合わせて行うものです。従って、今後20年で、寿命をのばす技術が動物実験から人間に適用できるようになり、その技術が完成すれば、我々はもはや老化による老衰や虚弱、そしてそれらに起因する疾病を恐れることはなくなるわけです。もちろんこうした技術が完成した後も、我々は不死になるわけではありません。それはたとえば、交通事故や、毒蛇に噛まれた時、新種の悪性インフルエンザにかかった時、我々はこれまで通り死ぬでしょう。しかし我々すべてを待ち受ける死因の一つ、老衰は避けられるようになるわけです。また、この技術は、現在生きている我々の世代に適用することが可能だと考えています。」と言っています。

さらに、「人の寿命は様々ですが、現在一般的には、だいたい65歳から90歳くらいの間に死亡しています。人は年齢を重ねるうちに、虚弱になるからです。しかし、今後、人の平均寿命は、だいたい数千年単位の範囲になるでしょう。これはもちろん推測値にすぎませんが、この数値は現在の若年死亡者からの平均寿命から導かれたものです。例えば、現在あなたが安全な地域で暮らしている十代の少年であるとした場合、翌年死ぬ可能性は非常に低い。従ってその場所で生き続ける限りは50:50の可能性で千年以上生きることができるようになるわけです。そして、ここで重要なのは、そうなった場合、誰しもが老いによる虚弱や衰弱を恐れなくなるということです。誰もが精神的に、肉体的に若いため、あなたが気をつけるべきなのは、交通事故などの事故になります。」とグレイ博士は言っています。

抗老化の是非については、「もし、我々の技術が完成し、実際に老化が防止されるようになれば、大きな社会的変化が起こるでしょう。事実我々が行う研究に対して、おそれを抱き、人間の自然の摂理に逆らうべきではないと主張する人々も少なからず存在します。しかし、私に言わせればそれこそ、悪徳であると思います。そうした主張は、すなわち、我々は生きる権利を否定すべきといっているようなものです。確かに、人が生きること、死ぬことを選ぶのは、人間に与えられた最も基本的な権利です。しかしその一方で、我々の力の及ぶ限り、人々がより良く生きるチャンスを与えることは、我々の最も基本的な義務の一つともいえます。例えば、人を延命すること、そして、命を救うことの間には違いはありません。なぜなら、それはどちらとも、我々が彼らに対して、より長く生きる権利を与えることに他ならないからです。そしてこの理屈でいえば、抗老化を行うことを否定するのは、そのまま、老人を延命することに価値はない、というのと一緒で、高齢者差別とさえいえるでしょう。」とグレイ博士は考えを述べています。

長生きの技術を向上させることは、科学の分野では、輝かしい業績になると思います。しかし、私が考えるに、寿命が伸びることがイコール、社会がユートピアの理想の世界に近づくとは思えません。仮に人間の限界寿命が3倍の300歳になるとすると、地球上の総人口がさらに倍々になります。食料問題もさらに深刻になるかもしれません。貧富の差がさらに進むかもしれないのです。寿命を延ばすサービスは、無料ではないとしたら、金持ちは平均寿命が300歳で、貧乏人は50歳ということが起こるかもしれません。「タイム」という題の面白いSF映画がありましたが、寿命の長さを国がコントロールして、人口の調整をし、労働者階級の貧乏人は、30歳や40歳で寿命を取られ、金持ちは若い体のままで、病気もせずに300歳、500歳と生きていくという設定でした。すべての人の腕に寿命のコントロール機が埋め込まれています。給料や食料や生活コストは寿命で精算され、寿命がお金と同じようになっています。貧しい人たちは、寿命まで搾取されるという話で、お金持ちの若い女性と、寿命の短い貧しい青年の恋の話で、二人は、お互いのために、みんなのために、寿命銀行を襲って、寿命を盗み、貧しい人々に分け与えます。

経済的にも寿命が長くなりすぎると破綻が起こるかもしれません。哲学的な側面からも、なぜ長い寿命を人は生きるのだろうということが重大なテーマになるかもしれませんし、退屈な日々が続くので、逆に哲学は発達するという矛盾も起こるかもしれません。

経済の側面に戻ると、150歳や200歳を過ぎた老人がいつまでも、若々しく、仕事を続けていると、後から来た若い人々に新しい仕事はなくなるかもしれません。後進に社会での道をゆずる謙虚さもなくなるかもしれません。権力者は半永久的に権力を維持しようとするかもしれませんし、家族の中でも何世代もが同時に生き続け、財産の移転もなく、やはり、貧富の差が著しく広がることもあるでしょう。

寿命の1000歳は今は架空の話、理屈の上での話としても、医療技術の進歩、再生医療(IPS細胞を使い、自分の臓器や組織の一部を新しいものに取り替えて延命すること )は可能になると思います。次第に、人間の限界寿命もじわじわと伸びていくでしょう。けれども、今の段階では、人間の限界寿命は、多くの研究者は120歳と言っています。たしか、現在の最高齢はフランス人の女性が122歳ということらしいです。この記録は塗りかえられるかもしれません。多くの研究者が120歳くらいと言っている理由は、細胞内の体内の時計のようなテロメアが原因で、細胞分裂の回数が決まっているからということが、まず挙げられます。テロメアは分裂するたびに少しずつ短くなるそうです。いつかは分裂不可能な長さになりますが、それが、50回程度で、年齢でいうと120歳になるのだそうです。それと、脳の寿命の120歳限界説というのもあります。

ただ、最近の研究で、テロメアの長さを延ばすことが出来る「テロメラーゼ」を作り出す遺伝子が見つかったということなので、これを使って、人間の限界寿命を飛躍的に延ばすことが可能になるのは、確実なのかもしれません。がん細胞はこのテロメアが短くならないので無限に増殖できるそうですが、このテロメアの秘密をさぐり、コントロールすることが出来れば、癌の撲滅と限界寿命の飛躍的延長という、二つの未来への宝物を人類は手に入れることができます。しかし、今の人間の社会がそれを正しく仕えるような準備ができているのだろうかと疑問に思います。映画「タイム」のような世界にならなければいいですが・・・

次回にまた、新しいテーマをさがしましょう。
 

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Author:観音寺りえ
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