過去世や透視から文明のルーツを探る -その1-沖縄古代遺跡

 今週から、長く続くか分かりませんが、私が出した過去世から、うかがえたいろいろな場所の古代遺跡や古代文明について覚えている範囲で書いていきましょう。あるいは、その時代の技術では存在するのがありえないようなオーパーツと言われているものにも言及しましょう。

それに、現在の身の回りの雑感も、ときどき加えますね。

 第1回目は、沖縄の古代遺跡についてです。これは、鑑定の時間を使って歴史の探訪をされている方から、とても良いテーマをいただいて、今ある資料を透視したりしています。実際に現物をさわったり、直に見た方が、情報は出やすいですが、写真やビデオ映像からでも透視はできます。

 1992年に琉球大学の教授であった木村政昭氏を中心として調査され、1998年に沖縄の文化局に「遺跡発見届」が出されたそうですが、沖縄県では、まだ遺跡と判断できないとのことで、保留になっているようです。

 この遺跡のように見える地形は1986年にダイバーによって、島の南側の海底に一枚岩で階段状になっているものが、発見され、数百メートル続いているそうです。人工的に切り出したように見える跡や、人が歩けるような通路に見える部分や、階段状の壁や、石を積んだような跡、亀のかたちのように見える岩もあります。

 この遺跡か地形の成り立ちは、人工的なものであるという説と自然に出来て人工的なもののように見えるという説の対立した説があります。

 遺跡説の中では、古代文明遺跡説では氷河期が終わって、海面が上昇した、今から一万年以上前に陸地であった時に紀元前8000年くらいに沈んだ人工的に作った構造物という説があります。それと、10世紀後半から11世紀前半の中世に作られた何かの跡という説もあるそうです。

 人工的な遺跡であったなら人間の歴史がくつがえるような発見になりますね。
また、もっと飛躍した説ではムー大陸の一部ではないかという人も少なからずいます。

 私が本の写真から透視した範囲では、これは、やはり古代の遺跡のように見えます。一万年前でも宗教があり、亀の岩といわれているものは、宗教的なオブジェで祭壇のようなものがあったのです。

 残念ながら時代が違うので、ムー大陸の一部ではありませんが、インドネシアからフィリピン、台湾、沖縄と陸地の一部がつながっていたように見えます。古代の人々はそのつながっているところから北上して沖縄に来たのです。さらに日本列島の九州地方にも北上してきたのです。縄文人のルーツになるのでしょうか?

 この遺跡と直接関係があるかわかりませんが、沖縄のロゼッタ石に象形文字のような文字が彫ってある石が複数出土したそうですが、この石の文字が、きわめてインカ文明のピラミッドに似ているという説もあります。

 昔の何かの番組でやっていた、インカ文明や南米の人々と日本人との関連性で、古代に日本の方から船に乗って南米にやってきたという話もありましたね。遺伝子も共通している部分が多いとか聞きました。

 私たちが思っているより、古代人は信じられないくらい遠くに移動していたかもしれませんし、交流もしていたのかもしれません。伝説も裏側のように思える遠い所に、共通の話があったりしますね。一万年も前というと今の私たちからは途方もなく昔にみえますが、地球の歴史からすると瞬きをするより短いときでしょうか?

 古代文明に思いをはせると、夢が広がります。次回もまた続きを書きますね。
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観音寺りえ

Author:観音寺りえ
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