不思議な話 その237 運命について(2)

『時空を超えて』の番組は面白いテーマが多いですが、「運命か、自由意志か」の回では、自分の意志で運命は変えられるのかというのがテーマです。「人は目に見えない糸に操られた、人形のような存在なのか?」と問いかけています。

オハイオ州立大学の教授のデニス・シェーファー氏は、スポーツの試合中の選手がどのように動くか、を研究しています。スポーツの試合中の選手がどのように動くのか、その行動を通じて、人間の行動に影響している隠れた力を突き止めようとしています。デニス氏がこの研究を始めたのは、人の視覚認識とスポーツの間に、どのような関係があるかを調べようとしたためです。野球の外野手がどうやってフライをキャッチしようとするかです。殆どの人は、自分の行動、メカニズムを特に意識していません。キャッチボールをするのに、必要なプロセスの腕をどこまで伸ばすか、グローブをどの位置にもっていくかということを、たいていの人は意識していません。ほとんどのプロセスは意識していないことが重要です。動きについて、頭であれこれ考えません。スポーツの場合、考える時間は少ないほうがいいようです。頭で考えなくても、正しい位置にグローブを向けることが出来ます。その時の、自分の動きに司令を出すのは頭と考えがちですが、自分の考えと行動が一致しているのか確認することは、自分の意志で動いているのか知ることで重要です。デニス氏はそれを確認するための実験をしました。カメラ9台で、男性、女性、犬の動きを追って、フリスビーの円盤をそれぞれキャッチする時の行動パターンが違うかを検証します。

円盤をつかまえる動きをコンピューターで分析すると、一定の動きのスピードと円盤の軌跡を分析できます。動きと行動のメカニズムは男女、動物の犬もキャッチする動きは同じです。3者ともキャッチする行動は意識に上らない所で、実行しています。その点においては人間も犬も同じで、スポーツにおいては、人に自由意志は存在しない。人間は、ありとあらゆる動きを意識的にコントロールしているわけではないということでした。歩くや、食べるや仕事をするなどの行動は、意識されて行えます。

デニス氏は、自由意志の発生源を研究しました。頭脳と肉体は別々なものと考えられがちですが、脳におきることと、身体に起きることは、相関関係があることがわかったそうです。 昔から、人の頭脳と肉体は別々という二元論がありますが、神経学者のジョン・デイラン・ヘインズ氏はある実験をしました。それは、MRIに入った被験者の目のまえにスクリーンを付け、ランダムな数字をみせました。被験者は自分で決めた好きな時に、赤いボタンを押します。左右のボタンのどちらを押すかは、被験者の自由です。脳内のスイッチによって、被験者が脳内のボタンを押すタイミングと、実際にボタンを押すタイミングの両方が記録されます。被験者はいつでも好きな時にボタンを押すことが出来ます。スクリーンには次々と文字が出ていて、押すと決めた時、どの文字がスクリーンに出ていたかを、実験者に伝えます。被験者が押そうと決めた時、決めた瞬間に出ていた文字を覚えておいて報告します。脳内のスキャンにより、実際にボタンを押す、1秒前に脳が押そうと決定していたことが分かりました。押す前に無意識の決定をしていたことが分かったのです。ボタンを押す決定は、脳の前の方、前頭前皮質と頭頂葉内側面、とで始まります。

情報は運動をコントロールするため、数秒間頭頂葉内側部にとどまるようです。そして、運動に命令を下す、補足運動野へ、それから、運動野へうつります。前頭前皮質で無意識の活動が起きて、それから、他の領域で意識的活動が始まります。被験者達は、ボタンを押すと決めた時、自分の自由意志によって決めたと思っていますが、実際は、ボタンを押す10秒前に無意識の決定が下されていました。これでいくと、自分の自由意志によって決めたというのは、幻想だということになります。

私たちは、自分で何かを決定したように思っていても、無意識がすでに行動を決めているのです。私たちは自分の行動をコントロールしているように見えますが、それは極めて限定されたものに過ぎません。この結論が、進学や就職や、結婚や住宅の購入など、の人生においての重大な決断にあてはまるのか、実験で検証するのは難しいようです。

人は自らの意志で、自由に決断を下していると思いこむのは誤りで、人は脳の活動によって、すでにプログラムされているのかもしれません。私達がどんな決断を下すかは、私達が意識する前にすでに決まっているという考え方です。

私達の人生の決定について、自由意志の入る余地があるのかを、次回さらに探ってみましょう。

不思議な話 その236 運命とは(1)

今回は運命についての話です。「運命」とは辞書などでは、人の意志をこえて、人間に幸福や不幸を与える力(ちから)をさしたり、そうした力によってやってくる幸福や不幸やあるいは、幸、不幸だけでなく、ある決まっていたようにみえる成り行きをさします。または、人生は、天命や神によって定められているとする思想に基づいて考えられている、決められていること。人の意志をこえて身の上に起きることです。

古代ギリシャの哲学者が議論した昔の時代から、運命について、皆が考えてきました。16世紀のキリスト教の宗教改革を行った一人である、ジャン・カルヴァンは、予定説で、「神の救済にあずかる者や、滅ぶものは、あらかじめ定められている。」と言っています。当時のキリスト教の新興宗教であるカルヴァン派の人々は、「神によって救われるようにあらかじめ定められた人間は、天命や職業を禁欲的に行い、成功する人間のはずである。」と言っています。

「天命」というのは、紀元前の中国で、殷(いん)という国から周(しゅう)という国への王朝交代期に、生まれたと考えられている受命思想というものから来ているそうです。それは、天帝(神のようなもの)がその機能の一部を王や国民である人々に分け与え、人のこの世での役割、使命、職業などを定めていると考える思想です。

運命をみるのが、国の盛衰にもからみ、個人の禍福にもからんでいたので、古代から預言者や運命を見る占い師は、大切にされました。四柱推命は中国の古代、暦が出来た時代からあったといいます。紀元前400年代の中国の戦国時代から、四柱推命はその元があったと言われています。春秋戦国時代は、たくさんの国がひしめき合って、天下を取ろうとしていました。戦争の勝敗は時の運ということもあり、軍師と占い易をするものは、戦争の予想するものとして、必ず必要でした。「易経」は占いに用いますが、その易の歴史は、最初、紀元前1700年も前の亀の甲をやいてそのひび割れの形で、吉凶を占いました。ト占という言葉の、トは、亀の甲のひび割れを表す表敬文字だそうです。周の時代に、亀の甲が入手しにくいので、蓍(めどぎ)という多年草の茎を占いに使うようになり、それを特定の方法で数えて、吉凶を占うようになり、後に蓍(めどぎ)でなく、どこにでも手に入る竹で代用され、現在の筮竹で、卦を出し、吉凶を占うようになりました。

易経は周易とも呼ばれ、「詩・書・礼・春秋・易」の五経の中の一つです。政治を学ぶもののバイブル「大学・論語・中庸・孟子」を四書と呼び、、中国や日本の百年前以前では、学問をするものは、必ず、この四書五経を学びました。約4000年前、紀元前1700年にできた亀甲占いは、進化して、易経の理論的占いとなり、紀元前770年~紀元前221年末期に鬼谷子によって、「断易」として完成し、現代まで伝えられています。

四柱推命は、紀元後1100年代に、南宋の徐子平が書をかいて、それが、四柱推命が記録に残された最古です。続いて紀元後1200年代に徐大升によって、『淵海子平』その後、中国で、明代から、清代の600年間で、10冊近くの四柱推命の研究書や解説書がでて、その後、中華民国から13冊も四柱推命の本がでています。中華民国は、中国本土から、台湾に移りました。今の中国大陸では、社会主義のために、表向きは宗教や、占いは禁止かもしれませんが、台湾では、現代になっても、四柱推命の占いが盛んですね。

古代から現代まで、世界中で占いのない国はないと思います。

断易や、四柱推命は大変歴史のある占いですね。最近できた、0学占いや、六星占術、や動物占いは、実は四柱推命の、「空亡」だけを陰陽に分けたりして取り上げ、それを人のタイプに分けたり、12年周期の運の高い時期や低い時期に当てはめている、比較的シンプルな占いです。四柱推命は、複雑で読み取りが難しく、読み取りにもいろいろな流派があるようです。

西洋占星術では、人は生まれた惑星の配置によって、その人生の起きることは決まっているという考えのもと、その人それぞれの出生図を出します。キリスト教世界の古代から作られた天宮図なので、天動説で地球が中心になります。

将来結ばれる人は、人の意志を超えた力によって、「運命の人」として、赤い糸で結ばれているという考え方も、古くから信じられています。

なぜ、歴史上、古代から現代まで、世界中の多くの人々が「運命」を気にするのでしょうか?そして、自分の運命だけでなく国の運命や、その時代の行く方向を気にするのでしょうか?昔から続いた戦争の影響もあるのでしょう。大きな大義や戦争の前では、命の儚さやルーレットのようにあるものは命が助かり、あるものはダメだったりします。その境目は何なのかと人々は考えます。そこには、「運命はすでに決まっているのか?あるいは人の意志で変えられるのか?」という人間が常に持ち続ける命題があります。そして、多くの人々は、「幸せになりたい、という思いや未来への希望」を運を事前に知ることによって、安心を得たいのではないかと思います。

モーガン・フリーマンがナビゲーターをしている、『時空をこえて』で、「運命か?自由意志か?」という題の回があって運に対して、物理学的なアプローチをしたり、科学的に分析しようとして、面白かったので、まとめてから、その後に運命についての私の意見を書きますね。

この番組では、「人がたどる道はさまざまで、運命を決めるのは、脳の働きと物理的法則だ」という意見を紹介しています。私たちに自由意志で未来を決定する能力はあるのでしょうか?

具体的なことは次回に書きますね。

不思議な話 その235 南極大陸のミステリー(4)まとめ

南極大陸は、世界一寒い場所で、最低気温はマイナス93.2℃だそうです。最高気温は、14.5℃で、地球上で最も寒く、風が強く、乾燥している大陸です。南極には4000万年前の氷の層が存在するそうです。南極大陸は北米大陸の1.5倍、日本の37倍の面積です。南極大陸の99%が氷で、南極の海は他の海と違って、温度が低く、プランクトンが多量に発生しやすいため、エビやイカなど海の生物が巨大化しやすいのだそうです。

『古代の宇宙人』の南極についてのまとめに入ります。アメリカ軍による南極探検は、1946年第次世界大戦後南極で大規模な調査を行いました。この「ハイジャンプ作戦」と呼ばれる活動には、4700名の兵士と13艘の戦艦と、1隻の航空母艦、多数の水上飛行艇が派遣されました。当時、政府は否定していましたが、その後この作戦の主な目的が明らかになり、南極大陸の利用可能地域にアメリカの領有権を広げようとしていたようです。

米軍の南極遠征中に奇妙な出来事が起こり、その調査を早々に切り上げたということです。その調査隊のまわりに、水の中から飛行物体が現れ、それは空飛ぶ円盤のような乗り物だったそうです。

水の中から、円盤が出てきて、ビームのようなものを発射しました。船が二つに切り裂かれ、飛行機も攻撃されました。その円盤はあまりにも速い早さで飛んでいたため、動きを目で追うことと、動きを予測することは、不可能だったそうです。

甚大な損害を受けた、米軍の艦隊は、国に帰るしかなかったそうです。米軍と当時の政府は、氷の下に遺跡があることに気づいていたとも考えれます。もし、ナチスが南極大陸で、地球外の技術を探していたのであれば、実際に発見したのでしょうか?

南極大陸のボストーク湖は、厚さ3200平方メートルの氷の下にある南極の氷底湖です。世界の氷底湖の中で、最も大きいです。2001年、この地域のデータを収集していたパイロットが、この地域の端で、磁場に異常があることを感知しました。長さ105キロメートル、幅75キロメートル、という範囲で、磁気エネルギーが発生していました。観測隊の一員として、何度かボストーク湖に行った人々は、確かにその地域で、磁気異常があったと話しています。磁気異常は、その場所にとどまらず、あちこちでありました。その磁気異常の原因が何なのか、突き止められませんでした。

南極には68の基地があり、ほとんどの基地は、特別な訪問許可が必要なようです。米軍の関係者も常駐しています。マクマード基地は、南極最大の観測所です。1200人ほど常駐しています。2015年アメリカ海軍の南極開発飛行隊に所属していた航空技術者が、ジャーナリストに南極大陸での奇妙な体験を語りました。1983年~1997年まで、南極に飛行機で、出動任務時に、しばらく特に変わったことがなかったのに、突然奇妙なことが起こりました。飛行中に乗務員全員が、丸く光る飛行物体を見たというのです。

その動きは奇妙で、その光はあっちの山、こっちの山、へそれぞれ別の動きをして飛び去ったそうです。それは、1度ではなく、何度も、何度も起きたそうです。その後、間もなくして、救急搬送の要請があり、急患を運ぶことになり、一刻を争うときに、飛行禁止区域を通る決断をしたといいます。彼らは、氷の中に、巨大な洞窟の入り口が、直径60メートルくらいの穴があるのを見たというのです。そこは、巨大な穴のせいで、磁気異常が起きていたとも言っています。飛行機を降りた彼らは、見知らぬ者たちに、穴の上を飛んだことで、厳重な注意を受けました。注意した者たちは、マクマード基地の関係者ではなく、ワシントンDCから来た役人のように見えたそうです。飛行隊の人々は、二度とその穴の上を飛ばないよう、念を押されました。

先程の1946年から1947年にかけて、米軍が行った大規模な南極観測プロジェクト「ハイジャンプ作戦」で、指揮官の海軍少将のリチャード・バードは、地下に続く巨大な入り口を、南極で見たと報告しています。バード少将は、1888年~1957年の人で、アメリカでの探検家でもあります。1926年5月9日に航空機による、初の北極点到達をしました。1929年11月28日から29日に、南極大陸ロス氷原の、リトルアメリカ基地から、南極点までの往復と初の南極点上空飛行に成功しました。その後、1946年から47年のハイジャンプ作戦をはじめ、1939年から1950年代まで、5度の米軍の南極調査の指揮をとりました。

リチャード・バード少将の報告によると、南極の穴は地球の奥につながっており、そこには氷がなく、奥には様々な種類の宇宙人(地底人かもしれませんが)が住んでいると報告しました。彼はアメリカに戻ると、ワシントンDCに呼ばれ、その報告に対しての、厳しい尋問を受けました。そして、2度と探索や報告をするなと、注意されたそうです。

南極大陸は数千年前までは、温暖な気候で、当時は森林で覆われていて、多様な生物が生息していたという説もあります。南極の氷がすべて消えた時、事実が表に出てくるのでしょうか?仮に南極の西部の氷がすべて解けてしまったら、世界中の海水は約5メートル上昇するそうです。

南極の氷が溶けていっていると思いきや、一部(西の沿岸部)では解けているとしても、NASAの航空宇宙局が2015年10月に発表した所によると、長年の定説を覆し、南極の氷が増えていると発表しました。その増えている量は、820億トンにもなるといいます。南極大陸の西の沿岸部では、2009年以来7万トン、60立法メートルの氷が海の中へ消えているようですが、他の氷が増えている地域と違ってなぜ、西部だけが解けているのかも、南極のミステリーです。地下に巨大都市があって、その都市熱で氷が溶けているとでも言うのでしょうか?

次回は運命とは何かとか、運命は変えられるのかというテーマで考えていきましょう。



不思議な話 その234 南極大陸のミステリー(3)

英国のタブロイド紙のサン紙は時々、変わった記事も載りますが、2016年12月28日の記事に、南極大陸の地下に直径が243キロメートル、深さ、最大で、848メートルの巨大な人工物か、何らかの物体があり、科学者達が困惑しているというのです。研究者達の中には、これは、かつての数億年前の地球の恐竜を一掃させた、小惑星の痕跡だと考える人がいます。その大きさは、メキシコのユカタン半島に衝突したチクシュルーブ天体の2倍以上の大きさの小惑星の跡だというのです。この小惑星の衝突は、2億5000万年前のペルム紀の大量絶滅を引き起こした可能性があるそうです。この時の大量絶滅では、地球上の海洋生物の96%、陸地に生息する脊椎動物の70%が絶滅したと考えられています。

この南極大陸の地下の謎の物体は、NASAの重力測定衛星グレースの観測によって発見されたそうです。2006年に南極圏のウィルクスランドの地底に直径約480キロメートルの重力異常を発見したもので、「ウィルクスランドの重力異常」と呼ばれています。この重力異常の原因に様々な説があって、先程の遠い昔の小惑星の残骸があるというものや、南極の地下には超古代文明の跡があるという人や、巨大なUFOの基地があるという説や、地球の一部の空洞に今でも何らかの地下都市があるという人もいます。小惑星説を含めたどの説にも、それを示す証拠は、まだ出てきていません。

噂の範囲では、第二次世界大戦中にドイツのナチスが、飛行機の発着ができるように設計された秘密基地を南極大陸に作ってその証拠もあると主張している人もいるようです。

また、『古代の宇宙人』の話に戻りますと、遠い、遠い過去の地球の大変動を描いたエジプトの壁画に残された物語があるそうです。ナイル川のほとり、エジプトのエドフに、エドフ神殿があります。この神殿は、BC273年に建設されたエジプト最大級の神殿です。作家のロバート・ボーバルさんによると、「エドフ神殿は、重要な遺跡で、その遺跡の内部は、文字で覆われています。それは、エドフテキストと呼ばれています。そのテキストでは、世界の創造の話、空から降りてきた強力な神々が、地球を作ったと言っています。原初の島が最初に作られました。二人の神が大洋の中央に島を作って、世界創造が始まりました。原初の島に住んでいたのは、奇妙なものたちで、それは、3つのグループに分かれていました。「賢者」「建設者」「シェブティ」の3つです。シェブティは謎が多く、水の中から現れたといいます。エジプトでは複数の神がやって来て、最初の神殿を建てた、と信じられています。こうして、エジプトに世界で最初の神殿が建てられ、創造主達は、世界で最初の神殿を建て終わると、大きな鳥にのって空へ舞い上がっていったと信じられています。古代のエジプト人達は、神殿の壁に描かれたエドフテキストは、真実だと信じていました。エドフテキストによれば、全ての神が去ったわけではなくその島の何世代もあとに、恐ろしい運命にさらされた環境を整えて、次の世代に仕事を引き継ぎ、去ってしまった。その後残された人間たちの間で戦争が起きた。はやぶさを象徴する彼らの神は、蛇で象徴される敵と戦いました。蛇が空に現れると、一瞬暗闇が起こり、聖なる島が破壊されました。その後洪水が起こり、洪水がひくと、元いたものたちはいなくなっていました。敵の蛇とは、太陽系内に入った彗星が地球に接近したのか、それとも、ミサイルのような武器だったのでしょうか?宇宙人の乗り物なのでしょうか?エドフ神殿の壁に描かれた古代の大惨事の記述は、自然事象を説明したものなのか、あるいは、氷のない南極大陸に存在した古代文明を滅ぼすための、地球外からの攻撃だったのでしょうか?」といっています。

この物語に従うと、南極大陸付近の氷の下に、古代文明の遺跡がうもれているのでしょうか?先程のナチスの噂は基地こそないかもしれませんが、1938年12月にドイツのハンブルグで、ヒットラーが総統になって4年目に独裁政権を確立しました。第二次世界大戦直前に、ヒットラーは人員をつぎ込み、南極大陸の古代の遺物を探し始めました。33人のトゥーレ協会の主要メンバーが32日で南極大陸に到着しました。ヒットラーは北極か、南極にあるというアーリア人の発祥の地を探していたそうです。メンバー達の一部は、地球外生命体や、地底に暮らすという人々と交信できるとする、神秘主義者か霊媒師から、高度な技術を教えてもらっていたというのですが、噂の域のはなしなのでしょうか?本当の話なのでしょうか?ナチスの人々は、南極大陸に、古代の高度な文明の情報があると信じていました。彼らは氷の下の大陸の地形を研究し、その地図を作成し、南極大陸に21基地という地下司令部も作ったというのですが、その真偽はわかりません。

潜水艦を持っていた彼らは、厚い氷の下に古代の遺跡があることの何らかの証拠をみつけたのでしょうか?また氷の洞窟や、水中の洞窟や、地下都市をどこかでみつけたのでしょうか?地下都市があることを知っていて、戦争が終わる前にそこに逃げたという都市伝説のような話もあります。

次回は南極大陸の話のまとめと、新しいテーマを探しましょう。

不思議な話 その233 南極大陸のミステリー(2)

前回の続き、南極大陸についてです。ピラミッド型の建造物は、エジプトを始め、南米のペルー、インドネシア、など世界各地で、発見されています。探査機の映像からですが、火星や月にもピラミッド型の建造物があるのではないかと言われています。地球上の最も古い建造物が南極にあるかもしれないというのです。世界中に存在するピラミッドは、その目的が分かっていません。レアな意見ですが、ピラミッドが発電装置であり、先端から電気エネルギーを無線で転送していたのではないかというのです。(まるでニコラ・テスラが考えた電気の転送方法に似ていますが・・・)

『古代の宇宙人』#101では、高度な技術を持った古代の宇宙人が、ピラミッドをエネルギーの動力源として、世界中のピラミッド同士で電気を転送してエネルギーを融通して使うことができたのではないか、という奇想天外な説があります。もし、そのようなことが出来るのなら、南極大陸にピラミッドがあってもおかしくないというのです。ピラミッドの型のデザインは、どこから生まれたのでしょうか?その起源は南極大陸にあるのでしょうか?

人工の建造物が1200万年前の氷の下に埋まっているということがあるのでしょうか?南極が氷に覆われていたのは、科学者たちが考えるほど昔ではないと言う人がいます。氷のない南極大陸の詳細な地図があるそうです。

2012年ロシアのシベリアで、血液や体毛が凍結されたマンモスが、そのままの姿で氷の中から発見されました。その姿は突然動きを止められたような姿だったそうです。氷の中で発見された10数頭のマンモスは、口の中にまだ食べ物が入っている者や、胃の中に温暖な気候で育つ食べ物が入っていました。マンモスがいた時期は温暖と、寒冷な気候が繰り返されていたのでしょうか?

1958年ハーバード大学の科学者チャールズ・ハップグッド博士は、『地球の移動する地殻』という本を発表しました。その本の中で、博士は地球の表層部を覆う地球の地殻の一部にかつて、急激な変動が起きたのではないかと考えました。この地殻移動理論は12000年前に南極がもう少し温暖な地域にあったのではないかといっています。彼の説によると、かつて北極は、アメリカのニューヨークのハドソン川の位置にあったとも言っています。それが、現在の北極の位置に移動したという説なのです。南極でもそれが、地殻の移動と同じように厚い氷に囲まれました。博士は、1万2000年前に、そのような大きな地殻変動があったと主張しています。地殻の複数に塊ができて、南極大陸は、短い時間で今の位置に移動しました。ハップ・グッド博士によると、南極大陸は今の位置に、数ヶ月という大変短い期間に移動したというのです。

そのような地殻変動に襲われれば、すごく短期間のうちに氷に包まれる可能性があるというのです。それは現代でも、条件がそろえば、起こり得るかもしれません。この博士の説は主流ではありませんでした。けれども、同年代の有名な物理学者アルベルト・アインシュタイン博士は、この説に感銘を受け、ハップ・グッドのこの本の序文を書いています。1960年に自分の説の裏付けをするために、ハップ・グッド博士はアメリカ議会図書館を調べました。彼は、1531年に発行された不思議な地図を発見しました。フランスの数学者で地図学者のオロンティウス・フィネウス(オロンス・フィネ)が作成したその地図には、氷のない南極大陸の地図が描かれていました。極点はもちろん、南極圏という文字まで書かれていました。氷のない海岸線は極めて正確で、海岸付近にある山や川、離れた島の位置まで一致していました。ただ、面積は、他の大陸の割合に比べると、南極大陸が4倍の面積になっています。これについて、アメリカのキーン大学の教授が詳細な検証を行った結果地図は、複数の古地図をもとに描かれたと、教授は推測していて、計算のミスで面積が4倍になったのだろうと言っています。(文明の時代の古代で、古地図の描かれた時代に南極の氷がなかったことなどあるのでしょうか?)南極大陸の発見は1800年代なので、氷の下の正確な地形は、航空写真や人工衛星などの空から見えるものがないと、分かりませんね。1500年からしたらその約300年後に発見された大陸が、その発見の300年以上前に描かれていたなどということは、ありえません。

気候学者は南極大陸がこのように氷のない状態であったのは、少なくとも現在から6000年以上前だろうと言っています。オロンス・フィネは何千年も前の地図を、手にいれたのでしょうか?

さらに不思議なことには、1960年代のアメリカ空軍の地図制作者にハップ・グッド博士がこの地図を見せると、数百年前に作られたのに、この地図には高度な三角法が使われており、驚くほど正確だと感想を述べられました。16世紀に作られた地図なのに、現在の技術で測定されて、上空130キロ以上の高度でないと、この地図は作成できないと言っています。

続きは次回にします。
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観音寺りえ

Author:観音寺りえ
アトラス研究所の観音寺りえです。

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